身のまわりの化学工学 No.15 衣類の保温性 その2 Thermal Function of Clothes Part 2.

 今回は 身のまわりの化学工学「衣類の保温性」について取り上げますが、その2となりますね。その1では「外気層における顕熱移動」とその時の「熱伝達係数」について計算してみました。外気に触れている皮膚表面とか衣類表面における熱伝達ですね。その2では、布の熱伝達係数を与える「伝導伝熱モデル」と、衣服間空隙での熱移動における「放射伝熱と対流伝熱」についていくつか計算してみます。

まあ、ここでは「衣類の保温性」について考えようとしていますが、それは人体の熱が外気へと逃げない様にしたい訳ですね。まあ、ゼロにはなりませんけど。で、その時に どんな衣類を着るか? 何枚くらい着るか? どれくらいの隙間で着るか? が重要なんですね。これは「熱伝達係数を小さく」=「熱抵抗を大きく」する事で達成出来ますね。

んでもって、いろいろと実験して相関式を作ってみたり、適当なモデルを構築して熱移動過程を計算出来るようになると、どうやったら暖かくなるかが推定出来るようになるんですね。



布の熱移動特性  Fabric Heat Transfer Properties

まずは、布そのものの熱移動について考えます。人体から外気への熱移動については前回 取り上げたように、外気層の熱抵抗、布の熱抵抗 そして 空隙の熱抵抗を全て加算して全熱抵抗を求め、その逆数をとれば 総括熱伝達係数が得られます。で、前回 いろいろと計算したのは 外気層の熱抵抗についてでした。

✔ 布の熱抵抗の測定  Measuring the Thermal Resistance of Fabrics

参考文献には結果しか載ってませんでしたが、元文献に当たってみると実験装置について記載されていました。1[Liter] の広口試薬瓶 側面に布地を設置して、内部温水の温度低下から総括熱伝達係数を求めています。で、「なるほど~」と思ったのが 瓶を回転させているんですね。前回 取り上げた内容では、瓶内部の温水はマグネチックスターラーで撹拌していたんですね。まあ、外気風速の影響を見たいので当然そうなりますよね。一方、今回の測定では布そのものの熱抵抗を求めたいので、外気層の影響はなるだけ排除したいです。何もしないと自然対流の影響が出たりします。仮に、一定風速で風を当てたとしても 瓶の風上側と風下側では風速は全然 違いますよね。んであれば、瓶をグルグル回したほうが 外気層の流れはどこでも均一となります。

で、図のような感じですね。スターラーのチャック部分でチューブを掴んでいますが、このチューブがゴム栓・広口瓶とくっついてるんですね。なので、スターラーが回転すると広口瓶も回転します。で、広口瓶と温水の重さは下部の保温材で受けてるんですね。で、これもグルグル回転します。で、このチューブは中空なので ここにより細いチューブを通しています。そして、この細いチューブに熱電対を通しています。また、この細いチューブにはガラス管が十字に設置してあり、これがバッフル的な役割を果たしています。 と、口で言うのは簡単ですが 実際に組んだりバラしたりするのは大変と思いますね~。




で、試薬瓶に布を設置して放熱実験をする訳ですが、布が薄いとなかなか難しいようです。なので、ここで 更にひとヒネリしていますね。布 1枚と2枚でそれぞれ実験して、その差異から布1枚の熱抵抗を求めています。まあ、3枚とか4枚で実験しても良いと思いますけど、2枚でやったらちゃんとしたデータが採取出来たって事なのかなと。その辺りの計算式は以下のとおりです。式①は布1枚における熱抵抗 計算式で、式②は布2枚の熱抵抗 計算式です。これらを組み合わせると 布そのものの熱抵抗は式③となります。で、まず 布1枚で実験して hT,single が得られます。次に 布 2枚で実験すると hT,double が得られます。これら hT については前回 投稿の 式⑨・⑩で計算出来ますね。また、hG は瓶表面の熱伝達係数ですんで、布を設置しないで実験すれば求まりますね。最終的に 式③に全部代入すると 布1枚の熱抵抗が得られます。





✔ 布の熱抵抗の推算   Estimation Thermal Resistance of Fabrics


さて、次は布の熱抵抗推算についてです。布の熱抵抗については前述の実験によって分かりますが、参考文献では布の構造をモデル化して推算しています。両極端な構造を仮定して、布の繊維と空気が直列に並んでいる場合と並列に層状に並んでいる構造を考えます。下図のとおりですが、それぞれの構造について 式④・⑤によって熱抵抗を推算します。並列の場合 熱移動は最大となり、一方 直列の場合には最小となります。 更に、実際の繊維ってのは これら両極端の中間状態に有る訳ですが、式⑥に示すように 直列(最小) が 70%で 並列(最大) が30% が実験結果を最も良く再現するようです。




衣服間空隙の熱移動特性 Fabric-Fabric Gap Heat Transfer Properties


次に衣服間空隙における熱移動特性についてです。まあ、空気層における熱移動ですよね。伝熱形態ですが、放射伝熱・伝導伝熱・対流伝熱が全て起こりますね、基本的には。

✔ 空隙の熱抵抗の測定 Measuring the Thermal Resistance of Gap

前述の装置を用いて実験をしますが、空隙を作る必要があるので 瓶の外側にスペーサーを巻いて、更に布を巻き付けるんですね。で、放熱実験をすると hT の値が得られるので、それ以外の実測値や計算値を以下の式⑦に代入すると空隙の熱抵抗が求まりますね。






✔ 空隙の熱抵抗の推算 Estimation Thermal Resistance of Gap

 で、放熱実験によって空隙の熱抵抗が得られますが、勿論 推算も可能です。前述のとおり、放射伝熱、伝導伝熱 そして対流伝熱(自然対流) が起こります。計算式は以下のとおりです。




計算例  Examples


✔ 布の熱抵抗  Thermal Resistance of Fabrics

参考文献の元文献に布の物性が載っていたので、それらを前述の式④・⑤・⑥ に代入して得られた結果が下図となります。で、グラフ中の破線は傾き -1 の直線ですが、つまりは布が厚くなると 熱伝達係数は小さくなる = 熱抵抗は大きくなるって事です。羊毛 (ウール、Wool) は厚いので 熱抵抗も大きいですね。一方、ナイロンはペラペラで薄いので熱抵抗は小さいですね。それと、麻 Hemp の熱伝導率比率 kfib/kair は文献にも載ってませんでしたんで、とりあえず 11 としています。






✔ 空隙の熱抵抗  Thermal Resistance of Gap


次は空隙の熱抵抗について計算してみます。下図上段グラフは、空隙距離を変えた場合の熱抵抗の変化です。空隙中において流れが無い状態なので、放射伝熱と伝導伝熱が有る場合となります。で、結果を見ると 10[mm] までは熱抵抗が増加しますが、それ以後は頭打ちですね。と言う事は、20[mm]とか30[mm] まで空隙を厚くしても、それほどには保温性向上には寄与しないって事になりますね。極端にモコモコにしても あまり意味が無いんですね。

で、下段グラフは放射、伝導、自然対流の熱伝達係数を空隙距離を変えて計算した結果です。放射伝熱は距離にほとんど関係無いんですね。一方、伝導や対流では空隙が狭いと 熱伝達係数は大きいですね。そして、空隙が広くなると急激に減少するんですね。で、やっぱり10[mm] を超えると それ以上はほとんど変化しなくなるんですね。




✔ 衣類枚数の効果   Effect of Cloth Number

これまでの計算結果から、熱抵抗の大きな布(ウール) を空隙が大きな状態で着ればヌクヌクって事になりますね。ですが、モコモコになって着心地が今一つだな~と成りかねません。で、対策として 重ね着が有るんですね。参考文献にならって計算してみました。

布自体の熱抵抗は無いものと仮定し、空隙における放射伝熱と伝導伝熱を考慮します。空隙距離を一定として、それを布で分割するんですね (下図参照)。布を重ねるほど放射伝熱の熱抵抗は増加しますね。伝導伝熱については、空隙距離が短くなるんで 空隙1区間当たりの熱抵抗は低下しますけど。 

で、計算すると重ね着の効果は確かに有るんですね。ただ、だからといってガッツリと着込めば良い訳でも無いですね。だんだんと頭打ちになるので。計算結果だと、衣類1枚で空隙 30[mm] とする熱抵抗と、空隙 10[mm] で衣類2枚重ね着の熱抵抗は そんなに変わりませんね。





まとめ  Wrap - Up

今回は「衣類の保温性 その2」 として、布そのものと 布間の空隙部における熱移動について計算してみました。参考文献には実験データも詳細に記載されており、すごく興味深いですね。冒頭でも触れたように 広口試薬瓶をグルグル回転させると言う実験手法には グッと来るものが有りますね。前回も言いましたけど、伝熱の実験はすごく面倒くさいです。実験の健全性と言うか正確性を検証する為に熱収支をとりますね、普通。ここで取り上げた 放熱実験では難しいとは思いますけど。基本、伝熱の実験では高温側と低温側で各流体の温度変化を実測して、流体比熱とか重量流量を使って移動熱量をそれぞれ求めます。当然、高温側と低温側で移動熱量は等しくなる筈ですが以外に合わないんですね、これが。難しい実験だと ±10[%] とかで良しとする感じでしょうか。± 5[%] には収めたいですけども。ただ、稀にですが ほぼ一致する事の無い訳でも無いですね。まあ、偶然の産物だと思いますけど 少し気持ちが良いですね。

と、それはさておき 衣類についても伝熱が重要だよな~ってのは計算すると明確に分かりますね。暑くも寒くも無ければ 何も着なくても良いんですけども(アダムとイブ的な)、人類の活動範囲を広げる上で衣類ってのは必要不可欠ですよね。特に、ヨーロッパ北部など比較的寒冷な地方ではちゃんとした衣類を着てないと命の危険が有りますよね。まあ、そんな感じで長い年月をかけて、衣類が発達したのかな~と。そして、衣類ってのが服飾と言う領域に入ってくると、単に暑い・寒いだけでは無くて動きやすさとか美観に力点が置かれるようになったのかなと。まあ、素人考えなんですけど。

んで、未来の衣類はどうなるのかな~と思いますね。スター・トレック Star Trek が好きなんですが、惑星連邦 United Federation of Planets の宇宙艦隊 Star Fleet クルーはいつも同じピタッとしたユニフォームを着てますね。さすがに船外作業する時は宇宙服的なものを着てますけど。きっと、ものすごく機能的でものすごく強靭でかつ伸縮性に富んでおり、劣化とかもしないんだろうな~と思います。んでも、洗濯とかはするのかな? 余談ですが、クリンゴンのゴツいユニフォームも好きなんですけど。と、これまた好きな スター・ウォーズ Star Wars ですが 皆さん 割と普通の衣類を着てますよね。


参考文献・書籍  References


  1. 「衣類の保温性を化学工学する (2) 」 化学工学会誌 第80巻 第3号 2016年
  2. 「衣服の保温性能評価指標としての布の熱移動特性」
     楊燕, 冨田明美, 高橋勝六    日本家政学会誌  Vol. 59 No.8 583~593 (2008)


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