化学・化学業界の話題 どんな成分が唐辛子を辛くするの? What ingredients make chili peppers spicy?

 クリスマスだからと言う訳でも無いですが、ちょっと目先を変えて 化学の話題について取り上げてみます。まあ、元ネタの書籍は以下のとおりです。


Why does asparagus make your wee smell ?
Andy Brunning     Orion Publishing Group, London    2015

カリカリベーコンはどうして美味しいにおいなの?
高橋 秀依、夏苅 英昭  化学同人 2018年


原題は「アスパラガスを食べるとおしっこが臭うのはなぜ?」ですが、日本語版は変えてあるんですね。まあ、おしっこ云々は書籍の題名にはちょっとアレだと言う事でしょうか。で、この書籍ですが、副題は「食べ物や飲み物に関するカガクのギモン」となっています。中身を見てみると、食べ物や飲み物に含まれる化学物質の構造式が記載されており、それによる効果や影響について説明されています。アスパラガスを食べておしっこが臭うのも、何からの化学物質によるものですよね。カリカリベーコンのにおいが食欲を大いにそそるのも、やはり化学物質に起因しています。書籍の目次を見ると、分野ごとに分けてありますね。色、毒物、香料、芳香、感覚、精神、健康 そして 変換 ですね。沢山あるんですが、ここでは3つほどご紹介します。


  • 感覚 Sensation     どんな成分が唐辛子を辛くするの?
  • 香料 Flavor      コーヒーはどうして苦いの?
  • 変換 Transformation 赤ワインはどうして苦くて辛口なの?


参考書籍の著者である Andy Brunning 先生ですが、Compound Interest というウェブサイトを運営されています。これもまた、なかなかに興味深くて そして何よりもとてもシャレオツなんです。この辺りのセンスってのは欧州人のエスプリが効いてるって感じなのかな~と (Brunning先生は英国人)。最近の内容ですと Chemistry Advent 2023 が今回の投稿に関連しているでしょうか。アドベントとはキリスト降誕を待ち望む期間の事だそうで、まさにこの時期の事なんでしょうか。で、今年は「世界を巡るグルメの旅」と銘打って世界各国の特色有る食べ物を紹介しています。もちろん、化学構造式が満載ですね。例えば、韓国はキムチで、日本は何故かケンタッキーフライドチキンです。まあ、今やクリスマスの定番メニューですからね。まあ、そんなこんなで化学屋さんであれば見てるだけでも結構面白いですね。

https://www.compoundchem.com/2023advent/



感覚 Sensation


✔ どんな成分が唐辛子を辛くするの?

結論から言えば、辛味成分はカプサイシンですね。カプサイシンはカプサイシノイド類化合物ですが、もうひとつ ジヒドロ カプサイシンも含まれます。これがどうして辛く感じるのか、全くもって不明ですね。書籍には、口の粘膜にある辛さや物理的刺激にかかわる受容体に結合し、その結果ヒリヒリする感覚を産み出すとの事です。で、繰り返し摂取すると受容体が枯渇し、辛さに対する耐性を生じてしまうんだとか。また、辛さは天然の痛み止めとしても働き、そして 「幸福感」も与えるエンドルフィン類化合物を産みだすとあります。激辛料理を食べているヒトをテレビ番組とかで見ると何か恍惚とした表情にも見えますが、こんなところにその理由が有るのかも知れませんね。ですが、カプサイシンは毒にもなりますね。防犯用の催涙スプレーにはカプサイシンが含まれており、目に入ると炎症作用により目が開けられなくなりますね。 



さて、辛さの程度は2つの方法で測定されるとか。ひとつは、スコヴィル値として知られる味覚テストですね。乾燥唐辛子から辛味成分を抽出し、これを徐々に砂糖水で薄めます。被験者が辛さを感じなくなる希釈しつづけます。何倍まで薄めたかがスコヴィル値になるんですね。もうひとつの方法は 高速液体クロマトグラフィー HPLC で定量する方法ですね。まあ、後者の方がどう考えても正確ですね。書籍中には以下のようにスコヴィル値の例が記載されてますね。まあ、辛味もある程度を超えるともう痛いだけで、ヒリヒリというかジ~ン って感じですよね。


  • ハラペーニョ          8,000
  • カイエンペッパー        50,000
  • ハバネロ          350,000
  • ゴーストペッパー     1,400,000
  • 唐辛子スプレー      5,300,000
  • 純粋なカプサイシン    16,000,000




で、唐辛子の辛さを和らげる方法ですが、カプサイシン分子を見ると長い炭化水素の分子鎖がありますね。と言う事は水には溶けにくくて、アルコールや油に溶けやすいと予想されます。んじゃ、ビールとかをガブ飲みすれば良いのでは?と思いますが、アルコール濃度 数% 程度では効果が無いですね。で、一番良いのは牛乳なんだとか。牛乳のカゼイン(タンパク質の一種) は油溶性で、カプサイシン分子を包み込んで 洗い流すので、粘膜の受容体が更に刺激されるのを防ぐんだとか。なるほどですね、ですがこの方法は私には使えません。何故ならば 「乳糖不耐」だからです。牛乳をガブ飲みするとお腹が緩くなってしまうんですね、ほぼ確実に。まあ、おっちゃんなんでしょうがないですね。


※ 構造式は フリーウェア ACD/ChemSketch で描きました。ついでに、分子量やら物性値なども計算してみましたが 合ってるかどうかは不明です。まあ、分子量とか元素組成とかは合ってると思いますけど。

 

香料 Flavor


✔ コーヒーはどうして苦いの?

次は香料の分野に分類されている 「コーヒーはどうして苦いの?」です。コーヒーと言えばカフェインを連想しますが、このカフェインには苦味は無いんですね。ですが、コーヒーはやはりこの苦味が重要ですよね。コーヒーの苦味成分の元は、焙煎前のコーヒー豆に含まれるクロロゲン酸とされています。で、焙煎する事によっていくつかの化学物質が生成され、これが苦味の元となります。

で、下図のような構造なんですね。複雑と言えば複雑ですが、これまた何故 これで苦味を感じるんでしょうかね~。まったくもって不思議です。下図の一番上は ネオクロロゲン酸です。これがコーヒーの生豆に8%ほど含まれています。で、焙煎する事によって二番目の物質 クロロゲン酸ラクトンが生成します。加熱によって -OH と -COOH とが脱水縮合し ラクトン構造 lactone structure が出来るんですね。そして更に加熱、所謂 深煎り dark roast する事によって 三番目の物質 フェニルインダン が生成されます。生成と言うか分解するんですね。また、これらの化学構造を見るとポリフェノール類ですよね。




例えば、エスプレッソコーヒー Espresso Coffee とかは強い苦味がありますが、普通のコーヒーよりも高温高圧で処理する事によって、より高い濃度でフェニルインダンが生成するって事なんですね。と、ここで トリビアルな情報をひとつ。18世紀 フランスの政治家 シャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴール 曰く、「よいコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い」との事です。ここに、「人生のように苦い」を加えたいですね。


変換 Transformation


✔ 赤ワインはどうして苦くて辛口なの? 

ワインは美味しいですよね。あの渋味が何とも言えないワイン独特の風味を醸し出していますよね。で、当然 何らかの化学物質によって あの味が出来上がっていますね。書籍には、典型的な赤ワインの組成値が記載されています。まあ、ほとんどが水とエタノールなんですね。ですが、それだけだと単なるアルコール水溶液です (ウォッカでしょうか)。それ以外の物質として、グリセロール、有機酸、タンニン類・フェノール類、その他となっています。赤ワインにはだいたい800~1000 もの化学物質が混ざり合っていて、これらを総称してフラボノイドと呼びます。割合にするとたった 0.1% なんですね。



さて、それらフラボノイドの中でも、フラバン - 3 - オール と呼ばれる化合物群がワインに苦味をもたらします。この物質は主にブドウの種に由来し、赤ワインに含まれる化合物群としてカテキンとかエピカテキンなどがあるそうです。確かに、ブドウを食べた際に種をガリッと噛むと、苦味というか渋味を感じますよね。カテキンは緑茶などに多く含まれる渋味ですよね。また、下図の一番上はアントシアニンですが、赤ワインのあの色の元ですね。抗酸化作用があるとか、目に良いとか言われていますね。

で、それ以外に苦味や渋味を与えているのが タンニンですね。これは高分子ですね。下図を見ると フラバン - 3 - オール が複数 縮合した格好になっています。このタンニンですが、苦味を呈すると同時にドライ(辛口) にもするんだとか。ワインを口に含むとタンニンが唾液中のタンパク質と反応して凝固します。これがドライな風味を醸し出すのだとか。へ~、そうなんですね。で、このタンニンですが赤ワインを飲んだ後の頭痛の原因にもなるんだとか。タンニンが脳内神経伝達物質セロトニンのレベルを変える為だと考えられています。まあ、そうなるかどうかはヒトによって異なるそうですが、ハッキリとした結論は出ていないそうです。赤ワインは美味しいですが、だからと言って飲み過ぎは禁物ですよね・・・。



まとめ  Wrap-Up


今回は趣向を変えて、化学の話題について取り上げました。化学は化学でも、食べ物や飲み物についての、まあトリビアと言うか蘊蓄のようなものでしょうか。んでも、面白いですよね、やっぱり。普段、口にしているものですから。にしても、結構複雑な化学構造をしている物質も有るんですが、どうやってこんな構造になったんでしょうか。そこは大きな疑問ですね。しかも、それらが植物によって普通に合成されている点でしょうか。

今回ご紹介した化学物質は全部 植物由来ですね。例えば、カプサイシンですがラボで合成も出来るようですね。ネットで調べてみると、純度 98%以上のカプサイシン 10g を 20,300 円で購入出来ますね。んでも、唐辛子の種を春先にパラパラっとまいて、それなりに手入れすれば 秋には唐辛子を収穫する事が出来ますね。韓国 麗水に居た頃には、ちょっとした空き地で唐辛子を栽培しているのを、割りと良く見かけましたね。自家用なんだと思いますけど、キムジャンとかで使うんでしょうか。それと、韓国では青唐辛子も普通に生で食べますね、味噌をつけたりして。突き出しの中の一品として普通に出てくるんですね。で、気をつけなければいけないのが、時々ものすごく辛いものが有る事です。経験から言うと、割りと小さめのものは要注意です。こういうのをいきなりガブッとやると号泣ものなので、まずは鼻先にもっていってクンクンすると、辛いものは この時点でツーンっと来ます。そして、それはそっとお皿に戻します・・・。そして、宴もたけなわの頃に誰か酔っ払ったヒトがそれを食べて「ワッ、これ辛いっ!」と叫ぶのを横目で見て 「あーっ、やっぱりな」と思うんですね。

コーヒーは個人的に好きで良く飲みますが、最近はデカフェのものも結構出回ってますね。まあ、カフェインの過剰摂取は良くないですしね。因みに、このデカフェですが生豆を超臨界二酸化炭素で処理して、カフェインを抽出するんですね。まあ、変な薬品を使うよりは安全で安心ですね。カフェインと上記苦味成分の分子量を比較すると、カフェインの方が少し軽いです。また、カフェインは窒素原子を含むプリン骨格を有しているので、その辺りが関係しているんでしょうか。溶解度パラメータとかを比較してみると分かるのかも知れませんけど。

そもそもお酒が好きなんで、赤ワインも良く飲みますね。酸味がある程度有って、渋味もそれなりに有るものが好みです。フルボディタイプって言うんでしょうか。ですが、夏はもっぱら白ワインを冷やして飲んでますね。口当たりが良いので。 さて、ワインに関しては 「心臓病のフレンチ・パラドックス」なるものがありますね。フランスを含めてヨーロッパでは乳脂肪の摂取量が多いんですが、他国と比較してフランスでの心臓疾患 死亡者数(人口10万人当たり) が明らかに少ないと言う現象です。まあ、バターとかをふんだんに使ったコッテリした料理を頻繁に食べていれば、コレステロールやら何やらで動脈硬化も進み、結果 心臓疾患にかかる割合も多いって事でしょうか。ですが、フランスだけは明らかに死亡者数が少ないんですね。で、その理由が フランスの赤ワインに含まれるポリフェノール類の効果によるものだと明らかになったんだとか。まあ、赤ワイン以外にもポリフェノール類が含まれる食品は有りますんで、それらを意識して食べれば それなりに効果有りって事なのかな~と。




参考書籍  References

  1. 「カリカリベーコンはどうして美味しいにおいなの?」食べ物・飲み物にまつわるカガクのギモン
    高橋 秀依、夏苅 英昭 株式会社 化学同人 2018年


website

  1. Compound Interest 
    https://www.compoundchem.com/
  2. 公共財団法人 日本心臓財団
    耳寄りな心臓の話(第28話)『心臓病のフレンチ・パラドックス』
    https://www.jhf.or.jp/publish/bunko/28.html
  3. 東京化成工業株式会社
    カプサイシン(合成)
    https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/M0900







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