化工計算ツール No.12 反応器 出口組成

 さて、今回の投稿ですが 化工計算とは言いながらだいぶマニアックな内容になります。タイトルには反応器 出口組成とありますが、完全混合槽型反応器 CSTR を用いて 二元共重合体を溶液重合によって生産する場合を想定し、原料組成と運転条件に基づいて反応器 出口組成を求めることになります。

二元共重合体なので成分は A と B となりますが、今回は スチレンモノマー SM とアクリロニトリル AN とします。与えられる条件としては、原料中の各成分比率 と反応器 出口転化率です。それと、共重合体 各成分の反応性比の値が必要となります。もちろん、反応器は 完全混合状態にあるので 内部組成はどこでも均一であり、従って 内部組成 = 出口組成となります。

なにか簡単な物質収支だけで求められそうですが、これがなかなか大変でした。ポリマープロセスをずっと扱って来ましたが、この手の計算は何十回となくやったと思います。まあ、ここで紹介する計算手法は別に自分で考えついた訳では無く、先輩社員や上司が作ったコンピュータ・プログラムを見て、「あ~、なるほどそう云う事なんだ!」と分かったというものです。その後、業務でも EXCEL を使うようになり、最終的には EXCEL「ソルバー」機能を使って計算する様にしました。なので、今回も 「ソルバー」を使っています。化工分野では反復計算がたびたび出てきますので便利ですね。

 



※ コンピュータ・プログラムですが、私が会社に入った頃はまだまだ N88 Basic の時代でした。自分でコーディングしたプログラムを走らせて PC98 で計算させてましたね。今回の計算では反復計算が必要ですが、 FOR NEXT 文でやってました。EXCEL を使うようになり、「ソルバー」機能を知った時は相当 感動しましたね。当時は化工分野に EXCEL を活用する為の書籍も少なくて結構苦労しました。


二元共重合体 組成計算

今回取り上げるのは モノマー2種類を共重合させて得られるポリマーです。で、重要なのは仕込みの組成と同じ組成のポリマーが出来てくる訳では無い、と言う事です。そこいらへんは高分子化学の教科書を見ると細かく説明されていますが、ここでは計算方法だけをご紹介します。簡単に言うと、Mayo - Lewis 式を変形して 瞬間組成 計算式とすれば、モノマー組成からポリマー組成を計算出来ます。

Mayo - Lewis 式なのか Lewis - Mayo 式なのかは良く分かりません。因みに、第二次大戦中 日本の桜田一郎教授も同様の結果を得ていたそうです。この辺りの分野がサイエンスとして非常に面白く、また産業的に見ても重要度が高かったという事なのでしょうか。で、式ですが モノマー A と モノマー B の反応量の比率 dA/dB が得られるようになっており、モノマー濃度 A,B の他に rA とか rB と言った定数値が見られます。これが反応性比と呼ばれるもので 成長速度定数 kp の比率となっています。簡単に言えば、rA は ポリマー末端が A の時、次には A が来やすいのか それとも B が来やすいのかを表わしています。なので、rB では 末端が B の時 次は B が来るのか それとも A が来るのか、を表わしている事になります。rA が 1 より大きいと A-B となるよりは A-A が出来やすいと言えます、と専門書には書いてありました・・・。


で、これを変形すれば 瞬間組成計算式が得られます。途中経過は省いて 結果だけを示します。式中の yA がポリマー中の A のモル比を表わしています。また、zA は モノマー中の A のモル比を表わします。モノマー組成 zA に対応したポリマー組成 yA が生成されますよとなります。この式ではあくまでも瞬間的な組成を出すだけなので、モノマー組成が重合の進行に伴って変化するような場合には、それを考慮する必要が有ります(面倒くさい)。


ですが、定常状態の 完全混合槽型反応器では 槽内の物理量(温度、組成) は場所によらず均一で時間に関係なく一定なので 上記の瞬間組成計算式がそのまま使用可能となります! これが 管型反応器 PFR であれば、組成は流れ方向に変化していくことになります・・・。

で、スチレン - アクリロニトリル 系で計算してみると以下のようになります。モノマーとポリマーの組成が同じとなる所謂 Azeotropic Point 共沸点は 24.15 [wt%] となり、この共沸点からしばらくはなだらか曲線となり、モノマー組成 80 [wt%] 以降は急激に上昇しています。



※ 共重合 反応性比の値ですが、今回は スチレン 0.4、 アクリロニトリル 0.04 を使っています。一般的な共重合体であれば文献や書籍などを参照しますが、Polymer Handbook 辺りが有名どころでしょうか。出版元である Wiley のホームページを見ると 2003年刊の 第4版が最新版のようですが、お値段 $717.5 と高いですね・・・。
全く新規な共重合体であれば、反応性比を実験的に決定する事も出来るようですが、実際にはなかなか大変です、と尾見先生の著書(参考文献リスト参照) には書いてありました。

反応器 出口組成計算


と、このような感じなのですが、上記結果は単純に瞬間組成を計算しただけなので、物質収支が考慮されていません。CSTR でこのような重合反応を実施する場合、前述したように原料組成と反応器内のモノマー組成、およびポリマー組成は全部異なります (共沸点以外では)。で、その辺りの計算結果を図示してみると以下のようになります。今回は 転化率 70 [%] で計算しています。

この結果を見ると、例えば アクリロニトリル AN 含有率 24.15 [wt%] のポリマーが欲しい場合、原料中の AN 組成は同じく 24.15 [wt%] で良いことが分かりますし、反応器中に存在する 未反応 AN も 24.15 [wt%] となります。ですが、共沸点から外れた 組成のポリマーが欲しい場合は少し厄介です。例えば、AN 含有率 35 [wt%] のポリマーであれば 原料組成は 44.69 [wt%] となり大きく異なります。この時の 反応器中の未反応モノマーにおける AN組成は 67.30 [wt%] となります。まあ、普通は「ふーん、そうなんだ」で終わりですが、実は スチレン-アクリロニトリル共重合体の生産は非常に難易度が高く、特に アクリロニトリル含有率が高い領域では架橋によるゲル化やニトリル基の環化による着色が起こりやすく、それが製品品質の悪化に直結します。




上記グラフの下段は各運転ポイントを組成曲線上にプロットしたものですが、こうして改めて見てみると 少し AN含有率の高い製品を生産しようとすると原料中の AN 組成を大幅に上げる必要が有るので、なかなかに厄介です。更に AN含有率の高い製品となるとほとんど無理筋ですね。苦肉の策として転化率を下げると言ったやり方も有りますが、生産性が悪化しますし、後段の未反応モノマー分離工程における分離コストが過大となってしまいます。こうなってくると、別の重合様式である乳化重合や懸濁重合などの適用を考える必要が有ると思います。

ソルバーによる組成計算


とまあ、こんな感じでいろいろと計算出来る訳ですが、EXCEL「ソルバー」機能をどのように使っているのかを具体的にご紹介します。
と、まずは計算の流れを以下に示します。なんちゃってフローチャートですが、ご覧の通り反復計算が含まれており、生成ポリマー中の AN 含有率を仮定し 試行錯誤で正解を探索します。ポリマー中の AN含有率 ANC を仮定すると、転化率を考慮した物質収支計算により 未反応モノマー重量が得られます。未反応モノマー重量をそれぞれ分子量で割り算してモル数として、最終的に モル比を求めます。モル比が出れば前述の瞬間組成計算式③を用いて AN含有率を計算出来ます。ここで、2つの ANC が得られた事になり、1つは 仮定 ANC で、もう1つは 再計算 ANC です。1つの反応器で2つの ANC が同時に存在する事は有り得ないので、両者は同一でなければなりません。なので、比較して差異が有るのであれば 最初の仮定 ANC が妥当では無かった、と判断します。なので、再度 ANC を仮定しなおして同じ計算をします。で、この部分を EXCEL のソルバー機能を使ってやると簡単で便利ですよ、となります。



物質収支計算に必要な式をまとめて以下に示しておきます。ゴチャゴチャして分かりにくいですが、各成分に分けて、重合前と重合後を考慮すれば特に問題は無いかと。




で、具体的にどうやっているかと言うと以下のような感じです。各セルに計算式を入力し、目的セル、変数セル および 目標値 を設定します。今回の例では、目的セルに 仮定ANC と再計算 ANC との 残差平方 をとっています。(仮定ANC値 - 再計算ANC値) の二乗ですね。このセルを目的セルに指定します。で、目標値としては最小値とします。まあゼロとしても良いですが、値が決まっている訳でも無いので最小値で良いと思います。次に変数セルですが、ここの値が知りたい値であり ソルバーが自動的に探索してくれます。



この程度の計算であれば一瞬で解が求まりますね。複数条件などを追加すると結構時間がかかったり、解が見つからない時も有ります。また、解がピーキーな場所にあったりするとやはりうまく見つけられない場合も有ります。この辺りはこうだとは言えない部分も多いんで、臨機応変に対応していくしか無いかなと。例えば、フラッシュ計算もソルバーで出来るんで結構使っていましたが、全縮(全部凝縮) の少し手前とかでは収束しにくいです。まあ、ソルバーも万能では無いので、そんな時は別の方法を使うべきだと思います。

と、だいぶマニアックな内容となりましたが、組成計算が絡むような計算も計算式さえきちんと整理出来れば、後は EXCEL のソルバー機能を使って、ちゃちゃっと答えが得られますよ、と言う点を強調したいです。ソルバーを使う前は自分でプログラムをコーディングしていた訳ですが、それがほぼ不要になったので大幅な時間短縮です。また、このソルバーをEXCEL VBA の中で実施するような事もやってました。VBA プログラムを実行すると、自動的に反復計算を実施して解を求め、その結果を使って物質収支を計算させるとかですね。まあ、慣れないうちはバグで結構止まってましたが、一旦 作ってしまうと後は非常に楽ですね。ただし、自分の作ったシートを他人にメールで送って、実行してもらおうとすると結構な比率で動きませんでした。ソルバーはオプション機能なので、まずそれを有効にして貰う必要がありますが、それでも 参照設定がどうのこうのでソルバーのところで止まってしまう例が多かったですね。結局、その人のいる場所まで出向いていって設定し直して云々といった手間がかかりました。

余談ですが、「ソルバーが動かないけど どーしてもここだけ計算したい!」と言う場合は、単純入力法が使えます。EXCELへの式入力がきちんと出来ている事が前提ですが、今回の例では 仮定ANC値 を適当に入力します。すると、再計算ANC値 が計算されるので その値を コピペして値のみを 仮定 ANC セルに入力します。コピペが手間であれば、数値をテンキーで手入力しても良いですね。これを繰り返します。最初のうちは差異が大きいですが、だんだん一定の値に収束してきますので、残差平方値が十分小さくなればそれが求める答えです。と、こういった手間を肩代わりしてくれているのが ソルバー機能なんですね。まあ、反復回数が少なくなるような探索法を使っているとは思いますけど。

と今回はこの辺りで。

参考文献

  1. 「ラジカル重合の操作設計」 尾見 信三 著 株式会社アイピーシー  1993年
  2. 「共重合 1.反応解析」 培風館 1975年
  3. 「重合反応工学演習」 高分子学会編 培風館 1974年









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