さて今回ですが、「調理における熱伝導と拡散 その3」としてみます。前回の No.74 では大きさの異なるジャガイモを加熱調理した場合の中心温度の時間変化について計算してみました。その前の No.70 では おでんの大根における軟化と味しみについて取り上げました。で、どちらも所謂 煮物調理ですが、今回は別の加熱方法である焼き調理について計算してみます。
参考文献は、「牛肉の熱板焼き調理における最適加熱条件」 ですね。著者の一人である渋川祥子 先生は、横浜国大の名誉教授で 調理科学がご専門ですね。電子レンジやオーブンなどの様々な加熱方法の違いが食味や香りといった調理結果に与える影響について研究されていました。
まあ、牛肉の熱板焼き調理って要は「ステーキ」ですよね。どかんと分厚い牛肉を鉄板に乗っけてジューッと焼く訳ですが、例えばウェルダンに焼き上げるには、どれくらいの時間が必要なのか?とかを推定出来たりする訳ですね。
牛肉 熱物性値 Thermal Properties of Beef
計算するにあたって、まず何と言っても熱物性値が無ければ始まりませんよね。で、参考文献には以下のように記載されていますね。
熱伝導計算を実施するので熱物性が有れば良いですが、具体的には熱拡散率の値ですね。文献中の値は以下のとおりです。比較の為、常温の水の熱拡散率の値も載せていますが、少し小さいです。まあ、成分としては結構な割合が水分なんでしょうけど、タンパク質や油脂など有機物を含んでいるので、こうなるのかなと。また、生肉とウェルダンと表面での違いは、この程度なんですね。ウェルダンは、所定の条件で加熱した後 熱板に接していた表層を除去した部分ですね。一方、熱板に接していた表層部分は少し焦げてますから、確かに物性は異なってますね。
因みに実験に用いた牛肉は脂肪分の少ないオーストラリア産 冷凍牛ヒレ肉との事です。文献には、「輸入業者から一括購入して使用した」 云々とありますが、実験後の試料はどうなったのかな~と考えたりしますね。
非定常熱伝導 計算式 Heat Conduction Calculation Equations
非定常 熱伝導計算と言っても半無限固体なので、計算式自体は簡単ですね。ガウスの相補誤差関数の値が必要ですが、これは EXCEL が関数として実装しているのでサクッと計算可能です。
計算例 examples
✔ 計算条件 conditions
牛肉物性は前述のとおりで、それ以外としては下記の条件で計算してみます。牛肉厚さ 20[mm] なんで、焼肉って言うよりはステーキですね。下図は、実験にしようした牛肉の形状と寸法ですね。また、計算条件としてはこれくらいなんですね、前述の式①と②を見ると。
- 牛肉厚さ (生の状態) 20 [mm] (中心位置は 10ミリ)
- 熱板温度 120、160、180、200 [℃]
- 牛肉初期温度 5 [℃]
✔ 温度分布 Temp. Profile
で、計算結果ですが、まずは牛肉厚み方向の温度分布については以下のとおりですね。時間の経過とともに、ジワジワと熱が伝わっていく様子が分かります。まあ、これくらいの厚みが有ると結構な時間が必要ですね。
✔ 熱板温度の影響 Effect of Hot Pan Temp.
次は熱板温度の影響ですが、見ての通り 熱板温度が高いほど牛肉中心温度の変化も大きく、より短い時間で温度が上昇します。また、初期温度の影響ですが グラフ中の破線は初期温度 20[℃] とした場合の温度変化 計算結果です。例えば、熱板温度 200 [℃] で比較すると 同じ 45 [℃] に到達するまでの時間は 1分ほど早いですね。
✔ 目標温度 到達時間 Required Time to Target Temp.
で、前述のように牛肉中心温度の時間推移も何とか計算できる事が分かった訳ですが、実際どうなのか?って事が重要ですよね。文献には牛肉中心温度の実測値も記載されているので、ここでの計算結果と比較してみます。また、同じ手法で計算された文献値も併せて比較しています。
目標中心温度に対して、熱板温度(=接触面温度)を変化させ 前述の式①と②で求めた到達時間は以下のようになります。最初 計算してみると文献における計算値と微妙に差異が有ったんですね。で、文献を見直してみると 牛肉は加熱すると収縮して 厚みが減少します。なので、初期厚みと加熱後厚みの平均値を使って到達時間を計算する必要が有ります。下図グラフ中の 厚み収縮率 Thickness Shrinkage がそれです。初期厚み 20[mm] で収縮率 78 [%] であれば、加熱後の厚みは 15.6 [mm] となります。平均値は 17.8 [mm] なので、中心までの距離は 8.9 [mm] となりますね。こんな修正を施すと まあまあ同じような結果となりますね。そして、実測値とも合ってますよね。
と、ここで触れたおかないといけないのが、目標中心温度ですね。文献では、レア、ミディアムそしてウェルダンにおける牛肉中心温度は以下のように記載されています。であれば、 上記グラフの 目標温度 40 [℃] ってのはどうなんだ? となりますね。超レアなのか?てな感じで。実際、ステーキを焼く際には 絶対ひっくり返しますよね。それを考慮した上での 40 [℃] なんですね。即ち、初期温度 5 [℃] の生牛肉を焼き始めて、中心温度が 40 [℃] に到達したら ひっくり返して 反対側を焼くわけなんですね。そして、同じくらいの時間が経つと 見事に中心温度は レアの 55 [℃]になっている、と言う寸法なんですね。このひっくり返しの操作を考慮した上での必要時間な訳なんですね。
- レア Rare 55 [℃] ひっくり返し 40 [℃]
- ミディアム Medium 70 [℃] ひっくり返し 45 [℃]
- ウェルダン Well-Done 85 [℃] ひっくり返し 60 [℃]
まあ、実際のところ 全くひっくり返さなくてもいずれは反対側表面のそれなりの温度になるかと思いますが、そうなると ずーっと熱板に接している牛肉表面は焦げ焦げになりますよね。文献では、レアでは 中心温度 40 [℃]でひっくり返し、ミディアムでは 45 [℃]、ウェルダンでは 60 [℃] でひっくり返すと記載されています。
最適加熱条件 Optimal Heating Conditions
上記の計算結果から熱板温度別の必要加熱時間が整理出来ますね。ですが、これで終わりでは無いんですね。参考文献には、ほどよい焼き色について言及されています。ちょうど良い感じに焼き色が付いていると、すごく食欲をそそる香ばしい匂いがしますね~。まあ、あまりやり過ぎると焦げ焦げになりますけど。これって、所謂 「メイラード反応」なんだと思いますが、参考文献中には特に言及はされていませんでしたね。
で、この焼き色ですが G値 によって評価しています。牛肉の表層部を撮影し画像解析しているとの事ですが、別の文献によれば RGBのG値をヒストグラム表示し、平均値を求めているとの事です。そして、このG値 45~55 がほどよい焼き色だとされていますね。このG値の変化ですが、生肉のG値は高く 加熱の進行と共に G値は直線的に低下しています。そして、熱板温度を変化させてデータを採取すれば、ちょうど良いG値となる時間が得られますね。最終的に、熱板温度に対して牛肉中心温度がレア・ミディアム・ウェルダンとなる時間と最適G値となる時間が得られますね。グラフにすると下図のとおりです。
図中の水色の領域が、厚み20[mm]の牛肉を焼く際における、お好みの焼き加減と良い焼き色の両方を満足する条件となるんですね。参考文献には、以下のように整理されています。例えば、焼き加減 ミディアムを熱板温度 190 [℃] で実現するには、まず片面を 3分20秒ほど焼いてから、ひっくり返して 同じ 3分20秒 焼くとなりますね。
- レア 牛肉中心 40-55 [℃] 熱板 180-200 [℃] 加熱時間 3′10″ - 2′50″
- ミディアム 牛肉中心 45-70 [℃] 熱板 170-190 [℃] 加熱時間 4′20″ - 3′20″
- ウェルダン 牛肉中心 60-85 [℃] 熱板 150-180 [℃] 加熱時間 5′50″ - 4′30″
- 片面を強火で1分焼く
- 火を弱火にして2分焼く
- ひっくり返す
- 火を強火にして30秒焼く
- 火を弱火にして 2~3分焼く
まとめ Wrap-Up
韓国に居た時分には週2回くらいは焼肉(牛とか豚)を食べてましたね。まあ、飲むか食べるくらいしか楽しみも無いですし。で、ステーキだとそれなりに厚いですが、所謂 韓国焼肉であれば それよりはだいぶ薄いですね。まあ、厚くても5[mm]くらいでしょうか。カルビ肉は脂っこくて胃もたれしちゃうので、赤身肉ばっかりでしたね。ほぼ毎週行っていた焼肉屋さんでは、まずは「カルメギサル」미갈매기살 からスタートですね。カルメギはカモメの事ですが、カモメは関係無くて、豚の横隔膜辺りの赤身肉で豚ハラミですね。カルメギサルをつまみにキンキンに冷えた焼酎を流し込むと、これがまた旨いですね~。箸休めに「ケランチム」계란찜 などを食べたりしますね。で、次はちょいと味の濃い 「テジカルビ」돼지갈비 でしたね。豚カルビ肉なんですが、大抵は甘口のタレに漬け込んでありますね。お店でタレの味が違うんですよね。カルビとは言いますが、そんなに脂っこくは無く汁気も多いんで、ジューシーな感じでしたね。これまた、熱々のテジカルビをガブリとやって、焼酎をグイーっと飲むとまさに至福ですね。
総じて豚肉を食べる事が多かったか~なと思いますけど、まあ良く焼いてから食べてましたね。牛肉だとそれこそレアでも食べてましたけど。牛のユッケは元々生ですしね。あまり多くは無いですが、牛レバーを出してくれるお店も有りましたね。ですが、韓国の人はあまり好きでは無いらしく 食べる人は少なかったですね。食べる人が少ないと言えば、韓国で 「牛タン」にお目にかかる事は全く無かったんですね、旨いのにな~と思うんですが。まあ、何か理由が有るのかと思いますけど。
と、それはさておき お肉の焼き調理においても非定常 熱伝導計算が適用出来て、比較的簡単に計算可能である半無限固体としての取り扱いが出来るって事ですね。そして、牛肉に限らず、豚肉でも鶏肉であっても物性値と寸法が分かれば計算出来ますよね。
参考文献 References
- 「牛肉の熱板焼き調理における最適加熱条件」
日本家政学会誌 第50巻 第2号 1999年 - 「焼き調理における加熱条件と推定方法の検討」
日本家政学会誌 第64巻 第7号 2013年
website
- https://www.aussiebeef.jp/steak/
オージービーフ公式サイト ステーキの美味しい焼き方
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