化工計算ツール No.15 滞留時間分布

今回は槽列モデルを用いた滞留時間分布についてご紹介します。流通式反応器は 理想的には押出し流れ Plug Flow と完全混合流れ Complete Mixing Flow の2種類に分けられるのは反応工学の教科書などに書いてあるとおりです。押出し流れでは その名のとおり、管型の反応器内を流体がトコロテン式に流れていくものであり、管断面の温度や濃度は均一であると考えます。また、完全混合流れは 槽型反応器で実現されるもので 反応器内の温度や濃度はどこをとっても一定であると考えます。



と、理想的にはそうなんですが実際の反応器では 両者の中間となる非理想流れとなります。で、その非理想流れを何とかうまく表現する為に用いられるのが滞留時間分布関数であり、実際の反応器において実測する事も可能です。また、この滞留時間分布関数ですが何らかの数式で表せなければ使い物にはならない訳で、その為のモデルが3つ有ります。1つは 混合拡散モデルであり 管型反応器などのモデル化に適合します。2つめは 槽列モデルであり、実際の反応器を等体積の反応器が直列に連結したものと仮想的に考え、その仮想反応器の槽数N によって混合状態を表現します。 N=1であれば完全混合流れであり、N→∞であれば押出し流れに相当します。3つ目は組合せモデルであり完全混合流れ反応器と管型反応器との組合せによって、混合状態を表わします。で、今回は槽列モデルを用いて滞留時間分布を計算してみます。


滞留時間分布関数 Residence Time Distribution function

肝心の滞留時間分布ですが、反応工学の教科書では以下のように示されています。現実の流通式反応器に流体を流す場合、流体エレメント (液体や気体では分子) の滞留時間は一様では無く分布を持ちます。例えば、時間 t=0 で流入したエレメントが 時間 t+dt の間 装置内に滞留してから流出するエレメントの割合を E(t) dt と定義すると、この E(t) を滞留時間分布関数と呼びます。図にあるように、滞留時間分布関数と X軸で囲まれた部分の面積は 1 となります。




で、この滞留時間分布関数ですがトレーサーを用いた実験によって実測することが可能であり、トレーサーの投入方式の違いにより インパルス応答法とステップ応答法が有ります。インパルス応答はある時刻に少量のトレーサーを瞬間的に投入し、その濃度を出口で測定します。一方、ステップ応答では ある時刻に流入液の濃度を瞬間的に変化させ、その濃度を維持します。同様に出口でのトレーサー濃度を測定します。どちらの方法でも滞留時間分布関数が得られますが、インパルス応答で得られる関数は E(t) であり、一方 ステップ応答で得られる関数は F(t) となります。ステップ応答 の滞留時間分布関数 F(t) を微分すると、インパルス応答の 滞留時間分布関数 E(t) が得られ、逆に E(t) を積分すると F(t) が得られます。


反応器の滞留時間分布

冒頭で、理想的な流通式反応器として 押出し流れと完全混合流れが有るとしましたが、まずはこの2つの反応器の滞留時間分布を見てみます。で、グラフの横軸は時間ですが 実時間 t では無く、平均滞留時間で実時間を割り算した 無次元滞留時間 θ としています。

インパルス応答

上段の図は 滞留時間分布関数 E(θ) を表わしており、完全混合流れでは トレーサーをドバっと投入した瞬間に出口でトレーサーが検出されます。その後はどんどん薄まっていくので 徐々にトレーサー濃度は低下していきます。押出し流れではトコロテンなので、トレーサーを投入しても、ある時間が経過するまでは全く検出されません。が、ある時点で一気に全部出てきます。上向きの矢印で表わしていますが、幅ゼロで高さは無限大です。

ステップ応答

ステップ応答ではある時刻で流入液の濃度が、例えば 0から 1 に変わります。完全混合流れでは、だんだんとトレーサー濃度が濃くなっていくので図のようにジワーッと増加していきます。一方、押出し流れでは やっぱりトコロテンなのである時刻経過した時点でスパッとトレーサー濃度が変化し、その後はその状態のままとなります。




非理想流れ 槽列モデル

で、実在の非理想流れを表わす為に 何らかのモデルを適用する訳ですが、今回は「槽列モデル」を用います。まあ、完全混合流れは 槽型反応器で実現されますが、今まで何回も計算しているので馴染みがあります。一方、押出流れの反応器ってのは 反応工学的には効率は良いですが、あまり取り扱った事は無いです。ポリマー反応器でも PFR (Plug Flow Reactor) よりも CSTR (Continuous Stirred Tank Reactor) の方がどちらかと言えば多いように思いますけど。でも、転化率が上がってきて高粘度液となった場合などは、無撹拌タイプの PFR を使ったりますね。例えば、Sulzer 社の SMR (Static Mixer Reactor) などでしょうか。

槽列モデル 計算式

インパルス応答の場合は式①を用います。θは 無次元滞留時間で 式②で計算します。 ステップ応答の場合には 式③を使います。式③はΣになっているので 槽数が増えてくると EXCEL のセルに数式を入力するのも少し面倒ですね。




計算結果 

インパルス応答

槽数 N=1 から 10 までを計算した結果を以下に示します。お馴染みの滞留時間分布の曲線ですね。N=1 であれば単調に減少するだけですが、N=2以降ではピークが出現し、N が増えていくとピークが次第に鋭くなる事が分かります。
例えば、流通式反応器があったとして インパルス応答実験を実施して 滞留時間分布関数を作成したところN=10 の曲線とほぼ同じでした、となるとその反応器の相当槽数は 10 と言うことになります。まあ、良く撹拌されている CSTR 10槽を直列に連結すれば、相当槽数は 10 となるでしょうね。これが 実際の槽数が 5槽なのに 相当槽数 10 であれば、槽内部が実質的に2つとかに分割された状態で運転されているのかも知れない、と判断されます。
 



ステップ応答

次はステップ応答の場合です。こちらに関しては実務でも計算してみた事が有りますね。というのも、流通式反応器のグレードチェンジ、所謂 銘柄切り替え時間がどれくらいなのかが分かる為です。まさに、この滞留時間分布の曲線が槽内の濃度の切り替わりを表わしている訳で、全内容積が同じであれば槽数が多いほど スパッと切り替わる事を示しています。
N=1 の曲線では 滞留時間分布関数の値が 0.95 になるのに無次元滞留時間θ は 3.0 程度が必要です。一方、N=3 であれば θ =2.1 くらいで内部の95% が入れ替わる事が分かります。という事は、7割ほどの時間で品種の切り替えが出来る、と考えられます。まあ、実際には他の影響も有るかとは思いますが、目安程度にはなるかなと。

エンジニアの仕事をするようになり、ざっくり 平均滞留時間の 3倍見ておけば 反応器は大体入れ替わるよと上司や先輩に言われてましたが、その根拠がこの滞留時間分布関数の計算結果なんですね。例えば、スチレン系樹脂の溶液重合では反応器 平均滞留時間は 4時間(2槽×2時間) くらいですのでその3倍となると12時間です。朝8時に原料組成を変えたとしても、その結果が出てくるのは夜の8時ですね。昼過ぎくらいでは 入替わりが進んでいないので、得られる樹脂の物性は過渡品のそれです。なので、その物性を見て一喜一憂しても意味は有りません。夕方くらいでもまだ心許ないですね。これは、量産プラントであろうがパイロットプラントであろうが同じです。 
であれば、連続操作のパイロットプラントで原料処方を次々に変えていって、品質サンプルを次々に取りたいのであれば、上記の例であれば 12時間以上経ってからやる必要が有ります。これをせっかちに8時間で次々と変えたとすると、得られるサンプルは全部過渡品なので 正しい判断が出来ませんね。




EXCELによる滞留時間分布 計算

前述のように計算すれば滞留時間分布関数の値が得られる訳ですが、槽列モデルでは 「反応器を、等しい体積の仮想的な反応器に分割して云々」と有ります。例えば 10[m3]の反応器が3つ連結されている場合であれば、 すぐに結果が得られます。ですが、同じ 30[m3] であっても、内容積が 15[m3] → 10[m3] → 5[m3] の合計 30[m3] であれば、どうすれば良いでしょうか。そんな場合は各反応器の物質収支をとって計算すれば良いですね。今は EXCEL が有るんで、チャチャっと計算可能です。
式⑤にあるように、微小時間内における i番目槽への流入量と流出量を差を求め、それを内容積で割り算すれば 濃度変化量が得られます。その濃度変化量を微小時間前の濃度に加えます。流出量 < 流入量であれば濃度は増えていきますし、逆であれば濃度は減っていきます。これらの式を EXCEL のセルに入力して、ダーッとドラッグしてコピーすれば 微小時間ごとの計算結果が得られます。



で、計算してみました。
まあ、当たり前ですが同じ結果となります。実線がEXCEL 計算結果で破線が理論式による結果です。ほぼ同じですね。微小時間は 全平均滞留時間の 1/40 としています。





で、槽の内容積がそれぞれ異なる場合の計算結果は以下のとおりです。
さすがに違う結果となります。1槽目が大きいので 入れ替わりが遅くなり、その影響が明確に出ています。この1槽目の違いが2槽目にも影響を与えている事が分かります。で、3槽目ですが、まあ、ほとんど差異は無いかなと。となると、この程度の条件の違いであれば全平均滞留時間を合わせておけば 理論式を用いてもOKなのかなと思います。
EXCEL での計算も以前やった事が有りますが、このように槽内容積が異なる場合について 理論式と比較するのはやってませんでした。なかなか興味深いです。




今回の投稿では非理想流れを表わすモデルの1つである槽列モデルを用いて滞留時間分布を計算してみました。まあ実務で扱っていたのは CSTR 2槽とか3槽とかその程度だったので、そこまで滞留時間分布が重要と言う訳では無かったですが、前述のようにプラントの品種切替えには平均滞留時間の3倍が必要だという事にはきちんと理由があるんだと言うことを分かった時は結構 感動しました。また、実験ではトレーサーを使って 滞留時間分布を実測してみたりもしてました。まあ、あまり激しく撹拌しなくても 十分に液は混ざっていて、出口のトレーサー濃度はそこそこ理論式に合うような結果だったと思います。

と、今回はこの辺で。


補足

滞留時間分布の F(θ) ですが、理論式中に 総和 Σ が含まれているので EXCEL で入力するのにも面倒くさいですね。まあ、何か良い方法が有るのかも知れませんが、今回は N=20まで地道に手入力しています。それで、N=100 くらいまで計算してみたかったのですが、さすがにね・・・。で、ふと思いついて E(θ) の計算結果を EXCEL 上でなんちゃって数値積分してみました。E(θ) のグラフにおいて  Δθ × E(θ) の値 (短冊状部分の面積) を計算して、その値をどんどん加えていく訳ですね。N=20 でほぼ同じ結果が得られたので、N=100 もいけるかなと。

で、以下がその結果です。N=100 でもこの程度なんですね。 まあ、垂直に濃度が変化するには N=∞ とする必要がありますし、こんなものなのかなと。で、因みに EXCEL で N=1000 とか入力しても エラーになりました・・・。階乗の計算が含まれており、 さすがに (1000-1)! =999! は計算出来ませんね。徐々に Nを下げていって N=117 までであれば、無次元滞留時間 3.0までは計算できました。まあ、あまりにも大きな数値は EXCEL でも扱えませんよね。



 


参考文献

  1. 「反応工学 改訂版」 橋本 健治 培風館 1993年
  2. 「化学工学便覧 改訂4版」 丸善 1978年
  3. 「化学工学便覧 改訂6版」 丸善 1999年






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