身のまわりの化学工学 No.16 衣類の保温性 その3 Thermal Function of Clothes Part 3

 今回は 身のまわりの化学工学「衣類の保温性」について取り上げますが、その3となります。これまで以下のような内容について取り上げてきました。

その1 外気層における顕熱移動
その2 布の熱移動、衣服間空隙の放射・対流熱移動

これらはどちらも顕熱移動 Sensible Heat Transfer なんですが、もう一つ重要なのが潜熱移動 Latent Heat Transfer となります。このシリーズの その1 では 人体における産熱量のうち 3/4 が顕熱移動により外気へと放熱され、残り 1/4 は潜熱移動により放熱されると記載しました。人体は多かれ少なかれ発汗していて、汗の水分が蒸発しますんで体表面近傍には水蒸気が有りますね。で、外気との間に水蒸気分圧差があれば物質移動が起こりますね。この時の物質移動流束 Mass Flux に蒸発潜熱を掛け算すれば熱移動速度となりますんで、温度差による顕熱移動速度と同様に取り扱う事が出来ます。 

とまあその辺りをご紹介しますが、参考文献には物質移動実験の内容について記載されていてなかなか興味深いですね。



布を通しての水分移動  Water Vapor Transfer through Cloth

その1でも取り上げましたが、皮膚表面からの顕熱移動における温度分布、そして物質移動における水蒸気圧力分布は下図のようになりますね。で、衣服間空隙(空気層) と外気層については熱移動と物質移動は似てますよね実際に相似則が成り立ちますし。なんですが、布そのものを通しての物質移動については熱移動と似ているとは言えない、と参考文献には有りますね。


前回のその2において、「繊維が空気層と直列に並んでいる」場合と「繊維が空気層と並列に並んでいる」場合を考慮してモデル化し、布そのものの熱抵抗を推算しました。それで、布の材質ごとに繊維の体積比率の値などが必要ですが、このモデルでうまい具合に布そのものの熱抵抗が計算出来るんですね。何ですが、固体である繊維そのものの水蒸気拡散は極めて小さいですね、ゼロでは無いんでしょうけど。となると、水蒸気はどこを移動(拡散)していくかと言うと、布に含まれる空気中なんですね。で、その辺りをどのようにモデル化するかってのが大事になるんですね。



理論と実験   Theory and Experiment of Water Vapor Transfer through Cloth

参考文献では布を通しての水分移動について理論的な考察を行ない、次いで実験を実施する事で布1枚の物質移動係数の値を求めています。で、当然 布の種類によって違ってくるんですね。

✔ 水分移動の理論  Theory of Water Vapor Transfer through Cloth

既往の研究では、布を通しての水分移動については「布の透湿性」としてカップ法で測定されていたようです。文献をあたってみると、その名のとおりアルミ製カップに水を入れて、そこに試験布を被せてパラフィンなどで密封し、このカップを恒温槽内に静置するんですね。で、カップを静置するのは恒温槽内の直示天秤なので、水分の透過による重量の経時変化を直接測定出来るんですね。恒温槽内なんで温度は一定になりますが、湿度については槽内に飽和塩水溶液の入った容器を多数設置し、カップから発生した水蒸気を吸湿させる事で一定に維持するようです。

この方法は JIS にも規定されているようですが、湿り空気の密度は含まれる水分量によって増減するので、密度差による対流の影響を受けるとされています。それでも、いろいろと工夫されているようですが、参考文献の著者である 高橋 勝六先生は 異なる方法で実験されています。布の両側に薄い湿り空気流路を設けて、そこに高湿度空気と低湿度空気を等流速で流します。当然、高湿度側から低湿度側へと水蒸気は移動しますんで、入口・出口の湿度を実測すれば 布を通しての物質流束がどれくらいってのが得られますね。この方法でも布の両側表面には物質移動抵抗が有りますが、それなりの空気流速であれば小さくする事が可能ですね。と言う事は、より正確に布の物質移動抵抗を把握出来るんですね。と、口で言うのは簡単ですがやるのはこれまた大変ですよね。

で、下図のような並行流方式の物質移動装置を想定し、高湿度空気から低湿度空気へと水蒸気が移動するとします。式①は装置のある位置における物質流束で、式②は圧力をモル濃度に変換する為のものです。式①と②から式③が得られます。そして、式④は等流速の場合の高湿度側の分圧変化を表わしています。式③と④から式⑤が得られ、この式⑤を全物質移動面積で積分すると 式⑥となります。つまり、実験によって両側流路の入口・出口湿度を測定すれば、布を通過する物質移動における総括物質移動係数値が得られます。

このようにして 総括物質移動係数 KG が得られるんですが、布の熱抵抗測定の時と同じ様に布1枚と布2枚で実験するんですね。そして、両方の差を取れば 布そのものの物質移動抵抗が得られます。式⑦・⑧・⑨がそれらの計算式となります。





✔ 布中の物質移動における屈曲係数  Tortuosity Factor for Mass transfer in Cloth

そして、布内部の物質移動ですが 布は繊維と空気層とによって構成されているので、多孔体中の拡散として取り扱えると有ります。式⑩は Fick の法則を繊維中の空気層について適用したものです。駆動力は水蒸気圧差で、分子には拡散係数 D が含まれており、分母には布の厚み dcl が含まれています。で、布については繊維の体積比率 Φfib と屈曲係数 τ を適用します。繊維の体積比率が多いと固体部分が多くなるので、結果として物質移動速度は低下します。Φfib が 1 だと分子は ゼロとなるので、物質移動速度もゼロとなります。まあ、水蒸気を通さない薄いフィルムのような感じですね。で、屈曲係数の方ですが 布厚みに掛け算されており、そうすると見かけの拡散距離となります。拡散距離が長いと物質移動速度は低下しますね。

まあ、こんな感じで実際の布中の物質移動を表わそうと言う事ですね。下図中の a はまっすぐな拡散経路ですが、b と c は曲がったり太くなったり狭くなったりしてますね。d は単なる空洞なんですが高湿度側と低湿度側に貫通していないので、拡散経路として考慮しなくて良いとなります。




布の物質移動係数  Mass Transfer Coefficient of Cloth

ここからは参考文献に記載されている実験結果についてご紹介します。前述の並行流方式 物質移動実験装置を用いて、入口・出口湿度を実測して式⑥に代入すれば得られますね。

✔ 各種 布の物質移動係数  Mass Transfer Coefficient of Various Cloths

実験に使用した各種 布の特性(繊維体積比率、厚さ)、物質移動係数、屈曲係数は下図のとおりです。布の種類は、綿布、麻布、羊毛布、絹布、ポリエステル布 及び ナイロン布 です。dyarn は 糸の径で、warp は経糸(縦糸)で weft は緯糸(横糸) の事のようです。また、yarn per cm は織密度で、1cm 当たりの糸の本数ですね。




で、棒グラフで比較すると以下のとおりです。布種類によって結構差が有るんですね。また、同じ布種類 例えば 綿布でも3倍近くも差が有るんですね。それと、絹布は透湿性が高いと言われますが、実際に物質移動係数の値は大きいですね。




✔ 屈曲係数の相関    Correlation of Tortuosity Coefficient


で、布種類による物質移動係数の違いについてですが、布の特性である 体積比率や屈曲係数が影響していると考えられます。参考文献では 繊維体積比率と屈曲係数について下図のように相関されるとしています。見てみると確かに相関関係は有るようなんで、繊維の体積比率を実測すれば下図の式から屈曲係数を推定し、そして式⑪を使って布の物質移動係数を計算出来るんですね。まあ、空気中の水蒸気の拡散係数が必要ですが、一般的な組み合わせなんで文献や書籍には載ってますね。




まとめ  Wrap-Up


今回は、衣類の保温性 その3 として布の物質移動係数について取り上げました。並行流方式装置を用いて、物質移動実験を実施しています。温度も大変ですけど、湿度も微妙なんで正確で再現性のあるデータを取るのは難しいと思いますね。

また、参考文献には 布中の物質移動について以下のようにも記載されています。
  • 布の物質移動係数は空気の湿度によって変化しない
  • 布の屈曲係数は繊維の疎水性・親水性には影響されない
  • 布の屈曲係数は繊維の体積比率の増加に伴い大きくなる
布の物質移動は湿度には影響されないんですね。何か湿度が高いと物質移動が促進されるような感じも有りますが、物質移動の大小は湿度差だけを考えれば良いので単純で良いですね。また、布中の物質移動については親水性の木綿であろうが疎水性のナイロンであろうが基本的に関係は無くて、繊維の体積比率の方が影響しているって事のようです。なので、前述のとおり 繊維を拡大鏡で観察して体積比率を実測し、また別途 布厚みも実測すれば 物質移動係数をエイッと求められるんですね。 

並行流方式の実験装置の図も参考文献に載ってますが、なかなかに凝った作りとなっています。と同時によく考えられているな~と思いますね。布は薄くて平べったいものですが、そうすると両側の流路も平べったくて幅広になるんで、幅方向で湿度の偏りなどが発生しないようにする必要が有りますね。文献にはボルト・ナット 12本で締め付けて全体を固定したと有りますが、締め付け具合を均一にしないと流路厚みが変わったりするんだろうな~と思いますね。モノが小さいだけに大変だと思います。


参考文献・書籍  References

  1. 「衣類の保温性を化学工学する (3) 」 化学工学会誌 第80巻 第4号 2016年
  2. 「布を通した水分移動における物質移動係数と屈曲係数」
    日本家政学会誌 第61巻 第5号 2010年
  3. 「布地の水分に関するトランス特性(1)」
    繊維製品消費科学  第20巻 第6号 1979年



















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