前回までは 潜熱除去方式における液相部の様相、特に気泡の挙動について簡単にご紹介しました。液中に多量の気泡が含まれるので、これを一種の気泡塔として考え、いくつかの経験式を使ってホールドアップ(気泡の体積比率) を計算してみました。液粘度の影響が今ひとつ明確では無いですが、液粘度が高くなったからと言って極端にホールドアップが増加し、全く運転出来ないと言う事は無いと思います。で、今回は少し寄り道をしてホールドアップが極端に大きくなってしまう例についてご紹介します。それは、反応器 内容物の緊急排出時です。
緊急排出 Emergency Venting
反応器 内容液の緊急排出 Emergency Venting が発生した場合には、反応器内部は気液混相状態になるものと考えられます。暴走反応や火災による外部加熱が発生した場合、反応器における熱除去が追いつかず内温は上昇します。内温の上昇は更に重合速度の増加を招く事となり、いわゆる雪だるま式に内温が上昇しつづけます。結果、内圧も上昇し最悪の場合 反応器が破壊されます。そこまでいかなくても、反応器に連結されている配管のフランジ部や、サイトグラスが破損すれば内容物が噴出し、近くに着火源があれば爆発・火災が発生します・・・。そうならないように、安全弁 Safety Valve や緊急排出弁 Emergency Relief Valve が設置されており、設定圧力 (反応器設計圧よりも低い)に到達した時点で、安全弁が作動し内容物を排出する事により反応器内圧を下げます。
例えば、炭酸飲料の容器をよく振って急に口を開けるとブシューっと中身が出てくるのが似たような現象ですね。この時、急激な内圧の開放により内液は大量の気泡を含んだ状態となっており、単なる気体若しくは液体の噴出とは異なる取り扱いが必要、とされています。
上図は 緊急排出 発生時の容器内の様相を模式的に示したものです。この辺りは、アメリカ化学工学会 AIChE の関連組織である DIERS , Design Institute of Emergency Relief Systems によって詳細に検討されています。また文献等も多々あり、重合反応の暴走状態を想定して安全弁の噴出面積を計算する事も可能です。
DIERS 公式サイト
DIERS | Design Institute for Emergency Relief Systems (aiche.org)
スチレン暴走反応
実際に業務ではスチレンの暴走反応を想定して温度・圧力の変化を計算し、その結果を用いて安全弁の噴出部面積を決めたりした事も有りますが、それについてはまた別の機会に譲るとして、ここでは文献の内容をご紹介します。
元となる文献は以下のものです。
"Simplified Vent Sizing Equations for Emergency Relief Requirements in Reactors and Storage Vessels"
J.C. Leung
AIChE Journal Vol.32 No.10 pp1622-1634 1986
少々古いですので今はもっと洗練された手法も提案されているのかも知れませんが、この文献が分かりやすくて、何よりスチレン重合反応の具体的計算例が載っていたので、ずっとこの計算手法を使っていました。
計算条件は以下のとおりで、9,500 [kg] のスチレンモノマーを”ついうっかり” 70℃の状態にしてしまいました、と言うものです。このまま特に除熱措置を講じなければ、重合が進行し重合熱が蓄積し暴走反応へと移行します。
容器に設置されている安全弁の作動設定圧は 4.5 [bar abs.] であり、安全弁作動後のピーク圧力は 5.4 [bar abs.] となっています。このピーク圧と言うのがこの手法のミソで、安全弁作動後でもある程度の圧力上昇を許容する事によって噴出面積を小さく出来ますよ、と言うものです。
dT/dt は温度上昇速度で、別途重合反応データから設定圧とピーク圧の両方における値を用います。ピーク圧の方が温度が高いので、重合速度も早くなり結果として温度上昇速度も大きくなります。
で、いきなり結果ですが 計算するのは 必要噴出流量 W [kg/sec] と、噴出流束 G [kg/m2 sec] であり、WをGで割り算すると残るのは面積 A [m2] となりこれが必要噴出面積です。噴出部は普通円形なので 円の直径 D [m] を計算して、これが安全弁に必要な内径となる訳です。下図では Eq.20 がこの手法によるものであり、 0.327 [m] とそれなりに大きいですね。
表の一番下には蒸気噴出 Vapor venting で計算した内径が記載されており、0.189 [m] とだいぶ小さいですね。と言うことは、蒸気のみ噴出すると想定して計算してしまうと、噴出面積が不足してピーク圧が高くなり危険だな~と判断されます。でもまあ、開口部内径 327 [mm] と言うのは大きいですよね。安全弁は 複数個設置しても良いので、仮に 2個設置するとすれば 232 [mm] となりますね。
この手法も面白いところは安全弁作動後の内容物重量、温度及び圧力の推移を計算出来る事です。圧力の推移を見ると、設定圧 4.5 [bar abs.] で安全弁が作動しますが、その後も圧力は上昇し続けます。で、ピーク圧 5.4 [bar abs.] に到達すると減少に転じています。●はこの手法による計算結果であり、実線はより詳細なコンピュータシミュレーション結果との事です。この結果を見ると噴出開始後、1分程度で容器の中身は空っぽになりますね・・・。
更に、なるほどね~と思うのが設定圧に対するピーク圧であり、文献中ではオーバープレッシャーとされています。計算例では 4.5 [bar abs.] に対して 5.4 [bar abs.] が設定されており、この 5.4 [bar abs.] は 最高許容運転圧力 Maximum Allowable Working Pressure 5 [bar abs.] の 約10[%] 増しとなっています。設定圧 4.5 [bar abs.] に対しては 1.2倍です。で、下図のように、オーバープレッシャーの程度で噴出面積が大きく変わります。
設定圧の1.2倍では 噴出面積 0.0842 [m2] ですが、オーバープレッシャーが全く無い場合 噴出面積は 0.7 [m2] となっています。この場合、噴出部内径は 0.944 [m] となり非常に過大です。容器内容積 V は 13.16 [m3] でしたが、竪型円筒タンクを想定し 直径/高さの比率を 1.5 とすると内径は 2.235 [m] です。タンク天板に安全弁を設置するとして、開口部内径は天板直径の4割ほどにもなります・・・。まあ、設置は無理ですね。一方、5.4 [bar abs.] 以上にピーク圧を上げても、噴出面積削減の効果は思ったほど大きくは無くなり、この程度が妥当だと言うことなのでしょう。
と、反応器内の気泡挙動に関連して安全弁からの内容物噴出について簡単にご紹介しました。まあ、式自体もそれほど面倒では無く、反復計算などの煩雑な手法を使わなくても噴出面積を計算出来るので便利な手法だなあと思います。別途 暴走反応シミュレーションによって温度上昇曲線を計算しておく必要が有りますが、重合速度式が分かっていればEXCELで計算出来ますし。まあ、DIERS の最新の手法ではもっとスマートにかつ精度良く計算出来るのかも知れませんが。暴走反応や安全弁 噴出面積の計算については、別途機会を見つけてご紹介したいと考えています。
参考文献
"Simplified Vent Sizing Equations for Emergency Relief Requirements in Reactors and Storage Vessels"
J.C. Leung
AIChE Journal Vol.32 No.10 pp1622-1634 1986
"Properly Size Vents for Nonreactive and Reactive Chemicals"
H.K. Fauske
Chem. Eng. Progress Feb. 2000 pp.17-29
"Sizing Relief Sysems for High Viscosity Two-Phase Flow"
G.A. Melhem
Chem. Eng. Progress June 2004 pp.29-34
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