今回は分散モデル Dispersion Model について取り上げます。この分散モデルですが、反応装置における混合特性に関係するものです。ご存知のとおり、反応装置内における反応流体の状態は装置内に滞留する時間の分布に影響を与え、ひいては化学反応の反応率が支配される事になります。で、この混合の状態と言うか流れの状態は 以下の2つの極限状態が有ると考えられます。まあ、実際には起こり得ないので理想流れ Ideal Flow とも呼ばれますね。
- 押出し流れ Plug Flow
流体の全ての微小要素が同じ方向に、かつ同じ速度で移動している状態。流体があたかもピストンで押し出されている様な流れとなり、栓流 Plug Flow とも呼ばれますね。 - 完全混合流れ Complete Mixing Flow
流体の微小要素がすご~く大きな速度で、かつランダムな方向に移動している状態。装置内の流体のどの部分を取り出しても、温度や濃度は全て同じになっている。
で、実際の反応装置においては上記の両極端の中間的な流れ状態となっている訳で、それをモデル化して考えると言う手法が取られますね。そのモデルとしては以下の3つが挙げられます。
- 流速分布モデル Velocity Distribution Model
流体は全て同じ方向に移動するが、それぞれの速度が異なると言うモデルです。円管内の流れを考えると分かりやすいですね。層流であれば、速度分布はハーゲン-ポアズイユの式で 厳密に計算出来ますね。管壁では速度ゼロで、管中心において平均流速の2倍となる放物線分布なので、それに基づいて流体要素の滞留時間が得られます。 - 分散モデル Dispersion Model
流体は一様な速度で流れ、かつ 濃度勾配に比例する物質移動が起こるものとし、一定の分散係数 Dispersion Coefficient を導入して装置内の混合を説明しようとするものです。 - 槽列モデル Tanks-in-Series Model
装置を等容積の完全混合槽の直列接続として考え、混合特性を考えようとするものですね。こちらについてはこのブログでも「No.15 滞留時間分布」 で取り上げました。まあ、直感的で分かりやすいですね。
で、今回は 2番目の分散モデルを使って反応装置出口における濃度の時間推移を計算してみます。
分散モデル Dispersion Model
✔ 流通反応装置における分散モデル Dispersion Model in Flow Reactor
流通反応器において流体を通過させた場合を想定し、その内部で混合が進行しているとします。この反応器の入口においてトレーサーを瞬間的に投入します。そうすると、トレーサーは反応器下流に向かって流れますし、と同時に濃度差によって上流側と下流側に拡散します。なので、図に有るようにトレーサー濃度分布はブロードになるんですね。これは所謂 インパルス応答ですね。一方、ステップ応答と呼ばれる方法もあって 時間 t = 0 から流体をトレーサーに完全に切り替えます。で、出口のトレーサー濃度を見ていると 図にあるように徐々に増加していきますが、濃度の立ち上がり具合がやはりブロードになるんですね。で、これら濃度分布がどの程度ブロードになるか?ってのが反応器内の混合状態に左右されるって事ですね。
✔ 分散モデルにおける支配方程式 Governing Equations of Dispersion Model
前述の図を見るとトレーサーは y 軸方向にのみ 移動します。で、トレーサーの移動は 「対流」と「拡散」によって起こります。更に、出口濃度は時間で変化するので非定常現象ですね。なので、この系は「1次元非定常拡散方程式」によって取り扱う事が出来るとなります。
で、その支配方程式は移流拡散方程式であり式①となります。時間変化を扱うので時間 t を含む非定常項がありますね。また、平均速度 v を含む移流項と分散係数 Dy を含む拡散項もあります。拡散項は2階偏微分となってますが、非定常項と移流項は1階偏微分となっており そこまで複雑では無いですね。そして、この偏微分方程式を解けば良いんですが実際 解析解が有りますね。インパルス応答については式②を用いますし、ステップ応答については式⑤を使います。式⑤には誤差関数 error function が含まれています。式⑤については複雑と言えば複雑ですけど、EXCEL であれば一度入力すれば良いのでそこまで面倒くさくは無いですね。
式③は無次元時間 θ であり、式④は反応器ペクレ数となります。槽分散数 Vessel Dispersion Number とも、ボーデンシュタイン数 Bodenstein Number とも呼ばれますね。ペクレ数と聞くと 伝熱における それを思い浮かべますけども、伝熱でのペクレ数は Pe = Re Pr であり、レイノルズ数とプラントル数の積ですね。で、レイノルズ数における代表長さとしては 例えば円管内径 d を使います。一方、反応器ペクレ数は Pe = Re Sc であり、レイノルズ数とシュミット数との積となります。そして、代表長さとしては 反応装置の全長 L を使いますね。
で、上記の解析解を使ってエイッと反応装置出口の濃度を計算出来ますね。なんですが、移流拡散方程式を差分化して差分式とし数値解を得る事も可能です。下図のとおりですが、移流拡散方程式である式①の各項を差分近似しますが、それらが式⑥・⑦・⑧です。で、この近似式を式①に代入して整理すると式⑨となります。式中の n は y軸方向の位置で、p は時間刻みとなります。なので、時間 p における 各点 n の濃度を用いて、次の時間刻み p+1 における各点 n の濃度を求めます。そして、この操作をどんどん繰り返していけばず~っと未来の各点の濃度を求められる事になります。まあ、実際には EXCEL で計算しますけど 1次元の非定常計算であれば、行に各点の濃度を対応させ 一方 列に時間変化を対応させて計算出来るのですご~くお手軽ですね。
計算例 Examples
✔ インパルス応答 Impulse Response
まずはインパルス応答について計算してみますが 伊東 章先生の著書である 「基礎式から学ぶ化学工学」を参考にしています。計算条件は以下のとおりです。形状が円管であるとすると内径は 160 [mm] となります。全長は 200 [mm] なんで 結構 太い感じですね。
- 全長 L = 0.2 [m]
- 内容積 V = 0.004 [m3]
- 流速 v = 0.0032 [m/sec]
- 分散係数 Dy = 5.0 x 10-6 ~ 1.0 x 10-3 [m2/sec]
- 濃度 CA0 = 0.05 [mol/m3]
解析解による計算結果となりますが、反応装置出口における濃度の経時変化を下図に示しました。滞留時間は 62.5 [sec] なので、その辺りにピークをもつ分布が得られています。で、ペクレ数を変えていますが、影響がある事が分かります。ペクレ数の大小ってのは、装置全長 L と流速 v が一定であれば、分散係数 Dy によって決まります。例えば、ペクレ数が大きいと言うのは分散係数が小さい、即ち混合の影響が小さい場合となります。なので、エイッと投入したトレーサーはさほど前後には広がらずに出口に到達するんですね。一方、ペクレ数が小さい場合は 分散係数が大きいので混合の影響が大きく効いてきます。なので、図に有るように濃度の経時変化はすご~くブロードになっています。滞留時間よりもだいぶ早い時点から濃度が観測されはじめ、そしてず~っと後まで観測され続ける事が分かります。
で、出口濃度は解析解が有りますが ある時点における反応装置 流れ方向の濃度分布はどうなってるのか?が知りたいところですね。それを求めるには前述の 差分近似式を用いて数値解を求めれば良いですね。と、伊東 章先生の参考書籍では EXCEL シートを頒布しているので、そちらを借用させて頂きます・・・。下図は ペクレ数 32 の結果ですが、時間 t = 0 がトレーサーを投入した時点です。その後、トレーサーは移流しながら混合作用によって前後にも広がって行く様子が分かりますね。そして、100 [sec] が経過すると 反応装置内 全域の濃度はほとんどゼロとなっています。 それと、滞留時間 62.5 [sec] における装置内濃度分布 (破線) を見ると、出口 y = 0.2[m] の位置と濃度分布のピーク位置がドンピシャ 一致しているのが分かりますね。
✔ ステップ応答 Step Response
ステップ応答もやらなければ片手落ちですね。実際のところ、ステップ応答の方が馴染みが有る様に思います。例えば、連続運転しているポリマープラントとかでは 品種切り替えとかグレードチェンジとかが行なわれますね。ポリマー組成を変える為に、原料モノマー組成を変えるって事を行ないます。勿論、連続的にそれを実施する訳で、それはステップ応答そのものですね。
で、解析解で計算してみると下図のとおりです。ペクレ数が大きい イコール 分散係数が小さいとよりシャープに切り替わるのが分かります。ペクレ数が小さい イコール 分散係数が大きいと装置内の混合作用によって切り替わりはダラダラっとした様相となりますね。
で、解析解で計算してみると下図のとおりです。ペクレ数が大きい イコール 分散係数が小さいとよりシャープに切り替わるのが分かります。ペクレ数が小さい イコール 分散係数が大きいと装置内の混合作用によって切り替わりはダラダラっとした様相となりますね。
で、インパルス応答と同じ様に装置内 流れ方向の濃度分布を やはり伊東 章先生の EXCEL シートで計算すると下図のようになりますね。装置内がだんだんと置き換わって行く様子が分かります。
✔ 槽列モデルと分散モデルの関係 Relation between tanks-in-series model & Dispersion model
ここまでいろいろと計算したりグラフを描いてみたりしましたけど、基本的に槽列モデルと同じ様な結果になるんですね。まあ、異なるアプローチをしているだけで扱っているのは同じ流通反応器な訳で、当たり前と言えば当たり前ですね。違う結果になるのであれば、そっちの方が問題ですね。で、槽列モデルでは 槽数 N が重要なんですが、この槽数 N と分散モデルにおける ペクレ数 Pe Number との関係が有りますね。ものすごく簡単な関係です。
で、プロットしてみると下図のようになります。直線なんですが、x切片は 1 なんですね。つまり、槽数 N=1 において ペクレ数 Pe = 0 となります。ペクレ数 → 0 って事は 分散係数 Dy → ∞ と言う事です。なので、1槽の完全混合槽においては分散係数は無限大って事になります。これは冒頭で述べた 「完全混合流れ」の定義と合致しますね。
で、プロットしてみると下図のようになります。直線なんですが、x切片は 1 なんですね。つまり、槽数 N=1 において ペクレ数 Pe = 0 となります。ペクレ数 → 0 って事は 分散係数 Dy → ∞ と言う事です。なので、1槽の完全混合槽においては分散係数は無限大って事になります。これは冒頭で述べた 「完全混合流れ」の定義と合致しますね。
まとめ Wrap-Up
今回は流通反応装置における分散モデルについて取り上げて、装置出口濃度の経時変化とか装置内濃度について計算してみました。ただ、今回の計算は「混合作用」のみを考慮しているんですね。で、実際にはこの装置出口での反応率がどれくらいになるのか?が重要と言うか、知りたい事ですよね。で、こんなペクレ数を有する反応装置で一次反応を行なったら反応率はどれくらいか?ってのは 勿論 有るんですね。反応工学の書籍に載ってます。
また、分散係数 Dy と言う謎の値についても伊東 章先生の著書では少し詳しく述べられていますね。分散係数では無くて混合拡散係数としていますけども。で、この分散係数ですが層流流れの反応装置であれば 分散係数 = 分子拡散係数 としても良いんでしょうけど、乱流域ではそうも行きませんね。この辺りを明らかにしたのが、英国の流体力学研究者である Sir Geoffrey Ingram Taylor (1886 - 1975) 氏との事です。
まあ実務においても、槽列モデルとかで滞留時間分布を計算してみる事は有ったんですが、こちらの分散モデルについては正直やったことは無いですね。溶液重合プロセスにおいては、大抵は竪型の撹拌機付き反応器を2~3基並べるんですね。なので、物理的に見ても既に槽列モデルとなっている訳で、分散モデルとして取り扱うのも多分に無理がありますよね。まあ、ポリマー生産用の反応器であっても勿論 プラグフロータイプってのは有るわけで、そんなんであれば 分散モデルを適用しても良いのかも知れませんけど。ただ、ポリマー溶液ってのはすご~く液粘度が高いので 所謂 「逆混合」 Back Mixing ってのも起こりにくいんですよね。であれば、影響が一方向にのみ伝わる槽列モデルで事足りるのかなと。なんて事をず~っと考えたりしてたんですね。
また、分散係数 Dy と言う謎の値についても伊東 章先生の著書では少し詳しく述べられていますね。分散係数では無くて混合拡散係数としていますけども。で、この分散係数ですが層流流れの反応装置であれば 分散係数 = 分子拡散係数 としても良いんでしょうけど、乱流域ではそうも行きませんね。この辺りを明らかにしたのが、英国の流体力学研究者である Sir Geoffrey Ingram Taylor (1886 - 1975) 氏との事です。
まあ実務においても、槽列モデルとかで滞留時間分布を計算してみる事は有ったんですが、こちらの分散モデルについては正直やったことは無いですね。溶液重合プロセスにおいては、大抵は竪型の撹拌機付き反応器を2~3基並べるんですね。なので、物理的に見ても既に槽列モデルとなっている訳で、分散モデルとして取り扱うのも多分に無理がありますよね。まあ、ポリマー生産用の反応器であっても勿論 プラグフロータイプってのは有るわけで、そんなんであれば 分散モデルを適用しても良いのかも知れませんけど。ただ、ポリマー溶液ってのはすご~く液粘度が高いので 所謂 「逆混合」 Back Mixing ってのも起こりにくいんですよね。であれば、影響が一方向にのみ伝わる槽列モデルで事足りるのかなと。なんて事をず~っと考えたりしてたんですね。
参考文献・書籍 References
- 「基礎式から学ぶ化学工学」 伊東 章著 化学同人 2017年刊
- 「流通装置内混合の槽列モデルと混合拡散モデル」
化学工学 第79巻 第4号 2015年 - 「改訂 反応工学」 橋本 健治著 培風館 1993年刊
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