化工計算ツール No.65 撹拌槽重合反応器のスケールアップ Scale - Up of Stirred Tank Polymerization Reactor

 今回は撹拌槽 重合反応器のスケールアップについて取り上げます。参考にするのは主に2つの文献で、モノはメタクリル酸メチル Methyl Methacrylate、重合様式は連続バルク重合 Continuous Bulk Polymerization ですね。化学工学論文集に掲載されたのが 1995年なので もう28年も前になりますね。これを読んだ時は、「お~っ、なかなか面白い!」と思いましたね。ラジカル重合なら何にでも適用可能って訳では無いんでしょうけど、アプローチの仕方が巧妙と言うか。一応、実機化まで達成されているようなんで 机上の空論って訳でも無いですしね。


  • 短寿命開始剤を用いるメタクリル酸メチルの連続バルク重合
  • 撹拌槽重合反応器のスケールアップにおける混合


重合反応器のスケールアップですが、重要な問題が有りますね。と言うのも、液物性(特に粘度) はスケールに関係無く同じなんですが、反応器のサイズ自体は増加しますね。となると、ベンチスケールとかパイロットスケールでは 反応器内の流れは層流域ですが、実機スケールでは遷移域とか乱流域になりますね。層流域から乱流域へとスケールアップする事になりますが、これに例えば 一般的な  単位体積あたりの動力一定 Pv=const. を適用して良いのか? となりますね。と、この辺りをうまく解決しているのが 今回紹介する内容となりますね。



実務でも重合反応器のスケールアップはやった事がありますけど、まあ比較的に液粘度が高かったので パイロットでも実機でも 層流域でしたね。前回 No.63 の投稿では 液液分散について取り上げましたけど、まあ大体そんな内容でして分散相のサイズが重要だったんですね。



混合係数 Coefficient of Mixing


✔ プロセスフロー 及び 処方 Process Flow, Recipe 

文献によれば ベンチスケールのプロセスフローは図のとおりですね。所定処方のモノマーをバッチ的に調合しておき、フィードポンプで反応器に供給します。この調合槽ですが窒素をバブリング出来るようになっています。と言うのも、MMA は酸素があると重合しませんね。なので、窒素を吹き込んで液中の酸素を追い出します。ついでに冷やしたりしますね。

重合反応器は竪型の完全混合槽でインペラは ダブルヘリカルリボン Double Helical Ribbon との事です。モノマーは連続的に供給され、同時にポリマー溶液がギヤポンプによって排出されます。ベンチスケールなんで反応器容量は小さいですね。なので放熱が大きいので、反応温度はジャケットの熱媒で維持する感じなのかな~と。まあ、反応器にはノックバックコンデンサーが設置されていて調圧出来るようにもなってますね。主要な仕様と処方は以下のとおりですね。モノマーはMMAですが、コモノマーとして アクリル酸エチル Ethyl Acrylate、分子量調整剤として n-オクチルメルカプタン n - Octyl Mercaptan を併せて使用します。 で、開始剤ですが 半減期時間の異なる4種類を用います。このうち、AIBN とか LPO は一般的な重合温度における半減期が非常に短いですね。


  • 反応器    内容積 5.2 [Liter]   内径 155 [mm]、高さ 290 [mm]
  • インペラ   ダブルヘリカルリボン  リボン径=ピッチ 147[mm]、リボン幅 15.5[mm]
  • 処方(重量比)  MMA : EA : OM = 90 : 10 : 0.34  
  • 開始剤     DTBPO、BPOIB、AIBN、LPO


各開始剤の 150[℃] 半減期は以下のとおりです。重合反応器の平均滞留時間は2時間とかなんで、 AIBN であれば 半減期は 1/2000 ですね。


  • DTBPO Di-tert-butyl Peroxide                    1800 [sec]
  • BPOIB  Tert-butyl Peroxyisobutyrate         20 [sec]
  • AIBN    2,2'-Azobis(isobutyronitrile)             3.6 [sec]
  • LPO      Lauroyl peroxide                            2.4 [sec]


✔ 重合速度論    Polymerization Kinetics

ラジカル重合速度式と完全混合槽型反応器 CSTR 1槽における転化率はそれぞれ以下の式で表わされますね。ラジカル重合ですが熱開始では無くて 開始剤開始です(式①)。この重合反応を完全混合槽型反応器 1槽で実施すると、転化率は 式③で表わされます。

で、この式に混合係数 α と ゲル効果係数 β を導入して 式④が得られます。この混合係数 α ですが、普通の開始剤であれば α =1 となります。ここで、半減期が短い、即ち すごーく分解しやすい開始剤(短寿命開始剤) を使うと、開始剤が混ざり終わる前に分解してしまうんですね。となると、混ざりが良いと (混合時間が短い) 開始剤はまあ有効に使用されますが、混ざりが悪い (混合時間が長い) と開始剤は全然使われないって事になりますね。となると、その影響が直接に転化率の大小となって測定されるんですね。つまり、混合の良し悪しをこの α の値によって 把握する事が出来る事になります。また、同時に ゲル効果係数 β も導入されています。これは、MMAのラジカル重合においてはゲル効果が発生する為ですね。で、両者の比率に開始剤効率 f を掛け算して  F - value, F = f ・α /β とします。




✔ 短寿命開始剤の効果  Effect of Short - Lifetime Initiator

で、この 混合係数 α をスケールアップに使ってみるのが最終的な目標ですが、その前に 短寿命開始剤を量産反応器に適用するメリットは以下のとおりです。まあ、文献に書いているんですけどね。


  • 高温になるほど転化率は低下するので、仮にホットスポットが発生しても暴走反応とはならない
  • 反応液中の開始剤濃度はほぼゼロなので、下工程のトラブル等で運転を休止する場合、モノマー供給と開始剤供給を停止すれば 重合は即座に停止する
  • 上記と関連して 開始剤濃度の精密な制御は不要となる


まあ、このとおりなんでしょうね。ただ、デメリットとしては 高価な開始剤をどか~んと供給する必要がある、となりますね。結構な量がただ単に分解してしまうんで・・・。加えて、AIBN は固体ですね。なので、予め MMA に溶解しておく必要が有るので これまた面倒ですね。一般的な開始剤であれば液体ですので、モノマーに溶解しておくのも 比較的に容易ですけど。


混合係数を用いたスケールアップ  Scale - Up by Coefficient of Mixing


✔ 前提条件

さて、前述の混合係数 α を用いて撹拌槽重合反応器のスケールアップを行なってみる訳ですが、その前に 運転条件と液物性を整理しておきます。液粘度もそんなに低くは無いですが、そこまで高い訳では無いですね。


  • 処方(重量比)   MMA : EA : OM = 90 : 10 : 0.34
  • 反応温度    150 [℃]
  • 平均滞留時間         3 [hr]
  • 転化率       60 [%]
  • 液粘度      1.9 [Pa s]
  • 液密度     990 [kg/m3]


✔ 反応器・撹拌機 仕様  Reactor, Impeller Spec.

次はベンチ、パイロット 及び 実機スケールの反応器・撹拌機仕様です。この文献では、ベンチスケールでは DHR を使用しており、パイロットスケールでは DHR と マックスブレンド Maxblend® 、実機スケールでは マックスブレンドを使用します。

マックスブレンドはワイドパドルタイプの先駆けとも言えるインペラで住友重機械工業の製品ですね。故 村上 康弘先生のお弟子さんが開発されたものと記憶していますが、このタイプではもはやスタンダード的なインペラですね。文献などにも数多く取り上げられており、ネットで検索すると沢山出てきますね。 

スケールアップ比率ですが、液容積 基準でベンチから実機ですと 1,136倍ですね。そこまで大きくは無いですね。文献では年間生産量 6,000 Ton との事なのでこの程度でしょうか。これが 例えば 年間生産量 5万 Ton レベルとなると スケールアップ比率は 1万倍とかになりますね。となると、1万の1/3乗 = 21.544 なので 反応器 内径は 3340 [mm] 程度にはなりますね。




✔ 撹拌レイノルズ数範囲  Mixing Reynolds Number 

で、文献中の実験結果を見てみます。まずは、回転数に対して撹拌レイノルズ数をプロットしてみると下図 上段グラフのようになります。まあ、インペラ径が大きくなるのでレイノルズ数は大きくなりますね。また、ベンチスケールでは層流域、実機スケールでは乱流域、そしてパイロットスケールでは遷移域です。この結果から、層流から乱流へと 流れ領域が変化するスケールアップである事が分かります。下段グラフは レイノルズ数に対して 単位体積あたり動力 Pv をプロットしたものです。こちらの方が分かりやすいですね。





✔ 混合係数  Coefficient of Mixing


次にいよいよ混合係数について見てみます。上段グラフは回転数に対して混合係数をプロットしたもので、下段グラフは 撹拌レイノルズ数についてプロットしたものです。何か良さげに整理されているのが分かります。と言うのも、ある混合係数値で水平に線を描いてみると、各スケールで該当する実験データが有る事が分かります。であれば、各スケールにおいて回転数なりレイノルズ数を決めてやれば、混合係数を推定出来るって事になりますね。





と、文献では更に 単位体積あたり動力 Pv に対して 混合係数をプロットしています。それが下図 上段グラフですね。このグラフを用いれば、Pv 値を用いて ベンチ・パイロットスケールから 実機スケールへの スケールアップが可能ですね。単に回転数とかレイノルズ数よりもPv値の方が、より多くの因子 例えば 液量、インペラ仕様、バッフル仕様などの影響を包含しているので、より汎用的ですね。もちろん、動力値を正確に推定する必要が有りますけど。で、文献では 最終的に 液深さ Z の影響を盛り込んだ Pv (D/Z) [kW/m3] によって整理していますね。それが下段グラフで、マックスブレンド におけるデータのみをプロットしています。うーん、うまい具合に整理されていますね。

それと、これも文献中で言及されていますが、同じ混合係数 α = 0.5 を達成しようとする場合、ベンチスケール DHR では Pv  5.0 [kW/m3] が必要ですが、一方 マックスブレンドでは 1.1 [kW/m3] で十分となります。と言う事は、同じ混合状態を得る為に必要な動力が 4.5分の1 となります。液量が 3.75 [m3] であれば、DHR だと 正味動力 18.75 [kW] となり、マックスブレンドでは 4.13 [kW] となります。結構な差異ですよね。

んでもって、これは Pv = const. の条件が全く成立していない事を意味してますよね。敢えて Pv = const. 条件でスケールアップしても良いですが、必要な動力を過大に見積もってしまうって事になります。まあ、ものすごく安全側の設計と言えなくも無いですが、ここまで差が有ると アレですよね・・・。





まとめ  Wrap - Up


今回 久しぶりに文献を読み返してみましたが、やはりなかなか興味深いですね。まあ、もちろん MMAのラジカル重合だからこそ成立するやり方では有ると思いますが。んでも、何か新しいインペラを開発した際に、この手法で混合性能を見積もるって事も出来るのかな~と。確かにいちいち重合実験するのは、すごく大変だし手間もかかるとは思いますが。

普通、インペラの混合性能を実測するのは、例えば 脱色反応を利用した混合時間測定、液の電気伝導度を実測する混合時間測定などでしょうか。脱色反応を利用する方法は、同時にデッドスペースを可視化する事も可能なんで、一般的に使用されますよね。その反面、混合完了を目視にて判定するので、測定者によって差異が生じやすいですね。実際にこの方法で実験した経験もありますけど、ビデオ(VHSですよ) に録画しておいてストップウォッチ片手に何回も見直して、混合完了時間を計測してましたね。まあ、それでも層流域であれば 混合時間は 結構長め (30秒とか1分とか) なんで、まだ計りやすいですね。これが 乱流域であれば 一瞬で混合完了となるので、それこそスロー再生とかで計測する必要が有りますね。





それにしても、マックスブレンドについては良く考えられていますね。ワイドパドルタイプとしてはエポックメイキング的なインペラだったのかなと思います。上部は格子状ですが下部はパドルですね。この構造によってインペラの上下に吐出性能に差を持たせる事が可能で、それにより槽上下に強力な循環流を生成させます。そして上部の格子状部分で液にせん断を与えるってのは、なかなかどうして思いつきませんよね。その後、同じワイドパドル形状であるフルゾーン(神鋼環境ソリューション)とかサンメラー(三菱重工)とかにつながりますね。これもやはり村上先生の薫陶によるところが大きいのかなと。んで、個人的にはフルゾーンのシンプルな形状が好きですね。上段ブレードのペロッとベロが出てる部分とか、下段ブレードのクイッと後退してる部分とかが。まあ、オタクですね・・・。



参考書籍・文献 References

  1. 「短寿命開始剤を用いるメタクリル酸メチルの連続バルク重合」 化学工学論文集 第21巻 第3号 1995年
  2. 「撹拌槽重合反応器のスケールアップにおける混合」 化学工学論文集 第22巻 第2号 1996年




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