今回は大気拡散 Atmospheric Diffusion について取り上げます。以前、「No.65 煙突・排気筒」では煙突の通風力について紹介しました。この通風力は煙突そのものの能力ですが、大気拡散は その煙突から排出されたガスが大気中に広がっていく過程となります。無風時であれば主に拡散によって広がっていきますが、有風時では拡散に加えて移流によっても周囲大気と混ざりあいますね。この大気拡散ですが、煙突から排出されたガスの濃度が風下でどのように分布するのかを計算することが出来ます。ネットで調べてもいろいろと出てきますね。と言う訳で、煙突の風下濃度を計算してみます。
煙突とはまた違いますが、ケミカルプラントでも化学物質の漏洩とその拡散による被害予測とかは重要ですね。実務で計算してみた事も少しですが有りましたね。例えば、アンモニア冷凍機からアンモニアが漏洩した場合を想定し、アンモニアガスがどのように周囲に拡散するのかとかですね。
大気拡散 計算式 Atmospheric Diffusion Calculation Equations
今回計算してみるのは、ある有効高さの煙突からガス状物質が大気中に放出される場合を想定します。このような場合の大気拡散解析手法としては、風洞実験とか水槽実験などの 実験的手法があります。きちんと実験すれば良い結果が得られますが、ものすご~く大変ですね。実験風洞とか 普通は持ってませんよね。計算手法としては、今回用いる 拡散式によるものや 数値流体力学に基づく方法が有ります。数値流体力学 CFD は、例えば 地形や建物の影響なども考慮出来ますね、やろうと思えば。ですが、計算負荷が膨大となるので これまた誰でも出来る訳では有りません。一方、拡散式を用いる方法は EXCELで十分に計算出来ますね。まあ、精度はそれなりだとは思いますけど。
✔ プルームモデル式 Plume Model Equation
プルームモデルですが、下図のとおりですね。煙突から排出されたガス状物質は、その運動エネルギーと浮力によって上昇します (有効煙突高)。そして、その後 風によって風下に流されていくものとします。この時、仮想煙源を想定しこの点を起点として、ガス状物質が紡錘状に広がっていくものと考えます。で、広がっていく時の濃度分布はガウス分布に従うとするようですが、この濃度分布における標準偏差を拡散パラメータとします。と言う事は、拡散パラメータの値が分かれば 濃度分布を計算出来るとなりますね。
まあ そうなんですが、拡散パラメータの値は、大気環境と言うか 要はお天気に大いに左右されるんですね。気流の乱れ具合ってんでしょうか。まあ、確かに真夏の入道雲が発達するようなお天気と、冬場のどよーんと曇っているお天気では、気流の状況は違いますよね。具体的には、日射量や雲量、風速(高さ10m) によって複雑に変化します。そこで何とかならんのかな~と導入されたのが 例えば パスキル - ギフォード Pasquill - Gifford による大気安定度であり、各大気安定度における 拡散パラメータの値なんですね。なので、こんなお天気の時は 大気安定度は B で、その時の拡散パラメータの値はこれくらいですねと言うのが計算出来ます。大気安定度は 以下の様に A から G までに分類されています。
- A 強不安定 Extremely unstable conditions
- B 並不安定 Moderately unstable conditions
- C 弱不安定 Slightly unstable conditions
- D 中立 Neutral conditions
- E 弱安定 Slightly stable conditions
- F 並安定 Moderately stable conditions
- G 強安定 Extremely Stable
で、一連の計算式は以下のとおりですね。複雑でも無いですし、反復計算とかも必要無いので楽チンですね。式①が風下における任意地点での濃度を求められます。式①中の拡散パラメータは式②と③で計算出来ますが、大気安定度と風下方向の距離 x[m] を用います。ん~、これだけで任意地点の濃度が計算出来るんで便利ですね。まあ、文献とかを見ると 前提としているのが だだっ広い平原なので、建物が沢山有るような市街地に適用するのはどうなのか? とかが有りますけども。
また、パスキル-ギフォードの大気安定度についてですが、日射量とか雲量とか風速とか、昼なのか夜なのかなどに基づいて A ~ G までを設定するんですね。あまり細かくは触れませんけど、例えば 風が弱くて日射量が大きいと 大気安定度 A (強不安定) となりますね。一方、風が強くて日射量が小さいとか夜間であれば 大気安定度は D (中立) とかになりますね。お日様がガンガン照りつけてほとんど風が無いような状況だと、上昇気流が発達して地表付近の大気を撹乱する効果がより強く働くので こうなるかな~と思いますけども。
計算例 Examples
✔ 計算条件 Conditions
上記の式を使って計算してみますが、以下の条件としてみます。大気安定度 B なので、風速は 2~5 [m/sec] で 日射量は中程度となります。これくらいだと、そよ風では無いですけど強くないですね。自転車くらいでしょうか。
- 風速 3.3 [m/sec]
- ガス状物質放出流量 0.01 [m3/sec]
- 有効煙突高さ 100 [m]
- 大気安定度 B
✔ 垂直断面・水平断面 濃度 Vertical, Horizontal Plane Conc. Contour
で、計算結果なんですが 結果自体はサクッと得られますね。なんですが、それを表わすのが結構ややこしい感じです。計算自体は EXCEL でやるんですが、当然 三次元的に表現するのは難しいです、と言うか出来ませんよね。EXCEL は x と y の二次元なので。と言う訳で、煙突から排出さたプルームを 横から見た断面図と、真上からみた断面図に分けて表わす事とします。
セルに色を付けてコンター図風にしてみるとこんな感じです。キレイに紡錘状に広がっていますね。仮想煙源 直後は高濃度ですが風下に流れて行くと共に濃度は低下しますね。
✔ 風下方向 濃度分布 Downwind direction Conc. Distribution
グラフにしてみるとこんな感じです。高さ 100[m] における濃度変化は単調に減少しています。一方、高さ 0[m] つまり地表面における濃度変化は最大値を持ちますね。これが最大着地点濃度となりますね。
✔ 高さ方向濃度分布 Vertical direction Conc. Distribution
下図は高さ方向の濃度分布ですが、風下 200 [mm] だと明らかなピークが見られますね。ですが、更に風下ではだいぶ平べったい分布になりますね。まあ、四方八方に拡散していくので濃度がどんどん薄まっていくんですね。
✔ 大気安定度の影響 Influence of Stability Class
せっかくなんで、大気安定度の違い (B と F) が濃度に与える影響について計算してみました。コンター図で比較すると、大気が安定だとガス状物質の広がり具合が小さい事が分かりますね。地表面における濃度を比べてみると、大気安定度 B では 最大で 0.05 [ppm] 程度の濃度が確認されますが、大気安定度 F ではほぼゼロですね。
濃度範囲を 0~50[ppm] とすると、あまり違いが分からないコンター図になるんですね。大気安定度 F の場合、例えば 距離 700 [m] の地表面ではすごーく薄いですが濃度自体はゼロでは無いんですね (1.3×10^-19) 。なんで、濃度範囲を 0.00005 ~ 50 [ppm] (100万分の1) とするとハッキリと違いが分かりますね。大気安定度 B だとブワーッと広がりますが、F だとそれほど広がらずに下流へと流れていきますね。
まとめ Wrap-Up
今回は煙突からのガス状物質の大気拡散について計算してみました。割りと簡単に計算出来ますし、結果についてもコンター図にしたりグラフにしたりするとなかなか面白いですね。まあ、実際の拡散過程はもっと複雑でしょうし、何もない平地と市街地では また違うでしょうし。また、今回の計算結果はあくまでも短期解析ですが、例えば 年間を通した長期解析なども有りますね。ここいら辺りについては専用のソフトウェアとかも有りますし、そういったものを使った方がお手軽で精度も高いのかなと思います。もちろん、有償なんでお金がかかりますけど。
ですが、経産省が開発した 経済産業省 - 低煙源工場拡散モデル METI-LIS というソフトウェアが有ってこれは無償ですね、国が作ったものなので。解説書などを見ると地図を読み込んだりとか気象データを読み込んだりも出来るようです。ただ、十分に使いこなせるようになるには 結構ガッチリ取り組む必要があるように感じましたね。まあ、それでも無償でそれなりのレベルまで出来るのであれば、それはそれで便利ですね。それと、ネットで「大気拡散」を検索するとそれこそ山のようにヒットするんですが いろんな地方自治体が資料を作って公開してるんですね。例えば、環境アセスを実施する当たっての根拠をつまびらかにするって事なんだ思うんですが。とまあ、そんな事情も有って 上記の METI-LIS が開発されたのかな~と。まあ、詳細は不明ですけど。
実務においては、結構デカい工場を CFD で解析するってのもやった事がありますね。高い煙突からガス状物質が排出されているとして風下における濃度を計算しました。解析手法は所謂 有限体積法ですが、まあ規模が大きいので1つのセルサイズは 数メートルくらいにはなったかな~と。んで、全セル数は 100万くらいにはなりましたね。それ以上だと、当時のマシンパワーでは計算に時間がかかり過ぎました。もちろん、地表面や煙突下流では もっと細かいセルサイズにしたりしましたけど。もちろん流れは乱流なんで 乱流モデルとして Standard k - ε Model とかを使うんですが、反応器などの装置内や配管内の流れであれば まあ妥当かなと思いますが、大規模な大気流れなんで 実際 どうなんかな~と思いながら計算してました。んでも、一晩計算させると 何かそれっぽい濃度分布が得られるんで面白いのは面白いですね。それで、実測値と合うのか合わないのかですが、6割くらいでしょうかね~。この地点は結構 合ってるけど、こっちの地点は合わないな~みたいな。まあ、計算時の風向はずっと一定で計算してたんで、風向の変化なんかを考慮すれば良かったのかも知れませんけども、それをやるにはやはり相応のマシンパワーが必要ですんで・・・。
参考文献 References
- 「化学設備の危険物漏洩による影響評価方法の概説」
安全工学 第58巻 第1号 2019年 - 「大気拡散予測手法」
電中研レビュー 第38号 2000年
website
- 一般社団法人 産業環境管理協会 METI-LIS モデルプログラム
https://www.jemai.or.jp/tech/meti-lis/analysis.html
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