化工計算ツール No.120 スラリーの粘度 Slurry Viscosity

 今回はスラリーの粘度について取り上げます。一般的には 粉が懸濁した液体となりますが、これまたいつもお世話になっている粉体工学用語辞典には以下のように記載してありますね。

"液体の中に微小固体粒子が全面的に浮遊している固液混合物を一般にスラリーと呼び,泥しょう(泥漿)とも呼ばれる。微小固体粒子の混入割合によって粘性係数が変わる傾向がある。固体濃度の増加によりニュートン流体から非ニュートン流体に変わる場合が多く,粘性係数の変化のしかたによってビンガム流体的になるものと,反対にダイラタンシーになるものとがある。"

説明文を見ると、「微小固体粒子の混入割合によって粘性係数が変わる」云々とあります。まあ、読んでそのとおりなんですが 粉の濃度が大きくなるとスラリーの粘度が変わりますって事ですね。で、結論から言うと粘度は大きくなるんですけど、どれくらい大きくなるのか?を知っておきたいですよね。例えば、スラリーをポンプで移送するにしても、見かけ粘度がどれくらいなのかが分からないと、圧力損失も不明で ポンプ動力も計算 出来ないですよね。また、固体濃度の増加によって非ニュートン流体に変わるとも書かれています。まあ、それも現象的には分かりますね。粒子同士が干渉しあうんでしょうから。まあ、計算する上では面倒くさい事この上ないんですけでも・・・。

で、スラリーってのも実務では出くわした事は有りますね。微粉の原料を これまた原料の液に混ぜるんですが、この時点では相互に溶けたりはしないので スラリーを形成しますね。まあ、そのままにしておくと沈降したりして よろしく無いので、スラリー調製槽から反応槽までの移送配管は往復仕様になっていて ずっと循環させてましたね。それまで経験が無かったので、「へ~こんな感じなんだな~」とは思いました。で、スラリー移送なんで一般的に言うところのスネークポンプを使ってましたね (超有名な某社のポンプでしたけど)。

んで、スラリー濃度による粘度変化を表わす式ってのはいろいろと提案されているんですね。と言う事で、その辺りを計算してみようかなと。



スラリーの流動性   Slurry Fluidity


✔ 単純剪断流れ  Simple Shear Flow Field

 下図のように流体を挟んだ平行平板を考えて、片方の板をエイッと動かすと剪断流れが発生します。応力 F を加えて事によって流体が歪むんですが、どれくらい歪むのか また どれくらいの速度で歪むのかは流体によって異なります。で、この時の 応力(=剪断応力) τ と歪み速度 (=剪断速度) γ との関係は式④   τ = μ × γ  となります。比例定数である μ を粘度としますが、ニュートン流体では一定値となり、更に各流体で固有の値となります。つまり、物性値なんですね。

で、式④を変形すると 式 a・b・c となりますが、式 a は 粘度値の大小で剪断応力つまりは加える応力が大小する事を示しています。式 b は 例えば ギャップ距離 h と変位速度 U を一定にし、その時の剪断応力 τ を測定すれば 粘度値 μ が得られる事を示しています。式 c は、同じ応力を加えた際に 低粘度の液だと平板はサーッと滑っていきますが、高粘度液ではゆっくりとしか滑らないって事を示しています。



✔ スラリー粘度の剪断速度依存性  Shear Rate Dependency of Slurry Viscosity


冒頭ではスラリーの非ニュートン性について触れたんですが、濃度依存性の前にこちらについてもう少し詳細に紹介しておきます。スラリー粘度の剪断速度依存性についてとなりますが、参考書籍によれば剪断速度が大きくなると下図のように変化すると有りますね。

  • 第1ニュートン領域 1st Newtonian region
    スラリー中の懸濁粒子は粒子間相互作用により粒子構造を形成しており、流速の小さいこの領域では流体の変形が小さく、従って粒子構造は破壊されずにそのままとなっている。結果として 粘度は高く一定となる。
  • 擬塑性領域 Pseudoplastic region
    剪断により粒子構造が破壊される為、粘度は徐々に低下する。このように粒子構造に起因する粘性を構造粘性と呼ぶ、と有りますね。
  • 第2ニュートン領域 2nd Newtonian region
    更に剪断が増加すると粒子構造は全て破壊され層状となって流動する。その結果、スラリー粘度は最も小さくなり、かつ一定となる。
  • ダイラタント領域 Dilatant region
    更に剪断が増加すると安定して層状に流れる事が出来なくなり、粘度は上昇する。

実際にはスラリーの種類や粒子濃度、温度などが複雑に関係すると思いますね。で、工業的に重要なのは 領域 I・II・III なんですね。



✔ スラリー粘度の濃度依存性 Particle Concentration Dependency of Slurry Viscosity


で、ここからは本題のスラリー粘度の濃度依存性となります。まずは、参考書籍に記載されている 理論的な取り扱いについて触れておきます。下図にとおりなんですが、まずスラリー粘度に関わる物理量は全部で 8個有ります。流体粘度とか粒子個数とか、剪断速度などですね。で、次元解析 Dimension Analysis を実施すると、相対粘度とか粒子体積分率などといった所謂 無次元数が 6個得られます。ここから更に以下の条件とか仮定を設定します。

  • 相対密度 → 1   流体と粒子の密度はほぼ同じと仮定
  • 無次元時間 → 0  定常状態なので ゼロとする
  • レイノルズ数 → 0 低剪断速度領域なのでゼロとする
     
となると、因子は 3個減りますんで スラリーの相対粘度は 粒子体積分率 Φ と相対剪断速度 τr によって影響されるとなります。これが式⑤ですが、無次元剪断速度もゼロ もしくは無限大であると仮定すれば 最終的に式⑥ となります。つまり、スラリー粘度はほぼ粒子体積分率によって左右されるって事になります。それと、相対剪断速度と無次元時間の式中には 定数 k が含まれていますが、この次元を調べてみると [K/J] = [絶対温度/エネルギー] となっています。全部 無次元数なんで、次元を消す為にそうなっているのかなと。




✔ スラリー粘度 計算式  Slurry Viscosity Calculation Equations 


参考書籍・文献には沢山載ってますね。主だったところは下図のようなところでしょうか。式①は Einstein 式ですが、これはあの アルバート・アインシュタイン 博士によるものなんですね。1906年に発表されたそうです。原著論文はネットで閲覧出来ますが、見てもよく分かりませんでした・・・。見る限りすご~く簡単な式ですよね。で、だんだん他の研究者によって数式が提唱されていきますが、まあ複雑になっていくんですね。

で、低濃度から高濃度まで単一の式で精度良く相対粘度を計算出来れば すごく便利ですよね。例えば、式⑬とかはオススメのようです。この式中には定数を含みますが、n=2 とするようです。また、Φm と言う定数も含まれてますが、0.6 ~1.0 までの値をとるとされています。別の参考書籍には 「Φm は剛体球の不規則充填における最大充填率」と記載されており、その値は 0.6 となっています。均一粒子径の剛体球をザザ~っと容器に詰め込んだ際の粒子体積比率が 0.6 になるって事ですね。ギッチギチに粒子が詰まった状態なんで、すご~く動きにくいと言う事は容易に想像出来ますね。 




計算例  Examples


✔ スラリー 相対粘度  Slurry Relative Viscosity


んじゃま早速計算してみます。前述の一連の計算式を使いますが、変化するのは 粒子体積比率 Φp しか無いので計算も楽ですね。

で、結果ですが 計算式によって結構 差異がありますね。Mooney 式は全然違う結果ですが、式を見るとΦp = 0 で μr = 0 となってしまいます。相対粘度がゼロってのはおかしいですね。流体の粘度は有る筈なので。アインシュタイン先生の計算式もごくごく薄いスラリーであれば使えそうですけど。使えそうなのは、Roscoe式、K-D式、E-R式の3つでしょうか。K-D式の定数 a の値は不明だったので、取り敢えず a=3 としています。んで、Φm = 0.6 としていますので、a × Φm = 1.8 となります。この値は E-R式の n の値である 2 とほぼ同じですね。なので、似たような結果になるのも当然です。

とまあ、こんな感じで Φm → 0.6 になるのに伴い 相対粘度は急激に増大しますね。前述のとおり隣接する粒子間距離がゼロに近づく訳ですので。E-R式では以下のような相対粘度値となりますね。体積比率 10 % くらいであれば粘度は 1.44倍なんでそれほどでも無いですね。これが 40% となると 9倍となります・・・。単相流では層流域であれば 粘度値の増加はそのまま圧力損失値の増加として効いてくるので、圧力損失も9倍となりますね。スラリーの場合も同様に扱えるのかは分かりませんけど。

  • Φp = 0.1  μr = 1.44
  • Φp = 0.2  μr = 2.25
  • Φp = 0.3  μr = 4.00
  • Φp = 0.4  μr = 9.00
  • Φp = 0.5  μr = 36.00




✔ 文献値との比較  Comparison with Literature


せっかくなので、スラリー粘度についての文献における相対粘度実測値と比較してみます。鉄鋼系の雑誌に掲載された報文ですが、モデル的な系として シリコンオイル - ポリエチレン粒子における粘度値を実測して相対粘度値を求めています。で、E-R 式から得られる 相対粘度値と比較してみます。少々手抜きをして 文献掲載の図をキャプチャし、その画像に E-R式の計算値を描いています。

ポリエチレン粒子の粒子径は 9.35 [μm] と 602.5 [μm] です。実際には中間的な粒子径についても実施されてますね。で、比較結果ですが 微小粒子径では まあ合ってるのかな~と思いますね。なんですが、粗大粒子径では 粒子体積比率が大きいところではだいぶ差異が有りますね。下図には粒子の大きさを比較していますが、まあ結構違いますよね。なのに、相対粘度を粒子体積比率だけで相関しようと言うのは、やはり無理が有るのかなと思いますね。また、図中のシンボルの違いは粘度測定時の剪断速度の違いです。見て分かるように 体積比率の大きいところでは 剪断速度の影響も無視出来ませんね。なので、前述の 式⑭・⑮で示される キャピラリー数 Ca を含む相関式が提唱されたんですね、多分。で、この Saito 式ですが 齊藤 敬高 (さいとう のりたか) 先生によるもので、下図の実験結果が含まれる報文も 齋藤先生によるものですね。






まとめ  Wrap-Up

今回はスラリー粘度について取り上げて、複数のスラリー粘度式を用いて相対粘度値を計算してみました。まあ、結構影響は有りますよね。体積比率 20% で粘度値は2倍とかになりますし。となるとスラリー移送においても この辺りを考慮する必要が有るのかなとは思いますね。また、このブログでも頻繁に取り上げている撹拌分野においても スラリーの撹拌ってのは有りますね。例えば、採鉱分野とかでは大量の泥漿を撹拌槽で撹拌するってのも有りますね。撹拌の目的としては、槽内均一化とか粗大粒子の沈降防止とかでしょうか。

また、今回は触れませんでしたけども スラリー中の粒子ってのは 「粒子径分布」を持ちますよね。なので、当然 参考書籍とか文献にも 粒子径分布を考慮したものも多々見受けられます。前述の「不規則充填した場合の最大充填率は 0.6」と言うのは、あくまでも均一粒子径の場合なんですね。で、参考書籍には粒子間の隙間に入るような小さめの粒子を混在させる事によって 粒子体積比率自体も増加するし、更には小粒子によって押し出された流体による潤滑作用によってスラリー粘度は低下すると記載されています。つまり、粒子体積比率が 0.6 を超えるようなスラリーを流動させる事も実現可能となりますね。もちろん、スラリー粘度はものすごく大きくはなるんですけど。こんなところについてもまた別の機会に取り上げたいですね。にしても、やはり粉モノは取り扱いが難しいですね。


参考書籍・文献  References


  1. 「粉体工学叢書 第4巻 液相中の粒子分散・凝集と分離操作」 
         粉体工学会編 日刊工業新聞社 2010年刊
  2. 「多相融体の流動特性評価とプロセスシミュレーション」
     樋口 善彦 ・ 嶋﨑 真一 ・ 植田 滋 ・ 齊藤 敬高
         鉄と鋼 第110巻 第6号 2024年
  3. "Viscosity of Slag Suspensions with a Polar Liquid Matrix"
         Noritaka SAITO, Daigo HARA, Seiyu TERUYA and Kunihiko NAKASHIMA
         ISIJ International , Vol. 60, No.12 (2020)









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