反応器 潜熱除去方式 その1

 いろいろと言ってきましたが、やっと潜熱除去方式の詳細にまでたどり着きました。で、反応器内のドロドロの液は沸騰している訳なのですが、反応温度に対応した圧力にしてやらないと沸騰しません。今回は反応器内圧はどの程度なのかについてご紹介します。


蒸気圧式

反応器の内部はポリスチレンとスチレンの混合液ですが、ポリスチレンの蒸気圧はゼロです、高分子量 物質(分子量 10万以上)なので。一方、スチレンは低分子量 物質(分子量 104) なので蒸気圧をもっています。ご存知のように、例えば水の沸点は大気圧下では 100 [℃] ですが、この時の水の蒸気圧は 1気圧となっています。スチレンの沸点温度は大気圧下では 146 [℃] ですので、反応器内圧を 1気圧とすればスチレンは沸騰します。今回の例では 反応温度 140 [℃] なので、大気圧よりも少しだけ圧力を下げる必要があります。じゃあ、反応器 内圧をどれくらいにすれば良いのか?ですが、何か適当な蒸気圧式を使ってその圧力を見積もる事が出来ます。


Riedel式は5定数式でより精度が高いとされています。一方、Antoine式は3定数であり精度は若干落ちるものの、データ数が多いとか計算しやすいと言う利点があります。まあ、今のご時世 EXCEL で計算しますので、手間についてはあまり関係は無いかと。

それよりも、Antoine式の便利ポイントは上記の様に簡単に 温度 T について解ける事なのかなと思います。このように変形すると、蒸気圧を与えてそれに対応する温度(=沸点温度)を求める事が出来ます。圧力 1気圧では沸点温度は 145.5 [℃] とすぐに計算されますし、0.1気圧だと75.4 [℃] となります。例えば、スチレンの入っている容器を外部から加熱して蒸発させたい場合、内圧を 50 [Torr] に出来るのであれば沸点温度は 65.5 [℃] となるので、加熱媒体の温度は 70 [℃] くらいにしておかないと蒸発させられないよ、となります。もちろん、加熱温度 100 [℃] にしてしまうと重合してしまうので、要注意です。

なお、今回用いた定数値は以下のとおりです。実は 信頼できるRiedel式 定数値を使って蒸気圧を計算し、その値を使って Antoine式 定数値を決定しています。別個に Antoine定数値を持ってきても良いのですが微妙に計算した蒸気圧値が異なります。それは少し気持ち悪いので同じ蒸気圧値となるように工夫してみた次第です、面倒臭いですけど。

  • A = 6.895
  • B = 1411.5
  • C = 206.13

※ 圧力の単位 [Torr] は [mmHg] と同じであり、1気圧は 760 [Torr] です。

Riedel式でも Antoine式でも、ネットにデータが転がっていますが、出どころはきちんと見ておいた方が良いかと思います。例えば、化学工学便覧とか Perry's Chemical Engineers Handbook などでしょうか。


スチレン 蒸気圧

で、スチレンの温度 vs 蒸気圧の関係は以下のようになります。温度 140 [℃] であれば圧力 87.6 [kPa] 、657 [Torr] となり、こうなるように反応器 内圧を調節してあげれば良いと言う事になります。1気圧は 101.3 [kPa] 若しくは 760 [Torr] なので少し減圧する事になります。


ポリマー混在の影響

上記の結果はまあこのとおりですが、実はもう一つ考慮しなければいけない事が有って、それはポリマーの影響です。かいつまんで言うと、ポリマーが混在すると低分子量成分の蒸気圧は低下する、です。しかも、その低下の程度はポリマー濃度の影響を受けるとされています。なので、その影響を考慮する必要がありますが、例えば 以下に示す Flory - Huggins 式が適用可能です。



式自体はそんなに複雑では無く、要は ポリマー濃度 (体積分率) の影響を受けて、本来の蒸気圧よりも実際の蒸気圧は低下すると言うものです。また、式中の χ (ギリシャ文字のカイ) は相互作用パラメータで ポリスチレン - スチレン系の場合は 0.42 とされています。この式を用いて転化率の上昇に伴いどの程度蒸気圧が低下するかを計算した結果を以下に示します。それと、転化率は重量基準ですが Flory - Huggins 式では体積分率値が必要なので スチレンとポリスチレンの密度値が必要となり、上記の式で計算しています。スチレン単体について転化率 X をゼロとし、温度の影響のみを考慮します。


今回の例では、反応器 転化率は 70 [%] としていますが、その時の蒸気圧は 522 [Torr] となり、約2割ほど蒸気圧は低下する事になります。ですので、厳密に言えば 反応器内圧を 522 [Torr] 程度に減圧して初めて沸騰する事になります。計算結果を見ると、より転化率の小さい領域では蒸気圧の低下はほとんど有りません。一方、転化率がもっと高くなると蒸気圧の低下は非常に大きくなります。この領域は反応工程の次にある脱モノマー工程が該当しますが、この結果から類推されるように脱モノマー(=スチレンの蒸発)においては装置内圧力を大幅に下げる必要が有りますね、となります。

で、この計算結果は実際の運転状況と比較してまあ合っているのかなと思います。スチレンとアクリロニトリルの共重合ポリマープロセスでは、反応器を2基直列に連結して運転しますが、1基目は転化率(厳密にはポリマー濃度)が低いのでポリマーの影響を考慮しなくてもOKでしたが、2基目は転化率が高いのでポリマーの影響を考慮しないと内圧計算結果がズレてしまっていました。この手の計算をするたびに、そうなんだよね~と一人思っていましたね。

まあ、ポリマーの影響で内圧が下がったとしても、実際の制御では内圧そのものを調節している訳では無く、内部温度を別途 温度計で拾っており、その温度値が設定値と合致するように内圧を調節している事になります。じゃあ、内圧とか計算しなくても良いのか?となりますが、まあどんな圧力になるのかは重要で 今回のポリスチレン反応器では減圧となる訳でノズルやらフランジから外気を吸い込む事になるので、きっちりシールをしておかないと駄目となりますね(酸素が入るとポリマーが着色したりする)。一方、前述のスチレン - アクリロニトリル 共重合ポリマーではアクリロニトリルの蒸気圧が高いので大気圧よりも大幅に高い内圧となります。それはそれで、外部への漏れ出しが問題となるので、やはりシールはきちんとしましょうねと言う事になります。

反応器の内圧はどの程度になるのかが分かりました、と言うところで次回に続きます。

参考文献

「物性推算法」大江修造  データブック出版社 2002年




コメント