前回 反応器 出口組成 計算を取り上げましたが、その際 EXCEL ソルバー機能を使いました。で、同じソルバー機能ですが 今回はフラッシュ蒸留をソルバーで計算する手法についてご紹介します。反応器 出口組成も相当回数計算しましたが、こちらのフラッシュ蒸留についても結構計算しましたね。
ある組成の原料液が有って、圧力一定下で所定温度にもっていくとします。原料組成からは別途 沸点温度と露点温度を求めておいて、沸点と露点との中間温度にすると、低沸点分が多い気相と高沸点成分が多い液相に分かれます。フラッシュタンクとかチャンバーなどと呼ばれる装置で この操作を連続的に実施すれば、軽い成分と重い成分をあくまでも粗くですが分離する事が出来ます。もっときちんと分離するのであれば蒸留塔を使いますが、その前段で大雑把に重い成分を取り除きたいとか、そんなに厳密に分けなくても良いよと言う場合には便利です。装置も蒸留塔よりは簡便です。また、熱交換器の1つであるコンデンサーを設計する際にはコンデンシングカーブを使ったりしますが、そんな時にもフラッシュ計算を使用しますね。
で、フラッシュ計算は基本的に反復計算な訳ですが、単純に試行錯誤法でやってみたりニュートン・ラフソン法を使ったりします。で、せっかく EXCEL 使ってるんだから 簡単にソルバー機能を使えば良いよというのが この投稿の主眼です。
多成分系 フラッシュ蒸留 計算式
気液平衡
フラッシュ蒸留 計算式の前に、多成分系 気液平衡につい簡単にふれておきます。以下に示すように平衡状態にある気相と液相には式②の関係が成立しており、Ki は平衡比と呼ばれ式③によって求められます。式中には γ 活量係数が含まれますが、理想系であれば γ=1 となります。この投稿では 理想系として取り扱います。ここで蒸気圧値が必要となりますが、計算式としては まあ何でも良いですが Antoine 式を使います。
フラッシュ計算式
で、フラッシュ蒸留 計算式は以下のとおりです。式④は全系の物質収支式です。式⑤は各成分の物質収支式です。z, y, x はそれぞれの成分の原料、気相、液相 モル比です。平衡状態においてはこれらの式がすべて成立しており、加えて前述の 平衡比 Ki を考慮すれば 最終的に式⑧が得られます。式中に β (=V/F) で定義される蒸発率が含まれています。
実際のフラッシュ計算では、原料組成 zi が与えられており、運転条件として全圧 π とフラッシュ温度 T を設定します。温度 T から蒸気圧 pi* が決まるので 全圧で割り算して平衡比 Ki の値も決まります。式⑧における zi と Ki が決まったので、式⑧の計算値が 1 となるように β を決定します。で、その β値 が知りたい蒸発率となります。即ち、フラッシュ計算では 与えられた条件下(T,π) で 蒸発率 β を決定する事となります。更に式⑩・⑪でフラッシュした後の気相組成、液相組成が得られます。
また、式⑨は 式⑧を解く際に用いる Newton - Raphson 法の式です。
さあ、それじゃあフラッシュ計算してみましょうか!となる前に、もう少し有ります。と言うのも、フラッシュ計算で蒸発率βが得られるのは ある温度範囲のみとなりますが、原料組成における沸点温度と露点温度との間となります。沸点温度よりも低い温度では全部液相ですし(β=0)、露点温度よりも高い温度では全部気相となります(β=1)。蒸発率β が 0 もしくは 1 と言うのは別にフラッシュ計算する必要も有りませんし、そもそも沸点差による分離が出来ていません (原料組成のままなので)。
となると、フラッシュ計算を実施する前に沸点温度と露点温度を知っておく方が便利です。なので、簡単に沸点温度計算式と露点温度計算式を示しておきます。
沸点温度 計算式
沸騰は溶液各成分の分圧(液相モル比✕平衡比) の総和がその系の全圧に等しくなったときに起こります。イメージとしては、ある組成の液体の温度を徐々に上げていくと、あるところで微小な気泡 Bubble がプクッと発生する時の温度ですね。沸点温度とありますが、Boiling Point Temp. では無く、Bubble Point Temp. ですよね。発泡温度とか書いてある書籍もありますね。
式⑫ の Ki ✕ xi は 気相組成 yi ですが その総和が 1 となった時の温度が 沸点温度 Tb となります。この式を解く訳ですが 式⑫の右辺の1を左辺に移項して 式⑬ f(T) とし、f(T) の値が ゼロとなる 温度を探します。実際に解く際には、試行錯誤法でも良いですが、なるべく速く解く為に 例えば Newton - Raphson 法を使います。その辺りを 式⑭と⑮で表わしています。
露点温度 計算式
混合蒸気の凝縮は各成分の分圧の総和が全圧に等しくなった際に起こりますが、その時の温度を露点温度とします。式⑯ yi / Ki は液相組成 xi ですが、その総和が 1 となった時に凝縮(分縮) する事になります。イメージとしては、ある組成の混合蒸気の温度を下げていくと あるところで、こらえきれなくなってポツッと微小液滴が発生するという事です。で、実際に解く際には沸点温度の場合と同じように Newton - Raphson 法などを使用します。
沸点温度・露点温度 計算例
まずは手始めに沸点温度と露点温度を計算してみます。
前述のように理想系として取り扱いたいので、似たような化学構造を有する3種類の物質 ベンゼン、トルエン、o-キシレン とします。
蒸気圧 計算式
まずは、各成分の蒸気圧と平衡比の温度依存性ですが以下のとおりです。蒸気圧式としては Antoine式を使っていますが、定数値は 「化学工学便覧 第6版」 に記載されている値です。
計算条件
原料組成 ベンゼン:トルエン:キシレン のモル比が 0.6 : 0.3 : 0.1 であり、全圧は 1気圧とします。
- ベンゼン 55.06 [wt%] 0.600 [mol. ratio]
- トルエン 32.47 [wt%] 0.300 [mol. ratio]
- キシレン 12.47 [wt%] 0.100 [mol. ratio]
- 全圧 101.325 [kPa abs]
沸点温度 結果
N-R法で計算してみると以下のようになりました。この組成・全圧条件での沸点温度は90.52 [℃」 となります。温度と関数 f(T) との関係は下記 グラフ上段の曲線となり、X軸との交点が求めたい沸点温度です。この例では初期温度を 145[℃] として計算を実施し、3回ほどでほぼ一定値に収束しています。
小さくて見にくいですが、グラフの下にEXCEL の計算表を貼り付けています。EXCEL のセルに N-R法の数式を入力し、それをドラッグしてダーッとコピーしています。まあ、一度作ってしまえば違う条件での計算にも対応可能ですので、そこまで面倒では無いですね (と言っても面倒なんですが)。
露点温度 結果
同じように露点温度を計算した結果が以下となります。露点温度は 104.1 [℃] となりました。
ソルバーによる沸点・露点温度 結果
次は同じ計算をソルバー機能を使ってやってみます。まあ、結果は同じになる訳なんですが・・・。せっかくなので全圧値をいくつか変えています。当然ですが、全圧が下がると沸点・露点温度 共に下がります。全圧を下げるには容器内の圧力を減圧すれば出来ますので、例えば温度が高いと熱劣化してしまうような物質を処理したい場合には、減圧運転を選択する事も有りますね。
また、この結果を見ると 圧力一定において沸点温度以下では全部液相であり、一方 露点温度以上では全部気相となります。そして、沸点と露点温度との中間においてのみ、液相と気相が混在する事になり、フラッシュ計算が適用出来るのはこの温度範囲となります。
で、セルの設定は以下のとおりです。以下の例では、沸点温度と露点温度を同時にソルバーで求めています。となると、2つの反復計算を実施する事になります。ソルバーでは変化させるセルは複数指定できるので、沸点温度セルと露点温度セルを並べておいて指定します(黄色セル)。ですが、目的セルは1個しか指定できません。なので、制約条件の対象を使用して こちらに目的セルを指定します。具体的には、本来の目的セルには 沸点温度 計算式⑫を指定し、目標値を 1 とします。露点温度 計算式⑯ の方は制約条件の対象に追加して、同じように目標値を 1 とします。
N-R法などを使っても計算は出来ますし、もちろん同じ答えが得られますが EXCEL にそれなりの入力をしないといけないので少々面倒です。まあ、ひな形ファイルを作っておいて、毎回それを使って計算すれば良いとは思います。ですが、計算条件を別ファイルからコピペして N-R法ファイルで計算させ、その結果を再び別ファイルにコピペすると言うのはやはり面倒ですね。
一方、ソルバーを使うのであれば EXCEL に最小限の式を入力すれば、後の反復計算は自動的にやってくれるので、計算過程云々といった手間は無いです。また、上記例のように複数計算をしたい場合には、必要数 数式セルをコピーし ソルバーの設定を変えてやれば比較的簡単に対応可能です。ケーススタディなどには便利ですし、計算結果をそのままグラフに出来ますし、説明文を付け足せば報告書にもなりますね。
フラッシュ蒸留 計算例
で、やっとフラッシュ蒸留計算です。ここまでで手法的なものは全部出てしまったので、後は計算結果だけですね。フラッシュ計算では全圧と温度を指定しますが、全圧は 101.325 [kPa] とし、温度は 96.85 [℃] とします。
Newton - Raphson 法 計算結果
まずは、N-R法での計算結果ですが 蒸発率β を変化させた場合の 式⑨の変化は以下のように下に凸の曲線となり、極小値を持ちます。で、求めたい解はこの曲線とX軸との交点 (yがゼロ) ですが、うまい具合に初期値を設定しないと変なところに収束するので注意が必要です。以下の例では 初期値 βを 0.5 としていますが、3回ほどの計算でほぼ一定値に収束しており、蒸発率は 0.6161 となりました。モル基準で 原料の 約6割が気相(蒸気)となり、残りが液相となります。
ソルバー 計算結果
で、次に同じ内容をソルバー機能を使ってやってみます。まあ、結果は同じなんですけども、より現実味を出すために原料流量を 1,000 [kg/hr] としています。また、フラッシュ温度を沸点温度から露点温度まで細かく変化させています。
EXCEL でのセルはこんな感じです。ここでは蒸発率βのみを求めるので目的セルも変数セルも1個づつです。肝の部分以外にもいろいろと有りますが、重量比率をモル比にしたりとかその逆とかの計算セルです。書籍の例題は原料もモル比で液相・気相もモル比で出すので簡単ですが、実務での物質収支では重量比率で出しますので適宜 換算する必要があります。
フラッシュ温度と蒸発率、各成分流量の関係を以下に示します。
フラッシュ温度を沸点温度以上とすると蒸発率β が得られるようになりますが値は小さく、フラッシュ温度を上げていくと蒸発率は増加します。もちろん、露点温度で 蒸発率は 1 となります。また、各成分のフラッシュ後の気相流量 Vと液相流量 L の変化をグラフ下段に示しています。まあ、それらしい感じにはなっています。
で、これだけだと今一つ良く分からないのでもう少し細かく見てみます。
フラッシュ温度を変えてみて、その時の各成分 気相・液相流量と重量比率を棒グラフで示しています。蒸発率はフラッシュ温度による影響を受けて大きく変化しますが、重量比率に関してはそれほど目立った変化は無いですね。
強いて言えば、キシレンのほとんど入っていない蒸気が欲しいのであれば沸点温度の近くでフラッシュさせれば、原料中キシレン 12.47 [wt%] が 気相中キシレン 2.61[wt%] となります。これをコンデンサーで凝縮させればキシレン濃度の低い液が得られます。が、重量流量は 62.34 [kg/hr] なのですごく少ないです。 これっぽっちの低キシレン濃度液を得てもあまり意味は無いかと。と言う訳で、これがフラッシュ蒸留の限界なんだろうなと思います。もっと、きちんと分離したいのであれば還流のある蒸留塔で処理するほうが良いと言う事ですね。
ソルバーによるフラッシュ計算 利用
私が実務でやっていたフラッシュ蒸留は、例えば ポリマープラントの回収モノマー液からオリゴマー分(ダイマーとかトリマーとか) を分離するというもので、大きな沸点差が有る場合でした。オリゴマー分のほとんどを分離しますが、その際にどうしてもモノマー分がくっついて廃棄されてしまうので、フラッシュ温度をどの程度にすればモノマー回収率を上げられるか、と言った検討でしたね。まあ、蒸留塔でやれば確実なんですが、段数のそれほど多くはない塔であっても蒸留塔となればそれなりにコストがかかるので、んじゃフラッシュ蒸留で簡単・低コストでやれば良いんじゃないか?と言ったものでした。
また、冒頭でコンデンサーの設計にも使うと書きましたが、相変化を伴う熱交換器の設計では まず Condensing Curve 凝縮曲線を作成します。沸点温度から露点までを例えば 10分割して各温度域における各成分の気相・液相流量を決定しますが、この時にフラッシュ計算を実施します。で、それぞれの温度域における除熱負荷が計算出来ますし、更に気液混相流の気液比とか物性が分かるので伝熱係数も推定可能です。となると、その温度域における必要伝熱面積が計算されます。同じ操作を各温度域においても実施し、全部を足せば コンデンサー 全伝熱面積が決定されます。
フラッシュ蒸留 計算ですが反復計算ですけども EXCEL のソルバー機能でわりかし簡単に出来ますよ、と言う事です。基本の計算式もそれほど複雑ではないし、特に理想系であれば 蒸気圧さえ分かればすぐに実施出来ますね。まあ、と言っても4成分系くらいまでしかやった事は無いんですけどね。非理想系であれば活量係数の値が必要となりますが、マーギュラス式とかウィルソン式とかを使えば出来ますね、と思います。
と言う事で今回はこの辺で。
補足
EXCEL ソルバー機能は便利だと言っておいてアレですが、ソルバーを使わないでフラッシュ計算を実施する方法が有ります・・・。「化学装置」に記載されている手法ですが EXCEL セルに数式を入力さえしておけばあっという間に解が得られます。
反復計算によらないフラッシュ計算式
で、使う数式は以下のとおりですが、この数式は 3成分系について使用可能です。参考文献によれば 4成分系まではこの手法で解けるそうで、4成分系の数式も記載されています。実務では 4成分系の手法を使ってました。とても便利な方法なので、基本これを使ってましたね。蒸発率β では無く 気液比 t=L/V を使っていますが、内容は同じようなものです。式 i を見ると分かるように、二次方程式の解の公式を使って 気液比 t を求めます。で、各定数値 a, b, c は式 f, g, h から計算されます。これらの式を EXCEL セルに入力しておけばすぐに解が得られますし、セルをコピーして複数温度条件で計算するのも簡単に出来ますね。
計算結果
前述のベンゼン、トルエン、キシレン 3成分系にこの手法を適用してみます。原料のモル比は同じ 0.6 : 0.3 : 0.1 です。フラッシュ温度を蒸発率βとの関係を計算した結果を、ソルバーによる計算結果と併せて示しています。
まあ、当たり前ですが同じ結果となります。
この方法ですが非常にオススメの方法です。ソルバーをいちいち起動する必要も無いですし、沸点・露点温度近傍でソルバーの収束が難しくなると言った事も有りません。ただ、4成分系までしか使えないのが難点と言えば難点でしょうか。
参考文献
- 「化学工学便覧 第6版」 丸善出版 1999年刊
- 「化学装置 プラントエンジニアリングメモ 第91回」 2015年5月号
- 「よくわかる化学工学計算の基礎」 相良 紘 日刊工業新聞社 2009年
コメント
コメントを投稿