化工計算ツール No.134 反応吸収と八田数 Reactive Absorption and Hatta Number

 今回は反応吸収と八田数について取り上げてみます。気体を液体によって溶解吸収させる訳ですが、普通は「ガス吸収」と呼ばれますね。で、このガス吸収ですが 大きく 「物理吸収」と「化学吸収」とに分けられます。物理吸収はヘンリー則による溶解平衡に基づきます。水には大量では有りませんが酸素が溶けてますね。そうじゃないと魚が死んでしまいます。一方、化学吸収ではガスが吸収液中の成分と化学反応を起こします。アルカリ水溶液による 二酸化炭素の吸収などは 典型的な化学吸収とされています。んじゃ、反応吸収じゃなくて化学吸収と呼べば良いのかと思いますが、「反応を伴うガス吸収」って事なので 「反応吸収」Reactive Absorption となるのかなと。で、化学反応を伴う訳なんで物理吸収よりは吸収速度が大きくなりそうな気がしますよね。実際にそうなりますが、その程度がどれくらい大きくなるのか? を表わすのが「反応係数」と呼ばれるものですが、「八田数」 Hatta Number, Ha と呼ばれますね。

すごく有名な無次元数と言えば 例えば レイノルズ数 Reynolds Number とかヌッセルト数 Nusselt Number が挙げられますが、いずれも人名です。当初はそう呼ばれてはいなかったと思いますが、その業績に敬意を表して提唱者の名前を冠したって感じなのかなと。そして、この八田数ですが 提唱者は 八田四郎次 先生となります。生年は1895年で没年は1973年ですが、お生まれは 石川県で 東京帝国大学を卒業後 東北帝国大学 助教授や教授を歴任されています。原報は1932年に発表された大学の紀要だったとされています。その少し前ですが 1929~1931年に MIT に留学されていたんですね。その際に シャーウッド数で有名な Sherwood 先生と知り合いになったとの事です。そして、その原報の内容を シャーウッド先生に伝えたんだろう (もち郵便とかでしょうね)と 伊東 章先生は推察されてます。その後、シャーウッド先生が 1937年に発表した著書 "Absorption and Extraction" において詳細に記述され 広く知られるようになったと言う事のようです。 

大学で使っていた化学工学の教科書が 「八田・前田の化学工学概論 新版」です。今でも持ってますが、ずっと以前に自炊して pdf にしてあるんで普段使うのはそっちですね。字が小さいともう読めないので・・・。新版が出たのが昭和41年なんで 1966年ですが、版元の共立出版のサイトでは販売中みたいなんで まだ現役なんですね~。で、反応吸収のページにはしっかりと「八田数」と書いてあって、参考文献として 1948年の Chemical Engineering Progress が記載されているので この辺りから八田数が一般的になったのかな~と。 因みに 化学工学概論の共著者である 前田 四郎先生も化学工学界のレジェンドですね。



反応吸収  Reactive Absorption


✓ 反応吸収  Reactive Absorption

下図左側は八田先生の原報に記載されている実験装置との事です。容器の下部には吸収液を入れて液相部とします。その上にはガスがあって気相部となります。で、どちらもインペラで撹拌しています。そして、気液界面はほぼ平面となっており、この気液界面を通してガス吸収が行なわれる事になります。下図右側は気液界面を拡大したものですが、液相表面には厚さ δ の濃度境膜が形成されるとします。液面では被吸収成分濃度が CAS であり、一方液の深いところは溶媒が大量にあるので 被吸収成分は全部反応するので 濃度 CA = 0 とします。となると、被吸収成分の濃度分布は境膜内にのみ形成されるとなります。

まあ、撹拌していると言っても すごく高回転数でブン回してるんでは無いと思います。バッフルとかは付けていないようなので、あまりに高回転数であれば渦が発生して 気液界面が平面では無くなりますし、気泡を巻き込んだりもします。そうなってくると液相部 濃度境膜の厚さも位置によって変わってくるでしょうし、気液界面積も変化しますね。それと、実験装置の下部には水銀が満たしてありますが、その理由は良く分かりません・・・。水銀を入れたり出したりすると底面位置を比較的容易に変更出来るんだろうな~とは思いますけど。




✓ 境膜説による反応吸収モデル  Reactive Absorption Model based on the Film Theory


そして、上記の実験装置によって実現される現象を境膜説によってモデル化してみるって事ですね。まずは定常状態を想定します。そして、前述のように液相部には濃度境膜が有りますが、その片方 つまり液面では 濃度 CAS とします。そして、濃度境膜のもう片方は液の少し深いところなりますが、そこでは CA = 0 とします。つまりは、被吸収成分は拡散で液相中を移動していきますし、と同時に反応によって消失するって事になります。 

支配方程式は 1次元拡散 常微分方程式ですが非定常項は有りません。式①を見ると拡散項と反応による消失項が含まれています。なお、反応速度は濃度の一次反応となります。で、この常微分方程式ですが解析解が有りますね。式②が濃度分布計算式で式③はガス吸収速度計算式となります。そして、反応係数 = 八田数ですが 式④で表わされます。ここいらの意味合いは計算してみると分かりますね。



計算例  Examples


✓ 計算条件  Conditions

では、早速計算してみますが 計算条件は以下のとおりです。界面濃度と境膜厚さを指定した上で、拡散係数値と速度定数値との影響を計算すると言う事になります。

  • 気液界面濃度 CAS = 0.25 [mol/m3]
  • 拡散係数   DAB = 2 x 10-9 [m2/s]
  • 速度定数   k1 = 0 ~ 20 [1/s]
  • 境膜厚さ   δ = 0.12 [mm]


✓ 境膜内 濃度分布  Concentration Distribution in Film 


境膜内の濃度分布は下図のようになります。ここで速度定数値を 0 から 20 [1/s] まで変化させています。下図において、速度定数がゼロ 即ち 反応が全く無い場合には 濃度分布は直線となります。平面における一次元拡散なので まあそうなりますね。そして、反応がある場合ですが濃度分布は変形しています。速度定数が 20 [1/s] ともなると、境膜厚みの 6割ほどでは 濃度はゼロとなります。つまり、反応によってガス成分が消失している事が分かります。



✓ ガス吸収速度  Gas Absorption Rate


前述の濃度分布ですが気液界面における濃度勾配からガス吸収速度を得ることが出来ます。それが式③になる訳ですが、計算してみると下図のようになります。速度定数が大きくなるとガス吸収速度は増加します。そして、式④を使って八田数 Ha も計算しています。速度定数値 5.0 [1/s] においては ガス吸収速度は 0.000025 [mol/m2 s] となり、八田数は 6.0 となります。つまり、物理吸収と比較して反応吸収では 吸収速度は 6倍に増加する事になります。 



✓ 八田数  Hatta Number


ここで八田数の定義式である式④ を見てみると パラメータとして γ を含みます。この γ は境膜厚み δ 、速度定数 k1  及び 拡散係数 DAB から計算されますが、反応吸収に関する重要な数値が全部入ってますよね。で、速度定数がゼロでは γ =0 となり β =1 となります。即ち、八田数は 1 となり吸収速度は物理吸収のそれと同じとなります。そして、γ をどんどん大きくしていくと β の値は増加していき、γ が 5 以上となると β の値と合致します。参考書籍によると、γ の方を 八田数と定義している場合もあるとの事です。確かに、γ が 5 以上の領域では γ = β なので γ を八田数とするのも あながち間違ってはいないようにも思えますが。



まとめ  Wrap-Up


今回は反応吸収と八田数について取り上げ、境膜内の濃度分布、ガス吸収速度、八田数について計算してみました。計算してみると、確かに反応吸収においては吸収速度は大幅に増加するので大きな効果が有ると言えますね。冒頭で触れたように CO2 などの吸収を単に物理吸収で実施しようとすると全く不可能では無いにしても、装置が非常に大きくなるとか 投入するエネルギー量が大きくなり過ぎて経済的に成り立たないって事になるのかと思います。

この八田先生により提唱され理論ですが、液相側境膜厚み δ を仮定しているので「擬一次不可逆反応モデル」になるとの事です。ガス吸収に関する別の参考書籍を見ると、「一次可逆反応」とか「不可逆二次反応モデル」などにおける 八田数の計算式も示されています。すご~く複雑では有りますけど。

また、境膜説に基づいて吸収速度やらを計算していますが、物質移動については Higbie が提唱した浸透説 Penetration Theory と言うのもありますね。境膜説では定常的な移動過程を想定していますが、浸透説では流体層が一定時間界面に接触している間に、界面と通して非定常的に物質が移動すると考えます。流体の接触時間がすごく短い場合、無限厚さの流体への非定常拡散として近似的に取り扱えるとされています。参考書籍には、浸透説による計算例も有りましたが、それはまた別の機会にでも取り上げてみようかなと。



参考書籍・文献  References


  1. 「基礎式から学ぶ化学工学」 伊東 章著 化学同人 2017年刊
  2. 「化学工学概論 新版」 八田四郎次、前田四郎 著 共立出版 1966年刊
  3. 「増補 ガス吸収」 化学工業社 2002年刊
  4. 「改訂5版 化学工学便覧」 丸善 1988年刊









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