今回の投稿では、ポリマー移送について取り上げます。前回はポリマー脱揮装置について取り上げたんですけど、せっかくなんでポリマープロセスについて何回か投稿しようかなと。まあ、気が向くままなんですけど。
で、溶液重合ポリマープロセスにおける ポリマー移送なので、移送すべき液は ポリマーが未反応モノマーと溶媒に溶解したポリマー溶液となります。その後、脱揮装置を経て未反応モノマーと溶媒のほとんどが除去されると ほとんどポリマーとなりますが、これは溶融液となりますね。どちらにしても高粘度液なんで 低粘度液とは違って 移送時の圧力損失は非常に大きくなりますね。ここでは、ポリマー移送時の圧力損失がどれくらい大きくなるのかを計算してみます。
因みに、下図は ドイツ I.G.Farben 社のポリスチレン プロセス概要です。これが 今から88年前の 1935年に稼働していたと言うのは驚きですね。供給されるスチレン流量は 各重合槽に 22[kg/hr] なので 合計で 44[kg/hr] となり、日産量は 約 1トンとなります。
ただ、このプロセスを見て分かるように ポリマー溶液の移送は 重合槽から塔型反応器を連結する箇所だけですね。しかも、移送といっても重力で流下するだけです。塔型反応器内部も重力流下なので プロセス全体では特に移送を意識しなくても運転出来るんだろうな~と思います。というか、そういう様に設計したんでしょうね。
その後、より大量に生産する為にプロセスが大型化して行きますが、そうなるとこのような重力流下に頼る小型の装置では対応しきれませんね。となると、複数の反応器や脱揮装置を使って生産する必要が有ります。複数の機器ですがまあ普通は縦に重ねませんよね、高くなりすぎますので。となると、横に並べる事になりますが、そうなると装置間に移送配管を設置する必要が出てきますね。とまあ、そんな感じでポリマー移送が重要になるって事ですね。
ポリスチレン製造プロセスの歴史的な変遷ってのも結構面白いんですが、それはまた別の機会にでも。
ポリマー液物性 ポリスチレン
ポリマー移送に限らず 移送時の圧力損失を計算するには、まず 液物性が必要となります。スチレンなどの一般的な化学物質であれば、化工便覧とか Perry などの書籍を当たるとか、無料・有料の物性データベースで調べる事も可能です。一方、ポリマー溶液の物性については 残念ながらあまり見当たりません・・・。特に液粘度についてはまず無いです。そんななかでもポリスチレンについてはいくつか物性式が有るんで、それが使えますね。それ以外については、例えば 各企業が独自に測定しているんだと思います。まあ、それはそれですごく大変なんですけどね。
今回 参考にしたのは以下の文献です。
「層流管型反応器におけるスチレン熱重合反応の測定と解析」
長迫透・島田学・奥山喜久夫
化学工学論文集 第22巻 第4号 pp.907-915 1996年
で、ポリスチレンとスチレンからなるポリマー溶液の温度と転化率(ポリマー重量比率) を変えて計算してみると以下のようになります。液粘度についてはポリマー分子量の項が有りますが、ここでは 300,000 [kg/kmol] としています。
密度や比熱、熱伝導率は スチレン単体とそこまで大きな差異は無いですね。一方、粘度ですが大きな差異が有ります。20[℃] のスチレンは原料ですね。140[℃]、転化率 70[%] だと、まあ重合工程の出口条件ですね。粘度は 0.751 [m Pa s] から 326 [Pa s] まで増大し、これは実に434,087倍となります・・・。ざっと 40万倍ですね。
- スチレン粘度 20℃ 0.751 [m Pa s]
- ポリスチレン溶液 140℃ 転化率 70% 326 [Pa s]
で、この粘度式ですが ポリマー溶液には適用可能ですが、まあ 転化率で言えば 80[%]くらいまでが適用可能でしょうか。それ以上となると 溶融ポリスチレンとなるので、また別個の粘度式を適用します。ポリマーなんで非ニュートン流体なんですよね。温度と
せん断速度の両方の影響を受けます。せん断がかかると粘度が低下します。二段脱揮プロセスであれば、二段目の脱揮装置以降は モノマー・溶媒分はほとんど無いので (RTVM 数百ppm以下) 、ほぼポリマーのみが溶融した状態となります。これはこれで、レオメーターとかの測定装置を使って溶融粘度を実測して 例えば
Klein式 でフィッティングします。グレードで分子量が違ったり、かつそのポリマーに添加剤(内部潤滑剤) を添加したりするので、溶融粘度も結構 違ったりするんですよね。今回はポリマー溶液についてのみ取り上げる事とします。ですので、上記の物性式が適用可能となりますね。

ポリマー移送 圧力損失 計算例
✔ ポリスチレン プロセス
まあ典型的なスループット重視のポリスチレンプロセスは下図のような感じでしょうか。原料工程、重合工程、脱揮工程、回収工程から構成されます。
反応器は3段構成で全部塔型です。内部に温度制御用の熱媒パイプが設置してあって、重合熱を除去します。ただ、流しているだけでは伝熱効率がよろしく無いので、インペラで撹拌します。図中の二重管にしてあるラインはジャケット配管で、熱媒を通液して保温します。冷えると急激に粘度が上昇して圧力損失も増大してしまうので。
✔ 転化率と温度推移
各反応器 出口の転化率と温度は以下のように設定します。尾見 信三先生 「ラジカル重合反応の操作設計」 に記載されている Dow プロセスの運転条件を参考にしました。前述のプロセスフローも 重合工程は Dow プロセスのものです。
- No.1 Reactor 温度 130[℃] 転化率 40[%]
- No.2 Reactor 温度 150 [℃] 転化率 65 [%]
- No.3 Reactor 温度 165 [℃] 転化率 80 [%]
この場合の粘度は以下のようになります。No.3 Reactor では相当 粘度が上がりますが、塔型反応器は低速ですが撹拌しているとの事です。まあ、あまり大きくなければ可能なのかとも思いますが。ここまで高粘度であれば、Sulzer Chemtech 社の SMR を使うほうが無難なのかなと思います。
- No.1 Reactor 液粘度 3.35 [Pa s]
- No.2 Reactor 液粘度 88.59 [Pa s]
- No.3 Reactor 液粘度 1059.8 [Pa s]
✔ 圧力損失
で、次に配管圧力損失を計算してみますが、流量を以下のように設定します。年間生産量 5万トンとなりますね。まあ、現状では小さい方だと思いますけど。
- 重量流量 7,850 [kg/hr]
- 最終転化率 80 [%]
- 生産量 6,280 [kg/hr]
- 日産量 150.72 [Ton/day]
- 年産量 50,240 [Ton/year]
- 年間稼働時間 8,000 [hr]
流量が決まれば、次は配管内径を決めれば平均流速が出て、レイノルズ数が計算出来て、摩擦係数も計算されます。それをファニングの式に代入すれば圧力損失が出ますね。
で、液体なんで液体移送時の慣用流速を使えば良いかと言うと それは駄目です。シャバシャバの液体の何万倍も粘度が高い訳ですので。なので、大きな配管径となりますが まあ 80A とか 150A とかでしょうか。
今回は ポリマー移送配管 3箇所について計算しますが、まあ別々の配管サイズにしますね。上流側に合わせると 下流側で圧力損失が過大となりますし、下流側に合わせると上流側では サイズが大き過ぎて コストが上がりますね。
- No.1 Reactor → No.2 Reactor 80A
- No.2 Reactor → No.3 Reactor 100A
- No.3 Reactor → Devolatilizer 150A
因みに、同じ流量の水を慣用流速よりも少し遅めで流す時の配管サイズは 40A となりますね。一目瞭然ですがだいぶ小さいです。
各配管での平均流速は一桁違いますね。なのでレイノルズ数は非常に小さくなり、その結果として摩擦係数はすごく大きくなります。層流域では f = 16/Re なので。
やっと圧力損失値ですが、まあ以下のような感じです。まずは、1m当たりの圧力損失ですが 大きいですよね。単位は [MPa / m] です。No.3R → DV 配管では1メートル当たり 2[kg/cm2]の圧力損失ですから これはデカいです。で、機器レイアウトが不明なんでアレなんですけど、仮に配管長が 20[m] として計算してみます。
No.3R → DV 配管では、4.38 [MPa] となります。これは実揚程とかは含みませんし、配管途中に設置してあるバルブとかスタティックミキサーとか 熱交換器などの圧力損失は含みません。それらは別途 計算して合算する必要が有ります。低粘度液の移送では 圧力損失が メガパスカルとかにはまずならないですから、まあデカいですよね。
まとめ
ポリマー移送における圧力損失を計算してみました。粘度が粘度なんでデカくなりますが、まあしょうが無いですね。淡々と計算して淡々と配管仕様とかポンプ定格とかを計算していました。当然ですが、普通のキャンドポンプとかでは移送出来ないので、ギヤポンプを使います。ネッチョりした添加剤を移送するような小さめのギヤポンプだと、メーカーさんは沢山有りますね。例えば、高千穂機械さんのプレシジョンギヤポンプとか。
ですが、時間当たり数トン以上の大きなギヤポンプとなると、日本だと島津メクテムさんの SBJシリーズとか、ドイツ Maag社の Viscorex シリーズとかでしょうか。どっちも鋳造品だと思いますね。パイロットプラント用だとそこまで大きくは無いですけど、量産プラント用だとなんじゃコリャくらいに大きいです。ジョイント部もデカいし、減速機・電動機もデカいです。ギヤポンプのデータシートとか図面とかも何回となく見ましたし、質問したり検討したりしましたね~。ただ、まあ最終的にはメーカーさんの判断に任せる事になるんですよね、運転条件を提示して。ギヤポンプなんでギヤが有るんですが、そこへのポリマーの噛み込みと言うか入り込みがよろしく無いと移送不良になったりして大変ですね。とまあ、普通のポンプには無い大変さが有りましたけど、それはそれで面白かったですね。
参考文献
- 「新ポリマー製造プロセス」 工業調査会 1994年刊
- 「ラジカル重合反応の操作設計」 尾見信三著 1993年刊
- 「層流管型反応器におけるスチレン熱重合反応の測定と解析」
長迫透・島田学・奥山喜久夫
化学工学論文集 第22巻 第4号 pp.907-915 1996年
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