今回からは通常進行に戻して、No.51 では撹拌槽伝熱について取り上げます。インペラで槽内の液体を撹拌するのは一般的で普通にやられていますけど、混ぜるだけでは無くて温めたり冷やしたりが伴う場合が多いですね。そんな場合、特に量産スケールではジャケットのみであれば伝熱面積が不足します。なので、コイル(螺旋状伝熱管, Coil) やらバンドル(伝熱管束, Bundle) を設置する事が多いですね。この時、コイルやバンドル表面における熱伝達係数はどの程度なのか?が非常に重要となります。それによって詰め込むコイルやらバンドルの量が決まりますので。
ここでは、乱流撹拌槽で一般的に用いられる傾斜パドル インペラによって撹拌した場合のコイル表面における熱伝達係数値を計算してみます。
熱伝達係数 計算式 HTC estimation equations
✔ 計算方法
まあ、基本的には撹拌機 仕様、コイルやバンドルなどの内装伝熱面の仕様、液物性そして運転条件 (インペラ回転数) を計算式に代入すれば 熱伝達係数の値が得られます。と言っても、大きく2通りの方法が有りますね。
- インペラ・内装伝熱面 別の計算式から熱伝達係数を計算する
- 動力値を計算して、その動力値から熱伝達係数を計算する
前者は個別の計算式を用いる方法ですが、ドンピシャのものが有れば まあ結果がすぐに得られますね。例えば、傾斜パドルとコイルの組み合わせとか、ディスクタービンとバンドルの組み合わせとかですね。加えて、撹拌レイノルズ数が適用範囲内であるとか、インペラ径と槽内径の比率が適用範囲内にあるとかですね。
後者は、まず機器仕様から撹拌動力を計算します。そして、この動力値から 液単位体積当たりの動力値 Pv , Power per unit Volume を求めます。そして、この Pv値を用いて 熱伝達係数を計算します。ここで用いるのがPv値と熱伝達係数との相関式です。例えば、Moo - Young の式が有りますね。また、単位質量当たりの動力値を用いる 佐野らの相関式も有りますね。
基本、どちらの方法でも同じ結果となるんだと思いますが、どっちが使いやすいかと言えば 断言するのは難しいですね。まあ、実務では 後者の動力値を使用する方法を使ってました。動力値については いつもの名工大グループの推算式を用いてましたね。まあ単純に 名工大グループが発表している動力計算式が、様々なインペラに対応しているからですね。また、動力値はやっぱり計算しますからね。
✔ 直接 計算式
熱交換器設計ハンドブックには パドルインペラの場合の熱伝達係数 計算式が記載されています。比較的簡単な式ですが、各部寸法のベッセル内径に対する比率の制約がいろいろと有りますね。まあ、多少のズレであれば許容されるかも知れませんが、あまり使い勝手が良くは無いですね。
また、化学工学便覧 第6版には 永田先生によって整理された相関式が記載されています。こちらはきちんと傾斜パドルに対応していますし、多段インペラにも対応しているようです。また、インペラとコイルの内側に重なって有る場合とか、インペラがコイルよりも下側に有る場合にも対応しているようです。更には、全く関係無いところに有る場合にも対応しているようです。ですが、まあ普通はコイルの内側に設置しますよね。
式④が本来の式ですが、インペラがコイルの内部にあって単段の場合だと、式⑤となりますね。定数値がゼロとなる項があるんで、その項は1となるので省略してOKですね。ステージ数の項とブレード傾斜角度の項が該当します。
✔ 動力値からの計算式
次に動力値から熱伝達係数を計算する相関式ですが、以下のようになりますね。式⑥は Moo - Young 式ですが まあシンプルですね。また、式⑦は 佐野らの相関式ですがいろいろと項が多いですね。他の研究者たちの実験結果を盛り込んでいるので、どうしてもこんな感じになりますね。で、Moo - Young式では 単位体積当たりの動力 Pv を使っていますが、佐野らの式では単位質量当たりの動力 ε を使っています。
計算例 example
✔ 計算条件
下図の撹拌槽とします。全容積の70[%] に水を装入してインペラで撹拌します。で、伝熱コイルを下図仕様のとおりに設置します。そこそこ詰め込んだ感じですが、伝熱面積は ジャケット面積の 8割ほどにはなりますね。
✔ 直接計算式 結果 熱伝達係数, 伝熱量
で、結果ですが以下のとおりですね。シャバシャバの水を撹拌しているので熱伝達係数値は結構 大きいですよね。当然ですが、インペラの回転数を上げると大きくなります。なんですが、総括伝熱係数を見てみると 頭打ちになりますね。水側熱抵抗が小さくなると、相対的に媒体側熱抵抗や伝熱管熱抵抗の方が大きくなるからですね。インペラを回せば良いってもんでも無いですね。で、平均温度差を 20[℃] として伝熱量を計算して、更に液容積で割り算すれば 単位体積当たりの伝熱量 Qco/V が得られますね。まあ、40 [kW/m3] 程度は可能なんですね。
✔ 直接計算式 比較
直接計算式が2つ有るんで、同じ条件で計算してみると以下のようになりました。永田先生の計算式の方が少しだけ大きくなりますが、前述のとおり 総括伝熱係数にしてみると そこまで影響は無いですね。
✔ 動力値 計算式 比較
最後に動力値から計算式を使って熱伝達係数を計算した結果を、直接計算式の結果と併せて示します。で、動力値ですが 名工大グループの発表している文献ではヘリカルコイルの動力は以下のように相関されるとしています。
- ヘリカルコイルを壁面に設置した場合、コイル径の0.25倍のバッフル1枚とする
- 壁面から離して設置した場合、槽径の 0.05倍のバッフル1枚とする
今回はコイルは壁面から離してますので後者の場合となりますね。幅 95.5 [mm]のバッフルを1枚だけ設置します。幅もそれほど無いし、1枚だけなのでバッフルの効きは弱いですね。 傾斜パドル 動力推算式を用い、このバッフル条件で動力を計算しています。
さて、上段のグラフが熱伝達係数値ですが、直接式と動力式では まあ倍半分は違いますね。この程度の差は出ちゃうのかなと思いますね。なかなか難しいです。で、設計ではこの値では無くて総括伝熱係数を使うので、その値を計算してみた結果が下段のグラフです。媒体側と伝熱管の熱抵抗が加味されるので差異は小さくなりますが、それでも2・3割は違いますね。
実務ではずっと Moo - Young の相関式を使ってましたが、この結果のように総括伝熱係数を小さめに見積もっていた可能性が有りますね。なので、必要な伝熱面積を大きめに決定していた可能性が有ると言うことですね。まあ、これは言い訳ですが 伝熱面積を詰め込んでおいた方が、伝熱量に余裕が有ると言う事になるので・・・。それと、これは感覚的なものですが、直接式からの熱伝達係数値は少し大きめのようには感じますけどね、何となくですけど・・・。
まとめ Wrap-Up
撹拌槽伝熱についていくつかの計算式を用いて、コイル外面での熱伝達係数を求めてみました。実務ではもっぱら 動力推算式で動力値を計算し、その結果を用いて Moo - Young の相関式で 熱伝達係数を算出していました。伝熱計算式より動力推算式の方がより整備されているのがその理由でした。今回の結果を見る限り、総括伝熱係数を小さめに見積もっていた可能性は否めませんが、かと言って 直接計算式の結果を鵜呑みにするのも危険ですね。伝熱面積を少なく見積もってしまうので。佐野先生の相関式についての文献では Moo - Young の相関式について言及されていて、単位体積当たりの動力が小さいと熱伝達係数をだいぶ小さめに見積もる的な指摘をしています。 ですが、動力がだいぶ大きめとなるような仕様や運転条件では 似たような結果になるようです。
撹拌槽伝熱はなかなか難しいですね~。決定的な推算法は無いのかなと思いますね。んじゃ、CFDでダイレクトに計算してやれば良いじゃんと言う意見も有るかと思いますが、コイル表面に形成される速度/温度境界層を解像度良く捉えるには だいぶメッシュを細かくする必要が有りますので、これまた難しいかと。まあ、CFD もだいぶ進歩しているとは思いますが、ゴリゴリやってた15年くらい前では撹拌槽内全体の流れを見つつ、かつコイル外面の温度勾配もきちんと捉えるのは難しかったと記憶しています。コイル表面に細かいメッシュを作っておいて、コイル表面からだいぶ離れたところではだいぶ粗いメッシュとして 総メッシュ数を抑えたりとかしてました。インペラ径は 1[m] とかのスケールですが、境界層となると 1 [mm] くらいのスケールですからね。しかも 流れは基本 乱流ですし・・・。まあ、超スパコンとかであれば ゴリゴリ計算するかも知れませんが。
と、悲観的にばっかりなってる訳にも行かないので、エイッと仕様を決定しますね。そこはまあ「勘と経験」でしょうか。だいぶ直感的なものですが、何とかなるもんですよね。今回の例で言えば、熱伝達係数が多少バラついたとしても総括伝熱係数にすれば バラツキは減りますし、後は安全側となるように伝熱面積を詰め込み、かつ過大仕様とならないように調節しますよね。もちろん、次善策と言うか二の手 三の手を考えておくのは当然ですが。まあ、やろうと思えば出来ますよね。例えば冷却の場合では、冷却媒体を冷却水 Cooling Water から冷凍水 Chilled Water に変えてみるとか。まあ、配管をつなぎ替えたりとかの面倒は有りますけど、温度差を稼げるので結構効きますね。ただ、冷凍水は冷凍機で冷やすので冷水塔で冷やすのとは違って電気代がかかります・・・。なので、コストアップ要因となるので、ああそうですかとは行きませんね。
参考文献
- 「撹拌槽伝熱コイルの外面伝熱係数の攪拌所要動力による相関」
佐野 雄二ら 化学工学論文集 第7巻 第3号 1981年 - 「ヘリカルコイル付撹拌槽の所要動力の相関」
古川、加藤ら 化学工学論文集 第39巻 第3号 2013年 - 「熱交換器設計ハンドブック 第23章 タンク・コイル式熱交換器の設計法」
- 「化学工学の進歩42 最新ミキシング技術の基礎と応用」 化学工学会監修 三恵社 2008年刊
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