化工計算ツール No.129 蒸発操作 Evaporation Operation

 今回は蒸発操作について取り上げます。参考書籍によれば、「不揮発性溶質を含有する溶液から揮発性溶媒を気化分離させ、溶液を濃縮する単位操作」と有りますね。一般的に工業プロセスでは発生蒸気よりも濃縮液に価値が有りますね。苛性ソーダを濃縮するのであれば、その濃縮液が重要です。なんですが、例えば 蒸発式海水淡水化法では蒸発してきた蒸気の方に価値が有りますね。まあ、最近は蒸発式では無くて逆浸透膜 (RO膜) によるプロセスが多いんだと思いますけど。

この蒸発操作ですが、対象が水溶液ってのが一般的でしょうか。適用例としては、上記の海水淡水化、化学製品や廃液の濃縮が挙げられますが、もう一つ 食品加工における濃縮ジュースの製造にも適用されています。「濃縮還元」果汁とか言われますが、これは蒸発操作によって一旦 果汁を濃縮します。そして、この濃縮液をどっかに運搬したり貯蔵したりします。んで、その後 加水して元の濃度にして製品とするって感じでしょうか。濃縮する事で容積が減るので運搬するのも貯蔵するのもコストが削減出来ますね。果汁を近場ですぐに消費するのであれば、濃縮する必要は無いですよね。これは「ストレート」果汁となりますね。「濃縮還元」果汁が一般的になったのは 1970年代との事ですから、私が小学生の頃でしょうか。あの「ポンジュース」はこのタイプとの事です。

実務でも蒸発操作ってのは何回かやった事は有りますね。まあ、ケミカルプラントなので水溶液では無くて有機溶媒を蒸発させるプロセスでしたけども。加熱源はジャケットにスチームを供給してましたけど、内液との温度差を大きくする為に減圧してましたね。蒸発槽はインペラで撹拌してましたね。で、蒸発してきたベーパーをコンデンサーで凝縮回収しますけど、伝熱面積が足りるとか足りないとか、冷却水の温度とか流量がこれくらいとか検討しましたね。



沸点上昇  Boiling Point Rise


✔ 溶質の存在に起因するもの  Caused by Presence of Solutes


無機塩や苛性ソーダなどの溶質を含む水溶液の蒸気圧は純水のそれと比較して小さくなります。結果、沸騰が起こるための温度が上がります。つまりは沸点上昇が起こります (凝固点降下も起こりますけど)。大気圧下の水であれば 100 [℃] で沸騰しますけど、溶質を含む水溶液の沸点は それよりも高くなります。で、沸騰している温度がどれくらいなのか?が重要となりますね。何故かと言うと、加熱媒体との温度差に効いてくるんですね。例えば、120 [℃] のスチームで加熱する場合、水溶液 沸点が 105 [℃] と 110 [℃] であれば 温度差は 15 [℃] と 10 [℃] となりますね。詳細は後述しますが、温度差が 1.5倍 違うのであれば 蒸発装置の伝熱面積も 1.5倍 異なりますね。ザックリ言えば、蒸発装置が 1.5倍程度 大きくなるって事なんで、それは問題ですね。

で、この溶質に起因する沸点上昇を予め把握しておく必要が有りますが、例えば ラウールの法則 Raoult's Law を変形したもの、または デューリング線図 Duhring Chart  を用いて知る事が出来ます。以下の式①は 通常の ラウールの法則であり、 溶媒成分の分圧は その成分の蒸気圧にモル分率を掛け算して得られます。ただし、この関係が成立するのはあくまでも理想溶液についてなので、溶質成分が濃い 非理想性の強い溶液については 代わりに式②を用いる事になります。この式ではモル分率の代わりに関係蒸気圧 α を用います。で、この α ですが実測値に基づいて決定する事になります。う~ん、面倒くさいですね。

また、下図に 苛性ソーダ水溶液の デューリング線図を描いてあります。見ると、横軸は苛性ソーダ水溶液の温度で、縦軸は純水の温度となっています。で、どんなふうにプロットされているのかと言うと、まずは ある濃度の水溶液がある温度で示す蒸気圧を求めます。そして、同じ蒸気圧を示す純水の温度も決定出来ますね。それをいろいろな溶液温度でどんどんプロットしていけば下図のように デューリング線図が得られるとなりますね。このデューリング線図は溶質成分ごとに異なるので、その線図を探してこないといけませんね。いろいろ探しても見当たらないのであれば、実測するしかないですね。




✔ 液の静水圧に起因するもの  Caused by Hydrostatic Pressure of  Liquid


液面からある深さ H [m] の位置にある液にはその分の静水圧 pH [Pa] がかかっており、それによって液面よりも高い温度で沸騰します。




単一蒸発缶の熱・物質収支   Heat and Mass Balance of a Single Effect Evaporator


✔ 単一蒸発缶  Single Effect Evaporator


単純な蒸発装置として 連続操作されている「単一蒸発缶」 Single Effect Evaporator を想定し、そこでの熱収支と物質収支を考えると下図のとおりとなります。図にあるように、原料希薄液が連続的に供給されており、缶上部からは蒸気が排出され、一方缶底からは濃縮液が排出されます。缶内液量は一定なので、供給量と排出量合計は等しくなります(式④)。と、同時に溶質成分についても物質収支が成り立つので、原料中の溶質流量と濃縮液中の溶質流量は等しくなります(式⑤)。

で、熱収支ですが 原料はある温度で供給されますが、まずは缶内沸点温度まで加熱する為の顕熱量が必要となります。そして、この顕熱量に加えて溶媒が蒸発する際に必要な蒸発熱量が必要となります。両者の合計がこの蒸発缶において必要な加熱負荷となり、式⑥で表わされます。更に、この加熱負荷と同じ熱量を蒸発缶内に設置されている伝熱面積を介して顕熱移動によって缶内液に伝えます。それが式⑦であり 総括伝熱係数 U と温度差 ΔT が与えられれば 必要な伝熱面積Aが求まります。それと、式⑧ですが 沸点上昇時の蒸発熱量を求める式となります。



計算例   Examples


✔ 沸点上昇 関係蒸気圧    B.P.R    Related Vapor Press.


参考書籍の例では、20[wt%] NaCl 水溶液において 101.3 [kPa] での沸点上昇は 4.7 [K] であるとなっています。で、この溶液を低圧下とした時の沸点上昇はどれくらいになるのか?を計算してみた結果が下図となります。

計算には前述の式①を使いますが、この式を変形して α についての式とします。で、101.3 [kPa] なので 純水は 100 [℃] が沸点温度です。勿論、蒸気圧は 101.3 [kPa] です。そして、溶液になると 沸点温度は 104.7 [℃] となる訳ですが、その時の水の蒸気圧は 120.1 [kPa] となります。なので、 101.3 / 120.1 = 0.843 が α の値となります。このように蒸気圧が低下している訳ですね。

そして、この溶液を 30 [kPa] にしてみるんですが、この圧力値となるのに必要な圧力ってのは 式①を変形した Pv = pv / α  から 30 / 0.843 = 35.6 [kPa] が得られます。そして、この蒸気圧を得るために必要な温度は 蒸気圧式から逆算して 73.1 [℃] となります。また、 蒸気圧 30 [kPa] となる純水の温度は 69.2 [℃] となります。なので、この溶液の 30 [kPa] における 沸点上昇は 3.9 [℃] となります。




✔ 沸点上昇 デューリング線図  B.P.R  Duhring Chart


次に 60 [wt%] NaOH 水溶液の 圧力 1.33 [MPa] の沸点上昇を求めてみますが、前述のデューリング線図を使ってみます。沸点上昇を求める過程は デューリング線図において 緑色の破線で矢印を描いています。まず、圧力 1.33 [MPa] の点から垂直に矢印を下ろすと 純水の沸点温度は 193 [℃] と分かります。で、次に その点から水平に矢印を描いて、濃度 60 [wt%] に相当する 線分との交点を得ます。そして、その交点から今度は垂直に矢印を描くと 溶液の沸点温度は 253 [℃] となります。即ち、この溶液の 1.33 [MPa] における沸点上昇は 60 [℃] となります。まあ、こんな感じでデューリング線図が有れば比較的に簡単に沸点上昇を求める事が出来ますね。



✔ 沸点上昇 静水圧に起因する   B.P.R   Hydrostatic Pressure of  Liquid

 
液深さに起因する沸点上昇についても計算してみます。蒸発缶に水が装入されていると想定し、各液深さにおける沸点温度を計算したのが下図となります。その際、液面位置における圧力を変えています。当然ですが、液の深い場所では静水圧が加わるのでその分 沸点温度が高くなります。ただ、液面圧力が大気圧だと 液面と底面での違いがそこまで大きくは無いですね。一方、減圧状態だと液深さによる沸点温度の変化は大きくなっています。これは蒸気圧の温度特性によるものとされています。



 

✔ 単一蒸発缶の伝熱面積   Heat Transfer Area of Single Effect Evaporator


次は単一蒸発缶において苛性ソーダ水溶液を濃縮する場合の必要伝熱面積を計算してみます。条件は以下のとおりですが、濃縮後の水溶液濃度は変化させる事にします。

  • 入口濃度        3 [wt%] 
  • 供給流量      108 [kg/h]
  • 供給温度         20 [℃]
  • スチーム温度     120 [℃]
  • 蒸発缶圧力        70 [kPa]
  • 総括伝熱係数     1500 [W/m2 K]
  • 水溶液比熱    4.18 [kJ/kg K]
  • 純水 比熱    4.21 [kJ/kg K]
  • 水蒸気 比熱   2.05 [kJ/kg K]
  • 標準蒸発熱   2257 [kJ/kg]

計算結果は下図のようになります。濃縮後 水溶液の沸点温度はデューリング線図から読み取っています。上段グラフは必要加熱量となりますが、見ると分かるように顕熱量よりも潜熱量の方が大幅に大きい事が分かります。まあ、そうなりますよね。水の蒸発熱量はすごく大きいので。そして、下段グラフは 必要伝熱面積の計算結果ですが、水溶液 - スチーム 温度差についても併せて記載しています。濃縮後の水溶液濃度が上がると沸点上昇が大きくなります。つまり、沸点温度がぐいーっと上がりますね。結果として、スチームとの温度差がすごく小さくなります。そうすると、必要伝熱面積がドカ~んと大きくなるんですね。なので、そうならないようにスチーム温度を上げるとかの対策が必要になると思います。と言っても簡単では無いですよね。





まとめ   Wrap - Up


今回は蒸発操作について取り上げて、沸点上昇と単一蒸発缶について計算してみました。この沸点上昇ですが、物理化学分野では 「モル沸点上昇」として出てきますね。水などの溶媒に 塩化ナトリウムなどの溶質が溶解した場合、そのモル濃度によって沸点上昇が決まります。水のモル沸点上昇は 0.52 なので、溶質 1 [mol] が溶解すると 沸点は 0.52 [℃] 上昇する事になります。まあ、それはそうなんですが そんなに単純では無いですね。電解質とかであれば解離しますけど、解離度も物質とか状況によって異なりますし。なので、実測したほうが良いと言う事なのかと思いますし、その結果としてデューリング線図が作成されたんだと思います。

それと、蒸発操作において伝熱は重要ですね。前述の計算例では 総括伝熱係数の値はエイッと決めていますが、蒸発缶の設計においてはきちんと推定出来た方が良いですね。なんですが、いくつか参考書籍を当たってみても この推算式で計算しましょうってのは無いですね。大抵の場合、非常に難しいと言及しています。沸騰現象はそもそも複雑ですし、更に溶質を含む訳なんで汚れ Fouling の影響もありますね。

冒頭でも触れたように 蒸発ってのは割と普通に出てくる単位操作ですね、ケミカルプラントにおいては。ただ、実際には何かと苦労が有りますよね。実務で経験した例では溶媒がポリマー分を含んだりして蒸気圧が低下するので、それを考慮して計算してみたりしてましたね。で、蒸発させたベーパーをコンデンサーで凝縮回収しますが、イナート成分であるエアーを含むと相当に冷やさないと凝縮しないですよね。なので、蒸発装置においてエアーが漏れ込まないように注意してましたね。と言うか、そういう風に運転してくださいと現場の人にお願いしてましたけど、それは韓国での話ですね。


参考書籍・文献  References


  1. 「基礎化学工学 増補版」 培風館 2021年刊
  2. 「第3版 化学工学」 槇書店 2006年刊
  3. 「改訂6版 化学工学便覧」 1999年刊










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