さて今回ですが、「身のまわりの化学工学」シリーズの5回目として、「調理における熱伝導と拡散 その2」としてみます。前回の No.70 では「煮物は冷める時に味がしみる」について計算してみましたが今回のその第2弾ですね。元ネタは以下の書籍です。著者の香西みどり先生ですが、2021年にお茶の水女子大学を退官されて今は名誉教授ですね。ご専門は調理科学で、例えば「野菜の調理過程および最適調理条件の予測」などですね。
「加熱調理のシミュレーション」 香西みどり 著 光生館 2013年刊
で、上記書籍にはいろいろと興味深い内容が載ってますが、今回は煮込み調理の際の具材の大きさの影響についていくつか計算してみようかなと。まあ、野菜などの具材を小さめにすれば早く煮えるんだろうな~ってのは容易に想像付きますし、実際に体験もしてますよね。
多次元物体の非定常熱伝導 Unsteady Heat Conduction in Multidimensional Solid
✔ 計算方法の概要 Overview of Calculation Method
参考にするのは、日本機械学会編 「伝熱工学資料 第4版」です 2)。それによれば、「初期温度 T0 の物体を T∞ の雰囲気温度に置き、加熱若しくは冷却する非定常問題を考える場合、多次元問題の一般的な扱いは数学的にかなりやっかいなものである」、と記載されています。
う~ん、確かに3次元 熱伝導方程式は偏微分方程式でそうそう簡単に解析解は得られませんね。ですが、「物体の形状が半無限固体、無限平板、無限円柱の相貫形である場合には、一次元解から解が容易にえられる事が分かっている」とも書いてありますね。 相貫形ですが相貫体とも言われます。この相貫形ですが、2つの立体が重なり合った図形の事です。なので、計算対象となる多次元物体の形状が、無限固体や無限平板や無限円柱の組み合わせで表現出来る場合には、これらの解を用いて比較的簡単に計算出来るって事ですね。
ご存知のように、半無限固体とか無限平板とか無限円柱であれば 熱伝導方程式は簡略となって解析解が有りますね。まあ、それなりに複雑だったりしますけども。いずれにしろ解析解なので条件さえ与えれば計算する事は出来ます。で、その結果を重ね合わせると言うか掛け合わせる事で多次元物体の解が得られるって寸法です。
✔ 一次元固体の非定常熱伝導 Unsteady Heat conduction in 1-D solids
まずは、基本となる一次元固体の非定常熱伝導について解析解を見ておきます。それと、今回は物体中心温度の時間変化を計算しますが、境界条件として 物体表面温度を与えるものとします。
基本となるのは、半無限固体、無限平板、無限円柱 そして 球ですね。それぞれ非定常熱伝導の解析解は以下のとおりです。半無限固体以外では 無限級数の和を求める必要が有りますが、まあ n=6 程度でOKのようです。式中には δ とか μ とか ν とかが出てきますが(固有値)、参考書籍にはそれらの値が表で与えられているのでそれを使います。それ以外にも0次と1次の第1種ベッセル関数の値が必要ですが、EXCEL は関数として実装しているので それを使います。便利ですね。
で、上記式を用いて それぞれの物体中心温度(無次元温度) を計算してみると以下のようになります。無次元温度が下がっているんで、物体を冷やしている感じですね。横軸はフーリエ数ですが要は無次元時間ですね。結果を見ると 物体による違いは明確ですね。最も冷えやすい(温まりやすい)のは球なんですね。まあ、熱は四方八方へと伝わっていくので、そうなりますね。一方、半無限固体 つまりはでっかーい物体ですが、一方向にしか熱は伝わらないので このような結果になりますね。で、無限平板と無限円柱はその中間となります。円柱は球ほどでは無いにしても、円周方向へ熱が伝わるので平板よりは温度変化が早いですね。
✔ 立方体の非定常熱伝導 Unsteady Heat Conduction in Cube
やっとここまで来ましたね。で、今回の計算は賽の目切りにした具材(野菜とか) 内の熱伝導を計算する訳ですが、賽の目切りは立方体ですよね。縦横高さが全て同じ長さになっているものとします。そして、立方体(直方体もですが) は無限平板が組み合わさって出来たものと考えます。熱流は x, y, z 方向の全てで発生します。絵にしてみると下図のような感じです。
立方体も直方体も基本的には同じですね。物体の中心点は、x, y, z 方向の全ての真ん中となります。で、図の下に P(x) × P(y) × P(z) と書いてありますが これが解となります。P ってのは無限平板 Infinite Plane の 事です。で、具体的には前述の無限平板の式⑦を使って x, y, z 方向それぞれの無次元温度を計算をして、そしてそれらを全部 掛け算します。得られた値が立方体、直方体における無次元温度になりますね。立方体であれば 辺長は同じなので、式⑦で計算した値を3乗すれば良いですね。
また、有限円柱の場合は P(x) × C(r) なので、x方向の無次元温度を式⑦で計算し、r方向の無次元温度を式⑧で計算し、両者を掛け算すれば有限円柱の無次元温度が得られます。この部分の計算は単純ですね。このように計算出来るのは非常に興味深いですし、面白いですね。解析解の利点は知りたい時間、知りたい位置の温度を1回の計算で直接得られる事ですよね。これが数値解であれば、例えば差分式を逐次的に計算していってやっと得られるんですね。これをEXCELでやろうとすると結構大変です。今回このような方法を取り上げたのは、何とか簡単に計算出来ないかな~と考えた為ですね。まあ、有限要素法とか有限体積法などによる数値解析専用のソフトウェアを使えば まあ出来るんでしょうけど、有償だったりしますし、無償であっても Linux でしか使えないとかだったりして 何かと敷居が高いですよね。
✔ 有限円柱の場合 finite Cylinder
この計算方法を使うのは初めてなので、まずは参考書籍に記載されている計算例をトレースしてみます。以下の計算条件とします。
- 有限円柱 直径 80 [mm] 、長さ 100 [mm]
- 初期温度 250 [℃]
- 熱拡散率 4×10-6 [m2/sec] (SUS304ですね)
計算結果は以下のとおりです。参考書籍の計算では、1分後の物体中心温度は 169 [℃] とあります。一方、同じ条件で計算してみると 165 [℃] となりました。まあ、ほぼほぼ一致って感じでしょうか。と言う事で この計算手法も使えるかなと。んでも、ドンピシャ の時間と位置で温度が得られるのは便利です。EXCELでズラーッと計算する必要も無いですしね。
✔ 野菜 大きさの影響 Effect of Vegetable Size
さてさて、やっと煮込み調理における具材の大きさの影響について計算してみます。香西先生の書籍にはジャガイモの立方体を沸騰水で加熱調理した際の中心温度のシミュレーション結果が記載されているので、こちらと比較してみます。なので、計算条件は以下のとおりとします。
- 立方体 サイズ 1cm 角、2cm 角、3cm 角
- ジャガイモ熱拡散率 1.5 × 10-7 [m2/sec]
- 沸騰水温度 99.5 [℃]
で、計算結果は以下のとおりです。さすがに、大きな 3cm角 ともなると大幅に長い加熱時間が必要となりますね。また、参考書籍中の加熱時間と比較すると、まあまあ合ってるかなと。温度50[℃] に達するまでの時間は少々差異が有りますが、級数和の計算に問題があるのかなと。温度がグイーっと立ち上がってくる辺りなんで、n=6 だとあまり精度がよろしく無いのだと思います。この計算ですが、参考書籍の元文献を当たってみると、立方体については直交座標系の熱伝導式の解析解を使っています。こちらも無限級数の和をとるんですが、もっと多くの n まで計算しているんで、より精度が良いのかなと思います。まあ、中心温度が高くなってくると差異は少ないので今回の方法も使えるかなと。
この具材の大きさですが、2cm だと所謂 1口サイズ、3cm だと 2口か3口で食べられるサイズだそうです。4cm だと 普通のジャガイモから何とか1つとれるかとれないか との事です。ん~、ジャガイモを丸ごと1個 お湯で茹でて マヨネーズとか塩をかけて食べると激旨ですが、これは非常に時間がかかる調理方法だというのが、この計算結果からも分かりますね。手っ取り早くやりたいのであれば、電子レンジでレンチンするのが良いですね。
で、同じ中心温度に到達するまでの時間ですが、サイズが n倍になると 時間は nの2乗になっています。80[℃] 到達時間で比較すると、1cm だと 47.9 [sec] ですが 2cm だと 191.5 [sec] です。つまり到達時間は 4倍となっています。サイズは 2倍になっているんで 2の2乗で 4倍となるんですね。
※ 上記計算で 到達温度として 50 [℃]と80 [℃] が取り上げられていますが、これはジャガイモが硬化する温度範囲だそうです。ジャガイモを加熱すると、この温度範囲では一旦硬化し、その後更に温度が上昇すると軟化するんですね。なので、この温度範囲を通過する時間がジャガイモの軟化程度に影響するんだそうです。参考書籍にはこの辺りについても記載されていますね。
✔ 野菜 形状の影響 Effect of Vegetable Shape
最後に 形状の影響について簡単に触れておきます。これも参考書籍に載っていますが、体積を一定として形状を変え、それぞれについて中心温度の変化を計算しています。そして、その中心温度の計算結果を利用して具材の硬さ(軟化程度) を求めています。で、食べて美味しいと感じる硬さが有って、その硬さに到達する時間を最適加熱時間としているんですね。参考書籍中のデータを使って作ったのが下図ですね。この図を見ると、同じ体積であれば表面積が大きい方が最適加熱時間が短くなりますね。パッと見では、ずんぐりむっくりした形は温まるのに時間がかかるので 美味しい硬さになるのにも時間がかかるという事でしょうか。細長い形とか平べったい形が調理時間の短縮には効果的って事ですね。
ん、でも前述のフーリエ数と無次元温度とのグラフでは球が最も温まりやすいと言う結果だったのでは?と思うかも知れません。前述のグラフはフーリエ数を揃えた場合の計算結果なんで、代表長さがどの形状でも同じです。一方、下図の結果は体積を一定にして、球とか立方体とか円柱とかに形状を変えています。なので、それぞれの形状で代表長さが異なるんですね。これについては、下図の表中に「表面から中心までの距離」Distance from surface to center として記載してあります。見てみると、球 Sphere では 距離 1.7 cm なんですが平板 Slab では 0.3 cm となります。これだけ距離が違えば、熱の伝わりも違いますよね。ここら辺りは少し分かりにくいですね。
まとめ Wrap-Up
今回は調理における熱伝導と拡散 その2として、ジャガイモのサイズを変えた場合の中心温度の変化について計算してみました。同じ賽の目切りでも、より小さい方が温まりやすいと言う結果になりました。逆に言えば、具が大きいとそれなりの加熱時間が必要となるんですね。更に、賽の目切りのサイズ(1辺の長さ) を n 倍 で変えると加熱時間が nの2乗倍 で変化するんですね~。 2乗倍である事から、表面積が効いてるんだな~と想像が付きますね。昔、「具が大きい云々」をセールスポイントにしているレトルトカレーが有ったと記憶していますが、商品開発担当者はいろいろと検討したんでしょうね。具を大きくして調理時間が長くなるようであれば、製造工程に影響があるでしょうし。かと言って、調理時間をそれなりに抑えるには細長かったり あるいは 平たくすれば良いですが、やり過ぎれば 消費者に「何だこの形は!」と言われるでしょうしね。まあ、あくまでも想像ですけど。
熱伝導と拡散と言いながら、今回は拡散については計算していません。まあ、同じ式で計算出来ますね。フーリエ数を拡散係数に変えれば良いですね、単位は同じ [m2/sec] とすれば良いですね。参考書籍では拡散による調味の結果も載っていて、食塩濃度の時間変化についても計算されています。まあ、この辺りも面白いですね。実用的にも、例えばレトルト食品の製造会社などでは大量に調理するんでしょうから、1回の仕込みでどれくらいの調味時間が必要になるのか? は重要ですよね。それによって、調理装置の必要数とか人員の配置とかも影響を受けるでしょうし。とまあ、そんな感じで調理科学も面白いですよね。
それと、この調理における熱伝導ですが、食肉などの焼き調理などにも適用可能ですよね。ネットで検索してみると、「牛肉の熱板焼き調理における最適加熱条件」とかがヒットします。牛肉の内部温度の推移を非定常熱伝導として計算してたりします。一方向からの加熱で、肉もそこそこ厚かったりすれば 半無限固体の熱伝導となるので ガウスの相補誤差関数を用いる⑤式でサクッと計算出来ますね。まあ、牛肉とかの場合は焼き過ぎると硬くなるので注意が必要ですね。これくらいの厚さだったら、この程度の時間でOK ってのも計算出来ますよね。にしても、所謂 「サシ」の入り方とかで熱伝導率とかが違うのか気になりますね。
※ ラフタークレーン 3Dモデルは、CAD-Data.com よりダウンロードさせて頂いたものを使用しています。
参考書籍・文献 References
- 「加熱調理のシミュレーション」 香西みどり 著 光生館 2013年刊
- 「伝熱工学資料 改訂第4版」 丸善 1986年刊
- 「シミュレーションによるジャガイモの最適加熱時間に及ぼす形状の影響」
香西みどり 他 日本調理学会誌 第32巻 第4号 1999年
website
- 味の素パーク レシピ大百科 料理の基本 切り方
https://park.ajinomoto.co.jp/recipe/basic/vege_cutting/
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