今回は「身のまわりの化学工学」シリーズの2回目として、「風が吹くと涼しいわけ」について取り上げてみます。因みに、1回目は 「木は温かく金属は冷たい」について取り上げました。木材と金属に指先で触れた際に温かく感じたり冷たく感じたりする理由について、化学工学と言うか伝熱工学の観点から考察しました。
今年の夏は暑かったですが、そんな時でも扇風機の風に当たると 少しは 涼しく感じますね。更に 風量が多いほど、より涼しく感じられます。また、寒い季節でも同じ様な事が有りますね。冬場に風が強いと、実際の基本よりも体感温度が下がるとか、より寒く感じるとか。と言ったところをやはり伝熱工学によって説明してみようかなと。
皮膚表面における熱伝達 Heat Transfer at Skin Surface
どんな感じで取り扱うかと言うと、前回と似た感じですね。で、今回は定常状態として取り扱います。皮膚に風が当たっている場合を想定し、境膜と言うか境界層の厚みを推定します。一方、皮膚内側にも境膜と言うか温度変化する厚みを想定します。そうすると、両者を組み合わせて 皮膚表面の温度を計算 出来ますね。で、風が当たっていると 冷やされるので、皮膚表面温度は 空気主流温度に近くなり、皮膚内部の温度よりも下がるので 涼しいなあとなりますね。更に、風の速度を変えて 皮膚表面温度がどの程度 変化するのかも計算してみます。
✔ モデル化 Modeling
皮膚表面における熱伝達、この場合は皮膚表面(高温側) から空気 (低温側) へ熱伝達となります。で、これを平板(皮膚) に沿う空気流れにおける熱伝達として捉えます。下図のような感じでしょうか。
平板を一様流れ中におくと、先端から速度境界層が形成されます。先端はゼロで徐々に厚くなりますね。更に、平板表面温度が一様で一様流れよりも温度が高ければ 同時に温度境界層も形成されます。で、皮膚を簡略化して平板として考えます。肝心の温度境界層の厚みは速度境界層厚みに強く影響されるので、まずは 速度境界層厚みを計算して その結果を使って 温度境界層厚みを計算します。とは言っても必要なのは、主流速度と物性だけですね。計算式もそこまで難しくは有りませんね。まあ、伝熱の書籍で導出過程とかを見ると結構複雑ですけど。
ここで、レイノルズ数を見ておきましょうか。円管内の流れであれば、レイノルズ数 2300 程度で層流から乱流に遷移しますので、取り扱いが異なりますね。平板の場合、遷移レイノス数は 32万程度とされています。まあ、皮膚とかは凹凸とかが有るんでそれらの影響も有るかと思いますが、そこは無視します・・・。
✔ 速度境界層・温度境界層厚み Thickness of Velocity / Temperature Boundary Layer
前述のように導出過程を書くと大変なので 最終的に使用する計算式だけを示します。また、伊東先生の記事では 二次元 定常層流流れにおける速度境界層方程式と温度境界層方程式を相似変数を用いて 常微分方程式に変換した後、ルンゲクッタ法で解いています。厳密な方法ですね。ですが、複雑でなかなかピンとは来ないです・・・。
別の書籍には、近似解法が有ってこちらは比較的 (あくまでも) に理解しやすいです。あまり突っ込んで触れませんけど 、境界層を含む平板近傍に検査体積を設定し、そこでの運動量と熱量の収支をとると言うものですね。更に、速度分布と温度分布として 多項式近似式を用いますね。このような方法ですが、得られる結果は同じです。実用上は全く問題無いんですね。因みに、プロフィル法 Profile Method とか積分法 Approximate Integral Method と呼ばれるそうです。まあ、どっちも面倒くさいんですけど、積分法では常微分方程式云々は無いんで、とっつきやすいかなと。
で、計算式は以下のとおりですね。
式②にレイノルズ数を代入するとサクッと速度境界層厚みが出ます。速度分布プロフィルを描きたければ 式①を使えば良いですね。同じ様に、温度境界層厚みを式④から計算します。式から分かるように、プラントル数と速度境界層厚みを代入します。なので、温度境界層を単独で求める事は出来ません。式⑤は 局所ヌッセルト数 計算式です。式⑥・⑦・⑧は各無次元数ですね。
最後に皮膚表面温度を計算しますが、定常状態における表面での熱移動を表わすのが式⑨です。温度の高い皮膚内部から表面に向かって熱が移動し、皮膚表面から主流に向かって熱が移動します。定常状態なので皮膚側と主流側の熱流束は同じですね。皮膚境膜厚さ・主流境界層厚さ及び 皮膚熱伝導率・主流熱伝導率は分かっています。更に、皮膚内部温度・主流温度も与えられているので、不明なのは表面温度だけとなりますね。式⑨を表面温度について解いてみると 式⑩になります。パラメーターA はコンダクタンスの比率ですね。
計算例 example
✔ 前提条件 Condition
- 主流 流体 空気
- 主流 温度 30 [℃]
- 主流速度 変化させる
- 皮膚先端からの距離 20 [mm]
- 皮膚内部温度 36 [℃]
- 皮膚内部境界厚さ 4 [mm]
- 皮膚熱伝導率 0.21 [W/m K]
✔ 主流速度と皮膚表面温度 Bulk Velocity vs Skin Surface Temp.
✔ 温度分布 Temp. Profile
次に温度分布を描いてみます。主流速度は 0.5 と 5.0 [m/sec] で比較してみます。以下のような結果となります。境界層厚みは結構変化しますね。これこそが、風が吹くと涼しく感じる理由なんですね。と、伊東先生も言及されています。
- 主流速度 0.5 [m/sec] 境界層厚み 4.06 [mm] 皮膚表面温度 35.3 [℃]
- 主流温度 5.0 [m/sec] 境界層厚み 1.28 [mm] 皮膚表面温度 34.3 [℃]
まとめ
風が吹くと涼しく感じるのは皮膚表面の温度境界層が薄くなる為である。と言う事が、簡単な伝熱計算で検証出来ました。これは風が吹いて涼しくなる場合だけでは無くて、生活する上で比較的良く出くわしますよね。例えば、冒頭で触れたように 風が強いとより寒く感じるのも、まあ同じ理由ですね。また、熱いお風呂に浸かってる時は、じっとして動かないほうが我慢出来るってのも、これまた同じ理由ですね。
と、余談ですが大学の時分、化学工学の試験問題で確か同じような問題が出たんですね。風呂のお湯をかき混ぜると熱く感じるのは何故か?みたいな問題だったかなと。当時はポンコツでしたので、「境界層が撹乱されるから」と解答した記憶があります。ですが、より正確には「境界層が薄くなるから」なんですね。境界層までは合ってたんですけどね。で、その数年後 まさに その問題を作った先生の研究室に配属となり、伝熱の実験をする事になったんですね~。そして、会社に入ってからは伝熱工学とか化学工学で飯を食っていくことになったんですね~。そして、30年も経ってこのブログでそん時の話をしているんですね~。
下図は平板上の温度境界層を立体的に描いてみた図ですが、そこそこ厚い感じですね。500 [mm] 地点では 厚み 20 [mm] とかになります。なので、ここに細い熱電対とかを差し込んで温度を測定すると、温度分布が実測出来るんですね。と、似たような事を研究室ではやってました。まあ、完全な乱流流れでしたけど。にしても、熱電対素線の径が 確か 70 [μm] くらいで接点を作るのに苦労しましたね。まあ、当時は老眼では無かったんで出来たんですね・・・。
参考文献・書籍
- 「身のまわりの化学工学 第4回 伝熱係数のはなし」 化学工学 第73巻 第3号 2009年
- 「大学講義 伝熱工学」 丸善 1983年刊
- 「伝熱概論」養賢堂 1964年刊
- 「基礎式から学ぶ化学工学」 化学同人 2017年刊
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