前回はいくつかのインペラについて撹拌動力を計算した結果をご紹介しました。今回はそのつづきとして、動力以外の性能について計算した結果をご紹介します。
と、その前に少し数式と言うか撹拌操作においてよく出てくる指標、具体的には無次元数をいくつか説明しておきます。
レイノルズ数
撹拌操作も単位操作的には流動のひとつと言えますので、やはり層流から乱流へと流れの様相が変化します。ご存知のように、円管であればその内径 d や流速 u 、物性(密度 ρ・粘度 μ)によって流れが変化し、レイノルズ数と言う無次元数で表現する事が可能です。撹拌の場合も同様に撹拌レイノルズ数が定義されます。円管の平均流速の代わりに、撹拌ではインペラ先端の周速度的なものを用います。厳密には周速度=円周率×インペラ径×インペラ回転数となります。
ここで注意するのは回転数で、撹拌の分野では [rpm] で表記されるのが一般的ですが、次元を合わせる為に [rps] とする必要が有るので 60 で割り算します。60 [rpm] であれば 1 [rps] となります。この撹拌レイノルズ数ですが、まあ100程度までが層流域とされており、以降は遷移域であり、 数万を超えれば完全に乱流域とされるのかなと。
動力数
前回 インペラの撹拌動力を計算した結果を載せましたが、動力についても動力数と言う無次元数が有り、この値が分かっているとすぐに計算できます。例えば、ラボスケールの装置を用いてインペラのトルクを実測すると、撹拌動力が得られます。次に、インペラ径と回転数を使って無次元数である動力数を求めます。同時に撹拌レイノルズ数も求められますから、撹拌レイノルズ数と動力数がセットで得られます。で、どっちも無次元数なのでスケールに関係無く、この結果を適用可能です。小さいスケールで採取したデータであっても、量産スケールの大きなインペラに適用する事が可能です。
数十年も前になりますが、50L 程度の撹拌槽にインペラを設置し、トルクを実測して動力数を求めた事が有ります。その時はトルクメータ(歪ゲージ式) を用いましたが、モーター・減速機 ↔ トルクメータ ↔ シャフト・インペラと言った感じで連結し、インペラを回してトルクを測定していました。文献等を見ていると今も基本的には同じなのか~なと思いますね。実験結果と文献の経験式を用いて計算した結果がまあまあ合っていたので、ホッとしましたね。
循環流量
槽内の液がグルグル流動するので、この「循環流量」なるものを考える事ができます。インペラによって液が動く状況を想定し、例えば Propeller インペラから液が下向きに吐き出された時点を始まりとし、その液の動きを追跡します。液は槽底部にぶつかって上方向に流れの方向を変え、槽側壁にそって上昇します。液面まで到達すると、今度はインペラに吸い込まれるので下向きへと流れて行きます。まあ、本来はもっと複雑ですが簡単に言うと吐出→槽底で反転→側壁上昇→液面で反転→シャフト近傍を下降し、またインペラまで戻った時点を終わりとします。始まりから終わりまでに要した時間が「循環時間」と呼ばれるもので、液体積をこの循環時間で割り算すると次元が [m3/sec] となり、これを「循環流量」とします。
液が混ざるには液が槽内を循環する必要があり、その際の流量が大きい方が早く混ざる事になりますので、結果 循環流量の大小が混合性能を左右する事になります。この循環時間ですが、撹拌がらみの実験では最も簡単に実測可能です、ただし地味にシンドいです。実際にどうやるとかと言うと、槽内液と比重を合わせたトレーサーを投入し、その動きを目視で追跡して1周に必要な時間をストップウォッチで計時します。で、いつも同じ経路を通るわけでは無いので、少なくとも100周分くらい実測して平均値をとります。循環時間の分布は、「循環時間分布」と呼ばれシャープな方が好都合ですが、デッドスペースが有ったりするとそこに捕捉されいつまで経っても循環しないよ、と言った事が有りましたね。トレーサーとしては食器洗い用スポンジを 直径 5[mm]程度に切って使っていました。液が結構 高粘度だったので、スポンジ球を液中でグシュグシュっとして良く馴染ませましたね。スポンジが気泡を含んでいるとジワーッと浮いてくるので、要注意でした。で、色違いのスポンジ球を複数個位入れ、動きの良さげなものを選んで計時していました。
混合時間
インペラの混合性能を直接に測定し、それを「混合時間」と言う指標とする事も有ります。水に黒インクを入れてかき混ぜると最終的に水は一様に薄く黒くなりますが、それを混合終了とすると、要した時間が「混合時間」です。ただ、インペラの回転数を上げるとすぐに混ざるのが容易に想像されるように、回転数の影響を強く受けます。知りたいのはインペラの実力なので、回転数[1/sec] を使って混合時間[sec] を無次元化します。下図にあるように回転数と混合時間を掛け算すると無次元数となり、「無次元混合時間」となります。この値が小さいほど混ざりやすいインペラと言えます。
この「無次元混合時間」の値を使って、混合完了に必要な時間を計算できます。例えば、「無次元混合時間」が60 [ - ] のインペラが有り、そのインペラを回転数 1 [rps] で撹拌すると、混合完了に必要な実際の時間は 60 [sec] となります。分かりやすく言うと 60 [rpm] で 混合時間 1 [min] です。
インペラ 循環性能、混合性能
前回 ご紹介した インペラの循環性能と混合性能を以下に示します。まあ、循環流量はピンと来ませんが、混合時間は早いもので 5[sec] 程度、遅いものでも 30[sec] ですから、エイっと液を入れてガーッとかき混ぜると1分もしないで混ざりますね、と言えます。
※ 図中に棒グラフが欠損しているインペラが有りますが元のデータが無かった為です。ゼロ秒で混合完了する訳では有りません・・・。
もちろん、 これらの動力値、循環流量及び混合時間は全て乱流域での計算結果です。あくまでも、水のような粘度の低い液を比較的高速で撹拌した結果です。
インペラ性能
で、せっかくなので 単位体積当たりの動力 Pv に対して 混合時間をプロットしたグラフを以下に示します。Pv値が大きいと言うことは、それだけ液にエネルギーを投入すると言う事で、それに伴い混合時間は減少しているのでより早く混ざると言えます。ただし、インペラによって同じ Pv であっても混合時間には結構バラツキが有ります。まあ、それがインペラの性能と言うか実力と言えますが、製作しやすいとか安価だとか選定の基準は様々なので単純にこれが良い!とは言えませんね。
と、次回は高粘度用インペラについてご紹介したいと思います。
※ 追記 傾斜パドル動力曲線 名工大 平岡研
高粘度用に行く前に、代表的な低粘度用インペラである 「傾斜パドル」の動力曲線 Np-Re の計算例を載せておきます。このような動力曲線が有れば、乱流域でも層流域でも撹拌動力を見積もる事ができます。
参考にしたのは、名工大 平岡 節郎先生のグループによる文献です。こちらのグループは様々なインペラの動力推算式を提出されており、何回と無く使わせて頂いております。この場をお借りしてお礼申し上げます。
傾斜パドルの推算式は以下のとおりです。インペラ仕様に基づいて各パラメータ値を計算します。そうすると、完全邪魔板条件における 動力数 Npmax が得られます。更に、液物性である密度ρ[kg/m3] と粘度μ [Pa s] 及び 運転条件である 回転数 n[rps] を設定して 撹拌レイノルズ数を求めて、邪魔板有り条件 Baffled condition の動力数 Np と邪魔板無し条件 Unbaffled condition での動力数 Np0 を求めます。で、どちらか大きい方の値を動力計算に使用する動力数とします。上図の動力曲線で見てみると、右端の平坦となっている部分では邪魔板が効いていますので Np の方が大きいですが、左側の撹拌レイノルズ数の小さい部分では邪魔板が効いていないので、Np0 の方が大きな値となります。計算してみると分かりますが、邪魔板有りの Np は撹拌レイノルズ数が変わっても、ずーっと小さい値です。
最初にこの推算式を使った際にはその辺りがよく分かっておらず、撹拌レイノルズ数の小さい層流域であっても動力数が 1 以下となったりして、本当に疑問でした。ですが、良く調べてみると、「層流域では邪魔板は効かない」ので、そうであれば 邪魔板無しの Np0 の値を使うんだろうなと思い至りました。そういった経緯があって、改めて撹拌レイノルズ数に対して動力数をプロットしてみると上図のようなそれらしい結果になりました、と言う事ですね。こういった事は実際にやってみないと分かりませんね。
で、確かに昨今は CFD (Computational Fluid Dynamics) と言った解析手法も発達してきているので、槽・インペラの3Dモデリングを何もないところから始めて計算結果が得られるまで 早いと数十分で終わるのかなと。ただまあ、インペラ形状やバッフル仕様を変えたら動力はどうなるのかなってのは推算式を使うほうが手っ取り早いですね。EXCEL であっと言う間に計算出来るので。それと、推算式では各ファクターの場所が分かっているので、どこがどの程度 影響しているのかの見通しが効くのが良いですね。もちろん、詳細な速度分布やら剪断速度分布とかを見たいのであれば、CFD の独壇場だとは思いますが。昔、CFD で撹拌槽の解析を実施して、動力推算式の結果と比較した事が有りますが、まあ合いますよね。その時は CFD が有ればもう実験とかしなくて済むのかな~と思いましたが、完全に CFD に取って代わられるには、もう少しだけ時間がかかるように思います。などと言ってると、AI がオススメのインペラを選定してくれるようになるのかなと。
参考文献
「撹拌槽の設計・操作における撹拌所要動力の重要性」
加藤、平岡ら 化学工学論文集 第35巻 第2号 pp.211-215 2009
「傾斜パドル翼の撹拌所要動力の相関」
平岡、亀井、加藤ら 化学工学論文集 第23巻 第6号 pp.969-975 1997
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