化工計算ツール No.22 撹拌槽のスケールアップ

 今回は撹拌槽のスケールアップについて取り上げます。ラボスケール → パイロットスケール  → 量産スケールへと撹拌槽をだんだんと大きくしていく場合が該当します。典型的なのは反応器ですね。スケールを大きくすると言う事は内容積を大きくする事であり、それにより生産量が増加します。撹拌槽ですから普通は竪型の槽があって、そこに撹拌機を設置して内液を撹拌します。撹拌の目的は内液の均一化であるとか槽壁からの伝熱の促進などですね。

このスケールアップですが槽は幾何形状相似条件を適用すれば各部の寸法は決まります。幾何形状相似条件は各部の寸法比率を一定に保つと言う事です。CADソフトとかで図形をグループ化し、どっかを掴んでびよ~んとドラッグして拡大するようなイメージですね。下図はまさにそれを行なった結果です。このびよ~んとする操作を数学的に言えば、容積比の 1/3乗が寸法比になると言う事です(式①)。撹拌機のインペラについても基本的には同じです。

で、その次に問題となるのが スケールアップした後の撹拌機の回転数はどうなるのか? と言う事です。これが撹拌槽のスケールアップにおいて大きな問題であり、どれくらいの回転数にしなければいけないのかが不明であれば電動機容量や軸の仕様を決めようが有りません。撹拌槽のスケールアップとは、突き詰めて言えば スケールアップ後の回転数をどの程度にするかを決定する事だと言えます(式②)。まあ、これが結構難しいのですけど。






スケールアップ倍率と寸法比

撹拌槽のスケールアップにおいて、スケールアップ前後の容積比を「スケールアップ倍率」などと呼びます。で、上記の式からスケールアップ寸法比が得られます。スケールアップ前後の内径比ですね。具体的には容積比の 1/3乗が寸法比となります。

内径D と液深さ h が同じ (h=D) である円筒型撹拌槽をスケールアップするとします。1[L] の撹拌槽を 50[m3] にすると、容積比は 5万倍となります。この時の寸法比は  36.84倍となります。スケールアップ前の槽内径は 0.108 [m] となり、スケールアップ後の内径は 3.993 [m] となります。

まあ、実際のスケールアップもこんな感じですね。ポリマープラントにおける反応器でもこの程度のスケールアップ倍率は一般的だと思います。 ラボスケール反応器だとガラス製フラスコなどが使われますが、手で持てる程度の大きさですね。一方、量産スケールの反応器だとデカいですね、それなりに。7[m3] 程度の反応器の中には入った事がありますが、マンホールから足を入れ、最上段のインペラブレードに一旦足を置いて、次にシャフトに抱きつきます。その後は二段目のインペラブレードに足を伸ばして、スルスルっと降りていきます。で、これが 50[m3] ともなると中に足場を組まないと、入れないですね。

撹拌機のインペラについても、同様です。普通 インペラ径 d やブレード幅 などは槽径 D を基準として決定されるので、槽径D さえ決めてしまえば 自動的に決定されます。バッフルについても同じですね。




回転数の決定 計算式

で、スケールアップ後の回転数を決定する方法としては以下のようにいくつかのルールが有ります。式②の指数値 α がそれぞれ異なります。

Pv は 単位体積当たりの撹拌動力 (Power per unit volume) を一定にする場合で、スケールアップにおいて一般的に用いられます。また、混合時間を一定にする場合、翼端速度を一定、単位体積当たりの槽壁伝熱量を一定、レイノルズ数を一定、フルード数を一定にする場合などが有ります。

これらスケールアップルールですが、あくまでも「乱流撹拌槽」において適用可能です。層流の場合とか、ラボスケールでは層流で量産スケールでは乱流と言うように 流れの様相が変化する場合には適用出来ません。




スケールアップ 計算結果


回転数比 n2/n1

上記計算式を用いてスケールアップ前後の回転数比 n2/n1 を計算してみた結果を以下に示します。回転数が増加する場合、同じ場合、そして遅くなる場合がある事が分かります。




Pv 一定では回転数が減少します。5万倍のスケールアップでは 回転数比は 0.09 なので1割ほどまで低下します。

混合時間一定であれば、回転数は変わりません。ラボスケールで 200[rpm] であれば量産スケールでも 200[rpm] となります。と、普通に書いていますが非常に難しいですね。内径 3000 [mm] もあるようなデカい槽にインペラを設置して、それを 200 [rpm] で回すのは到底出来ません・・・。消費動力が極めて大きくなりますね。

翼端速度一定も遅くなります。翼端速度は 円周率×インペラ径×回転数 なので インペラ径が大きくなるとその分 回転数は減少します。同様にレイノルズ数一定の場合もフルード数一定の場合も回転数は減少します。インペラ径が効いていますね。

で、問題は単位体積当たりの槽壁伝熱量を一定にする場合で、回転数は増加します。その増加具合ですがエグいほどに増加します。スケールアップ倍率 5万倍であれば回転数比は 36.84倍となります。ラボスケールが 200[rpm] であれば量産スケールでは 7368 [rpm] となり、明らかに不可能です。


単位体積当たり動力比  Pv2 / Pv1

回転数は上記のように変化しますが、大事なのは動力なので 単位体積当たりの動力がどの程度変化するのかを計算してみると以下のようになります。Pv 一定の場合は 変わりませんね。で、それ以外ですが増えたり減ったりします。やはり、注目すべきは 伝熱量一定の場合ですね。スケールアップ倍率 5万倍では 動力比 6786万倍となります。うーん、どう考えても不可能ですね。これがスケールアップ時に結構ネックとなります。と言うか、実務においても度々問題になってましたね。
 


 

スケールアップ 単位体積当たりの槽壁伝熱量

スケールアップにおいて伝熱量を維持するのがなぜそんなに難しいのかを、簡単に説明します。槽壁からの伝熱量は、総括伝熱係数×温度差×伝熱面積で求められます。総括伝熱係数と温度差は一定ですので、スケールアップで変化するのは伝熱面積(接液面積) となります。

単純に円筒型容器を想定し、液深さは槽径と同じとします (h/D =1)。これをスケールアップして容積比を増やします。伝熱面積は底部面積と側壁面積との和であり、伝熱面積の比がどのように変化するかを計算すると以下のようになります。容積比が 1000倍となっても伝熱面積比は 100倍にしかなりません。で、分かりやすく 単位体積当たりの伝熱面積 A/V を計算して、スケールアップによってどのように A/V が変化するかを見てみます。容積比 1000倍では、A/V比は 0.1 倍となります。即ち、スケールアップすると伝熱面積の比率は急激に減少してしまいます。

  • スケールアップ       10倍  A/V比 0.464倍
  • スケールアップ     100倍  A/V比 0.215倍
  • スケールアップ   1000倍  A/V比 0.100倍
  • スケールアップ 10000倍    A/V比 0.046倍

なので、ラボスケールはまだしも、量産スケールの場合には、槽壁からの伝熱量のみによって加熱・冷却する事は非常に難しいと言えます。こればっかりはどうしようも有りませんね。なので、これを何とかする為には伝熱面積を別途 追加設置する必要が有ります。伝熱管とか伝熱コイルと呼ばれるもので、結構ギチギチに詰め込んだりもします。



まとめ

撹拌槽のスケールアップについて簡単に説明しました。量産反応器のスケールアップも何回かしましたが、まあエイっと Pv 一定条件でやる場合が多かったように思います。使いやすいですし、分かりやすいですね。層流域から乱流域まで適用可能な信頼できる動力推算式さえ有れば、幾何形状相似条件を外していろいろと計算してみる事も可能です。層流域でも乱流域でも関係無く スケールアップ出来ますね。

それと、やはり伝熱量が不足する場合には しょうがないので伝熱管を追加設置してました。ただ、基本 槽内の流れを阻害するものなので、正直この手の内装物は設置したくないですね。それ以外のスケールアップルール、例えば 混合時間一定とか翼端速度一定は まず使わないですね。混合時間一定だと回転数が高すぎます。でも、スケールアップ後の混合時間がどの程度になるかは計算してました。また、翼端速度一定だと回転数が遅くなりすぎます。何か特別な用途、液液分散とか晶析とかであれば 翼端速度一定条件なども使うのかな~と思いますが良く分かりません。


参考文献

  1. 「化学工学便覧 第6版」 丸善 1999年刊
  2. 「化学工学の進歩 42 最新ミキシング技術の基礎と応用」 化学工学会 監修 2008年刊






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