反応器 潜熱除去方式その4 気泡ホールドアップ

 前回の投稿から少し時間が空きましたが、引き続き潜熱蒸発方式における気泡の挙動についてご紹介します。

前回計算したのは、静止液中の単一気泡の上昇速度 (終末速度 Terminal Velocity) であり、液粘度が高くなると すご~くゆっくり上昇するようになりますよ、というものでした。ただ、実際の反応器内の液は前にも言ったように、大量の気泡を含んでおり白濁しています。つまり、単一の気泡というよりは、気泡層と言うか泡沫層の様相を呈していると言えます。ケミカルプロセスで似たようなものは無いのかな~と考えると、まあ「気泡塔」 Bubble Column が該当するのかなと。 という事で、反応器内の気泡がボコボコしている状態を気泡塔として捉えて、少し計算してみようかと思います。


気泡塔 Bubble Column

気泡塔とは充填塔などと同じ気液接触装置の一種であり、液中に気体を吹き込んで気液の接触を進行させるものです。ノズルやスパージャーから気体を吹き込みますが、吹き込まれた気体は気泡となり、自身の浮力によって上方へ移動します。調湿装置や反応装置として使われますが、私も大学の研究室でドラム缶に温水を張って、そのなかにブロワーからの空気をくぐらせて加湿していました。で、気泡塔についてはいろいろと研究されていて、液中に含まれる気泡の体積比率 Gas Holdup を計算する為の経験式が多々提案されています。と、その前に気泡塔内の流動状態については 空気 - 水系では以下のように示されます。


吹き込む空気量が少ない (=空塔速度が小さい) と泡は均一な大きさで液中を分散して上昇します。ここで、空気量を増やすと気泡が合一して大きな気泡が出現するようになります。また、ここで気泡塔の内径が小さい場合を考えると、合一した気泡は1個の大きな泡となりスラグを形成するようになります。塔径や空塔速度を様々に変化させて中の様子を観察したり、ホールドアップを計測したりして、流動状態をマップにまとめると上図の様になります。同じ塔径だと、空塔速度が小さいうちは均一な気泡流ですが、空塔速度を上げていくとスラグ流になったり不均一流に遷移します。塔径が小さいとスラグ、塔径が大きいと不均一流になるとされています。 

でもって、2番めの図ですが 気体の空塔速度を上げていくと ホールドアップは最初は上昇していきますが、途中 遷移域で少し下がって再び増加に転ずるとされています。均一な気泡流では気泡の合一は少ないので、それぞれの気泡が別個に上昇していきますが泡の密度が増えると合一するようになり、大きな気泡となる事で上昇速度が増加して素早く液面に移動してしまうのでホールドアップは減少するのかなと。で、更にどんどん気体の吹込みを増やすと徐々にでは有りますがホールドアップも増加するようです。気泡に駆動される液の流動が激しくなるので、液面まで上昇した気泡が下向きの液流動に捕らわれて下降してしまうのかなと。

気泡塔 ホールドアップ経験式

で、ホールドアップを計算する為の経験式をいくつかピックアップしたのが下図です。いろいろ有りますが、液粘度を含まないものも有りますし、塔径を含まないものもあります。文献や書籍をいくつか調べましたが、すごく高粘度液におけるホールドアップについては皆無です・・・。高粘度です!と謳ってあっても、まあ数 [Pa s] くらいでしょうか。やはり、高粘度液では液面での破泡時の飛沫発生が懸念されるので、積極的には適用しないものと考えられるので、研究テーマとして取り上げる人も少ないのかなと。



余談ですが、高粘度液中の気泡について取り組んでいる分野も有るには有って、例えば鉄鋼産業です。転炉中のドロドロに溶けた溶湯(溶けた鉄)にランス状(槍状)の吹き込みノズルをぶっ込んで、窒素を吹き込んで溶湯を混ぜるとかを研究しています。まあ、実際には水と空気でモデル実験をやってると言うものですが、得られた知見は実際の転炉でも適用されているのかなと。また、超高粘度液中の気泡の挙動云々で調べると、火山学の文献もヒットします。火山の火道中をドロドロのマグマが上昇してきますが、その際に圧力が急速に低下するのでマグマ中の水分などが急激に発泡しますよ、と言うものです。溶けた玄武岩の粘度が記載されてあったりして、面白いですね。

ホールドアップ  空塔速度の影響

で、経験式を使って空気-水系とスチレン - ポリスチレン溶液系 (Styrene-PS系) でのホールドアップを計算すると以下のようになりました。ポリスチレン溶液の粘度としては、文献式で計算された 138 [Pa s] を使っています。また、塔径としては 計算で得られた反応器内径 2.554 [m] を使用しています。
空気 - 水系では、使用する式で10倍程度の差異に収まっていますが、Styrene-PS系では高い方と低い方では100倍程度の差異がありますね。という事で、信憑性はだいぶ怪しいのかなと思います。ただ、どの式でも空塔速度が増加するとホールドアップも増加すると言う結果にはなっています。





ホールドアップ 液粘度の影響

更にダメ元で液粘度を変えて計算してみました。この時の空塔速度は 蒸発したスチレン蒸気の空塔速度 0.045 [m/sec] としています。どちらの系でも液粘度を変えてもホールドアップはあまり変わりませんが、そもそも液粘度の影響がほとんど加味されていないので、さもありなんかなと。



超高粘度液 文献値

じゃあ、全く研究されていないと言う訳でも無く、例えば以下のような例が有りました。液粘度 330 [Pa s] とものすごい粘度です。昔の単位ですと 3,300 [Poise] ですが、これはもう容器に入れて逆さまにしても全く垂れてこないレベルです。モノはシリコーンオイルとの事で、これを塔径 290 [mm] の気泡塔に入れておき、孔径 4 [mm] × 25[個] の多孔板を底部にセットして空気を吹き込んでいます。
空塔速度 0.045 [m/sec] のデータが記載されており、グラフから読み取ると Average void fraction 平均空隙率 0.42 [ー] 程度でしょうか。空隙率は液の無い部分の比率、即ち気体の部分の比率なので要はホールドアップです。


 この文献の実験条件では 全容積の 4割程度がホールドアップと言う事になりますが、へーっその程度なんだな、と言う印象です。流動状態はスラグ流だと記載されており、結構大きな気泡がボコッ、ボコッと上昇しているようですね。ポリスチレン反応器の内径は大幅に大きいので、壁面の影響もほとんど受けず気泡はどんどん合一して巨大化して、その結果それなりの速度で上昇するのであれば、ホールドアップもせいぜい2割程度なのかなと思います。で、最後に種明かしをすると 潜熱除去方式の重合反応器を設計する際には、気泡のホールドアップは 20 [%] 程度を見込んでいました。実際、それでトラブルになった事も無いですし、何だかんだでホールドアップもその程度なのかなと。加えて、実際の反応器では インペラで内液を撹拌しています。その影響も多分にあるのだと思いますが、それについては次回ご紹介します。

参考書籍

"化学工学便覧 第6版" 丸善 
"化学工学の進歩16 気泡・液滴・分散工学"  槇書店 1982年刊

参考文献 J-Stageより採取 

"高粘度液気泡塔の物質移動容量係数とガスホールドアップ"
門叶、原田、栗山 化学工学論文集 第27巻 第6号 2001年

参考資料 ネットサイトより採取

“Small bubbles formation and contribution to the overall gas holdup in large diameter columns of very high viscosity oil”
Shara K. Mhammed , Abbas H. Hasan, Georgios Dimitrakis, Barry J. Azzopardi
International Journal of Multiphase Flow 152 (2022) 104104
"Hydrodynamics of Bubble Column Reactors Operating with Non-Newtonian Liquids" 
"Experimental Analysis and Modeling of Industrial Two-Phase Flows in Bubble Column Reactors" 




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