化工計算ツール No.67 ワイドパドルインペラの撹拌性能 Agitation Performance of Wide Paddle Impeller

 以前の投稿 「No.68 撹拌槽重合反応器のスケールアップ」で、撹拌翼 マックスブレンド Maxblend® を取り上げました。製作しているのは住友重機械プロセス機器さんですが、分類としては ワイドパドルインペラ Wide Paddle Impeller となりますかね。それ以外にもいくつか有って整理すると以下のような感じですね。下図には比較の為に傾斜パドルも描いてありますが、だいぶ形が違いますよね。


  • 住友重機械プロセス機器  マックスブレンド  Maxblend
  • 神鋼環境ソリューション  フルゾーン     Fullzone
  • 佐竹化学機械工業     スーパーミックス  Supermix
  • 三菱重工業        サンメラー     Sanmelaer
  • 綜研化学         Hi-F ミキサー      Hi-F mixer

とまあ、いろいろと形にもそして名前にも趣向が凝らしてあるんですが、この手のインペラは横から見るとドカッと広がっていてなかなかに存在感が有ります。一方、上から見るとそれほどでは無いですね (下図参照)。このワイドパルドインペラが使われ始めたのは私が社会人になってからなので、かれこれ30年以上になるんでしょうか・・・。今回は、これら ワイドパドルインペラについて動力特性などを計算してみようと思います。







ワイドパドルインペラ Wide Paddle Impeller 


✔ 開発の経緯  Development History


このようなタイプのインペラが開発されたのは 1980年代後半から1990年代前半とされています。開発の動機としては、広い液粘度範囲に対応する為、中粘度域に対応する為とされています。それまでは、水のような低粘度液であればパドル、タービンやプロペラが適用され、一方 ポリマー溶液のような高粘度液であれば アンカーやヘリカルリボンが適用されるのが一般的でした。つまり、液粘度によってインペラを使い分けるのが普通でした。ですが、例えばバッチ重合であれば最初はシャバシャバですが、だんだんと液粘度が増加していったりします。となると、最初は乱流域ですが最後には層流域になったりします。となると、パドルが良いのかヘリカルリボンが良いのか、正直 迷うところですね。とまあ、そんな問題を解決しようと思ったのが開発の動機なんでしょうか。

で、投稿 「No.68 撹拌槽重合反応器のスケールアップ」でも少し触れたように 故 村上康弘 先生が各メーカーの技術者の方々、これが村上先生の薫陶を受けた方々らしくて、村上 先生が皆さんにエイッとハッパをかけて開発を行なわせたとのハナシを耳にした事が有りますね。まあ信憑性はアレですけど。


✔ 撹拌動力推算式  Agitation Power Estimation equations


で、このワイドパドルインペラですが その撹拌動力とかの性能については例えばメーカーさんのカタログから読み取るとかしてましたね。また、メーカーさん自体が化学工学論文集などに技術論文を投稿していれば、その内容を参考にするとか。撹拌動力でもそんな感じだったので、循環時間とか混合時間についての情報を独自に入手する事はほぼ出来ませんでした。で、これらワイドパドルインペラの撹拌動力については 名工大グループが 推算式を発表しました (2012年, 化学工学論文集)。これで、自分で動力を計算出来るようになったんですね。動力が計算できれば、混合時間の推算もまあ何とか出来ますし 槽壁・内装物 表面の熱伝達係数の推算も可能ですね。まあ、混合時間がインペラ仕様を左右する事はあまり無いですよね。この手のインペラの混ざりはスゴく良いので。一方、槽壁の熱伝達係数がどの程度なのかは結構重要ですよね。それによって、追加伝熱面である伝熱コイルが必要かそうじゃないのかが決まったりしますし。

さて肝心の動力推算式ですが、 ベースとなったのは亀井 - 平岡の式で、それまでにも傾斜パドル 、タービン やアンカーなど一般的なインペラの動力推算に適用可能でした。この式中のパラメータを少し修正して、ワイドパドルにも適用可能とした訳ですね。具体的には、マックスブレンド、フルゾーン そして スーパーミックス の動力推算が可能なんですが、何と 同じ推算式で 3種類のインペラに適用出来るんですね。インペラ形状を見るとそれなりに差が有りますが、結果的に同じ動力特性を有するって事なんですね。なかなかに興味深いですね。


推算式は以下のとおりですね。まあ、式自体は結構多くてややこしいですが EXCEL で一度入力すれば OK ですね。最終的に動力数 Np を求める訳ですが式⑭ を用います。で、この式には 完全邪魔板条件における動力数 Npmax と邪魔板無し条件における動力数 Np0 が含まれています。なので、それぞれを式⑯と式①で計算します。で、式①にはいくつもパラメータが含まれているので、それらの値を式②~⑬で計算する訳ですね。また、計算する上での前提条件である槽・バッフル・インペラの仕様ですが、そんなに無いんですよね。用いるのは以下のとおりです。インペラに関しては、アッサリと径と高さだけなんですね。

  • 槽内径   D
  • 液深さ   H
  • バッフル幅 Bw
  • バッフル数 nB
  • インペラ径 d
  • インペラ高 b



計算例 example 


✔ 計算条件 conditions


と言う事で早速 ワイドパドルインペラの動力を計算してみます。前述のようにインペラ径と高さが同じで有れば、計算上はどのタイプのインペラでも同じ動力特性になりますね。で、計算条件は以下のとおりとします。

  • 槽径     任意
  • 液深さ    槽径と同じ
  • ワイドパドルインペラ径  槽径の 0.54
  • 傾斜パドルインペラ径   槽径の 0.40
  • バッフル幅  槽径の 0.10
  • バッフル数  4個


✔ 動力線図 Re - Np curve


動力線図を描いてみると下図のようになりました。ワイドパドルの方が 傾斜パドルよりは動力数は大きくなりますね。まあ、当然と言えば当然で そうじゃないと槽内液に十分なエネルギーを与えられないですよね。





✔ 単位体積当たり動力、熱伝達係数  Pv ,  HTC


動力線図だけでは今ひとつピンと来ないので、槽径 2,000 [mm] の場合を想定して単位体積当たりの動力値 Pv と 槽壁 熱伝達係数値を計算してみると以下のようになりますね。同じ回転数であれば、ワイドパドルの方がより動力が大きいですし、その結果 熱伝達係数も大きくなりますね。この条件だとワイドパドルは傾斜パドルの約2倍の熱移動が可能という事になりますね。まあ、その分 動力は必要なんですけど。




✔ 混合時間   Mixing Time


最後に混合性能について見ておきます。と言っても、あくまでも推算結果なんですが 以下のようになります。ですが、推算だけだと心もとないので参考文献 3) 中にあるマックスブレンドの無次元混合時間のグラフからデータを読み取り、その値を使って混合時間を計算してみたのが グラフ中の破線です。おっ、なかなかいい感じに一致してますね。そして、やはり ワイドパドルインペラの混合性能はだいぶ良好ですね。この計算例では 液粘度を 1 [Pa s] としていますので、例えば水と比較すると 約1000倍も粘度が高いですね。それでも、回転数 60 [rpm] であれば 混合時間は 10 [sec] 程度です。これが傾斜パドルであれば 200 [sec] 程度なので 圧倒的に早いですよね。





まとめ  Wrap-Up


今回はワイドパドルインペラの撹拌性能について計算してみました。動力線図は基本中の基本ですね。また、動力計算結果を使って 槽壁の熱伝達係数と、混合時間を求めました。やはり、ワイドパドルは 一般的なインペラである傾斜パドルと比較して良好な伝熱性能や混合性能を有している事が分かりますね。まあ、裏を返せば その分 動力を必要とすると言う事でも有るんですけど。

で、計算していてふと思い出したのが、フルゾーンを製作しているメーカーの技術者さんに「フルゾーンの弱みって何ですか?」と少し意地悪な質問をした事ですね。曰く、「せん断がかかりにくい点ですかね~」と言う回答だったかなと。まあ、フルゾーンの形状を見るとシュッとしていて、マックスブレンドとは異なり格子状にもなってないので、そのとおりだな~と。まあ、その点がフルゾーンの利点であって、なので 酵母菌とかを用いる発酵槽などに多用されたんだとか。せん断がかかり過ぎると菌が壊れてしまうんですね、多分。ここいら辺りはメーカーさんの技報などに適用事例として載っていたかなと。

それと、ワイドパドルと言うくらいなので、ブレードで液をグイっと動かすので荷重がかかるんですね。と言う事は、結構なトルクが加わるんですね。となると、シャフトにはそれなりの強度が必要となり、結果として太くなるんですね。まあ、太くなるのは太くなるんですが、話はそれでお終いでは無いんですね。ケミカルプラントとか食品プラントでは、外部への漏洩とか外気からのコンタミを防止する為に、貫通部の軸シールが重要となりますね。軸が太いとダブルメカニカルシールなどの軸シール部もサイズアップとなるので、コストが上がります。で、メカニカルシールの部品は年に1回くらいは交換しますが、ずーっと割高のメンテナンス費用が必要になるって事ですね・・・。まあ、性能が良ければ元は取れると思うんですけどね。

実務ではパイロットプラント反応器のインペラにフルゾーンを適用した事が有りますね。しかも、色々と事情があって何とチタン製でした! チタン自体の鋼材価格(単位重量当たり)は高いですが、密度がSUS304の6割くらいなんで 材料費自体はそれほど差が有る訳でも無いですね。まあ、パイロット用インペラであれば加工費の占める割合が大きいでしょうから。伝票処理も少額品扱いで済んだような記憶がありますけど、詳細は忘れましたね。20年以上も前なので。それと、軽いのでバラしたり組み上げたりするのが少しだけ楽でしたね・・・。




参考書籍・文献

  1. 「種々の大型2枚パドル翼の撹拌所要動力」 化学工学論文集 第38巻 第3号 2012年
  2. 「化学工学の進歩 42 最新ミキシング技術の基礎と応用」 三恵社 2008年
  3. 「撹拌槽重合反応器のスケールアップにおける混合」化学工学論文集 第22巻 第2号 1996年
  4. 「新補版 混合および撹拌」化学工業社 2001年






 

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