化工計算ツール No.40 ウィルソン プロット Wilson Plot

 今回は化工計算ツールの投稿として、ウィルソン プロットについて取り上げます。化工計算で 「ウィルソン」と聞くと 非理想系 気液平衡に関する ウィルソンパラメータを思い浮かべるかも知れませんが、伝熱の分野では ウィルソンと聞くとウィルソンプロットになりますね。

熱交換の実験において冷却水側(低温側) の流速を変えて 総括伝熱係数値を実験的に採取する事によって、高温側・低温側 熱伝達係数を求められると言うものです。これを最初に提唱したのが E.E.Wilsonさんでアメリカ海軍の士官だったそうです。1915年との事ですが、日本では大正4年となりますね。当時の艦船はボイラーで蒸気を作ってタービンを回していたんでしょうから、熱交換器であるボイラーはすごく大事ですよね。また、飲料水なんかも蒸発缶で海水を沸かして作っていたのであれば、これも熱交換器ですね。

また、1915年は第一次世界大戦の時期であり、この年にガリポリの戦いが始まりました。こういう時代背景も有って 各国とも様々な技術開発をやっていたんでしょうね。



Wilson, E. E. (1915) "A basis for rational design of heat transfer apparatus" , Trans. Am. Soc. Mech. Engrs., 37, 47-70.



ウィルソンプロット 計算式

円管における熱交換を想定します。円管外面には飽和水蒸気が凝縮し(高温側)、一方 円管内面には冷却水が通水されているとします (低温側)。 当然ながら高温の水蒸気から低温の冷却水へと熱が移動します。


✔ 総括伝熱係数 U

式①は円管における総括伝熱係数 Uo の計算式です。管外側熱伝達係数 ho、管内側熱伝達係数 hi、管厚みx、管材質の熱伝導率 k などから構成されています。また、ファウリング (汚れ)による熱抵抗 rd も含んでいます。使用する円管のサイズ(外径と厚み)は当然決まっていますし、材質の熱伝導率も分かりますね。なので、不明なのは ho、rd そして hi となります。


✔ ウィルソンプロット

 まず簡単の為に 新品の配管で考えます。となると、汚れは無いのファウリング熱抵抗 rd はゼロとなります。この状態で管内平均流速 u を変化させた場合の総括伝熱係数値を実験データとして得ます。乱流域においては hi は 平均流速 u の 0.8乗に比例するという事が分かっているので、1/u^0.8 に対して 1/Uo をプロットします。これが ウィルソンプロットであり、直線関係が得られれば 傾き a、切片 b の値が得られますね。


✔ 管内側 熱伝達係数 hi、管外側 熱伝達係数 ho の求め方

ここで、切片 b は何を意味しているかと言うと、流速を大きくして 管内側熱伝達係数 hi が極めて大きくなった状態です。なので、管内側熱抵抗 1/hi は無視できるほど小さくなります。となると、b の値は 式①から分かるように 管外側 熱抵抗 1/ho と管材質 熱抵抗 x/kav (Do/Dav) のみの和となります。管サイズとか熱伝導率は既に分かっているので、1/ho の値が簡単に得られますね。そして逆数をとれば 管外側熱伝達係数 ho が得られると言う訳です。ho が得られれば 実験データを使って hi も得られますね (平均流速によって異なる)。

汚れがある場合にも流速を変えた実験データを得ておき、同じようにウィルソンプロットを実施すれば 下図のように上下直線の差が 汚れ熱抵抗 rd として得られますね。




計算例 


✔ 実験データ 平均流速 vs 総括伝熱係数

まずは実験データが必要ですが、藤田重文 先生の著書「化学工学 I」に計算例が記載されているのでそれを使います。以下のとおりです。データは2組有って 一つは 新品の管で もう一つは 使用して古くなった管です。また、元データは 工学単位系なので SI単位系に変換しています。古い管だと Uo 値は低下していますね。この低下の原因は汚れに起因するものです。

ここで、以下の項目について求めます。

  • 新しい管の管外側 熱伝達係数 ho (外表面積基準)
  • 汚れ熱抵抗 rd (内表面積基準)
  • 平均流速 1.0 [m/sec] における 管内側 熱伝達係数 hi 



✔ ウィルソンプロット

で、ウィルソンプロットは以下のようになります。キレイに直線となっているので傾き a と切片 b が得られます。





✔ 新しい管 管外側 熱伝達係数 ho

ウィルソンプロットの結果から、まず 新しい管における管外側 熱伝達係数 ho の値を求めてみます。前述のとおり、ウィルソンプロットの切片 b の値は管内側 熱抵抗と管材質 熱抵抗の和であり、加えて 管材質 熱抵抗は既知なので 最終的に管内側 熱抵抗値が求まります。そして、その逆数をとれば 管外側 熱伝達係数 ho が以下のように得られますね。

管外側は凝縮熱伝達なので 値はやはり大きいですね。




✔ 汚れ熱抵抗  rd

次に汚れ熱抵抗を求めます。既に管外側 熱伝達係数 ho は得られているので、それを使います。古い管における 切片 b もウィルソンプロットから得られています。なので、以下に示すように両方の式を等値すれば不明なのは 汚れ熱抵抗 rd だけとなります。

  



✔ 平均流速 1.0 [m/sec] における 管内側 熱伝達係数 hi

最後に管内側 熱伝達係数 hi を求めます。新しい管における ウィルソンプロットの直線を用います。 この式の平均流速に 1.0 を代入して 1/Uo を求めます。一方、式① において 管外側 熱抵抗、管材質 熱抵抗は分かっているので、不明なのは 管内側 熱抵抗だけとなります。そして、下図のように両式を等値すれば 管内側 熱抵抗が得られ、更に逆数をとれば 平均流速 1.0 [m/sec] における 管内側 熱伝達係数値が得られますね。

内径 25[mm] の円管に20度の水を流速 1.0 [m/sec]で流すと レイノルズ数は 25,000 ですね。強制対流熱伝達における Gnielinski 式を使ってヌッセルト数を求めると 179 くらいで、熱伝達係数は 4,279 [W/m2 K] となるので まあ合ってますね。

因みに汚れを含む 古い管でやっても当たり前ですけど同じ結果となります。更に因みに言うと、管内側 熱伝達係数 hi は hi = C ✕ u^0.8 として表わす事が出来ますが、C = 4,279 です。この値はウィルソンプロットにおける傾き a から得る事が出来ます。新しい管における傾き a = 0.00026510 でしたが、管外径/内径比 は 1.12 であり a を 1.12 で割り算して得られた値の逆数をとると 4,225 となります。 この値は 4,279 とほぼ同じですよね。  




熱抵抗 比率と経済収支

藤田先生の参考文献には 冷却水 平均流速を変えた場合の計算事例についても触れていたので、その内容について触れておきます。まあ、結論から言いますと 冷却水流量をガンガン上げても あまり意味が無いよ、って事でしょうか。

古い管 即ち 汚れ熱抵抗有りの場合で、平均流速を変えた場合の各熱抵抗の値とその比率をプロットしてみると下図のようになります。管外側、管材質、汚れの各熱抵抗は一定ですね。そして、流速が上がると 管内熱抵抗は減少します。熱伝達係数が増加するからですね。ですが、流速を上げていくと 頭打ちになりますね。その影響は 総括伝熱係数 Uo の増加が頭打ちになる事でも分かります。なので、冷却水量を増やしても思ったほどの効果は得られないよ、となります。冷却水量を増やすという事は、それだけ流体輸送に必要な動力も増える事を意味しますよね。と言う事を藤田先生も強調されてますね。

更に、各熱抵抗の比率を見てみると 流速を上げていく事で汚れの熱抵抗の影響が大きくなる事が分かります。また、本来であればあまり考慮する必要の無い 管外側(凝縮)の熱抵抗比率も大きくなる事が見て取れます。うーん、こういう場合は汚れの影響を低減するような対策が必要になるんでしょうか。





まとめ

今回は 熱交換の実験などで使用される ウィルソンプロットについてご紹介しました。このウィルソンプロットですが、その後 ガス吸収などにも適用されるようになったりして非常に有用ですね。まあ、実務では使用する機会は無かったんですが、このウィルソンプロットに関する書籍を読んだ際には 「うまく考えるもんだな~」とすごく感心しましたね。しかも、それは 今からは108年も前の事なんですね。

例えば、連続式 重合反応器のジャケットに通液している熱媒体油の流速を変えて 実験データを採取すれば 反応器 内壁側の熱伝達係数とかが得られるよな~とか考えましたね。まあ、推算式は有るんですが 実際どうなっているのかは良く分かりませんし。加えて、この手の反応器は長期間運転していると、どうしても内壁に付着層が形成されてそれが熱抵抗となります。内壁では流速が遅いので滞留時間が長くなり、その間に重合が進行してしまうんですね。

まあ、溶液重合では潜熱除去方式を採用するのが鉄則なんで ジャケットからの除熱はほとんど意味が無いんですけど。それでも、この付着層の形成程度を内壁側熱抵抗の変化から推定出来ないかな~とかですね。付着層が形成されると それがポロポロっと剥がれ落ちたりして、製品品質に影響を与える事が有ったりします。かと言って、付着層の厚みを運転中に確認する事は出来ませんしね。なので、間接的に熱抵抗の変化を注視すればいけるかもと考えたりしたんですね。まあ、そもそも付着層が形成されにくいような重合処方にすれば良い訳で、そんな処方も有ったりするんで実現はしませんでしたけど。それでも、重合反応に限らず反応器 内壁が汚れやすい場合には、ウィルソンプロットを応用した監視方法ってのも有りじゃないかと思ってるんですけどね。




参考文献

  1. 「化学工学 I」 藤田重文著 岩波書店












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