化工計算ツール No.50 ポリマープロセスの蒸留 Distillation in Polymer Process

 この化工計算関連の投稿も何だかんだで50回目となりました。ですが、まあ淡々と行きましょう。と言うことで今回もポリマー関連の内容となりますが、蒸留について取り上げます。まあ、ポリマープロセスでは蒸留関連機器はメインの機器では無いんですが、全く関係無い訳でも無いですね。蒸留は混合液を各成分に分離する単位操作ですが、回収原料液中に含まれるオリゴマーを分離する際に使っていますね。

ポリマープロセスが取り扱うのは、まずは モノマー Monomer 、オリゴマー Oligomer  そしてポリマー Polymer ですね。モノマーは原料なんで、何と言ってもコレが無いと始まりません。で、ポリマーは製品ですね。別の投稿でも取り上げたように、小さいペレット Pellet にして出荷します。で、その中間にあるのがオリゴマーですね。モノマーが数個から数十個 重合したもの、となりますか。ポリスチレン Polystyrene であれば、ポリマーの重合度は数百から数千となりますが、ここで分離の対象となるオリゴマーは ダイマー Dimer とか トリマー Trimer です。 

今回は ダイマーを分離するのに必要な蒸留塔の仕様について計算してみます。





ポリスチレンプロセスにおける蒸留


✔ ポリスチレンプロセス

まずはポリスチレンプロセスの概要をもう一度見てみます。プロセスフローは 「No.45 ポリマー移送」でも取り上げましたけど、下図のような感じですね。脱揮装置で分離回収されたモノマーはそのまま使わずに蒸留操作によって精製します。この時にダイマーとかトリマーを分離します。で、分離されたダイマーやトリマーは液体廃棄物として系外に排出されます。で、そのまま捨てるのも処理費用がかかったりしますので、例えば熱媒ボイラーの燃料として使用して熱回収するってのも有りますね。今もそんな事をしているかは不明ですけど。



✔ ダイマー分離の必要性

そもそも何でダイマーなどの低分子量分を取った方が良いのかと言うと製品物性に影響があるからですね。流動性とか軟化点温度とか強度でしょうか。これらの物性に一番効くのはポリマーの平均分子量とかなんでしょうけど、そこに低分子量分が混じってたりすると影響が有るんですね。分子量分布で言えば左側、低分子量分の比率が多くなる訳ですね。まあ、物性の方はあまり良くは分からないのでアレですけど。んでも、プラントコストを削減する為なのか 回収原料の精製をそれほどには行なわないプロセスってのも有るには有りますね。蒸留塔は設置せずに、例えば 単段のフラッシュ缶を設置するとかですね。


✔ 何故 蒸留?

物性に影響云々以外にも ダイマーとかトリマーはプロセスのどっかからパージしないと系内に蓄積してくるので注意が必要ですね。回収された原料モノマーはいずれ重合してポリマーとして系外に出ていきます。ですが、ダイマーは重合しないのでポリマーになって出ていく事は無いですし、モノマーほどでは無いにしても脱揮装置で分離されてしまいます。なので、系内をグルグル循環してしまいます。つまり、系内に溜まってくると言うか濃度が上がってくるんですね。となると、モノマー濃度が薄まるので重合速度とかにも若干ですが影響があるかと思います。
で、パージするにしても 適当にジャーっとやると 原料モノマーも一緒に排出されてしまいます・・・。これは勿体ないですよね。モノマーもタダでは無いので。と言う事で、出来るだけダイマーとかの濃度を濃くして捨てれば良いじゃん!となる訳ですね。で、モノマーとダイマーは沸点が明らかに違うので、この沸点差を利用する蒸留操作で分離すればOKとなりますね。


ダイマー物性


ダイマーですが 要はスチレンの二量体です。なので、密度、比熱や粘度などの物性はスチレンと同じとしても、まあ良いかなと。ただし、平衡物性の一つである蒸気圧だけはきちんと見ておかないと駄目ですね。そこが今回の分離操作で一番重要なので。分子量が違うのでさすがにモノマーとダイマーでは蒸気圧が違いますね。と言っても、ダイマーの蒸気圧はなかなか無いです・・・。で、ダイマー蒸気圧として 参考書籍に記載されていたグラフから数値を読み取り、そのデータを使って Antoine式の三定数を決定したりしてました。


✔ ダイマー蒸気圧

今回使用するスチレンとダイマー蒸気圧は下図のとおりです。参考文献のデータから Antoine定数を算出しています。まあ、結構違いますね。なので、分離自体はそれほど大変では無い、と言うか楽ですね。





計算例


✔ 温度線図、x-y 線図

スチレンとスチレンダイマーの各蒸気圧を用いて、温度-組成線図とx-y線図を計算してみると以下のようになりますね。計算式も併せて示しています。まあ、2成分系なので簡単ですね。ここで、系の全圧ですが 80 [Torr] としています。

液が全部スチレンモノマーであれば、全圧 80[Torr] では 沸点温度は 76.6 [℃] ですね。一方、全部ダイマーであれば 221.6 [℃] が沸点温度となります。
x-y線図の方を見ると、計算された 平衡曲線は対角線からずーっと離れています。なので、すごく分離しやすいって事になりますね。




✔ 塔仕様

x-y線図から分かるように非常に分離しやすい系なので、蒸留塔を適用するにしても必要な理論段数も少ないですね。本来であれば、McChabe - Thiele 法を適用して理論段数を作図にて決定出来ます。また、2成分系の Fenske の式で最小理論段数を求める事も可能ですね。

ですが、平衡曲線がグイーっと上の方にくっついているので、作図しても非常に分かり難いですね。と言う事で、参考文献中の記載を一部抜粋して説明しておきます。まあ、手抜きですね・・・。

参考とするのは、村上康弘先生の 「重合反応工学演習」ですが 回収液の精製については以下のように記載されていますね。

条件としては、精製すべき回収液中には ダイマーが 1[wt%] 含まれているとしています。で、液の供給を塔頂から実施し (濃縮部は無し)、更に還流比 R をゼロ (還流無し) としても、塔頂からの留出液中におけるダイマー濃度は 0.001 [mol%] 程度に出来るとされています。重量濃度にすると 0.001 [wt%] ですね。塔底部での重合を抑える為に塔底温度を 110[℃] とするのであれば、理論段数は 3段程度で 塔底のダイマー濃度は 26[wt%] 程度になるとされています。段効率 0.5 とすれば、実段数 6で 還流の無い蒸留塔を設置すれば良い事になります。因みに塔内装物のタイプは多孔板 Sieve Tray としていますね。





そうであれば、塔全体の物質収支はこんな感じになります。年間生産量 10万Ton 規模のポリスチレンプラントであれば、これくらいの回収液が出てきますね。 

  • 塔供給流量        5,000 [kg/hr]
  • 塔底排出量     192 .12 [kg/hr]
  • 塔頂留出量     4,807.88 [kg/hr]

また、ダイマーの収支は以下のとおりです。

  • 塔供給  50.00 [kg/hr]
  • 塔底   49.95 [kg/hr]
  • 塔頂     0.05 [kg/hr]


ダイマーはほぼ分離されていますが、それに随伴してスチレンも排出されていますね。その流量は 142.17 [kg/hr] となります。そんなものかと思いますが、これが年間 8,000 [hr] 運転されるプラントですと 1,137.36 [Ton] となりますね。スチレン価格が今現在どうなっているかは不明ですけど、ざっくりと 1 [$/kg] とすると113.7 万$ となり、これは日本円だと 1億円は超えますね・・・。この数字だけを見ると結構な金額なんで、これを何とか出来ないか?と言った検討がされる訳ですね。例えば、薄膜式蒸発器を設置して もっとスチレンを蒸発回収出来ないかとか。まあ、何にしてもお金がかかる話なんでなかなか。   


まとめ

海外向け技術輸出の業務を担当していた事もあって、基本設計資料の作成やら化工計算やらは いろいろとやったんですね~。で、必ず この回収蒸留塔の設計と言うか仕様決定が必要となりますね。で、実際には回収部だけじゃなくて、ちゃんと濃縮部も付けてました。まあ、前例がそうなっていたので。で、Sieve Tray では無くて 充填物 Packing にしてましたね。Sieve だと孔部がポリマーで閉塞してしまう事が懸念される為ですね。更に、還流もしてましたね。そんなに還流比は大きくは無いですけど。更にリボイラーは流下液膜式でした。普通のサーモサイホン式だと加熱管の表面で重合が進んでしまうのを懸念したんですね。

んで、海外にもアチコチ行くようになって欧米などの他社のプラントとかも見たりしたんですが、ゴツい塔は付けないんですね~。フラッシュ蒸発的な装置が有るだけとか、全く何も無いのもあったような。ここらへんはカンパニーポリシーなんでしょうかね。ダイマーやらが系内に蓄積してくると言っても、際限なく増える事も無いでしょうし、そのうちポリマーの方に移行して どっかでサチるんだと思いますし。とにかくポリスチレンのような安価なポリマーでは、コストは初期投資も運転費用も激安でってのが定番なんでしょうね。


参考文献

  1. 「重合反応工学演習」 培風館 1974年刊
  2. 「蒸留工学」 講談社 1990年刊
  3. 「基礎式から学ぶ化学工学」 化学同人 2017年刊




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