化工計算ツール No.52 撹拌槽伝熱 層流 Heat Transfer in Agitated Vessel - Laminar flow

 前回の投稿では 撹拌槽伝熱を取り上げましたけど、乱流域 における内装伝熱面 外面での熱伝達係数を計算してみました。で、乱流を取り上げておいて層流を取り上げない訳には行きませんよね。なので、今回は 層流域 における槽壁面における熱伝達係数を計算してみます。層流なので相当程度に液粘度は高いですね。

まあ、層流域なので適用するインペラは アンカー Anchor 若しくは ダブルヘリカルリボン Double Helical Ribbon , DHR となりますね。そこまで粘度が高くなければ ワイドパドルタイプである 住友重機械工業 マックスブレンド Maxblend、神鋼環境ソリューション フルゾーン Fullzone なども適用可能かなと。ですが、今回は アンカーと DHR に絞って計算してみます。設計実務でもこれらについてはやりましたしね。

両者の特徴ですが、図で分かるようにデカい事ですね。パドルインペラのようにブレードがこじんまりしてる訳では無くて、槽内に大きく広がっています。なので、大型翼とか言いますね。大きく広がってるので、当然 ブレードと槽壁との距離は狭いです。なので、 Close - Clearance タイプと呼ばれたりもしますね。まあ、このような配置と言うか作りにしないと高粘度液はなかなか流動してくれない為ですね。







熱伝達係数 計算式  HTC Estimation Equations


✔ アンカー Anchor

化学工学便覧 第6版や撹拌関連書籍には 以下の アンカーインペラ 熱伝達係数 計算式が記載されています。見た感じは一般的な伝熱の計算式ですね。ただし、レイノルズ数は撹拌レイノルズ数なのでインペラ径と回転数を用いますね。一方、プラントル数は物性のみから決まりますね。このタイプのインペラだとクリアランス (槽壁とインペラとの隙間) が重要ですが、この計算式には含まれていませんね。で、引用されている文献を辿ってみると 村上 康弘先生の書籍でした。たまたま手元にあったので見てみると、d/D = 0.95 としていますね。まあ、量産スケールでは もう少しクリアランスが小さめになるように d/D ~ 0.97 くらいにはするかなと。d/D は インペラ径 d と槽径 D との比率で、0.95 であれば 槽径の 95% がインペラ径となります。 1.00 だとインペラが槽壁に接触しますね。まあ、掻き取りタイプの撹拌機も有るには有りますが、結構特殊ですね。




✔ ダブルヘリカルリボン DHR

DHR 計算式は2種類 取り上げておきます。式④は 栗山先生の文献に記載されているもので、槽径やインペラ径、リボンピッチやクリアランスが含まれていますね。また、FH は非ニュートン流体に関する項目で、指数則モデルにおけるべき数 n が含まれていますね。n=1 であれば 普通のニュートン流体となりますが、FH = 1 となりますね。

式⑦は Shamlou らの式ですが撹拌レイノルズ数によって定数値が変わりますね。





計算例  example


✔ 撹拌槽・インペラ仕様   Vessel & Impeller spec.

撹拌槽の仕様ですが、前回と同じにしてみます。前回に作成した図が転用出来ますし・・・。また、インペラはアンカーとDHR とします。

まずはアンカーですが、こんな感じです。正面から見ると確かに大型ですが、真横から見ると薄っぺらいブレードがあるだけですね。薄いと言ってもそれなりの厚みはありますけど。




次はダブルヘリカルリボン DHR ですがこんな感じですね。ピッチは少し小さくしています。なので、リボンを詰め込んだ感じが有りますね。





✔ 計算条件  Conditions

液物性が必要となりますね。今回もポリスチレン溶液の物性を適用してみます。温度 140 [℃]、固形分濃度 70 [%] における物性ですが、やはり液粘度はすごく高いですね。比熱も熱伝導率も有機物だとこの程度でしょうか。

  • 液密度        936 [kg/m3]
  • 液粘度        326 [Pa s]
  • 液比熱     2.073 [kJ/kg K]
  • 液熱伝導率 0.136 [W/m K]


✔ アンカー 熱伝達係数  Anchor HTC

アンカーインペラで撹拌した際の槽内壁における熱伝達係数は以下のように計算されました。う~ん、やはり小さいですね。結構 インペラをぶん回しても 5 [W/m2 K] 程度にしかなりませんね。で、総括伝熱係数にしても ほぼ同じですね。と言う事は熱抵抗の大半はプロセス側に有ると言う事ですね。




✔ DHR 熱伝達係数    DHR HTC


で、次はダブルヘリカルリボンです。2つの式で計算してみましたが、Shamlou の式はだいぶ低く出ます。一方、栗山先生の式だと アンカーと同程度なので、まあこちらの方が妥当なのかな~と思います。元文献を当たってみましたが、購入しなければならないので諦めました・・・。



✔ アンカーとDHR    Compare Anchor & DHR


で、せっかくなんで両者を比較すると、まあほぼ同じですね。ブレードがまっすぐなのか螺旋状なのかは 伝熱を考える上ではあまり関係は無いんですね。壁面からの伝熱重視であれば 比較的 簡単に製作出来る アンカーで良いんじゃないか?とも思えますが、槽内の温度均一化を考慮すると、やはり DHR で行きたいですね。液のポンピング作用が違いますんで。この辺りはインペラの混合性能と言うか均一化の性能によるものですが、また別の機会にご紹介します。




まとめ   Wrap-Up

層流域における撹拌槽伝熱として、アンカーインペラとダブルヘリカルリボンインペラにおける槽壁 熱伝達係数を計算してみました。乱流域であれば熱伝達係数は 数千 [W/m2 K] は普通に出ますけど、かたや層流域では 大幅に低下する事が分かります。こんな理由もあって、溶液重合反応器における除熱手段としては 「潜熱除去方式」 が採用されるんですね。

媒体との温度差を 20 [℃] として単位体積当たりの伝熱量 Qc/V  を計算すると 1.0 [kW/m3] 程度となりました。プロセス側よりも温度の低い媒体であれば、これが除熱能力となりますね。そして、重合反応器であれば重合反応熱が発生するので除去する必要が有り、これが除熱負荷となりますね。定常状態で安定的に運転するには 除熱能力 > 除熱負荷 である必要が有ります。なので、層流域において槽壁からの除熱方式を採用した場合、この 1.0 [kW/m3] が限界となります。

もうちょっと詳しく見てみます。140 [℃] におけるスチレンの重合熱は 713 [kJ/kg] です。ポリスチレン溶液の密度は 936 [kg/m3] ですので、単位重量当たりの除熱能力は 1.068 [J/kg sec] となります。これを重合熱で割り算すると 時間の次元だけが残って 1.5✕10-6 [1/sec] となります。これを秒を時間にする為に 3600倍して、比率をパーセントにする為に 100倍します。すると 0.54 [%/hr] となります。これは重合速度ですね。1時間当たり 仕込みスチレン重量の 0.54 [%] が重合します。で、結論として この程度の小さい重合速度による除熱負荷しか許容 出来ないと言う事になります。これよりも大きな重合速度だと 除熱能力 < 除熱負荷となり、最悪 暴走します・・・。140 [℃] であれば 固形分濃度 70 [%] でも 10 [%/hr] くらいにはなるので、全くもって除熱能力不足ですね。 

除熱能力が小さいと言っても全く無い訳では無いですし、特定の用途には適用されますよね。重縮合系ポリマーなどでは使われているのかなと思います。まあ、そのような用途ですと脱離してきた低分子量成分を蒸発除去する必要が有るので、物質移動とか表面更新能力などが重要になるのかな~と思いますね。

参考文献   Literature

  1. 「化学工学便覧 第6版」 丸善 1999年刊
  2. 「化学工学の進歩 42 最新 ミキシング技術の基礎と応用」 三恵社 2008年刊
  3. 「重合反応装置の基礎と応用」 培風館 1976年刊
  4. "Mechanism of Heat Transfer to Pseudoplastic Fluids in An Agitated Tank with Helical Ribbon Impeller "
    Kuriyama et al,  Journal of Chemical Engineering of Japan Vol.16 No.6 1983



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