化工計算ツール No.76 液滴蒸発時間 Droplet Evaporation Time

 今回は気体中の液滴が蒸発して消滅するまでの時間、液滴蒸発時間 Droplet Evaporation Time について取り上げます。気体としては、まあ普通は空気でしょうか。そこに液滴を置くと、液滴表面とバルクとの濃度差によって拡散 すなわち物質移動が起こりますね。この物質移動によって液滴成分は空気中に広がっていきますんで、その分 液滴は小さくなっていき 最終的には消滅しますね。この時、液滴径が初期値からゼロになるまでの時間を液滴蒸発時間と考えます。で、物質移動ですからもちろん物質が移動しますが、同時に熱も移動しています。そうじゃないと、液滴成分が蒸発出来ないですからね。

応用例としては、例えば水噴霧による高温ガスの冷却などでしょうか。ダクト内を流れる高温煙道ガスに水を噴霧すると、水の蒸発潜熱によってガス温度は低下しますね。この時、これくらいの大きさの水滴を噴霧すればこれくらいの時間で完全に蒸発しますよ、ってのを知っておく必要があります。そうじゃないと、水滴が蒸発しきれずにダクト壁面に到達してビショビショになったりとか、下流の送風機まで水滴が到達してダメージを与える事が懸念されますね。と言う事で、液滴蒸発時間について計算してみます。

参考書籍は、甲藤好郎 先生の名著 「伝熱概論」ですね。初版 1964年刊ですが、その後 2002年には 33版まで版を重ねています。伝熱の理論的な部分に関しては大抵これで事足りますね、と思います。



液滴蒸発時間 計算式  Droplet Evaporation Time Calculation Equations


今回考えるのは最も簡単な例で、静止気体中に液滴が単一で存在する場合ですね。まあ、重力場でずーっとそこに存在出来る訳では無くて落下しますんで、例えば細い糸かとかで吊り下げられた液滴を考えます。これが、噴霧された液滴であれば気流に同伴して下流へと移動するんで、別に吊るさなくても良いですよね。ですが、気流中の液滴であれば 液滴と気流との速度差が有ったりしますんで、静止気体の場合とは異なりますよね。相対速度が有れば対境界層の存在を考慮しなければいけませんが、一方 静止気体中では拡散だけに注目すれば良いですよね。などと考えると、所謂 流動の影響を考慮しない静止気体ってのは 蒸発時間の最大値的なものとなるのかな~と。


✔ 物質およびエネルギーの移動 Mass and Heat Transfer

下図にあるように気体中に単一の液滴が有り、更にその周りに仮想的な球面を考えます。そして、この仮想球面における物質とエネルギー(エンタルピー)の出入りは、それぞれ式①・②と式③・④となります。

物質について見てみると、この液滴からは 質量流量 W でその成分が蒸発しているとします。ただし、蒸発していても その液滴の大きさは変化しないと仮定します。式①を見ると、右辺第1項は対流によって仮想球面から運び去られる物質量であり、第2項は対流に相対的な拡散による物質量です。この辺りは少し理解するのが難しいですね。参考書籍にはもう少し詳細に説明されていますが、とりあえず こういうもんだとしておきましょう。


一方、熱については式③にあるように 熱伝導による流入熱量は 右辺第1項であり、拡散によって物質が運び去る流出熱量が 第2項となります。で、この両者の合計が左辺となりますが、見て分かるように蒸発 質量流量と蒸発潜熱との積となっています。つまり、流入・流出熱量の差が蒸発する際の熱として使われる、となりますね。こちらは分かりやすいですね。

とまあそんな感じで それぞれ整理すると物質移動については式②が得られ、熱移動については式④が得られます。




✔ 液滴温度と単位時間蒸発量  Droplet Temp. and Evaporation Rate


基本となる式が得られたので、それらを使って液滴温度と蒸発量を算出する式が求められます。式②を式④で辺々割り算すると式⑤が得られます。ここで、物性値 密度 ρ、拡散係数 D、比熱 Cp1 は適当な平均値を使うものとして定数とすれば、式⑤は積分出来て式⑥が得られます。式⑥を見ると、液滴温度 θw 以外は物性値や設定値ですね。なので、不明なのは液滴温度だけとなり、結果として液滴温度が得られます。まあ、具体的には試行錯誤法とかで求める必要がありますね。左辺の液滴表面濃度(飽和濃度)は液滴温度の関数なので。また、別途 式④を積分すれば 蒸発量 W を求める 式⑧が得られますね。




✔ 蒸発時間 Evaporation Time

そして蒸発時間ですが、その前に 液滴径の変化について 式⑨を定義します。ここで、χ は蒸発定数と呼ばれますが、蒸発量との間には式⑩の関係があります。で、式⑩中の W は 既に式⑧として得られているので、代入します。こうして得られた式⑪と式⑨を等置すれば、式⑫が得られるので、無事 蒸発時間 t0 が得られますね。式⑬は一種の温度伝導率であると参考書籍には記載されています。で、これで蒸発時間が計算出来ますが、ガス温度が低くて液滴温度との差異がそれほどには大きくない場合には、式⑫は簡単化されて式⑬となります。簡単化されると言っても自然対数を使わないだけなのでそれほどでは無いですよね、現在では。でも、昔は対数の値を出すのも大変だった訳で そんな簡単化も必要だったのかなと思いますね。





計算例 Examples

さて、早速計算してみます。気体は空気で液体は水とします。この時、空気中の水蒸気濃度は ゼロとしています。


✔ 水滴径一定、空気温度変化  Droplet Diameter const.   Air Temp. change

まずは水滴径を 1000 [μm] 一定とし、空気温度を 100 ~ 500 [℃] で変化させて計算してみると下図のようになりますね。1ミリメートルの水滴ですが、まあこの程度の時間で完全に蒸発するんですね。で、当然ですが 周囲の空気温度が高くなると蒸発時間は減少しますね。周囲空気からの顕熱移動量が増加する為ですね。




✔ 空気温度一定、水滴径 変化  Air Temp. const.   Droplet Diameter change


次に 空気温度を 300 [℃] 一定とし、水滴径を 10 ~ 1000 [μm] で変化させてみます。この結果を見ると、100ミクロン以下の微小水滴では 一瞬で蒸発するんですね。水滴径 100ミクロンくらいであれば一般的な噴霧スプレーで実現可能ですね。なので、例えば煙道ガス流路にスプレーを設置して、ブワーッと噴霧すればあっという間に全部蒸発してガス温度を下げられるってなりますね。



✔ 無次元 蒸発時間  Dimensionless Evaporation Time

蒸発時間は式⑫で計算出来ますが、ガス温度がそれほど高くない場合は 式⑭で計算出来ます。で、横軸に右辺の逆数をとり縦軸を左辺とすれば、下図のように曲線と直線が描けますね。そして、前述の2つの場合についてプロットしてみると こんな感じです。ガス温度が低い場合には直線と曲線は一致していますね。一方、ガス温度が高いと両式は乖離しています。なので、高いガス温度の場合には式⑫を使う必要があります。





まとめ  Wrap-Up

気体中に静置された液滴の蒸発時間について、空気-水の場合で計算してみました。静置されている場合なんで物質移動は拡散のみですが、 100ミクロン以下の微小水滴では1秒もかからずに蒸発しますね。まあ、煙道ガスの水噴霧冷却において、ガス流中にスプレーでエイッと水滴を噴射すれば、水滴とガスに相対速度が生じるんで 結果として速度境界層と濃度境界層が薄くなりますね。となると、拡散のみの場合よりも物質移動は促進されますね。であれば、更に短時間で蒸発するように思えます。まあ、すぐにブレーキがかかってガス流に同伴される感じだと思いますけど。

また、実際の水噴霧冷却では 結構大量な水を噴霧しますね。必要な水量は熱収支計算から求められますね。当然、単一のスプレーヘッドでは無理なんで複数個設置しますが、煙道ガスダクト内に均一に噴霧されるような配置にする必要がありますね。と、そんな事を実務で検討してましたね。スプレーヘッドのメーカーさんも 水噴霧冷却については、いろいろと提案してますね。大量のガスを比較的お手軽に冷却できますし。もちろん、適当にやっちゃうと全然冷えないな~とか、部分的にビショビショになったりするんできちんと検討する必要がありますね。

さて、参考書籍の「伝熱概論」ですがこのブログにおいても投稿記事を作成する際には何度となくお世話になっています。著者である甲藤 好郎先生は 1924年 大正13年 奈良県ご出身で、東京大学工学部で教鞭をとられ、1985年 昭和60年にご退官されました。沸騰伝熱における「限界熱流束」についての研究が有名でしょうか。その後、2005年 平成17年にご逝去されました。甲藤先生が会長をされていた日本伝熱学会の学会誌である「伝熱」2005年 3月号には追悼記事が5本も投稿されています。「伝熱概論」を読んでいて思いますが、内容は難しいんですけど語り口と言うか説明がものすごく分かりやすいと感じますね。また、これは機械屋さん全般に言える事かと思いますけど、非常に厳密で緻密ですね。丼勘定の化工屋さんとは違うな~と思いますね。


参考書籍・文献  References

  1. 「伝熱概論」 甲藤好郎 著 養賢堂 1964年刊
  2. 「液粒の蒸発および燃焼に関する研究 第1報 蒸発しつつある液粒の表面温度とその測定」
    日本機械学会論文集 第20巻 100号 1954年
  3. 「液粒の蒸発および燃焼に関する研究 第2報 蒸発速度」
    日本機械学会論文集 第20巻 100号 1954年

web site


  1. フォグエンジニア 霧のいけうち
    https://www.dry-fog.com/jp/
  2. スプレーイングシステムスジャパン
    https://www.spray.com/ja-jp
  3. 日本伝熱学会 学会誌 「伝熱」第44巻 2005年 3月号
    https://www.htsj.or.jp/wp/media/2005_03.pdf

コメント

  1. Thank you sharing this valuable information and examples for practical application.

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