化工計算ツール No.11 配管 慣用流速(標準流速)

 今回は、配管による流体移送 設計時に重要となる「慣用流速」についてご紹介します。書籍によっては 「標準流速」とか 「基準流速」 となっている場合も有ります。で、その値ですが 液体移送であれば 管内平均流速の上限を 大体 3[m/sec] とし、気体移送であれば 上限を 大体 30 [m/sec] にしましょうと言うものです。 設計実務において配管サイズを選択する場面は結構有りましたが、まあ上記の慣用流速に従っておけば特に問題は有りませんでした。ですが、もちろん例外も有って、高粘度液であるポリマー溶液を移送する際には慣用流速よりもずーっと小さな流速としていました。まあ、そんな事もご紹介しようかなと。



液体移送 圧力損失 計算結果


まあ書籍等に記載されている慣用流速の値を羅列するのも芸が有りませんので、一応 何かしら計算してみようかなと。で、液体と言えば水でしょうか。いくつかの配管内径について、平均流速を変えて圧力損失値(ただし 1メートル当たり) を計算しています。で、配管径ですが 実在する配管の値を使っています。内径が 例えば 50[mm] ピッタリの配管とかは売ってないので・・・。 

液体移送時であれば 慣用流速は 3[m/sec] ですが、計算結果をみても正直良くわかりませんね。どの配管径であっても流速の増加に伴い圧力損失は増加しますが、3[m/sec] を超えたからと言って圧損値が急激に増加する感じでも有りません。やはり、圧損だけから 慣用流速をどうのこうの言うのは難しいかなと。あくまでも経済収支を考えた結果導き出される結果なのかなと思います。



で、ついでなので 管内平均流速をいくつか選定し、配管内径を変えて計算してみた結果が以下のグラフです。平均流速 3[m/sec] を強調しています。配管が太くなると圧損は単調に減少しています。 この結果を見てみると、「ん、平均流速が同じであれば圧損も同じでは?」と思えなくも無いですが、圧損計算式である ファニングの式を見ると 配管内径 d が(L/d) として 分母に入っているので、d が増加すると圧損は減少しますね。なので、この結果を勘案すれば 太い配管であれば 平均流速は慣用流速よりも大きめにしても良い、となりますね。



ファニングの式を載せておきます。また、摩擦係数ですが 平滑管における 板谷の式を使っています。精度も良くて使いやすいですね。レイノルズ数は言わずもがなです。



気体移送 圧力損失 計算結果


で、次に気体移送ですが まあやはり空気でしょうか。配管径は水と同じにしていますが、平均流速はだいぶ大きくしています。



次に 配管径を変えた計算結果です。まあ、同じような結果ですね。



せっかくなので、水と空気の結果を併せてグラフにするとこのようになります。同じ流速だとこれくらいの違いが有りますね。水 3[m/sec] 、空気 30[m/sec] に点を打っていますが、それぞれの慣用流速における圧力損失はこれくらいの差が有ります。 


慣用流速


で、いよいよ慣用流速値ですが ざっくりと言えば 3と30 [m/sec] ですが、流体の種別や用途によって差異が有りますね。
まずは、「管路・ダクトの流体抵抗」 日本機械学会編 に記載されている液体移送時の値です。元ネタは一覧表ですが少し分かりにくいので棒グラフにしてみました。一般的な液体(水とか油) で一般的な用途 (ポンプ吐出) であれば 3[m/sec] ですね。ただし、ポンプ吸込などであれば キャビテーション等のトラブルを回避する為に慣用流速は小さくなります。消防用ホースは 10[m/sec] でも OK のようですが、理由は良くわかりませんね。布製のやつだと思いますが、「とにかく火を消さなきゃないんだから 慣用流速とか言ってんじゃないよ!」と言うことなのでしょうか。まあ、流速が大きい方が筒先からの放水量が多くなりますし。となるとポンプ車のポンプもゴッツいやつが搭載されているんでしょうか (エンジンポンプとかだと思いますが)。また、高粘度液では慣用流速は小さくなりますね。圧力損失が大きくなる為です。


次は気体です。送風機吐出側とかであれば 30[m/sec] ですね、やはり。煙突の慣用流速は 8[m/sec] なんですね。もっと勢いよく流れているようなイメージが有りましたが、こんなもんなんでしょうか。また、ダクト類ですが 慣用流速は低めですね。送風ダクトの騒音などが影響しているのかも知れません。スチームですが、配管が太くなれば慣用流速は大きくなっています。また、グラフには上限値を記載していますが、見てのとおり下限値がある用途も有ります。例えば、風力輸送 (大体は空気輸送) だと輸送される粉粒体が配管の途中で沈降してしまわないように流速の下限が有ります。実は、液体の場合も同じ状況が有って、スラリー(固体懸濁液) では 固体粒子が沈降して堆積しないように下限値が決まっています。



で、何事もシングルソースだとアレなので、別の文献も当たってみました。「化学工学便覧 第6版」 には以下のように記載されています。こちらも一覧表なので、見やすいようにグラフにしています。こっちはケミカルプラントを想定しているので、「沸点で調節弁に入るライン」などが有りますね。液体のポンプ吐出であれば 3[m/sec] ですね。自然流下(重力流下) や沸点近傍の液などでは 慣用流速を小さくします。自然流下では駆動力は重力しかないので、あまりに細い配管だと所定の流速が出ません。また、沸点や沸点近傍の液では配管圧損によって静圧が低下するとキャビテーションが発生し、ポンプで吸い込めないとか流量が不安定になるといったトラブルが起こりやすいので太めの配管でかつ配管長も短めとなるようにレイアウトしますね。気体については前述の値と同程度でしょうか。



で、これで終わりでは無くて、「許容圧力損失」といった一覧表も有りましたのでグラフにしてみました。これは相当長 100[m] 当たりの圧力損失の許容値です。ポンプ吐出だと 80[kPa/100m] とあるので、この圧損値までは平均流速を上げても良い事になります。


で、水で計算してみました。配管が太くなると その分 慣用流速は大きくなります。こうしてみると、慣用流速値を与えるよりは 「許容圧力損失値」を与えるほうがよりスマートなやり方のように思いますね。まあ、昔は 所定流量が物質収支から与えられて、その流量を慣用流速で割り算して流路断面積とし、それを満足する配管径を選択する、と言う作業を延々繰り返していたと思うので、「慣用流速」を使ってとりあえず配管径を決定し、詳細設計で微調整するという手法は手っ取り早くて そこそこ精度もあったのだと思います。ただ、現在では プロセスシミュレーターやらなにやらで自動的に計算されるようになってるんだと思いますし、そこまで行かなくても EXCEL が有れば一度セルに計算式を入れれば、エイッとドラッグしてチャチャっと計算出来ますし。




余談ですが、もう 20年以上も前になりますが、プラント建設コストを推定するソフトウェアの売り込みでプレゼンを見ました。曰く、基本条件 (物質収支・熱収支、ユーティリティー仕様等) が有れば、建設費用 (調達費用・工事費用)をある程度の精度で推定してくれるというものでした。まあ、石油精製や石油化学の超大規模プラントは無理との事でしたが、中小規模であれば そこそこ合うとの事でした。
配管部材の必要量(径と長さ) なんかは、各ストリームにおける所定流量を使い 慣用流速値 もしくは 許容圧力損失値を基準にして計算していたのかな~と、ふと思った次第です。”ICARUS” という名前でしたが、ネットで調べてみると しっかり Aspentech社に買収されていました・・・。

超高粘度液 


最後にものすごく高粘度液の移送についてご紹介します。ポリマープラントの最終盤の移送配管ともなると、液粘度は  500 [Pa s] (5000 ポイズ) ともなります。もちろん、ポリマーの種類によっても違いますが、大体この程度か或いはそれ以上はあるものと思います。もーっと高粘度だと、それはもう液として移送出来ませんね。

で、時間当たり流量 12.5 [m3/hr] 、液粘度 500 [Pa s] として配管内径を変えて圧力損失を計算した結果を以下に示します。内径が 50[mm] 程度ですと 平均流速は 1.8 [m/sec] となり 一応 慣用流速 以下ですが、圧力損失は なんと 361,570 [kPa] となります。361 [MPa] ですが、工学単位系ですと 3,687 [kg/cm2] となりさすがに移送出来ません。なので、配管径を大きくして 200 [mm] 程度とすれば 圧力損失は 1,507 [kPa] となり 15.3 [kg/cm2] なので 十分実現可能です。この時の平均流速は 0.118 [m/sec] であり、慣用流速の 1/25 程度です。すごーく粘度の高い液では これくらいの流速で設計しないと、現実的な設計は出来ないという事になります。

ゆーっくりとした流れなので当然 配管内の滞留時間も長くなります (普通の液の25倍)。で、通常 ポリマー配管はジャケット付き配管にしてガチガチに保温していますが、ジャケットに通液する熱媒体油の温度が高めだったりすると 配管壁面近傍のポリマーが過熱され、異物になったり着色したりして製品品質に悪影響を与える事も有りますんで、だいぶ気を使いますね。また、ゆーっくりとした流れなんで、エルボとか配管継手があっても その影響はほとんど有りません。実際の設計でも 一応考慮はしていましたが、値を見るとほとんど無視しても良いレベルでしたね、いつも。管継手における圧力損失は 損失係数 ✕ 密度 ✕ 流速の二乗 ÷ 2 ですが、流速が 1/25 であれば 圧力損失は 1/625 となりますね。もちろん、無視できない圧力損失 発生源もあって 例えば 異物除去用の金網とか多孔板では 流速は遅いですが圧力損失はそれなりにデカいのできちんと計算していましたね。




と、こんな感じで慣用流速を見てきましたが、ずーっと使用されてきた考え方なので 使ってみておかしな結果になる事はまず無いと思います。加えて、新規に建設するプラントであれば 配管仕様については詳細設計でエンジニアリング会社の専門家がガッツリと検討すると思います。
そう考えると、慣用流速は 既設設備の改造や能力増強などの技術検討において、メーカーのエンジニアが設計する際に有用な知識なのか~なと思います。もしくは、新規設備の事業化検討において ある程度ラフで良いので建設費用を計算したい、と言った際にも手早く結果が出るので十分に有用ですね。ガチガチの詳細設計はやった事が無いのでアレですが、基本設計とかをやってきた立場からすると 慣用流速はとりあえず結果が出るんで便利です。もちろん、ポリマー配管のように特殊な例については、前述の結果から明らかなように 慣用流速を適用するなんて非常識な事は絶対にやってはいけませんが・・・。

と、長くなりましたので今回はこの辺りで。

補足

慣用流速の意味合いと言うか説明というか、その辺りを補足しておきます。いくつか書籍を当たりましたが、なかなか載ってないですね。で、八田・前田 両先生による「化学工学概論」には 記述が有りました。書籍にはもっと詳細に説明されていますが、ここでは簡単な絵でご紹介します。また、「管路・ダクトの流体抵抗」にも似たような記述が有りましたので併せてご紹介します。

①の方が「化学工学概論」 記載の説明で、②は 「管路・ダクトの流体抵抗」 記載の説明です。①ですが、移送流量は一定として配管径を変化させます。電力費はポンプを駆動するモーターの電気代です。流量一定で配管径を細くすると流速が増加し損失は増大します。結果としてポンプ負荷が増加しますので電気代は増加します。逆に太くすると流速は遅くなるので損失は低下し、電気代は減少します。なので、管径についてプロットすると右下がりの曲線になります。一方、固定費ですが これはざっくり配管材料費と工事費用の和と考えます。 配管径を太くすると 当然 配管重量は増加しますので材料費は高くなります。更に工事費用も重量に応じて高くなりますね。なので、固定費は右上がりの曲線となります。電力費と固定費との和が総経費となり、図に示すように 下に凸の曲線となり 極小値を持ちます。この極小値において 経費が最も少なくなるので、最経済な管径となります。んで、その時の管内流速が 前述の慣用流速ぐらいになっていますよ、という事になります。
 



②の方は 管径一定で 流量を変えた時の 単位流量当たりの費用の変化を表わしています。固定費は配管材料費と工事費用の和ですが、単調に減少します。固定費は一定と考えれば、流量が増えると流量当たりの固定費は当然減りますね (固定費/流量)。一方、電力費は移送流量が増加すれば当然 増加しますね。なので、固定費と電力費との和である総経費は ①の場合と同じ様に 下に凸の曲線となり やはり極小値を持つことになります。

まあ、確かにそうなんですが 今回取り上げている慣用流速の意味合いを理解するには ①のほうが直感的に分かりやすいです。まあ、②の方は操作型とでも言えるかと思いますが、例えば既設配管が有って、移送流量がこれくらい変化すると経費はこれくらい変わりますよ、と言う事でしょうか。となると、①は設計型であり 新たに配管仕様を設計する際にこの配管径が最適だ、という事が決定出来ます。

で、ついでに JIS F7101 に記載されている 管内径と標準流速との関係についての図をご紹介しておきます。船舶用ですが、まあ参考にはなるかと。まあ、液体移送では吐出配管の方が標準流速が大きく、水と油では水のほうが標準流速が大きいですね。気体(スチームとか空気) では、空気管の標準流速が小さくなっています。機関部におくる燃焼用空気配管の事なのかなとも思いましたが、理由は今ひとつ分かりません。スチーム類は管径と共に標準流速は増加しています。




参考文献

「管路・ダクトの流体抵抗」 日本機械学会編 1979年刊
「化学工学便覧 第6版」 丸善出版 1999年刊
「化学工学概論」 八田四郎次、前田四郎 共立出版 1966年刊







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