化工計算ツール No.68 物性 蒸気圧式  Physical Property, Vapor Pressure Equation

 さて、今回は物性について取り上げてみます。まあ、物性と言っても平衡物性、輸送物性 そして輻射物性などが有りますね。まとめるとこんな感じでしょうか。


  • 平衡物性 密度、膨張率、蒸気圧、内部エネルギー、エントロピー、比熱 等
  • 輸送物性 熱伝導率、粘性率(粘度)、拡散係数 等
  • 輻射物性 輻射率、反射率、吸収係数、透過率 等

で、ここでは蒸気圧 Vapor Pressure について取り上げます。蒸気圧とは、「ある温度で固体または液体と平衡状態にあるその物質の気体圧力」ですね。ケミカルの分野では、蒸留などの分離操作の計算においては絶対に必要な物性ですね。もちろん、1点だけのポイントデータが有っても使えませんね。温度依存性を考慮した蒸気圧式の形になっていないと。この蒸気圧式にはいろいろと種類が有るのはご承知のとおりですが、まあいくつか計算してみようかなと。

ケミカルエンジニアリングにおいて、物性は基本中の基本ですね。いくら複雑で精緻な化工計算をしても、物性値が妥当なもので無ければ その結果で設計された装置は当初の性能を発揮しませんね。実務においても、物性を見つけてくるのが結構 大変でしたね。以前 投稿 No.50 「ポリマープロセスの蒸留 Distillation in Polymer Process」ではスチレンとかスチレンダイマーの蒸気圧を使っています。まあ、スチレンなどの割りとありふれた物質であればチョイと探せばデータや式が見つかりますが、スチレンダイマーとなるとなかなか。無ければ実測すれば良いのでは?と思いますが、時間も手間もそしてお金も掛かりますね・・・。



蒸気圧式 Vapor Pressure Equations


蒸気圧式と言えば、まあ普通は アントワン式 Antoine eq. でしょうか。3定数式のわりには精度が良いとされてますが、それ以外にもいくつか有りますが以下の式が主なものでしょうか。これら以外にも有りますけど、使いやすくないとアレですよね。使いやすさ云々は、例えば定数値が簡単に入手出来るかとか、多くの物質に対応しているか などでしょうか。

で、蒸気圧式において重要なのは温度依存性を如何にうまく表現するかです。参考書籍によれば、下図にあるように 横軸を絶対温度の逆数 1/T とし、縦軸を 蒸気圧の対数 logP としてプロットすると 蒸気圧曲線は 引き伸ばされた S字型になるんだそうです。A点が凝固点でD点が臨界点です。点C が 対臨界温度 Tr 0.85 程度に相当します。で、線 ABC は上に凸で線 CD は下に凸となっており、変曲点が 点C 付近なんですね。このカーブをうまく表現したい訳ですが、アントワン式だと曲線は単調変化するだけなので、Tr = 0.85 程度までは使えるかなとなりますね。一方、定数が多い リーデル式などであれば 全域をうまく表現出来る訳なんですね。 






計算例 examples


で、早速計算してみましょう。と言っても、各蒸気圧式における定数値が分からなければいけませんよね。手元にある資料から、アントワン式は 化学工学便覧 第6版、リーデル式は Perry's Chemical Engineers' Handbook seventh edition の定数値を用いました。

✔ スチレン Styrene


いろいろとお世話になってきたスチレンですが、まずこちらの物質で計算してみます。うーん、両方の式で差異はほとんど無いですよね。臨界温度に近いとさすがに若干の差異はありますが、それでも全然ズレるってほどでは無いです。なので、スチレンに関してはアントワン式でも OK って事でしょうか。また、絶対温度の逆数のグラフですが そんなにS字型って感じでは無いですね。







✔ アセトニトリル Acetonitrile 



スチレンだけでは今ひとつ面白く無いので 全然毛色の違う物質であるアセトニトリルについても計算してみます。ホントはアクリロニトリルとしたかったんですが、Perry には無かったんですね。スチレンと違ってニトリル基が含まれており、極性の大きな物質って事になるでしょうか。因みに、アセトニトリルから脱水素して二重結合としてやればアクリロニトリルとなりますね。工業的にはアンモ酸化法 通称 ソハイオ法 Sohio process でプロピレンとアンモニアから直接生産しますね。

計算結果ですが スチレンとは違って低温域と高温域では アントワン式とリーデル式とでは値が異なりますね~。スチレンではそこまで大きな差異では有りませんでしたが、アセトニトリルではハッキリと違いが有りますね。





せっかくなのでスチレンとアセトニトリルの結果を比較してみます。アントワン式 蒸気圧とリーデル式 蒸気圧とで、どれくらいの差異があるかを比較したのが以下の結果です。Perry のリーデル式 計算値を 基準として アントワン式 計算値がどれくらい異なるかですね。スチレンに関して言えば、計算範囲で±5[%] くらいにはおさまってますね。一方、アセトニトリルでは低温域と高温域での差異が大きいですね。対臨界温度 Tr に対してプロットした結果だと分かりやすいですね。なので、アントワン式を用いる場合には 対臨界温度が小さい低温領域と大きい高温領域では注意したほうが良いですね。特に極性の大きな物質ではそうなのかなと。でも、まあそこまで極端な状態で運転するプロセスってのも、そうそうは無いのかなあと。




✔ 蒸気圧式の精度  Accuracy of Vapor Pressure equations


参考書籍には 上記蒸気圧式の精度についての記載が有りましたので、グラフにしてみました。元文献を当たってみると、対象物質は炭化水素、アルコール、ケトンなど多岐にわたります(133物質)。まずは測定データを使って蒸気圧式の各定数値を決定し、その定数値を使って蒸気圧を計算しなおして、測定値と計算値との誤差をグラフ中の式で計算しています。

で、この結果を見ると 何のかんのと言ってアントワン式の精度が最も良いとの結果ですね。まあ、古いデータでは有りますが、だからと言って信頼性が無い訳では無いですよね。まあ、この結果からも よほど特殊なケースで無ければ アントワン式を適用できるのかなと。極性が大きいとか、臨界点に近いなどであれば リーデル式を適用すれば良いのかなと。





まとめ  Warp - Up


今回取り上げた 蒸気圧式ですが、アントワン式にしろリーデル式にしろ 定数値が入手出来なければ 使えないですよね。まあ、実測データがあれば それを使いますが、そうだったとしても使いやすいように計算式になってないと不便ですよね。その場合は、自分で定数値を決定する必要がありますね。今回は化学工学便覧と Perry から定数値を持ってきましたけど、まあ定番でしょうか。まあ、企業などで Aspen とかのプロセス・シミュレーターを持っていれば、内蔵している物性データベースが使えますね。それ以外であれば、公開されている物性データベースを使うと言う方法も有りますね。無償のものであれば NIST Chemistry WebBook とか、有償であれば Dortmund Data Bank などでしょうか。NIST はやはりタダなので 欲しいデータが無い場合も多いですね。もちろん、ものすごく有り難いんですけども。また、DDB については有償なだけあって充実していますね。ちなみに、蒸気圧については 35物質くらいですがオンラインで計算してみることも可能ですね(タダで)。日本発祥の物性データベースとしては 産総研の 分散型熱物性データベース TPDS-web が有りますね。

と、言う事で 上記データベースに記載されているアントワン式 定数値を使って アセトニトリルの蒸気圧を計算してみるとこんな感じです。まあ、だいだい同じですね。そして、リーデル式とはやはり高温域でズレがありますね。一応、各データベースに記載されている温度範囲内で計算しているので こうなるのかなと。と言う事は温度範囲を超えて使ってしまうと、間違った結果になるって事ですね。グラフ中の SCEJ は日本化学工学会 Society of Chemical Engineering, Japan の事で、化学工学便覧 改訂6版 記載のアントワン式です。




そして、実測値が全く無いような物質については、物性推算法を適用するしかないですね。この分野も最近は相当に進歩しているので、それなりに実用的になっているんだと思いますけど。そのうち AI とかに質問したら、教えてくれるようになるんでしょうか・・・。

実務でも蒸気圧値が必要になる場合がそれなりの頻度で有りましたけど、普段から環境を整備すると言うか、データは蓄積しておくようにしてましたね。例えば、ネットで「◯◯◯ 蒸気圧」とダイレクトに検索してヒットすれば まあそれを使いますね。とは言え、出処がハッキリしていないとアレですよね。そんな時は、同じネット検索ですが関連有りそうなワードで文献を検索してみたりとか。 その文献に物性値が含まれていればラッキーですね。蒸気圧はまだ良いですが、これがポリマー関連の物性だとまず無いですね。例えば、ポリマー溶液粘度であればポリスチレンとかだと何とか有りますけど、これがスチレンとのコポリマーとかになるとまず皆無です。ましてや、組成が変わった時の物性とかはまず望めませんね。ポリマーとかになると物性推算も難しいものが有りますし、ホントに苦労しましたね。まあ、この辺りは各製造企業で独自に実測してるんでしょうね。となると、表に出てくる事はまあ無いですね~。






参考書籍・文献  References

  1. 「物性推算法」 データブック出版社 2002年刊
  2. 「化学工学便覧 改訂6版」 丸善 1999年刊
  3. 「Perry's Chemical Engineers' Handbook  seventh edition」 McGraw-Hill  1997
  4. 「物性定数 第3集」 丸善 1965年刊


web site


  1. Dortmund Data Bank
    https://www.ddbst.com/ddb.html
    Saturated Vapor Pressure calculation by Antoine equation
    http://ddbonline.ddbst.com/AntoineCalculation/AntoineCalculationCGI.exe
  2. NIST Chemistry WebBook
    https://webbook.nist.gov/chemistry/
  3. 分散型熱物性データベース 国立研究開発法人 産業技術総合研究所
    https://tpds.db.aist.go.jp/tpds-web/index.aspx






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