化工計算ツール No.64 タンクの換気 Storage Tank Ventilation

 さて、今回はタンクの換気について取り上げてみます。ケミカルプラントでは原料液や製品液をタンクに貯留しておきますね。まあ、通常はその状態で受け入れとか払い出しをします。ですが、例えば そのタンク底板の腐食状況を検査する時などは タンクを一旦 空っぽにしますね。そして、おもむろに「んじゃ、中に入りましょうか」とはなりませんよね。この様な状況ではタンク内には空気と内液成分の混合気体が存在しています。単純に考えれば、内液成分物質の飽和蒸気圧に相当する量が空気中に混在しているって事でしょうか。

こんな環境にヒトが立ち入れば、その内液成分蒸気に皮膚が暴露される事になりますし、防毒マスクなどの保護具を着装していなければ 呼吸器に吸入してしまいます。最悪の場合、急性中毒による労働災害となります。加えて、内液が可燃性の有機物であって、その濃度が爆発限界範囲内にあると、何らかの着火源があれば爆発炎上の危険性もあります。

と言う訳で、普通はタンク内を換気して内液成分蒸気を排出除去しますね。で、成分蒸気濃度が どれくらいの時間で低下するかが分かれば、作業の段取りも立てやすいですね。換気については空気を強制的に流入させ、かつ排出させますね。今回はこのような状況を想定し、タンク内液成分 気相濃度の時間変化を計算してます。




似たような事は実務でもやりましたね。その時は、CFD 数値流体解析を適用したりして計算しました。んでも、その時使っていたPCのマシンパワーでは長時間分を計算するのは大変でした。なので、数時間とか数日分の計算を実施する際には、CFD 結果 例えば速度分布とかをEXCEL で作成した簡易モデルに取り込んで実施したりしてましたね。



タンク換気 計算手法 Storage Tank Ventilation   Calculation Method


✔ 換気の種類   ventilation type

今回は コーンルーフタンク Cone Roof Tank における換気について考えるものとします。なので、そこまで容量の大きなタンクでは無いですね。 参考文献によれば、タンク内 換気には以下の3種類が有ると記載されています。ここで、被置換ガスはタンク内に充満しているガスで、置換ガスは供給されるガスで 普通は空気ですね。


  • 単純置換   被置換ガスと置換ガスとの間に明確な境界が形成され 順次 置換が進行する
  • 完全混合置換 拡散・流動による混合作用によりタンク内濃度がほぼ均一となり置換が進行する
  • 不完全混合置換 タンク形状等の影響によりよどみが形成された状態で置換が進行する






まあ、図を見てもらうと良いですね。単純置換は プラグフロー的に置換が進行します。空気の流入速度が小さいとか、被置換ガスと置換ガスとの密度差が大きい場合などに起こります。これは実務でも経験しましたね。空気を有機ガス中に供給すると、空気は軽いのでタンク上部に溜まります。で、完全混合置換ですが 置換ガスの流速が大きい場合とかに起こります。不完全混合置換は、タンク内によどみが有って そこの置換がゆっくりと進行する場合ですね。


✔ 計算式  equations


まず 単純置換ですが、図にあるように境界で被置換ガスと置換ガスがハッキリと分かれるので、タンク容積と同じ量の置換ガスが供給されれば それで置換は完了です。また、完全混合置換ですが、槽列モデルを用いたステップ応答 滞留時間分布の計算において N=1 とすれば良いですね。最後に、不完全混合置換については例えば、「反応工学 改訂版」には組み合わせモデルが示されており、この式でタンク内の完全混合部体積比率と置換ガスの完全混合部 流量比率を設定すれば、出口濃度を計算出来ますね。

※ 下記 式①では、右辺は 1 から exp(-Q/V・t) を引き算するようになっていますが、これは初期濃度がゼロからスタートする場合です。タンク換気のように 初期濃度 C0 がある値であり、それが徐々にゼロに近づく場合には 1 から差し引く必要は有りません。exp (-Q/V・t) がそのまま計算結果となります。式②についても同様です。





計算例 example


✔ 計算条件

以下の条件で計算してみます。内液物質は トルエン 純品とし、温度は 20 [℃] とします。なので、この温度における飽和蒸気圧に相当する量が空気中に存在するものとします。計算すると 濃度は 2.9 [vol%] となりますね。爆発限界は 1.2 ~ 7.0 [vol%] なので着火源が有れば爆発しますね。また、米国安全衛生専門家会議 ACGIH による 作業環境許容濃度は 20 [ppm] (TLV-TWA) となりますので、飽和蒸気圧濃度は 非常に高いですね。


  • 内液 物質     トルエン Toluene 分子量 92.14 [kg/kmol]
  • タンク仕様       全内容積 200 [m3] 内径 5.5 [m]、側壁高 8.3 [m]
  • 温度        20 [℃]
  • 飽和蒸気圧     2,980 [Pa]
  • 濃度        2.9393 [vol%]
  • 置換空気供給量   100 ~ 800 [m3/hr]


✔ 単純置換  Simple Ventilation


単純置換ですが、前述のようにプラグフロー的に置換が進行するので、タンク内容積と同じ 200 [m3] の空気が供給された時点で置換は終了します。 まあ、グラフとかにするまでも無いですね。空気供給量が 100 [m3/hr] であれば、200÷100 = 2 [hr] で置換は終了しますし、300 [m3/hr] であれば 200 ÷ 300 = 0.666 [hr] 即ち 40 [min] で良いとなります。まあ、こんなに都合良くは行きませんね。被置換ガスと置換ガスの境界はそこまでハッキリとはなりません。境界面の撹乱がある程度は有りますしね。んでも、この置換様式が最も早く置換が終了するので、実施するにあたっては最も好ましいですね。

内液が有機物であればその蒸気を含む空気は供給される空気より重いので、それをうまく使った流入・流出とするのが賢明ですね。なので、空気供給はタンク上部から実施すれば プラグフロー的に置換が進行します。一方、空気をタンク底部に供給すると密度差による浮力によってタンク上部に流動するので プラグフロー的な置換とはなりにくいかなと。まあ、裏技的につめた~い空気を供給するってのも有りますけど、面倒くさいですね・・・。





✔ 完全混合置換 Perfect - Mixing Ventilation


次に完全混合置換ですが、結果は以下のとおりですね。上段グラフは、置換経過時間に対してタンク内濃度をプロットしたものです。片対数グラフで直線となりますね。
で、下段グラフは、空気流量に対して 前述の作業環境許容濃度 20 [ppm] に到達するまでの時間をプロットしたものです。20 [ppm] は 0.002 [vol%] ですね。空気流量 100 [m3/hr] では 14 [hr] が必要ですが、空気流量を倍の 200 [m3/hr] とすれば 半分の 7[hr] ほどで目標濃度に到達します。この差は大きいですね。ですが、更に空気流量を増やしても 置換に必要な時間はそれほどには減少しませんね。




✔ 不完全混合置換  Imperfect - Mixing Ventilation

さて、最後は不完全混合置換です。この場合は前述の式② を使いますが、2つのパラメータを設定します。


  • 完全混合部 体積比率 α = Vm/V = 0.8  (2割がよどみ部)
  • 完全混合部 流量比率 β = Qm/V = 0.4  (6割がバイパスする)

で、結果は以下のとおりですね。上段グラフはタンク内濃度の時間変化ですが、完全混合置換と比較すると 傾きが小さくなっているのが分かります。つまり、置換速度が遅くなっているんですね。まあ、置換ガスの6割がバイパスするんであれば そうなりますね。また、下段グラフは 濃度が 20[ppm] に到達するまでの時間ですが、完全混合置換の結果と併せて表示しています。空気流量 200 [m3/hr] での結果を比較すると結構 差が有りますね。まあ、やはりバイパスとかよどみとかが有ると置換はゆっくりと進行するって事ですね。

  • 完全混合置換  200 [m3/hr]    7.29 [hr]
  • 不完全混合置換 200 [m3/hr]      12.75 [hr]



※ 補足
この不完全混合置換ですが、式②を変形し そこにタンク出口の濃度 実測データを適用すれば α と β の値を推定出来るんですね。 そうすると、Vm 体積がどれくらいなのか?とか、Qm 流量がどれくらいなのか? が分かりますね。


まとめ  Wrap - Up


今回はタンクの換気について取り上げて、タンク内濃度の時間変化について計算してみました。タンク換気の様式については、単純置換、完全混合置換 そして 不完全混合置換の3種類が有ります。スパッと置換が完了するのは単純置換ですが、いつでも実現可能な訳では無いですね。まあ、絶対有り得ない訳では無いですが。また、完全混合置換ですが これは比較的 実現しやすいですね。それなりの流速で置換ガスを導入すれば、まあ気体なので混ざり合いますね。ひとつの目安として、タンク内の混合時間と置換ガス平均滞留時間を比較してみれば良いですね。タンク内の混合時間が 仮に 10 [min] だったとして、一方 平均滞留時間が 1 [hr] であれば 両者の比率は 6倍となります。ガスが流入してから流出するまでに、中身が6回 混ざるのであれば、それなりの混合状態ではあるのかなと。これが、例えば 比率が 1 以下であれば 混ざり具合は良くないですよね。

CRT 200 [m3] を作図してみると下図のような感じですね。ここに置換ガスである空気を導入しますが、気体の慣用流速であれば 配管では 数 [m/s] はありますから、この流速で流入すれば タンク内の被置換ガスを流動させる事も可能ですね。と、そんな事を CFD で解析したりしてましたね。





まあ、今回の計算で扱ったタンクはそれほど大容量では無いですよね。これが、原油タンクなどであれば 1000 [m3] とかはザラですし、そもそも コーンルーフタンク CRT では無くて フローティングルーフタンク FRT 浮屋根式貯槽となりますね。まあ、FRT についても実務で検討した事も有りますね。規模が大きいので解析するのも何かと大変でしたね。






※ 上記図中のフォークリフト 3Dデータについては、CADデータ共有サイト CAD-Data.com よりダウンロードさせて頂きました。


参考書籍・文献 References

  1. 「貯槽内の換気実験と簡易計算図」労働安全衛生総合研究所 特別研究報告 JNIOSH-SRR-No.45 (2015)
  2. 「反応工学 改訂版」培風館 1993年刊 






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