今回もポリマーに関する内容を取り上げてみます。前々回 No.45 では配管におけるポリマーの移送を取り上げましたが、同じ配管で加熱したり冷却したりすればどうなるのか?を計算してみます。まあ、結論から言えば ものすご~く大変です。そもそも、ポリマーは有機物なので熱伝導率が小さいですね。それでも、液粘度が小さければ乱流流れとなり熱伝達係数もそれなりの大きさになります。が、スチレンやトルエンなどの有機液体とは違って非常に粘度が高いので、どうしても層流流れとなります。となると、熱はジワジワとしか伝わりませんね。No.44 ポリマー脱揮装置では 未反応モノマーを蒸発させる為に潜熱分の熱量を与える必要が有ります。図に有るように 多管式熱交換器が減圧チャンバーに直結されて設置してあり、この熱交換器で加熱します。結構 デカいと言うかゴツい熱交換器になりますね。まあ、処理量にもよるんですが・・・。
下図は一般的に使用される熱交換器用 伝熱管仕様です。まあ、大抵はこれらから選択しますね。
層流 熱伝達
で、まあ前述のように層流流れになるので 層流域での熱伝達係数 推算式を使用します。乱流流れの場合とはまた少し違いますね。
✔ ポリマー溶液 プラントル数
まず、計算の前提となるポリマー液物性を見てみます。No.45 ポリマー移送の投稿でも既に紹介したポリスチレン溶液の液物性を使用します。熱伝達と言えばプラントル数 Prandtl Number ですが、このプラントル数の大小を見てみます。
プラントル数の定義式を見て分かるように粘度値が分子に有るので、粘度が大きくなれば プラントル数も大きくなります。ケミカルプラントで使われるような一般的な液体におけるプラントル数と比較してみても 100万倍ほどデカいです。ケミカルプラントでは比較的粘度の高い液体である熱媒体油 (Therminol 66) と比較してみても、6500倍ほどデカいですね。
✔ 円管内層流 熱伝達係数 推算式
高粘度液の熱伝達ですが、対象となるのは円管です。冒頭の図にあるような伝熱管内をポリマー溶液が流動する際の熱伝達係数 推算式は以下のとおりです。ただし、壁面温度一定条件のものです。
式①は円管内 局所ヌッセルト数 推算式です。無次元距離 x+ を使っています。無次元距離 x+ の定義は 式②のとおりです。で、局所ヌッセルト数も大事ですが 任意距離における ポリマー溶液平均温度 Tm を求める際には、円管入口から任意の距離までの 平均ヌッセルト数が重要となります。平均ヌッセルト数はいろいろな研究者による数値計算によって得られていますが、推算式の形になっていないと使いにくいですね。で、式⑤と⑥がその推算式です (Shah - London式) 。
円管内 平均ヌッセルト熱が分かれば、当然 平均伝達係数が分かります。で、これでエイッと任意距離におけるポリマー溶液温度が得られます。ただし、それはポリマー溶液側だけを考慮しただけなので不十分ですね。当然、円管の熱抵抗と円管外側の加熱/冷却媒体側の熱抵抗を加味する必要があります。即ち、総括伝熱係数 U を求める必要が有りますね。この U値を求めた上で、式⑦の熱収支式を用いて 任意距離での混合平均温度 Tm が得られます。
計算例
✔ 計算条件
ポリマー溶液をある平均流速で加熱管に流して、入口からの任意距離における平均熱伝達係数とポリマー溶液温度を計算してみます。
- 円管外径/内径 25.4 / 21.4 [mm]
- 平均流速 0.02 [m/sec]
- ポリマー溶液 粘度 326 [Pa s]
- ポリマー溶液 比熱 2.073 [kJ/kg K]
- ポリマー溶液 熱伝導率 0.136 [W/m K]
- ポリマー入口温度 140 [℃]
- 加熱媒体温度 250 [℃]
✔ 平均熱伝達係数
計算してみると、下図のようになります。局所熱伝達係数は入口近傍で大きく、距離と共に低下して最後はほぼ一定となります。局所から得られる平均熱伝達係数も同じような挙動となりますね。更に言うと、この熱伝達係数と管壁熱抵抗、管外側熱伝達係数から総括伝熱係数を求めると 少しだけ小さくなります。3000 [mm]で33.5 [w/m2 K] なので、主たる熱抵抗はポリマー溶液側にあると言えますね。
✔ 温度変化、伝熱量
この条件では 3000[mm] 流下してもポリマー溶液温度は 182 [℃] までしか上がりませんね・・・。伝熱量は円管1本当たり 0.589 [kW] です。まあ、こんなもんだと思います。ポリマー溶液なんで。んじゃあ、もっと熱い加熱媒体で加熱すれば良いのでは?となりますが、ポリマーが熱劣化します。なので、やみくもに上げるのは考えものですね。
✔ 管内径の影響
んじゃ、打つ手は無いのかと言えば 無い事も無いですね。それは 細い管を使う事です。実際に計算してみると以下のようになります。ただし、変えるのは管内径のみで平均流速は変えないものとします。
細くするほど 出口温度は高くなります。が、伝熱量は減りますね、伝熱面積が減るので。なので、伝熱面積を一定とした多管式熱交換器で、細い伝熱管を使うのであれば その分 本数を増やす必要があります。んじゃ、増やせば良いじゃんとなりますが、細い管は圧力損失も大きくなります。加えて、細い管と言っても何でもOKでは無くて、冒頭の図にあるようにサイズは決まっています。まあ、細い管といっても実際に適用可能なのは、外径 19[mm] / 内径 15[mm] ですね。
✔ 助走区間
前述の一連の推算式には助走区間 計算式として 式⑧、⑨、⑩が含まれていました。助走区間と言うのは、速度分布 もしくは 温度分布が 十分に発達するのに必要な距離の事です。
実際に今回の条件で計算してみるとそれぞれ以下のようになります。
- 速度助走区間 0.0015 [mm]
- 温度助走区間 7,842 [mm]
前述の推算式が適用出来るのは 、どのテキストを見ても 「速度分布が十分に発達した場合」と言及されています。この計算結果を見れば、1[mm] も流下せずに速度分布は発達するので、前述の推算式は何の問題も無く適用可能ですね。そして、温度助走区間は 実に500万倍も長いですね。これは式⑩を見て分かるようにプラントル数の大きさに起因しています。つまり、すごくネチョネチョした有機液体では伝熱管に流入すると瞬間的に速度分布は決まってしまうけど温度分布はずーっと流れて行かないと決まらないよ、となりますね。まあ、それだけ加熱/冷却し難いって事になるのかなと。
✔ 平均ヌッセルト数 比較
伝熱のテキストを見ると 円管内層流熱伝達における平均ヌッセルト数 推算式としては 別の式が掲載されている場合が多いように思います。 プラントル数 無限大とした場合の数値計算結果を近似式にしたものです。手持ちの資料からいくつか推算式を拾ってみると以下のようになります。Gz はグレツ数と言われる無次元数ですが、前述の 無次元距離 x+ の逆数となっています。まあ、ほぼほぼ同じような値にはなるんですが 少し違ったりしますね。 Shah-London式は x+ = 0.03 を境にして式が異なるので微妙に段差が出来ますね。
まあ、どれを使っても良いとは思いますが 個人的には Shah - London 式を使ってましたね。
まとめ
とまあ、こんな感じでポリマー溶液の伝熱 この場合は 加熱ですが、いろいろと大変です。サクッと温度が上がって圧力損失もそれほど大きくは無くて、と言った仕様・条件は不可能ですね、残念ながら・・・。と言った事情もあって、ポリマー脱揮装置用の 多管式熱交換器の仕様決定はこれまた大変です。使える伝熱管もほぼ数種類しか有りませんし、長~くするにしても限界が有りますよね。もちろん、本数をむやみに増やす事も現実的では有りません。 実務では何回も仕様の決定をしましたが、「これだっ!」と言うセオリーと言うか手法は 今だに良く分かりませんね。
また、そこそこコンパクトで加熱性能も良いポリマー溶液用 熱交換器としては、加熱管内部にスタティックミキサーを詰め込むタイプが有りますね。スイス Sulzer社が実際に製作しており、商用プラントでも運転されているようです。まあ、層流域での伝熱を改善しようとする為の苦肉の策なんですが、やはりどうしても高価になるのがネックなのかなと。
そう言えば、「ジャケット配管でポリマーを移送中に温度を上げられないか?」と言う検討依頼が有って、出口温度を計算した事が有りましたね。まあ、「全然 温度は上がらないんですよね」、と報告したんですが 納得がいかなくて実際にやってみたらしいです。後で、「言ってたとおりでしたよ」と言われましたね。まあ、この手の結果は曲げられないですよね。
参考文献
- 「伝熱工学資料 改訂第4版」 日本機械学会編 1986年
- 「大学講義 伝熱工学」 丸善出版 1983年
- "Therminol 66 technical bulletin"
https://www.therminol.com/product/71093438?pn=Therminol-66-Heat-Transfer-Fluid
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