身のまわりの化学工学 No.1 木は温かく金属は冷たい Heat Conduction in Various Materials 

 10年ほど前でしょうか、化学工学会誌で「身のまわりの化学工学」と題して連載をやってました。その名のとおり、化学工学的手法や計算法を用いて 身のまわりの現象を解き明かそうと言うものですね。監修は東京工業大学の伊東 章先生です。なかなか興味深かったし、何より面白かったんですね。それと、口絵と言うかイラストもなかなか味があって良かったですね。

で、その内容にインスパイアされて (決してパクってでは無く)、条件等を変えた計算結果などをご紹介してみようかなと。まあ、伊東先生ご自身も 独自のホームページを持たれていて、そのサイトで「日常の化学工学」と題して同じ内容をご紹介されているんですけどね。


❏ 東工大 伊東 章先生 ホームページ 「化学工学資料のページ」
    https://chemeng.web.fc2.com/


で、まずは タイトルにあるように 「木は温かく金属は冷たい」です。木の板と鉄板に指先で触れたとします。 両者が同じ温度だったとしても 木だと何となく温かく感じますが、鉄板だとヒンヤリ冷たく感じますね。同じ温度なのに何故なんだろう? と言う点を理論的と言うか、この場合は伝熱の観点から説明してみようと言う趣向です。






定常 一次元熱伝導による取り扱い Steady 1-D Heat Conduction 


✔ 前提条件と計算式  condition & equations

まあ、図のとおりですね。厚みのある板に指先を触れた時の状況を表わしています。で、指の方が温度が高く、板の方の温度が低ければ熱移動が起こります。で、これを1次元の定常 熱伝導と考えてフーリエの法則を適用します (式①)。熱流束は温度差に比例し、距離に反比例すると言うものです。更に、熱移動は指先側と板側の両方で起こりますが、この時 熱流束は同じですよね。なので、指先側 計算式と板側 計算式をイコールとします。それが式②です。温度 T1 は接触点の温度であり、この温度を 指先側と板側で共有している事になります。となると、指先の熱伝導率 k1 と 板の熱伝導率 k2 が分かると 接触点温度 T1 のみが不明となり計算出来ますね。

あっそれと、指と板が接触した際に温度分布が形成される距離は、どちらも 1[mm] としています。それよりも奥の方は温度一定と仮定する訳ですね。また、指内部 温度は 36 [℃]とし、板内部 温度は 20 [℃] とします。肝心な熱伝導率ですが 指 0.21 [W/m K] とし、木 0.11 [W/m K] 、金属(鉄) 49 [W/m K] とします。



✔ 計算結果  example

計算結果は以下のとおりです。まずは、温度分布ですが ハッキリとした差が見られますね。金属の方が木よりも 10[℃] も低いですね。これはもうヒンヤリと感じますね。学会誌の記事では、「ヒンヤリするのは熱を早く奪われるからだと説明されているが、実際に皮膚表面温度が下がるせいだ」と記載されています。まあ、確かに伝熱量の大小で説明する事も出来ますが、実際に計算してみると明らかに皮膚表面(接触点)温度が違いますよね。熱流束の値も計算していますので比較してみます。約 2.9倍の差が有りますね。


  • 木 温度 30.5 [℃] 熱流束 1,155 [W/m2]
  • 鉄 温度 20.1 [℃] 熱流束 3,346 [W/m2]




ついでに、板の熱伝導率を変化させて計算してみた結果を以下に示します。板の熱伝導率が小さいと接触点温度は 体温に近づきますし、一方 大きいと 板温度に近づきますね。





非定常 一次元熱伝導による取り扱い Unsteady 1-D Heat Conduction

前述の方法でも金属の方がヒンヤリする理由を説明出来ますが、まあ 少し簡略的過ぎますね。と言う事で、伊東先生も 別の方法で検証されています。指の方は同じ取扱いですが、板の方を 非定常 熱伝導問題として取り扱います。ある瞬間にピタッと指先を触れると、指からの熱は徐々に板に伝わっていきますし、その結果 接触点温度も時々刻々変わりますね。その過程を計算してみます。まあ、より現実的な取り扱いと言う事になりますね。


✔ 前提条件と計算式  condition & equations

指先で板にピタッと触れるのは同じです。ただし、板内部の熱移動を非定常 一次元熱伝導で計算するので、その辺りの式が必要となりますね。熱伝導方程式については No.46 ポリマーストランドの冷却でも取り上げました。あちらは円筒座標系でしたが、こちらは単純に直交座標系です。

エクセルでダーッと計算するので非定常 一次元熱伝導方程式を差分近似した式を使います。式⑤が差分式となり、これで板内部の温度分布を計算出来ます。で、今回は指には厚さ 1[mm] の境膜を設定しますが、これは 熱伝達係数と同じ意味合いですね (h = k/L) 。なので、板と指の接触点温度は この点を考慮して計算する必要があります。接触点における熱の授受を表わすのが式⑦で、これを差分近似すれば 最終的に 式⑧が得られます。

実際の計算では物性や計算範囲を設定します。物性は前述のとおりで、計算する板深さは 5[mm] とします。これを10分割するので 微小距離 Δx は 0.5[mm] となりますね。時間についても 微小時間 Δt を設定する必要が有りますが、これは勝手には決められませんね。式⑥で表わされる パラメーターΘ の値を 1/2 とする必要が有ります。陽解法なので。1/2 以上だと発散して計算出来ませんね。 





✔ 計算結果    example

まず、接触点温度の時間推移を見てみます。前述の方法では、ドカンと一発で出てきて終わりでしたが、この方法では時間で変化しますね。で、見てみると どちらも最初は初期温度 20[℃] ですね。その後、木の方はグイーっと上昇して 体温に近づきます。3秒ほど経過すると前述の方法による計算値 30.5 [℃] に収束するような挙動ですね。一方、金属のほうはほとんど変化せず 20[℃]くらいです。これは前述の方法での計算値 20.1 [℃] と合致しますね。てな感じで、非定常 熱伝導による結果から見ても、やはり 木に触れると温かく感じて、金属に触れると冷たく感じる事の説明が出来たのかなと。

で、下図のグラフを見て頂くと、木の方は 時間刻み Time Step 0.1 [sec] で 3.7 [sec] まで計算しています。エクセルだと38行ですね。一方、金属だと同じ時間刻みでは計算出来ません。前述の式⑥の制約に起因します。なので、Time Step 0.0085 [sec] で計算しています。エクセルで 101行計算していますけど、それでも 0.85 [sec] までしか計算出来ません。まあ、エクセルでズラーッとコピーして計算すれば良いんですけど。とそれもあまり面白く無いし大変なので、他力本願で計算してみます。八戸高専の圓山 重直先生が機械学会論文集に発表された論文 「Excel に対応した3重対角行列アルゴリズムを用いた汎用1次元熱伝導解析」を活用してみます。何と、エクセルファイルも公表されてるんですね。完全陰解法なので時間刻みの制約が無く、任意の最大時間を指定して計算可能です。で、その結果は以下のグラフの青い破線です。5 [sec] まで計算していますが、最初の部分は今回計算した部分とドンピシャ同じですね。まあ、これは計算しやすい例なのかなと思いますね。金属なので内部の温度分布はそれほど大きくは無いですし。実は木の場合にも適用してみましたけど、時間刻みをだいぶ粗くすると今回計算と同じ様な結果になりましたが、そうじゃないと接触直後の温度推移は結構違うものになりました。領域分割数が 20に固定されているので、その影響なのかな~と。



温度分布も見てみます。せっかくなので、前述の方法の結果(破線) も併せて示しています。ほぼほぼ同じ結果ですね。まあ、木の場合でも接触した直後であれば金属のような温度分布ですね。ですが、金属だとその温度分布のままですけど、木の場合だと数秒もすれば温もって来てしまうって事ですね。そこが大きな違いですが、その原因は物性の違いですね。熱伝導方程式には α = k / (ρ・C)  が含まれていますが、温度伝導率とか熱拡散率 Thermal Diffusivity と呼ばれるものですね。今回の例だと115倍ほど違いますね。


  • 木 熱拡散率 1.26✕10-7 [m2/sec]
  • 鉄 熱拡散率 1.46✕10-5 [m2/sec]



まとめ  Wrap - Up

伊東先生の「身のまわりの化学工学」を参考にして、モノに触れた際に何故 温かく感じたり冷たく感じたりするのかについて計算してみました。熱の授受に関する現象なので、今回の場合は 1次元 熱伝導問題を解いた訳ですね。まあ、こんな感じで工学的な考えによって 身のまわりの現象を説明出来ると言うのは面白いですね。まあ、何でもかんでも基本は物理現象なんで、何かしらの説明がついて当然と言えば当然なんでしょうけど。

また、熱伝導について説明したり教える際に、身近な例を挙げたほうがとっつきやすいですよね。韓国に居た際には若手社員向けの教育なんかもやってました。化工関連の書籍を参考にして、パワポで資料作ったりしてましたね。あまり学術的な内容に偏らず、実践的な内容を盛り込みつつ、かつ身近な現象をちりばめたりとか 結構苦労しましたね。化工が専門の人も居ましたけど、高分子とか化学の方が専門の人が多かったので。

この「身のまわりの化学工学」ですが、連載自体は 2008年 12号 から 2011年 7号まで続いており、最初の頃は伊東先生の記事でしたが、その後は別の先生方の記事になっていったようですね。と言う感じで たまにはこの連載記事を参考にして投稿してみようかなと。熱移動とか物質移動に関する知識や知見は、必ずしも 熱交換器や蒸発装置の設計だけに有効な訳では無いですし。

最後に余談ですが、今回の例のように触れて冷たいとか温かいと言うのを説明する格好の例が有りますね。それはダイヤモンド Diamond です。モース硬度 10 であり 地球上で最も硬い物質ですが、熱伝導率も最高です。その値は実に 2300 [W/m K] ですね。で、模造ダイヤモンド (酸化ジルコニウム ZrO2) なのか それとも本物のダイヤモンドなのかを鑑定する際に、簡便な手法として実際に触ってみるんですね。あるテレビ番組では「下唇に当ててみるんだ」と言うのが有りましたね。唇は表皮が薄いので鋭敏なんですね、知覚が。なので、当ててみると冷たい!と感じれば、それは本物のダイヤモンドですし、そうじゃないとなればそれは模造ダイヤモンドとかの可能性が高いとなりますね。今回の例では、鉄の熱伝導率が 49 [W/m K] でしたけど、ダイヤモンドは実に その 47倍なんですね。そりゃヒンヤリですよね。因みに酸化ジルコニウムは 3 [W/m K] なので、すごくヌルいです。

あとネットで見かけたのが、ハーっと息を吹きかけるですね。本物でも模造品でもどちらも表面が曇りますが、ダイヤモンドの方が曇りが早く無くなるんだとか。呼気中の水蒸気が凝縮して結露するんでしょうから、これは加熱ですね。その入熱がスーッっと内部にすばやく浸透する方が結露水の再蒸発に有利なのかなと。ここら辺も計算してみると面白そうですね。まあ、物質移動が絡むんで面倒くさいとは思いますけど・・・。


参考文献   References

  1. 「身のまわりの化学工学 第1回 」 化学工学 第72巻 第12号 2008年
  2. 「身のまわりの化学工学 第2回」 化学工学 第73巻 第1号 2009年
  3. 「基礎式から学ぶ化学工学」 伊東 章著 化学同人 2017年刊
  4. 「Excel に対応した3重対角行列アルゴリズムを用いた汎用1次元熱伝導解析」 
    圓山 重直 日本機械学会 論文集  Vol.18 No.911 2022 





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