身のまわりの化学工学 No.7 洗濯における物質移動 Mass Transfer in Washing

 今回は、「身のまわりの化学工学」シリーズとして 洗濯における物質移動を取り上げます。月イチのシリーズとなっている感じですが、前回までは調理における熱伝導と物質移動について取り上げてきました。んで、まあ次はお洗濯としようかなと。もちろん、元ネタは伊東 章先生による 化学工学 学会誌の連載記事ですね。

で、「洗濯」ですが、衣類に付着した汚れの「洗浄」ですね。着ている衣類に付着した皮脂汚れとかドロ汚れの成分を除去する操作ですね。まあ、普通は水に洗剤を投入した洗濯液に衣類を入れ、衣類上の汚れ成分を洗濯液中へと移行させる事ですね。この現象は、化学工学的に見ると「物質移動」Mass Transfer と捉える事が出来ますね。まあ、ひとくちに洗濯と言いますが、参考書籍によれば以下の一連の操作によって構成されますね。もしすご~く汚れていれば、予洗い Prewashing も加わりますかね。

  • 本洗い  Main Washing
  • すすぎ  Rinsing
  • 脱水   Dehydration
  • 乾燥   Drying

本洗いは汚れ成分の物質移動、すすぎは洗剤成分の物質移動ですし、脱水は衣類繊維からの水分の機械的な除去、乾燥は蒸発による水分の除去ですね。となると、洗濯ってのは多分に化学工学的なんですね~。このうち、すすぎについてはこのブログでも、「化工計算ツール No.35 リンス方式 回分, 連続操作」 で取り上げましたね。「注水すすぎ」よりも「溜めすすぎ」の方が使用水量が少ないんで、よりエコって事でした。とまあ、そんなこんなで 本洗いにおける汚れ成分の物質移動について考えてみます。






なぜ洗濯が必要なのか? Why is washing necessary?


✔ 汚れは何か? What is soiling ?

まあ、同じ衣類をず~っと着ていても汚れなければ 洗濯しなくても良いですよね。となると、汚れとは何ぞや?を知っておく必要が有りますね。参考書籍では、汚れには2つあって まずは「人体から分泌されたり排泄されるもの」と「外的な生活環境からくるもの」となるそうです。

人体からの汚れには以下のものがあるんだとか。で、これらの成分が混じり合って「汚れ」となるんですね。

  • 皮脂  皮脂腺から分泌される中性脂肪や脂肪酸
  • 汗   汗腺から分泌される水分
  • 垢   表皮最外層が新陳代謝によって角質化したもの
  • その他 血液、糞便

んで、外的な汚れとしては空気中のちりやホコリ、食品に由来するもの、そして 生活物質に由来するものがあるとの事です。うっかりこぼしたコーヒー、飛び散ったケチャプ、雨の日の泥はねとか、生活している限り避けてはとおれないですよね。


✔ どれくらい汚れているのか? How dirty is it?


とまあ、衣類を着続けると汚れが蓄積するんですね。それで、特に差し障りが無ければ良いんですけど、そうはなりませんね。例えば、黄ばんだ衿口や袖はやはり見苦しいですね。と同時に、繊維の隙間が汚れによって塞がれると通気性や吸湿性などが失われます。つまり、衣類の機能性が失われてしまいます。要は着心地が悪くなるんですね。そして、汚れは細菌の栄養源であり、かつ適度な温度と水分もありますんで細菌は繁殖し放題ですね。となると、皮膚病や感染症の原因となる事も十分に考えられますね。なので、きちんと洗濯をして衣類の汚れを取り除く必要がある、となる訳ですね。

と、そんな感じなんですが 参考書籍にはデータも載っているので、ご紹介しておきます。成人女子6名による実測値との事ですが、肌着に試験布を縫い付け 24[hr] 経過後に取り外して細菌数を測定していますね。で、結果ですが季節としてはやはり夏が多いですね。また、部位としては、腋窩 (わきの下) が多いですね。でもまあ、衣類の至る所に汚れがあって、そして細菌も繁殖しているって事が分かりますね。




また、細菌数の経時変化ですが靴下の着用時間と細菌数の関係は下図のとおりですね。靴下をはいて2時間くらいだと細菌数は布地 1[cm2] 当たり10くらいですが、4時間後には 1万、6時間後で100万まで増殖し、8時間後には実に1千万となります・・・。これはもう絶対に洗濯しますよね。



本洗いのモデル化  Modelling Main Washing


✔ 境膜モデル  Boundary Film Model


さて、本洗いにおける汚れ成分の除去を物質移動として考えるに当たって、モデル化してみます。で、お手本と言うか似たような事例として水の蒸発を考え、ここに相似則 Analogy を適用する訳ですね。汚れ成分の物質移動については、その成分を油とします。両者を比較したのが下図となります。

布地表面の水分が空気中へと物質移動する場合、布地表面の空気に水蒸気の濃度境膜が形成されていると考えます。んで、この境膜中では拡散によってジワジワと水分子が移動しますね。この時の推進力 Driving Force は布地表面の水の飽和水蒸気圧とバルク空気中の水蒸気圧となりますね。そして、別途 濃度境膜厚みと拡散係数(これは物性値) が分かれば、物質移動係数が算定されるので、物質移動係数×濃度推進力=物質移動流束となりますね。この時、布地表面の水分温度から飽和水蒸気圧が計算出来ますし、バルク空気においても例えば乾球温度と湿球温度が分かれば 水蒸気圧が計算出来ますね。

一方、汚れ成分である油の布地表面から水への物質移動ですが、同じ様に濃度推進力が考えられますね。濃度境膜厚みと油の拡散係数については、まあ何とか分かるとします。また、濃度推進力ですがバルク水においては油濃度はゼロですね (特に本洗い当初では)。で、布地表面にある油の濃度ってのはどう考えれば良いでしょうか? 伊東先生の投稿記事では、界面活性剤濃度から得られるとされています。洗濯では 当然 界面活性剤を投入しますね。基本 油はそのままでは水に溶解しないので、両親媒性の界面活性剤が必要不可欠となります。そして、これこそが水中の油濃度を規定する因子となりますね。水中に多量の界面活性剤を投入すれば、その分 油を水中に保持出来るってのは容易に想像出来ますね。また、下図に示すように、界面活性剤濃度に対して水中での油濃度はほぼ比例するとの事です。ただし、臨界ミセル濃度までですけども。伊東先生の記事では、界面活性剤濃度に対して油濃度は等倍ですね。と言う事で、界面活性剤濃度が明らかであれば、それに対する油濃度を計算出来るとなります。まあ、投入する界面活性剤の量は自分で決められますから、結果的に油の濃度も求められる訳ですね。





✔ 境膜モデル適用例  Examples 


では、前述の境膜モデルを用いて、実際の本洗いにおいてはどれくらいの濃度推進力になっているのかを考えてみます。条件は以下のとおりです。洗剤である界面活性剤の投入量は、この水量に対する標準使用量との事です。

  • 衣類     2 [kg]
  • 汚れ     4 [g]
  • 水量     30 [Liter]
  • 界面活性剤  20 [g]

となると、界面活性剤 濃度は 20 [g] ÷ 30 [L] = 0.67 [g/L] ですね。で、前述のとおり 界面活性剤 濃度に対して汚れ濃度は等倍なので、汚れ表面の汚れ濃度自体も 0.67 [g/L] となります。そして、この汚れ濃度は本洗いの期間中ずっと維持されるものとします。本洗い開始当初、水中の汚れ濃度は 0 [g/L] なので、濃度推進力は 0.67 - 0 = 0.67 [g/L] となりますね。一方、本洗い完了時には 汚れが全て水へ移行するものと考えれば、水中の 汚れ濃度は 4 [g] ÷ 30 [L] = 0.133 [g/L] となります。この時の濃度推進力は、0.67 - 0.133 = 0.537 [g/L] となります。本洗いの開始時と完了時での濃度推進力を比較すると、0.537 ÷ 0.67 = 0.801 となります。約8割ほどの濃度推進力が残っている事になるので、この例の場合には 本洗いが1回 完了しても、2回目も同じ洗濯水で洗えるかもと判断されますね。若しくは、1回目の本洗いでは もっと衣類をぶち込んでも良いよと考えられますね。




まとめ  Wrap-Up

今回はお洗濯の本洗いにおける物質移動について取り上げましたが、洗い前後の濃度推進力を比較してみました。これが、水の蒸発であれば物質移動係数でも推定して、物質移動流束を計算して、どれくらいの水分が蒸発していくかを見積もれるんですけども。これが、本洗いだと非常に難しいですね。水中なんで液体中の拡散現象となりますが、汚れ成分の拡散係数とかは 不明ですね・・・。推算してみる事も出来るかと思いますけど。また、洗濯機の中で衣類はグルグルかき混ぜられていますけど、その繊維表面における境膜厚みは一体どれくらいなのか・・・。とまあ、そんなこんなで 濃度推進力を計算してみるのが精一杯なのかなと。もちろん、実際に本洗いを実施して 汚れの落ち具合を実測する事は可能ですね。洗剤量を変えてみたり、水量と衣類の比率を変えてみたり、また 撹拌力を変えてみたりとか。

で、参考書籍には効率的な本洗いについての記載が有りますので、以下にご紹介しておきます。

  • 界面活性剤 濃度
    入れ過ぎは逆効果ですね。メーカーの洗剤であれば使用量が明記されているので、それを守るべきとの事です。汚れがひどい場合にも、一度に多量の洗剤を入れるのではなく、二度洗いする方が良いそうです。
  • 洗浴の温度
    40~60 [℃] 以上にすると 汚れ落ちが急激に改善します。その理由ですが、特に油汚れでは、洗浴温度を脂質の融点以上にしないと十分に落ちないんですね。ただし、高温にするとデメリットも有るそうで、ウールとか絹は繊維が痛むそうです。逆に、綿や麻などの天然セルロースでは煮洗いでもOKとの事です。
  • 洗い時間
    長く洗えば良いと言う訳では無く、せいぜい10分程度との事です。その理由は、汚れの再汚染がある為です。汚れがひどい場合は、二度洗いするべきですね。部分的に汚れがひどいのであれば、そこだけもみ洗いするとかですね。
  • 浴比
    衣類と洗濯液との重量比率ですね (浴比 = 液重量 / 衣類重量)。洗濯液 30 [L] に衣類 1[kg] を入れる場合、浴比は 30:1 となります。で、参考書籍では 25:1 が最適との事ですね。また、最適値がある理由ですが撹拌力と言うか機械力に起因するようです。浴比が小さいと衣類が多いので、水流が十分に発生されず 衣類の動きが悪くなりますね。一方、浴比が大きいと 衣類が少な過ぎて 単に水流にのってグルグル 回ってるだけになるのもダメなんですね。機械力によって繊維が引き伸ばされたり、ねじれたり、ぶつかったりする事で汚れ落ちが効率的に進行するんですね。
  • 泡の影響
    洗濯機で本洗いの様子を見る時、泡が沢山あると良く洗えているように思えますが、そうでは無いそうです。泡は液体の膜ですから、そこに衣類が触れても汚れは十分には移行しませんよね。やはり液体にドブーンと浸っている方が良いとなります。

まあ、こうして見ると当たり前と言えば当たり前なんですが、これらについては一つ一つ実験をやった上で結論づけているんですね。J-Stage で「洗濯」で検索すると結構な文献数がヒットしますね。まあ、全世界的に毎日ガンガン洗濯している訳なんで、使用する水量とか洗剤量とかも膨大な量となりますね。であれば、より効率的にお洗濯するべきですよね。と言う事を参考書籍 2)の著者である中西茂子先生も強調されていますね。中西 茂子先生ですが、日本女子大学 家政学部 被服学科の教授をされていました。1992年 定年退官後は東京大学や東京医科大学で遺伝子工学・生化学の研究に従事されていたそうです。医学博士号と博士号(工学) をお持ちなんですね。著書も多数有りますね。

まあ、韓国で暮らしてた時は とにかく1週間分の衣類を洗濯機にドカ~ンと放り込んで、洗剤をドバドバっと入れて、おまかせコースでお洗濯してましたけど・・・。衣類の入れ過ぎで全然 動いてないとかも有って、それは全然ダメダメだったんだな~と思いましたね。ですが、韓国では温水で洗濯するのも一般的でしたんで、その効果はあったのかな~とも思いますね。



参考文献・書籍 References


  1. 「身のまわりの化学工学 第14回 お洗濯の化学工学」化学工学会誌 第74巻 第2号 2010年
  2. 「洗剤と洗浄の科学」 中西 茂子 コロナ社 1995年刊




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