さて、今回は溶解度パラメーター Solubility Parameter について取り上げます。溶解パラメーターなのか溶解性パラメーターなのか、そしてパラメーターなのかパラメータなのか・・・。ネットで調べてもいろいろと有るようですが、ここでは 「溶解度パラメーター」とします。
で、何なのか?ですが 簡単に言えば、「溶解度パラメーターの値が近い物質同士は溶けやすい」となりますね。物質が液体であれば もちろん溶解度パラメーター値が有りますし、ポリマーのような固体にも有ります。で、例えば 配管内面に付着して固まってるポリスチレンを洗い流してキレイにしたい状況を考えます。もちろん、水をジャーっとかけて除去できる訳は決して無くて、何か適当な有機溶媒を使いますね。その際に、エタノールとかでは 全く効果は期待出来ません。手っ取り早いのは、モノマーであるスチレンを使う事ですね。ですが、原料なんでもったいないです。とまあ、そんな状況で溶解度パラメーターを使えば適切な溶媒を選択する事が出来るよ!と言う辺りを少し計算してみようかなと。
溶解度パラメーター Solubility Parameter
ネット上に沢山の解説ページがあるんでアレですけど。まあ、物性と言えば物性となるんでしょうか。それぞれの物質に固有な値ですし。ですが、臨界定数とか密度のように、ガチガチの物性値とは違うような気がします。で、そもそも この溶解度パラメーターは1950年 ヒルデブランド Hildebrand によって提唱されました。その後、1964年 Prausnitz によって拡張され、更に 1967年 Hansen によって より詳細なモデルが提唱されたんだそうです。現在、溶解度パラメーターといえば Hansen Solubility Parameter になるのかなと思いますけど。因みに、Hansen 先生は今もご存命で、溶解度パラメーター データベースの拡充に尽力されているようです。ご自身のホームページも有りますね。略歴を拝見すると、1938年 ケンタッキー州 ルイビル Louisville, Kentucky のご出身なんですね。
で、冒頭で触れたように 溶解度パラメーターによって、異なる物質同士が溶ける溶けないが分かる訳ですが、「物質間の親和性の尺度」って事になるのかなと。まあ、受け売りですけど。下記の式①は正則溶液における溶解熱(混合熱) の計算式で、この式中に含まれる □ で囲んだ項を溶解度パラメーターとして提唱したんですね。で、この正則溶液ですが いくつか有る分子間力のうち、ロンドン分散力だけ考慮するんですね。このロンドン分散力ですが、以前は ファンデルワールス力とか言ったようです。この溶解熱ですが、溶解に伴い発生もしくは吸収される熱量となりますね。溶液を構成する分子に分子間力が全く働かない理想溶液であれば、溶解熱はゼロとなります。詳しくは、化学熱力学の書籍でも参照してください・・・。
その後、前述の Hansen 先生によって 拡張されて、溶解度パラメーターを 「ロンドン分散力」、「双極子間力」 そして 「水素結合力」の3つに分けて考えるようにしました。項が3つあるので、この物質はこっちで、その物質はそっちでと3次元座標上にプロット出来るんですね。で、2つの物質が溶けるか溶けないかを判断する指標として、両物質の座標上の距離がを用います。距離が近ければ近いほど溶けやすい、と判断します。それが式⑥ですが、分散力の項に定数値 4 が有ります。これは溶解性データを考慮して決められたんだそうですが、と言う事は分散力の影響が結構 大きいんですね。
計算例 Examples
んで 計算してみます。あるポリマーを有機溶媒に溶かしたいけど、どの溶媒が適しているのかを判定するって感じですね。必要なのはポリマーと溶媒の溶解度パラメーターの値ですが、これはどっかから持ってくるしか無いですね。ネットで文献とかを検索すれば、それなりに出てきます。んでも、欲しいデータがポリマーであれば やはり ポリマーハンドブック Polymer Handbook とかでしょうか。以下の計算は手元にあったデータに基づいていますが、Polymer Handbook 4th edition でした。
✔ ポリスチレン Polystyrene
まずはポリスチレンポリマーを溶かす溶媒を選定してみます。判定は前述の式⑥を使い、計算された Ra 値の大小で判定する事になります。
で、結果を見ると モノマーである スチレンは 勿論 良く溶かしますが、塩素系溶剤である ジクロロエタン が最小値となりました。スチレン以下では トルエンとかベンゼンとか芳香族化合物が並んでいます。その次にはこれまた塩素系溶剤ですね。一方、Ra値が大きくなっているのは、アルコール類とか有機酸類ですね。で、下図は溶かしやすい順に並べている訳ですが、逆にみると溶かしにくい順となります。なので、ポリスチレン製容器にベンゼンとかを入れるのは絶対に NG ですが、メタノールとかは入れても OK となりますね。ず~っとは少し難しいと思いますけど。
✔ ポリ塩化ビニル Poly vinyl chloride
次に ポリ塩化ビニルについても同じ様に Ra値 を計算してみます。まあ当然ですが塩素系溶剤が良く溶かします。と、それ以外にも キシレン、メチルエチルケトン MEK や アセトン Acetone なども溶かしますね。硬質塩ビと言えば 例えば 下水配管とかで使いますね。まあ、一般家庭ではアセトンとかを使わないでしょうけど、溶剤を多量に扱う事業所とかで ラボのシンクにジャーっと捨ててしまうと、塩ビ配管が溶けますね・・・。ちょっとやそっとでは壊れないので強いように見えますが、溶剤には弱いですね。因みに、やっぱりエタノールとかのアルコール類では Ra値が大きいので、飲み残しのお酒をジャーっとシンクに捨てても それは OK ですね。
✔ ナイロン66 Nylon 66
ラジカル重合で生産されるアモルファスポリマーだけだと面白くないので、重縮合系ポリマーとして ナイロン66 についても Ra値を計算してみました。まあ、溶けると言うよりは膨潤するとなるんでしょうか。前述の計算例とはだいぶ違いますね。シクロヘキサノールとかシクロヘキサノンの Ra値が低いです。と、これらの物質は ナイロン66 のモノマーの一つである アジピン酸の原料ですね。なのでこんな結果になるのかなと思いますが、構造が似ていると言えば似てるからかなと。
✔ 3D プロット 3D Plot
せっかくなんで上記のポリマー、溶媒を 3D プロットしてみると下図のようになります。う~ん、微妙です。自分でモデルをグリグリと動かせば 各物質の距離感が分かりますが、それを 2D に落とし込んだ時点で 「?」ってなります。なかなか難しいですね。
とは言っても、「ジクロロエタンは PS とか PVC に近いな~」とか、「メタノールはずっと遠くに離れているな~」ってのは何となく分かりますね、としておきましょう・・・。
まとめ Wrap-Up
今回は溶解度パラメーターについて取り上げて、ポリマーの溶媒選定をやってみました。まあ、計算と言っても 式⑥で Ra値を計算しただけですけど。んでも、溶けやすさが数字で出てくるので良いですね。まあ、経験則で言えば 「似た者同士は溶けやすい」ですよね。ポリスチレンとトルエンとか。でも、Ra値で検証すると ポリスチレンとジクロロエタンとの組み合わせも良く溶けるよ!となる訳です。構造はすごく異なりますけど。まあ、ジクロロエタンに良く溶けること自体は既に誰でも知ってますけど。
このように溶解度パラメーターを使う場面ってのは溶媒選定以外にもあって、例えば ポリマー同士を混練する コンパウンディング ではポリマー同士の相溶性が重要となります。ポリエチレンとポリスチレンとかは混練しても、あまり良くは混ざらないですよね。一方、ポリカーボネートとABS、ナイロンとABSは良く混ざると言われています、確か。この辺りも溶解度パラメーターを使って説明出来るのかなと。まあ、とっくの昔に誰かがやってると思いますけど。また、ポリマー添加剤とかでも 溶解度パラメーター値を推算してみて、ポリマーとの親和性について事前に予測するってのも出来ますね。
となると、溶解度パラメーターの値ってのが重要になる訳ですが、実測するのは大変なんで推算する方法などが昔から提案されていますね。グループ寄与法とか原子団寄与法とかで推算すると言う手法ですが、よほど特殊な構造とか原子でなければ それなりに使えるのかなと思います。こんな分野は AI とかがお得意だと思うので、今後精度が上がってきて普通に使えるようになるんでしょうね。と、そういう事をグイグイやられているのが、日本人の 山本博志 先生ですね。Hansen 先生のホームページにもお名前が出てきますが、ずーっと前からご一緒に 溶解度パラメーター データベースの拡充に尽力されているんですね。また、溶解度パラメーター ソフトウェア (HSPiP) を開発されて販売もされています。ホームページもあって、韓国在住時には会社の昼休みに良く見てました。ボリュームも結構有りますし、何より内容が非常に興味深いですね。何と言うか、溶解度パラメーターは結構 万能なんじゃないか?と思えるほどです。
参考文献・書籍 References
- 「溶解度パラメーター」熱測定 第9巻 第2号 1982年
- 「モル引力定数を用いた溶解パラメーターの数値予測」 日本接着学会誌 第53巻 第4号 2017年
web site
- Hansen 先生のホームページ Hansen Solubility Parameter
https://www.hansen-solubility.com/ - 山本 博志 先生のホームページ
https://www.pirika.com/wp/
コメント
コメントを投稿