化工計算ツール No.44 ポリマー脱揮装置 Polymer Devolatilizer

 今回の投稿では、ポリマー脱揮装置について取り上げます。溶液重合のポリマー製造プロセスにおいては 脱モノマー工程がありますね。溶液重合でモノマー転化率を上げていくと重合速度がだんだんと遅くなります。なので、転化率 90[%] とするような運転条件は有りえませんね、反応容積が極めて大きくなるので。なので、まあ 80[%] くらいの転化率として 下工程の脱モノマー工程とか脱揮工程と呼ばれる工程に送ります。もちろん、ギヤポンプでギューッと押し込んで配管の中を移送します。で、脱揮工程で未反応のモノマーを分離します。当然、製品ポリマー中にはごく微量のモノマーしか含まれていません。ポリスチレン系ポリマーであれば 残存モノマー濃度を 100[ppm] 程度まで下げますね。



で、脱揮装置は 相当に奥が深いんですが、ここで取り扱うのは スチレン系樹脂 脱揮装置における気液平衡です。設計する際の基本ですね。ある運転条件、と言っても重要なのは入口組成、温度及び圧力なんですが、その条件下で到達できる平衡濃度はどれくらいなのか? を計算出来ます。ですが、あくまでも計算上の平衡濃度なんで実際にはそこまでは到達出来ません。脱揮効率が有るんですね。まあ、処理時間が無限であれば平衡濃度にはなるんでしょうけど・・・。その脱揮効率がポリマーの性状とか流量とか いろいろな因子によって影響されるんですね。

さて、溶液重合プロセスにおける典型的な静的脱揮装置ですが、大体は下図のような構成となっています。要は ポリマー溶液 (ポリマーとモノマー混合液) を熱交換器で加熱し、そして 減圧下のチャンバーにフラッシュさせます。モノマーは低分子量成分なんで蒸発してベーパーとなります。一方、ポリマーは高分子量成分なんで 蒸発はせずに溶融状態のままチャンバーの底に溜まります。と、こんな感じで無事 モノマーとポリマーが分離される訳ですね。
大抵の場合、熱交換器とチャンバーは一体化されています。別個にしている場合も有るにはありますが、機器を別々にするといろいろと面倒くさいので一個にするほうが良いかと思いますね。





ポリマー混在系の気液平衡

重要なのは やっぱり気液平衡なんですね、しかもポリマーが混在する系での。なので、普通の気液平衡とは異なります。これについては化工関連の書籍でもまず見当たりません。まあ、さすがに文献ではチラホラ有るんですが、きちんとこんな計算するんだよってのは無いですね。実務でこのような案件を計算するようになっても、見かけることが無くてどうしたもんかな~と思ってました。そんななかで たまたま見つけたのが 下記の文献ですね。

"Evaluation of the Performance of a Commercial Polystyrene Devolatilizer"
Bernard J. Meister and Alan E. Platt
Dow Chemical Company, Designed Thermoplastics Research, 438 Building, Midland, Michigan 48667
Ind. Eng. Chem. Res. 1989,28, 1659-1664

ダウケミカルの研究者なんですね。扱ってるのがポリスチレンなんで見つけた時は 「おお~っ、これは使える!」って思いました。で、ずっと使ってますね。1989年発表の文献ですが、社会人になったのが同じ1989年で、この文献を見つけたのが 1991年くらいですかね。こういうのをちゃんと対外的に発表してくれるんで、欧米の企業は大したもんですよね。

で、ポリマー混在系の気液平衡ですが当ブログの「重合反応器」についての一連の投稿でも触れたように 少々特別な取り扱いが必要となります。

2022-05-12  反応器 潜熱除去方式 その1

ポリマー混在系においてはスチレンなどの低分子量成分の蒸気圧は低下します、ってのが肝ですね。で、どれくらい影響があるのかってのは  "Flory - Huggins 式" が有りますんで ちゃんと計算出来ますね。





で、以上のように最終的には式⑥が得られます。系の全圧は分かっていますし、純物質の蒸気圧は別途 蒸気圧式に温度を代入すれば得られます。ポリマー密度と純物質密度も まあ一般的な物質であれば有りますね。最後に残るのは 相互作用係数 χ (ギリシャ文字なんでカイ) ですが、ポリマーハンドブックを調べれば 有るかも知れません・・・。因みに ポリスチレン - エチルベンゼン系では χ = 0.35 と報告されています (Vrentas et al, 1983)。

ですが、更に簡単に計算する方法が文献中で紹介されています。重量基準の無限希釈 活量係数 Ωi∞ とFlory - Huggins 式については 以下の式⑦の関係があり、加えて その値は ほぼ 5.0 と報告されています。なので、最終的には式⑨ によって平衡濃度 Ei が計算されます。比例定数 Ci は式⑩であり、気相部 モル比 yi と蒸気圧が分かれば計算出来ます。と、ここで yi なんですが 本来 不明ですよね。Ei は yi と関係付けられる訳ですが、Ei が不明なので yi は分かりませんし、反対に yi が不明なので Ei も分かりません・・・。じゃあどうするかと言うと、脱揮装置においては低分子量成分のほとんどは揮発します。なので、気相部 モル比は 脱気装置入口 モル比にほぼ等しいとおきます。入口組成は分かっているので、その値をそのまま使う訳ですね。



平衡濃度 計算例


✔ 蒸気圧 

まあ、上記の計算式は 基本的にはポリスチレン系にしか適用出来ませんけど。まずは、文献中の条件で計算してみます。と、その前に 蒸気圧を計算しておきます。5定数の Riedel タイプの蒸気圧式です。蒸気圧は [Pa] で計算されますが、グラフは [Torr] にしてあります。元の文献も [Torr] なので。

温度 230[℃] におけるスチレンとエチルベンゼンの蒸気圧は以下のようになります。

  • Styrene         4,556 [Torr]
  • Ethylbenzene   5,561 [Torr]  




✔ 平衡濃度 スチレン、エチルベンゼン

文献中には 性状の異なる製品 Product 1,2 の運転条件と脱揮 前後の製品中 濃度などのデータが記載してあります。脱揮前の成分濃度は 平衡濃度の計算に必要ですね (yiとして使用)。

前述の式⑨と⑩から分かるように、平衡濃度は全圧に比例した原点を通る直線となります。で、スチレンとエチルベンゼンを比較するとスチレンの平衡濃度が高いですね。入口濃度が高い為です。まあ、未反応のモノマーとして結構な量が残ってますんで。一方エチルベンゼンは 入口濃度は 重量比率で 0.2 [- ] なんで、まあこんな感じかなと。

で、製品中の実濃度を同じグラフにプロットすると、当然 平衡濃度よりは高くなります。ネチョネチョした液をフラッシュしているので如何にも分離が悪そうですよね。Product 1 で全圧 10[Torr] の場合は以下のようになります。


  • Product 1 スチレン          平衡濃度 324 [ppm]  実濃度 505 [ppm]
  • Product 1   エチルベンゼン 平衡濃度   61 [ppm]    実濃度 84 [ppm]  


実濃度については 残存全揮発分 Residual Total Volatile Matter , RTVM とか言いますね。ポリスチレンであればキュメンなどの成分はごく微量なんで無視すると、スチレンとエチルベンゼンの合計が RTVM となりますね。この場合、589 [ppm] となるので少し高めですね。やはり、300 [ppm] は切っておかないと、と思います。本当は 100 [ppm] とかが良いですね。 平衡濃度と実濃度の乖離を脱揮効率とかで表現したりする場合もありますが、この文献で解析している静的脱揮装置では限界が有りますね。なので、ガッツリ脱揮したいのであれば 二軸押出機タイプの脱揮装置といった動的な装置を使う必要が有るかと。

んでも、静的脱揮装置であっても 100[ppm] を達成している例が有って、例えば スイスのSulzer Chemtech の脱揮装置は まあ静的脱揮装置ですが 構成は二段方式で、一段目の後に脱揮助剤を添加します。脱揮助剤ってのは普通は水ですね。ノズルから微量 (数%程度) 添加して、静的混合装置 Static Mixer で良く混合します。微細な水滴が混在した状態で二段目の脱揮装置に流入しますが、二段目のフラッシュチャンバーは 数[Torr] まで減圧されているので、この急減圧によって水が急激に発泡して液を撹乱すると同時に、大きな体積膨張によって表面積を拡大させることによって脱揮効率を改善するって方式です。まあ、Sulzer はそもそも Static Mixer のベンダーさんなんでお得意ですよね。何回か売り込みに来て、プレゼンを聞いたりもしましたね。 

それと脱揮用二軸押出機ですと、日本製鋼さん、コベルコさん そして東芝機械さんあたりでしょうか。RTVM をワンパスでグンと下げられるので非常に優秀ですが、と同時に非常にお高いですね。これまた、プレゼンを聞いたり訪問してヒアリングしたりとかもしましたね。




※ 脱揮装置 入口組成ですが、文献にはポリマー込みの各成分重量パーセントが記載してあります。式⑩ の yi はモル比なので厳密には各成分のモル比を計算すべきですが、ここではスチレンとエチルベンゼンのみを考慮するものとし、かつ両者の分子量はほぼ同じなので (104と106) なので、両者の重量比率値を用いて平衡濃度を計算しています。具体的にはポリマー抜きの各成分重量比率を計算して、その中のスチレンとエチルベンゼンの値を使いました。


まとめ

うーん、久しぶりに 脱揮装置の平衡濃度を計算しましたね。EXCEL の計算シートとかも相当作ったんですが、全部 前職の会社に置いてきたので手元には何も有りません。まあ、セキュリティが厳しい会社だったんで。

にしても、このような高粘度液の処理と言うのはやはりなかなかに難しいです。反応器については相当程度まで分かっていますし、より詳細に CFD などで流れ場や温度場を解析する事も現状で可能です。一方、この手の脱揮装置については 高粘度液であること、蒸発した揮発分による気液混在系として取り扱う必要が有り、だいぶ難易度が高いですね。なんで、パイロットプラントでいろいろとデータ採取して運転条件を探索する様なやり方になるのかなと。まあ、一旦 基本となる運転条件が決まってしまえば、 熱収支計算を実施して熱交換器の仕様である伝熱面積を決定すればOKなんですけど。ただ、いろいろなグレードを作り分けるとか、生産する製品自体が変わるとなると この脱揮装置で ほんとに大丈夫なのか? ってなりますね。まあ、その時は 再度パイロットプラントで検討しますが、実機装置であれば おいそれとは仕様を変えたりは出来ないんで、そこが悩ましいところですね。まあ、それは反応器とかでも同じなんですけどね。




参考文献


  1.  "Evaluation of the Performance of a Commercial Polystyrene Devolatilizer" Bernard J. Meister* and Alan E. Platt  
    Dow Chemical Company, Designed Thermoplastics Research, 438 Building, Midland, Michigan 48667  
    Ind. Eng. Chem. Res. 1989,28, 1659-1664
  2. 「メタクリル酸メチル-ポリメタクリル酸メチル溶液の気液平衡と脱気押出機の性能評価」
    化学工学論文集 第22巻 第2号 1996年
  3. 「ポリスチレン脱揮発装置の脱モノマー性能評価」
    化学工学論文集 第17巻 第5号 1991年
  4. 「新ポリマー製造プロセス」 工業調査会 1994年刊
  5. "Devolatilization of Polymers Fundamentals - Equipment - Applications"  J. A. Biesenberger   Hanser Publishers
  6. "Recent Advances in Modern Static Devolatilization" 
    Manfred Wackerlin, Philip Nising   
    Macromol. Symp. 2007, 259, 17–25









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