化工計算ツール No.86 単蒸留 Simple Distillation

 今回は単蒸留 Simple Distillation について取り上げます。ケミカルラボでも良く見かけますね。丸底フラスコに原料を仕込んで、ウォーターバスとかオイルバスに浸して加熱します。出てきたベーパーはリービッヒ冷却管とかで凝縮させて回収しますね。一般的な精留操作と違ってそこまで分離性能が良いわけでは無いですが、何と言ってもお手軽ですね。また、産業的にはウィスキーの蒸留で使われてますね。蒸留釜 Pot Still があって「クイッ」っと曲がった空冷管が接続されています。この空冷管は「スワンネック Swan Neck」と呼ばれ、この長さとか傾き具合とかがウィスキーモルトの出来不出来にすごく影響するんだとか。それと、回分操作 Batch Operation になりますね。連続操作にするとフラッシュ蒸留 Flash Distillation になります。

実務では、単蒸留はさすがに取り扱った事は無いですね~。同じ単蒸留でもスチルの上に充填塔とかを載っけて精留機能を持たせた回分蒸留 Batch Distillation ってのは検討した事もありますけど。と言うのも、ポリマープラントではシャットダウン時に系内の溶媒洗浄を実施しますが、洗浄の度に溶媒を廃棄してはもったいないので再使用しますね。その際、そのまま使うと不純物が溶解しているので 溶解力が低下します。なので、精製するんですね。で、そう度々洗浄する訳でも無いので、ある程度タンクに貯蔵しておいてボチボチと精製するんですね。ポリマーだけであればフラッシュ蒸留のみでも良いですが、溶媒が分解してたりして 低分子量の不純物が有るのであれば、それも除去した方が良いですね。そんな時には、精留塔付きの回分蒸留とかの方が良いですね。




単蒸留 計算式  Simple Distillation Calculation Equations


✔ レイリーの式  Rayleigh Equation

単蒸留装置ってのは下図のとおりですね。んで、単蒸留におけるレイリーの式として有名なのが 1902年 イギリスのレイリー 卿 Lord Rayleigh によって提唱されたもので式②となります。前述のとおり、単蒸留は回分操作なので 低沸点成分が優先的に蒸発する事によって 沸点やフラスコ内の組成は時々刻々変化します。そして、その際の物質収支を考えると、式①の関係が成立します。次に、これを単蒸留の開始から終了までの区間で積分すると式②が得られます。仕込み時の丸底フラスコ内の組成 XF の液を加熱し 一定時間後に 組成が XB になった状況ですね。x は低沸点成分の組成で、蒸留開始時の組成 XF は 蒸留終了時 XB となりますが、XF > XB です。なので、積分記号では XB ~ XF と書きますね。F は仕込み量で B は単蒸留後の釜残量 (丸底フラスコに残っている量) です。F は当然既知ですね。B は ここまで単蒸留するって事なんで自分で設定できますね。そして、積分記号の中にあるのは 1/(y - x) ですが、y は留出液中の 低沸点成分組成で x は 釜残液(フラスコ内) 中の低沸点成分組成です。んで、留出液中の組成ってのは、フラスコ内の釜残液と平衡状態にある気相の組成となります。その気相蒸気を全凝縮させたのが 留出液なんで、当然そうなりますね。

んで、留出液中の低沸点成分の平均組成は式③で得られます。単蒸留開始からの留出液をずーっと同じ三角フラスコに溜めておくので平均組成となるんですね。もし比較的短い時間でどんどん三角フラスコを取り替えればその留出率における瞬間組成が得られますね、面倒臭いですけど。

そして、各成分の比揮発度 α を一定とすれば式②から式⑤が得られます。式⑤の右辺には、比揮発度 α 、仕込み組成 XF そして 釜残液組成 XW が含まれています。比揮発度と仕込み組成は既知なので 釜残液組成を設定すれば 右辺の値は求まりますね。で、左辺を見ると 仕込み量 F と釜残液量 B との比率 F/B になってます。当然、仕込み量 F は既知なんで 釜残液量 B が得られますね。即ち、こんな仕込み量 F と組成 XF の液を単蒸留する場合、釜残液組成が XW になる時の 釜残液量 B はこれくらいですってのが求められますね。X は低沸点成分組成 所謂 濃度なんで 単蒸留の開始から どんどん減っていきますね。なので、釜残液組成 XW をどんどん減らして計算すれば、その際の釜残液量 B が得られます。留出量 D は 仕込み量 F から 釜残液量 B を引き算すれば得られますし、留出液組成(平均濃度) は 式③で得られるので、単蒸留操作 全過程における量と組成が得られますね。



計算例 Examples

早速計算してみますが、理想系として取り扱える ベンゼン - トルエン 混合液を単蒸留するものとします。

✔ 計算条件  Conditions

圧力     :  760 [Torr]
仕込み量   :  100 [kg-mol]
仕込み組成  :  Benzene 0.6 [mol. ratio]、Toluene  0.4 [mol. ratio]

Antoine 定数 :    Benzene A=6.89326, B=1203.83, C=219.921
          Toluene  A=6.96554, B=1351.27, C=220.191


✔ 気液平衡  Vapor Liquid Equilibrium


蒸留なんで何と言っても気液平衡関係を明らかにしておく必要が有ります。理想系として取り扱うので楽ちんですね。で、x - y 曲線、沸点・露点温度曲線 そして 比揮発度の濃度依存性は下図のように得られます。x - y 曲線を見ると対角線よりもだいぶ離れているので分離はしやすいですね。また、液相ベンゼンモル比に対して比揮発度 α をプロットすると多少は変化しますが、ほぼ 2.5 程度である事が分かります。と言う事は、前述の式⑤が使用可能となりますね。




✔ 単蒸留過程 計算結果  Result of Simple Distillation


単蒸留過程を 仕込みからずーっと計算してみると下図のとおりですね。ベンゼン - トルエン系では ベンゼンの方が軽いのでより多く留出して来ます。つまり、留出液中のベンゼン濃度は高くなります。一方、釜残液中のベンゼン濃度は徐々に低下します。下図 上段グラフがその結果ですが、見て分かるように蒸留開始直後の留出液中 ベンゼン濃度が最も高いですね。そして、どんどん蒸留していくとベンゼン濃度は低下します。トルエンも蒸発して来ますから。なので、ベンゼンが比較的濃い液を得る為には そこそこのところで蒸留を止める必要が有りますね。それと、まあ当然ですが丸底フラスコが空っぽになるまで蒸留すると、留出液組成は 仕込み組成と同じになります。蒸留する意味が無いって事になりますね・・・。

下段グラフは 収率と釜残液沸点温度の推移です。蒸留するほど回収率は良くなりますが、前述のように最後まで蒸留すると 仕込み組成と同じになるので無意味です。そして、沸点温度ですが ベンゼンが出ていくと 釜残液中のトルエン濃度が増加するので 沸点温度も高くなり、最終的にはトルエンの沸点温度になりますね。





まとめ Wrap-Up

今回は単蒸留について取り上げましたが、理想系であれば比較的簡単に蒸留過程を詳細に計算する事が出来ます。ですが、これが非理想系となると少々厄介ですね。例えば、水 - エタノール系とかですね。今回計算したベンゼン - トルエン系では比揮発度はほぼ 2.5 で大きな変化は有りませんでした。一方、水 - エタノール系では 1 から 12 くらいまで大きく変化します。となると、前述の式⑤は使えないので 式② を使って計算する必要が有ります。まあ、限られた範囲内でほぼ一定とみなして計算する事も出来ますけど。

さて、せっかくなんでトリビアルな内容を少しばかり。蒸留ですが 英語では "distillation" です。この語源は、ラテン語の "stillare" で 「ポタポタ垂れる」 だそうです。これに、接頭語 "di" 「分離する」 をくっつけて 、"distillare" となったんだそうです。アルコールの蒸留では、スチル内の液を加熱し 出てきたベーパーを斜めの空冷管で凝縮させます。そうすると、空冷管の先端から凝縮液がポタポタ垂れ落ちて来る様子から、こんな言葉になったと参考書籍には有りますね。なるほどですね~。語源となった蒸留操作は、勿論 単蒸留ですよね。

冒頭でも触れたように 実務において単蒸留を取り扱う事は有りませんでした。んでも、ケミカルラボでも特に有機系のラボであれば、大抵はロータリーエバポレーターが有りますよね。これも一種の単蒸留な訳で、例えば合成時に使用した軽い溶媒を蒸発除去させるのが目的だったりするのかなと。ロータリーと言うくらいなんで、フラスコがグルグル回転してますね。内液をフラスコ内面に広げる事によって蒸発面積を増加させられますし、薄膜状とすれば液深の影響も無くせますね。更に真空ポンプで系全体は減圧されてますね、普通は。初めて見た時は、すごく感心しましたね~。


参考書籍・文献   References


  1. 「蒸留工学 実験室からプラント規模まで」講談社 1990年刊
  2. 「トコトンやさしい蒸留の本」 日刊工業新聞社 2015年刊
  3. 「分離技術シリーズ20 やさしい蒸留」 分離技術会 2011年刊 



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