反応器 潜熱除去方式 その2

 前回は反応器 内部がどの程度の圧力はどの程度なのか、についてご紹介しました。ポリスチレンの場合、沸騰を維持するには内圧は大気圧よりも低くなります。もちろん、より反応温度が高い場合は内圧も上がりますが、どの程度高くなるのかは 例えば Riedel式やAntoine式などで見積もる事が可能です。

  • 140 [℃]   87.6 [kPa] 
  • 150 [℃]   114.0 [kPa]
  • 160 [℃] 146.1 [kPa]

実際に稼働している量産プラントでは、150~160 [℃] といった高めの温度で運転されているものと思います。まあ、同じ容積の反応器を使うのであれば出来るだけ生産量を多くしたほうが良いですし、同じ生産量であれば反応器は小さい方がベターですね。だいぶ以前からポリスチレンプラントはスケールメリット重視がトレンドとなり、1系列当たりの生産量は 年産10万トン以上と言うのが普通のようです。ここで、系列と言うのは 原料工程→重合工程→脱モノマー工程→造粒工程 までの1セットの事で、それ以外の真空工程とか熱媒工程と言った付帯工程を除いた、所謂メインの工程の事です。また、今回の例のように反応器 1基だけで構成される事はよほどの事情が無ければ採用されず、完全混合槽型反応器とプラグフロー型反応器を組み合わせて生産効率を最大化しているようです。とまあこの辺も別の機会にご紹介できればと。


蒸気量  Boil Up Rate

以前ご紹介したように潜熱除去方式 反応器の機器構成は概略以下のようになっており、反応器内部の液は沸騰状態にあります。熱収支計算から得られた冷却負荷に応じた量の未反応スチレンが蒸発しています。今回の場合、蒸発量 Boil Up Rate は 2202[kg/hr] となります。 


で、この蒸発量はどうなんだ?と言う事ですが、重量流量ではピンと来ないので、スチレン蒸気の密度値を用いて体積流量に変換してみます。この時に用いる蒸気密度値は理想気体の状態方程式から計算されます (そんなに高圧力では無いので)。

密度とは単位体積当たりの重量なので、状態方程式を変形して 左辺を重量/体積 とすればそれは密度値であり、右辺の各項に数値を代入すれば計算されます。気体定数値はいろいろ有りますが、圧力 [Pa]、体積 [m3] 、分子量 [kg/kmol] であれば、8,314 [J/kmol K] となります。スチレンの分子量 104.2 [kg/kmol] と反応器温度・圧力を用いれば、蒸気密度は 2.68 [kg/m3] と求まります。で、実際に割り算してみると蒸気体積流量は 882 [m3/hr] となります。 

蒸気 空塔速度 気相部

蒸気体積流量が得られたので、反応器 断面積で割り算すれば空塔速度 [m/sec] が得られます。液中はともかく反応器 上部の気相部における空塔速度は 0.045 [m/sec] となりました。毎秒 45ミリ の速度で蒸気は上昇しますが、まあ大した事は無いですね。 



生産量を増加させた場合であっても、以下に示すように蒸発量や蒸気空塔速度はそれほど大きくはなりません。年間生産量 10万トンであっても蒸気空塔速度は 0.082 [m/sec] であり毎秒 100ミリにもなりません。蒸気速度が小さいのがそんなに良いのか?についてですが、これがあまりに大きすぎると、液面において気泡が破裂する際に発生する飛沫が蒸気に同伴され、反応器と凝縮器とを連結する配管内に堆積・付着し、最悪 閉塞してしまう事が懸念されます。な訳で、反応器 気相部の蒸気速度は遅いに越したことは無い、と言えるのかなと。 


蒸気空塔速度 液相部

まあ、気相部については蒸気しか無いので、空塔速度を求めればそれが蒸気の上昇速度と考えても良いと思いますが、液相部はどうなのかと・・・。反応器の図にいくつか気泡の絵を描いてますが、正直なところどうなっているのかは不明です。反応器の覗き窓(サイトグラス)からみ見ると、内液は真っ白に濁っており気泡を大量に含んでいるのが分かります。蒸発により発生した蒸気は気泡となり、その浮力によって液中を上昇していくのだと思います。気泡を含む事により、反応器内の見かけの液面位置は上昇するのは見ていると分かります。実際、パイロットプラントの50リッターほどの反応器を運転中に、無理やり窒素で加圧して蒸発しないようにすると、スーッと液面が低下し白濁していた液が透明になります。

そんなこんなを考えると、何より怖いのは発生した蒸気気泡がうまい具合に液から抜けてくれずに液中に留まり続け、それにより見かけの液面位置が上昇し、ついには反応器上部の鏡板にまで到達してしまう事です。そうなると、液が蒸気配管に吸い込まれ閉塞してしまいます。その結果、反応器内圧の調節は不能となり、反応熱の除去 即ち反応温度の制御が不能となってしまいます。ですが、実際にはそんな話は聞いた事は無くて、うまい具合に運転出来るように対策が施されています。例えば、溶媒を添加しておいて液粘度が上がりすぎないようにするとか、液を撹拌して液中の気泡を無理やり液面近傍にまで移動させ、気体の脱離を促進するなどです。

と、潜熱除去方式の問題点が少し明らかになりましたが、その詳細については次回ご紹介します。





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