今回は非理想溶液における気液平衡計算 Vapor Liquid Equilibrium Calculation に使われる、ウィルソンパラメータ Wilson Parameter について取り上げます。簡単に言えばラウールの法則 Raoult's Lawに従うのが、理想溶液 Ideal Solutions でそうじゃないのが非理想溶液 Non-Ideal Solutions となります。
で、ラウールの法則ですが (気相の分圧) = (成分の蒸気圧) × (成分の液相濃度) となります。多成分系において、ある成分に着目して 液相モル分率に系の温度における蒸気圧を掛け算すると気相分圧が得られます。この分圧を全成分について計算すると、得られた分圧の比率は 気相部のモル比率となります。ただし、理想溶液であればですね。これが非理想溶液だとこのように簡単には行かなくて、何らかの補正が必要となります。その補正係数が 活量係数 Activity Coefficient です。で、この活量係数は液組成の影響により変化するものなので、気液平衡実験によって得られたデータを相関式として整理したほうが便利ですよね。
その相関式としては、ファンラール式 van Laar's Equation、マーギュラス式 Margules' Equation が有りますが、この2つは多成分系に拡張出来ません。一方、ウィルソン式は 2成分系のウィルソンパラメータのみが有れば、多成分系にも拡張が可能です。例えば、3成分系 ABC であれば、AB、BC、CA の各2成分系のウィルソンパラメータが有れば OK となります。便利ですね。面倒な3成分系の気液平衡実験をしなくても OK ですし。とまあ、その辺りを計算してみようかなと。
実務でも気液平衡計算、例えばフラッシュ計算とかは何回もやりましたが スチレン系ポリマープロセスにおいては、取り扱うのは スチレン、トルエン、エチルベンゼンとかなんで、まあ理想溶液としても OK ですよね。時々、アクリロニトリルとかも入ってましたけど・・・。で、潜熱除去方式の反応器であれば液相から蒸気が蒸発してきますね。モノマーはスチレン、アクリロニトリルで溶媒はエチルベンゼンなんで 3成分系になりますね。んで、それらの蒸気をコンデンサーで全凝縮させて反応器に還流させます。その還流液の組成(気相組成) なんですが、ガスクロで分析した組成と反応器液相組成からラウールの法則で計算した組成は大体 合ってるんですね。と言う事は、理想溶液として取り扱える事になりますね。組み合わせとしては、非極性の芳香族化合物とニトリル基を含む極性化合物なんですけども。
非理想溶液の気液平衡 Vapor-Liquid Equilibrium for Non-ideal Solutions
✔ 活量係数 Activity Coefficient

✔ ウィルソンパラメータ Wilson Parameter
多成分系のウィルソン式は式⑦で表わされます。式中の N は成分数で 2 以上となります。また、式中の i, j, k は 1~N までの値をとります。これを2成分系について書くと式⑧・⑨になります。2成分系なんで式は2つとなります。3成分系だと式⑩・⑪・⑫ の3つとなります。どんどん増えていくんですね。で、それぞれの式中に含まれる Λ (ラムダ) がウィルソンパラメータとなり、活量係数の計算にはこれらの値が必要となります。まあ、普通は文献とか物性データベースとかから探してきますね。
計算式はズラーッと長くて面倒くさい感じですが、それを使った計算自体はそこまで大変では無いですね。まあ、反復計算とかも有りますけど EXCELのソルバー機能でチャチャッと出来ますね。
✔ 水 - エタノール系 Water - Ethanol system
そして、計算方法ですが反復計算となります。まあ、EXCEL のソルバー機能を使えば良いですね。下記のような手順となります。
- 式⑧・⑨に組成(モル分率)とウィルソンパラメータを代入して活量係数を計算
- 系の温度を仮定して Antoine式などから蒸気圧を計算
- ラウールの法則 式①・②に組成、活量係数、蒸気圧を代入して分圧を計算
- 各成分 分圧の合計が系の全圧と異なるのであれば温度を再度仮定して計算
- 分圧 合計値=全圧 となれば 計算終了
で、計算結果ですが まずは x-y 曲線です。だいぶ曲がりくねった感じになりますね、特にエタノール濃度が低い領域で。そして、モル分率 0.88 に共沸点が有ります。グラフ中には理想溶液として計算した結果(破線)も併せて示していますが共沸点も有りませんし、曲線も単純ですね。
次に活量係数ですが、下図のとおりです。エタノールモル分率 ゼロは全部 水となりますが、この時にエタノールの無限希釈活量係数となります。理想溶液の活量係数は 1 なので、だいぶ偏奇しているんですね。一方、エタノール モル分率 1 は全部 エタノールなので、この時には水の無限希釈活量係数となります。で、その値は 1 から偏奇していますが エタノールほどにはズレてはいないですね。
最後に沸点温度ですが、これも理想溶液と非理想溶液ではだいぶ違いますね。ま、こんな感じで非理想性の強い系ではきちんとウィルソンパラメータを使って計算する必要が有るんですね。
✔ エタノール - ノルマルヘキサン系 ethanol - n-hexane system
もっと非理想性の強い系についても計算してみました。参考書籍に載っていた エタノール - ノルマルヘキサン系ですね。こちらも 定圧系 101.3 [kPa] です。まず、x-y曲線ですが 確かに曲がりがキツいですね。共沸点組成は 0.35 くらいとなりました。ネットで共沸点組成を調べると 0.332 でした。
次に活量係数ですが、水-エタノール系よりも値がずっと大きいですね。まあ、それだけ非理想性が強いんですね。

まとめ Wrap - Up
参考書籍ですが、「やさしい蒸留」以外は全部 大江修造 先生の著書ですね。蒸留分野では大家と言うか大御所でしょうか。昭和37年に東京理科大を卒業後 石川島播磨重工業に入社され、これまた蒸留の大家である平田光穂先生の研究室に国内留学されたとの事です。昭和48年には米国蒸留研究機関 FRI, FRACTIONATION RESEARCH INC. で研究に従事されていたそうです。その後 平成3年からは母校である東京理科大で教鞭をとられていたそうです。ご自身のウェブサイトも運営されていますが、いろいろと盛り沢山で勉強になりますね。
最後に、ウィルソンパラメータ自体を推算して 気液平衡を計算した結果をご紹介しておきます。以前、溶解度パラメータで取り上げたサイトですね。運営は 山本 博志 先生ですね。ウィルソンパラメータでも何か記事が無いかな~と思って覗いてみたら有りました。プログラム名は "Y-VLE" ですが、分子構造をマウスで描画して入力するんですね。んでもって、エイッと VLE Calc. ボタンを押すとあっと言う間に計算してくれます。ウィルソンパラメータの結果と比較すると下図のとおりですが、ほぼ同じですね。グラフ中の "pirika" が山本 先生のサイトによる計算結果です。 何がスゴいのかと言うと、分子構造しか入力していないんですね。公開日は 2013年なんで 10年以上も前なんですね~。
参考書籍・文献 References
- 「トコトンやさしい蒸留の本」 日刊工業新聞社 2015年刊
- 「分離技術シリーズ20 やさしい蒸留」 分離技術会 2011年刊
- 「蒸留工学」 講談社 1990年刊
- 「絵とき 蒸留技術 基礎のきそ」 日刊工業新聞社 2008年刊
web site
- https://www.s-ohe.com/index.htm
大江修造 先生の 蒸留関連 ウェブサイト - https://www.fri.org/home
米国蒸留研究機関 ウェブサイト - https://www.pirika.com/wp/chemistry-at-pirika-com/chemistry/chemeng/y-vle
山本 博志 先生 の気液平衡計算サイト
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