反応器 撹拌その9

 今回は、ダブルヘリカルリボンインペラの動力以外の性能についてと、関連するいくつかのトピックについてご紹介します。動力以外の特性と言うと以下のような項目でしょうか。

  • 流動特性 速度分布、剪断速度、循環時間
  • 混合特性 混合時間
  • 伝熱特性 壁面熱伝達係数
  • 物質移動特性 ガス吸収速度

今回取り上げている重合反応器で重要なのは、流動特性と混合特性でしょうか。伝熱特性については、反応器壁面からの熱移動は全く期待出来ないので考慮する必要は無いですね。もちろん、それ以外の用途、例えば高粘度の油を撹拌槽に仕込んで、所定温度まで上げるような場合には壁面からの熱移動が律速段階となるので重要となります。反応後の液を排出する前に温度を下げたいと言う場合も同じですね。

ただ、高粘度液の撹拌において大きな熱移動速度は全く期待出来ないので、別の方法を考えたほうが無難です。例えば、液の昇温が必要であれば反応器への液仕込み配管に外部熱交換器を設置する事が考えられます。1パスで所定温度まで昇温できるだけの伝熱面積を持たせておけば良いですね。加えて言うならば、熱交換器伝熱管の内部に熱移動促進用のスタティックミキサーを挿入しておけば熱移動速度はそれなりに向上されるのでコンパクト化も可能かなと。ただ、別途 機器を設置する必要が有りますので初期投資が必要となります・・・。ですが、それによって反応のバッチ数を稼げるのであれば元はとれる、かも知れませんね。

また、物質移動特性ですがガス吸収を想定しています。例えば、反応器内に原料液を装入し、気相部にはこれまた原料ガスを加圧充填して、液面からガス吸収させるような場合です。若しくは、反応を反応式の右辺側に進める為、発生した気体を系外に除去したい場合などにも、液面からの蒸発が必要となる場合があるかと。今回の場合も物質移動の一種と言えなくも無いですが、液面からの蒸発も確かに有るには有ると思いますが、ほとんどは液相内部での蒸発発泡なので、やはりあまり関係は無いですね。

流動特性

簡単に言えば液の流れですが、その方向と大きさが重要です。リボンブレードがグルグル回っているので、その動きによる円周方向の流れが有ります。加えて、リボンによるポンピング作用が有るので上下方向も流れも発生しており、両者が組み合わされた流れ(フローパターン)となります。この時非常に重要なのは、液中のどこにも淀み部分が無いことです。この淀みは Dead Space とか Dead Zone 、滞留部などと呼ばれます。村上先生の著書からフローパターン実測例を抜粋して以下に示します。



で、図を追加していますが、壁面近傍を「下向き流れ」とするのか それとも 「上向き流れ」とするのかの選択肢が有ります。簡単に、「壁面掻き下げ」とか「壁面掻き上げ」などと言ってました。で、蒸気がボコボコしている潜熱除去方式の反応器では、「壁面掻き下げ」を選択していました。うーん、どっちでも良いような気もしますが、一応理由としては以下のように考えていました。何度も触れているように、液中では気泡が無数に発生していますが、液面の極端な上昇を避ける為に 気泡は出来る限り速やかに液面に移動して更に気相部へと移行してもらいたいです。その際、気泡の合体・合一を促進する方が好ましいのでは?と考えると、反応器中心部のインペラシャフトの周りに気泡をグイっと集めるようなフローパターンがベターだろうなと考えました。合体・合一した気泡はより粗大化しますので、液中の上昇速度が大きくなる方向であり、液の移動速度と相まってより早く液面に到達する事を狙った訳です。なので、量産スケールのDHRインペラではことごとく「壁面掻き下げ」を採用していました。

実は、パイロットプラントの50L 反応器でインペラ回転方向を変えてみた事がありましたが、運転が出来なくなるとか温度制御ができなくなったりと言った異常は全くありませんでした・・・。サイトグラスからしばらく覗いてましたが、「どっち向きでも同じでした」と上司には報告しましたね。今思い返すと、ぶっちゃけどっちでも良いのかなと思いますね。世の中には「壁面掻き上げ」で運転しているDHRインペラも有ると思いますし。

※ フローパターンや速度分布の測定方法ですが、撹拌されている液中にトレーサー粒子を懸濁させ、そこに幅の狭いスリット光を照射し写真を撮ります。シャッタースピードをうまく調節するとトレーサー粒子の軌跡が線状に記録されるので、その長さ(粒子移動距離)をシャッタースピード(移動時間)で割り算すると速度値となります。同じ作業を大量に実施すれば速度分布が得られます。まあ今はデジタルでの画像処理が一般的なので、PIV(粒子画像流速測定法)Particle Image Velocimetry などが使われるようです。


混合特性

次に混合特性ですが、当然ですが流動特性と密接に関連しています、と言うかほぼ流動特性に支配されています。速度分布の測定は分かりやすいですが、混合特性はその点少し曖昧な感じです。私が実験していた頃は、脱色法による測定が一般的でした。図に有るように液を一旦着色し、そこに少量の脱色液を投入し脱色過程を観察します。液が全部消えた時点で混合完了とし、脱色液投入から脱色完了までを混合時間とします。混合時間の次元は時間なので θ [sec] となり、ここに 回転数 n [1/sec] を掛け算すると 次元が消えて無次元数となります。この n・θ が無次元混合時間と呼ばれるもので、インペラの混合性能を表わす指標です。脱色法以外の方法も有り、例えば着色剤を投入して均一になるまでの時間を目視観察するとか、液中に電解質(塩化ナトリウムとか)を溶かした液を投入し、電気伝導率の変化を見るとか、温度の高い液を投入して温度の均一化過程を測定するなどもあります。ただまあ、脱色法の文献が多いせいも有って、この方法がスタンダードなのかなと。この方法の利点はまあまあ お手軽で、加えて Dead Space がハッキリと分かる点でしょうか。



で、DHR インペラの混合性能ですが、無次元混合時間値で 「33」 と言うのがよく言われています。即ち、インペラが 33回 回転すると混合は完了すると言う事ですね。となると、回転数 33[rpm] で撹拌すると、ちょうど 1分で混合完了となります。ただ、以前も触れたように他のインペラと比較してどうなんだ?と言うのが重要でして、いろいろな指標が提案されています。ここでは水科篤郎先生の文献に記載されている結果をご紹介します。結構古い文献で見づらい感じだったので、描き直しています。横軸は無次元化した単位体積当たりの動力値で、縦軸は無次元混合時間です。

いろいろなインペラで測定された文献値を使ってプロットしていますが、ざっと見ると右下がりの直線にのっている事が分かります。右下がりなので、動力を投入すれば混合性能は良くなりますよと言う事で、まあ当然かなと。で、様々なインペラの結果がほぼ直線状に並んでいるので、インペラの形状にはいろいろ差が有るけどもこの指標でうまく整理出来るよ!と理解されます。どうやって設計に活かすかと言えば、そんなにすぐに混ぜなくても良いよ、と言う場合はプロペラとかでゆっくり混ぜれば良いとなります。電気代も節約されますし、初期投資も抑えられます。一方、とにかくすぐに混ぜたいよ!と言うのであれば DHR を採用して、それなりに動力を突っ込めばチャチャっと混ぜられるよと判断出来ます。初期投資もお高めで電気代もかかりますが、それに見合うだけの利益が有るのであれば問題は無いですね。

図中の赤い実線はデータ点を近似した直線です。だいたいどのデータもこの直線にのってますが、Curved Turbine など外れているインペラもあります。これらのインペラでは無次元混合時間が長くなりますから、出来るだけ使わない方が良いですね。

それで、この混合時間なんですが、回転数 33[rpm] だと 1[min] で混ざると判断されます。が、この混合時間値がそもそも妥当なのか、それともそうでは無いのかについては、分かりません・・・。重合反応器では 平均滞留時間が 数時間程度が一般的なので、仮に 1.5 [hr] とすると 90 [min] となります。混合時間が 1[min] であれば、単純に考えれば 液が反応器に入ってから出るまでに 90回混ざるよとなります。う~ん、結論から言えば これで十分なんだと思います。 確かに、完全混合槽型反応器における滞留時間分布を考えれば、液の一部は反応器に入ってすぐに排出されます。 混合時間 1[min] 以下の滞留時間で排出される液も、ごく一部ですが存在する筈です。ですが、マクロ的に見れば反応器は特に問題も無く運転されてますし、物性がおかしいと言う事も有りません。作っている製品に要求される物性が、そんなに細かいところまでを求めていないので、この程度の混合性能で問題無いですよ、と言う事なのかなと若い時は考えたりしたものでした。まあ、実際この辺りを説明したり取り上げたりしている書籍や文献は見たこと無いです。言わずもがななんでしょうかね。

※ 脱色法ですが、着色にはヨウ素とでんぷんを使います。ヨウ素デンプン反応により濃い紫色に着色されます。着色液を投入してずーっと撹拌しますが、当然 Dead Space は着色されにくいので、ヒシャクとか棒などを突っ込んで無理やりに混ぜ込みます。もちろん、回転機器であるインペラは止めてあります。均一に着色されたら、今度は脱色液を投入します。もちろん、撹拌している最中にエイッと瞬間的に投入します。槽内の液が 30 [L] くらいであれば、投入する脱色液は 100~300 [mL] だったでしょうか。

脱色液は高粘度液に チオ硫酸ナトリウム液(ハイポ)を投入して作ります。槽内液に脱色液が混ざると酸化還元反応により色が消えて透明になります。気をつけるのは、脱色剤は少し過剰に投入する事です。1.2倍当量くらいでしょうか。色が消えたら終わりですが、Dead Space はずっと着色したままなんで、やはりインペラを止めてヒシャクなどでむりやり混ぜで色を消してました。この方法は何回も出来るので、脱色後に再度着色液を入れて着色します。ただまあ、ずっとやっていると液粘度が変わってきます。と言うのも、ヨウ素液は低粘度ですしハイポ液も低粘度です。それらを高粘度液に投入していくので、徐々に粘度が下がります。まあ、1回着脱色するたびに粘度を測定しますが、粘度が下がると撹拌レイノルズ数も変わってきます。更に濁ってきますね液全体が。なので、10回くらいやったら液を捨てて、新たに高粘度液を装入してたと思います。

因みに高粘度液ですが、もっぱら一斗缶の水飴を水で溶いて調製していました。冬場はカチコチなので湯煎していました。まあ、夏場は夏場で苦労が有って、すぐ腐ります。そして、すごく臭いです。原液はそうでもないですけど、一旦加水して調製した高粘度液をドラム缶に貯めておきますが、すぐ腐ってものすごく臭くなります・・・。


まあ、こんな感じです。撹拌も奥が深くてまだまだ説明したい内容もありますが、また別の機会にでも。次回は全体のまとめをして 反応器についての一連の投稿を締めてみようかと思います。


参考文献

「重合反応装置の基礎と解析」 村上泰弘著 培風館 1976
  4章 高粘度重合反応装置内の流動
「撹拌反応槽における温度の均一化」 
  水科、伊藤、平岡、渡辺  化学工学 第34巻 第11号 pp.1205-1212 1970


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