身のまわりの化学工学 No.23 ファン付きウェアの放熱効果 Cooling Performance of Ventilated Wear

 今回は身のまわりの化学工学シリーズとして、ファン付きウェアの放熱効果について取り上げます。まあ、「空調服®」と言う呼び方が一般的でしょうか。ここ数年で一気に普及したような印象が有りますね。暑熱環境下にある屋外の現場とかでは皆さん普通に着てますね。で、この呼称ですが登録商標なんですね。製作販売している企業さんですが、その名も「株式会社 空調服」です。会社設立と空調服®の販売は 2004年との事で、まあそこまで古い会社では無いんですね。で、一般的には「ファン付きウェア」とか「ファン付き作業服」とか言いますね。

このファン付きウェアですが 現場作業時に使われるのはブルゾンタイプで、両側にファンが設置されているものでしょうか。で、ブルゾンの内側には隙間があって、そこに送風するんですね。そうすると発汗による水分の蒸発が促進されて涼しくなると言う理屈です。水分の蒸発ってのがミソですね。水分蒸発が無ければ、単にぬる~い外気を取り入れて吹き込んでいる事になります。ここ数年は外気温度が 体温とほぼ同じって状況もありますが、そうすると 体温-外気 温度差 ΔT が小さくなるので、放熱効果は全く期待出来ません。もし外気温度が 38℃ とかであれば、かえって体を加熱する事になってしまいますね・・・。

んで、このファン付きウェアの効果についての文献とかも そこそこ有りますね。建設業界とかスポーツ分野とか。実際に使ってみて体温とか心拍数とか発汗量とか飲水量とかを計測したり、どれくらい涼しく感じるかなどのアンケートを取ったりしてますね。なんですが、せっかくなんで化学工学的にと言うか 伝熱工学的に見て どうなのか?って辺りを計算してみたいですよね。参考とする文献は 2017年に発表された「衣服下への空気吹込みによる放熱促進効果」なんですが、以前 「衣類の保温性」で取り上げた 高橋 勝六先生のグループによるものです。




※ この画像は Google Gemini に作成して貰いました。ケミカルプラントの工事現場 云々でそんなに細かい指示はしていませんけど このレベルの出来栄えになるんですね。蒸留塔とかそれっぽいですね。んでも、ファン付きウェアは着てませんね・・・。



空気流による放熱効果  Cooling Performance of Air Flow


✔ 人体からの放熱における衣料要因 Clothes factors of Cooling from Human Body


高橋先生の文献には下図のような説明がありますね。夏季の気温が高い時期、人体があってその表面からの放熱しているものとします。人体内部は 36℃ とかで外気温度が 30℃ であれば、温度差 ΔT = 36 - 30 = 6 ℃ なので一応は放熱しますね。そして、当然ですが 放熱量が小さければ皮膚表面の温度が上がりますが、皮膚表面温度が「快適っ!」と感じるのは 33℃ との事なので それよりも高くなれば「暑っ!」となりますね。

で、温度差は如何ともしがたいですが それ以外の要因を何とかして放熱量を増やしたいですよね。文献には以下の項目が挙げられています。で、これは言わずもがなですが 自分の家に居るのであれば何も着なくても OK ですが、普通は最低でも 何か1枚は着ますよね。で、その1枚ありきで何とか放熱量を増やしたいって事になります。そして、以下の項目を改めて見てみると、放熱量を増やすには「薄手で汗を吸いやすく、んでもって比較的にゆったりめのブカブカの衣料」が良いとなります。つまりは、皮膚表面と衣類の間の空気が十分に入れ替わるようになっているのが好適って事になりますね。温い空気が入れ替われば顕熱移動が促進されますし、高湿の空気が入れ替われば発汗が増加して潜熱移動が促進されますね。

  • 大きな衣服開口部
  • 少ない布枚数
  • 小さい衣服間空隙
  • 通気性の良い薄手の布
  • 汗で濡れた布における潜熱移動
  • 衣服内の高温・高湿空気の煙突効果による流動
  • 衣服の揺動によるフイゴ効果


で、その辺りを更に推し進めれば 皮膚表面と衣類との間の空隙にガンガン空気を通してやれば良いのでは?となりますね。その為には小型の送風ファンを設置すれば良いですし、そのファンを駆動する為にはモバイルバッテリーが有れば良いですね。んでも、同じアイディアはずっと前から有ったんだと思いますね。ファンに使う小型のモーターってのも有りますよね昔から。ただし、それなりに容量があって使い勝手が良い電源が使えるようになって初めて実用化されたのかな~って思います。毎回毎回 乾電池を取り替えるのは面倒くさいですし、お金もかかりますよね。



✔ 放熱量計算式  Calculaiton Equations of Coooling Rate


で、人体からの放熱量 云々を取り扱うには放熱モデルを想定して、それに基づいて放熱量計算式を構築する必要が有りますね。参考文献ではいろいろと実験を実施してデータを採取しています。そして、その結果に基づいて以下の計算式を提示しています。

同じような計算式は「衣類の保温性」でも出てきましたね。人体皮膚表面からの放熱 熱流束ですが、顕熱流束と潜熱流束の和として式①で表わされます。で、顕熱流束は式②で表わされますが、総括熱伝達係数 hT と皮膚表面-外気温度差との積となります。一方、潜熱流束は式③で表わされますが 蒸発潜熱と物質流束との積となります。そして、更に物質流束は式④で表わされて、総括物質移動係数 KG と皮膚表面-外気 水蒸気分圧差との積となります。そして、hT と KG は 式⑤と⑥によって推算します。





計算例  Examples


✔ 放熱速度に対応する外気温度の推算  Estimation of Ambient Air Temp. corresponding to Cooling Rate


で、早速計算してみます。文献では皮膚表面からの放熱速度 q [W/m2] を設定しています。加えて、ファン付きウェア 空隙部における風速を指定します。そうすると、総括伝熱係数と総括物質移動係数が計算されます。また、温度湿度条件ですが 皮膚表面温度 は33[℃] で相対湿度 100 [%] とします。一方、外気温度ですが これを計算して求めます。つまりは、皮膚表面温度を快適と感じる 33 [℃] に維持する為に必要な 外気温度を決定するんですね。

計算結果をいくつか見てみます。

  • 顕熱移動
    まずは 顕熱移動のみを考慮する場合です。発汗による水分の蒸発は考えない場合となります。放熱速度 60 [W/m2] において空隙部風速 0.0 [m/s] の場合、外気温度は 23.4 [℃] であれば良いとなります。つまり、もし 外気温度が 23.4 [℃] よりも高いと 放熱速度は低下するので 皮膚表面温度が上昇して 「暑い!」と感じます。一方、23.4 よりも低い 20 [℃] とかであれば 全然 問題無いとなりますね。で、同じ条件で風速が 0.3 [m/s] になったとすると 外気温度は 27.3 [℃] で良いとなります。無風の時とは全然違いますね~。

  • 顕熱移動 + 潜熱移動
    で、上記の顕熱移動に発汗水分の蒸発による潜熱移動を加味してみます。同じ 放熱速度 60 [W/m2] で 風速は 0.3 [m/s] とすると 外気温度は 40.2 [℃] でOKとなります。上記の顕熱移動のみの場合とは全然違いますね。この 40.2 [℃] ですが、体温よりも明らかに高い温度ですよね。なので、発汗による水分蒸発が有る場合 すご~く暑い環境下でも まあ何とかしのげるって事にはなりますね。



✔ 外気条件の放熱速度への影響   Influence of Ambient Air Conditions on Cooling Rate


次に、外気条件の影響について計算してみた結果が下図となります。温度が高く乾いた空気と温度は低く湿った空気において風速を変えています。まあ、どちらも風速が増加すると放熱速度は上がりますが、途中で逆転するんですね。風速が小さい場合、温度が低く湿った空気の方が放熱速度が大きくなります。顕熱移動の寄与が大きいんですね。なんですが、風速が大きくなってくると温度が高くて乾いた空気の方が放熱速度が大きくなります。潜熱移動の寄与分が大きくなるんですね。

それと METS ですが Metabolic Equivalent for Tasks  の略で、「身体活動の強度」との事です。座ったり横になっている安静時においては 1 METS で、立つと 1.8 、普通に歩くと 3.0 、ジョギング 7.0 となり、6 METS 以上が高強度の活動となるそうですね。建設工事現場での作業が どれくらいの METS になるかですが、ネットで調べると 4.5 とかなってますね。となると、放熱速度が 2 METS 相当くらいでは全く放熱が追いついていないので、熱中症の危険度も高いとなりますね。勿論、ず~っと 4.5 で作業する訳では無いんだとは思いますけど。



で、ついでなんで湿度の影響を計算してみました。外気温度は 35 [℃] として相対湿度を変えてみると下図のようになります。顕熱分については一定ですね。しかもマイナスなので 顕熱分は入熱します・・・。ですが、潜熱分については湿度は効いてきますね~。湿度の増加に伴って減少して、相対湿度 70 [%] の辺りで顕熱分と潜熱分による放熱速度はゼロとなります。なので、全く放熱出来ないと言う事になります・・・。ここいら辺がファン付きウェアの限界なんでしょうかね。ものすごくムシムシしている環境での作業においては、また別の方法を適用すべきって事なのかと思います。



まとめ  Wrap - Up


今回はファン付きウェアの放熱効果について取り上げて放熱速度に与える風速とか外気条件の影響について計算してみました。この方式ってのは効果は有るんですよね、やはり。体温よりも高い気温条件下においても 皮膚表面温度をそれなりの範囲に抑える事が出来ますね。勿論、前述のようにすごく湿度の高い条件下では限界があるので、万能って訳でも無いです。また、発汗時の水分蒸発が肝なので体内の水分はどんどん失われますね。と言う事は適宜 水分を補給しないと脱水状態になるのかなと。なので、ファン付きウェアを着ているから 問題無いと言う訳では無くて、適宜 休憩と水分補給するって事が重要になりますね、当たり前ですけど。

主に参考にしたのは高橋 勝六先生の文献ですが、それ以外にもいくつか見てみたんですね。面白いな~と思ったのは「冷却ベスト」を用いると言うものですね。この冷却ベストですが、高吸水性ポリマーである ポリアクリル酸ナトリウム塩を直接紡糸して繊維にしています。で、この繊維を透湿性の高い布地(ポリエステル 100%) で挟み込んでるんですね。試作したベスト1着で 水 500 cc を吸水出来たんだとか。そして、このベストを着て、更にその上にファン付きウェアを着て ブワ~っと送風するんですね。そうするとベストの水分が蒸発して涼しくなるって寸法ですね。この方式だと発汗しなくても涼しくなりますから、水分補給に神経を使う必要も少なくなるのかなと。考えるもんですね~。

しかし、昨年も暑かったんですけど 今年はそれ以上ですね。このブログ原稿を書いているのは冷房を使ってない部屋ですけど、扇風機の風を直接肌に当てて涼を取っています。水分補給もこまめにしてますね~。それと、あくまでも短時間の効果ですが メントール成分配合の汗ふきシートとかを使うと清涼感は有りますね。それでも駄目ならガリガリ君ですかね。でも、それなりに歳なので 歯茎にしみるんですよね~。


参考文献・書籍  References


  1. 「衣服下への空気吹込みによる放熱促進効果」
       日本家政学会誌 第68巻 第12号 pp. 662-673  (2017)
  2. 「暑熱環境下における熱中症予防のためのクーリング方策に関する研究」
       デサントスポーツ科学 Vol.41


web site

  1. 株式会社 空調服 ホームページ
    https://9229.co.jp/


















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