化工計算ツール No.141 多目的変形合体多段翼  Multipurpose Transformable Multiple Impeller

 今回は撹拌関連の投稿として 多目的変形合体多段翼を取り上げます。参考文献には、一般に高粘度液の層流域における撹拌においては、混合性能や動力特性は撹拌翼の幾何形状に大きく影響されると有ります。そして、撹拌槽内の液に強力な軸流と言うか 循環流を形成させる事が非常に重要となります。そして、平均循環時間の3倍が混合時間になると言うのがセオリーですね。んで、高粘度液の層流域において用いられるのは ダブルヘリカルリボン翼 Double Helical Ribbon Impeller ですね、やはり。このブログでも何回か取り上げています。まあ、ず~っとポリマープラントの設計やらエンジニアリングをやってきたんで、基本 取り扱うプロセス液はネチョネチョでした。なので、重合反応器に設置するインペラと言えば DHR 一択だったかなと。


なんですが、参考文献に有るようにコスト的にはアレですよね。形状としては単純と言えば単純なんですが、製作するのは結構 大変なんだと思いますね。メーカーのエンジニアに聞いた事が有りますが、サポート有りのDHR であれば 1/4周分づつのブレードをプレスして作るとの事でした。まあ、どれも同じ形状なので そのパーツを沢山つくって繋げれば出来上がりとなります。どこがどう大変なのかは専門家では無いので分かりませんけど、ブレードといっても結構 肉厚ですよね。 実務で、内容量 7[m3] 程度の反応器のインペラを DHR に改造した事が有りますが、ブレード厚みは 20 [mm] は有ったでしょうか。その後、40 [m3] 程度の反応器の DHR についても仕様を決定したりしましたが、まあ考えてみると大変ですよね・・・。

で、多目的変形合体多段翼とは何ぞや? ですが、単純な形状の傾斜パドル翼 Pitched Paddle Impeller を組み合わせる事で DHR と同じ様な性能を実現しよう! ってな事なんですね。とまあ、そんな感じで絵を描いてみたり 計算してみたりしようかなと。




多目的 変形合体多段翼とは? What's Multipurpose Transformable Multiple Impeller


✓ 多目的 変形合体多段翼の構造 Structure of MTMI


今回も名工大グループの文献を参考にしています。で、この文献の緒言にはこのインペラの開発の経緯について記載されています。それによれば、層流域の撹拌では 例えば 単純な形状で壁面掻き取り効果のある アンカー翼 Anchor  Impeller が適用される場合があるが、軸流が十分では無く未混合領域が発生するので混合性能は大幅に劣る。また、マックスブレンド Maxblend® のような大型パドル翼 Wide Paddle Impeller も適用可能では有るが、低レイノルズ数領域では 性能が劣ると有ります。まあ、そんな訳で DHR が多用される訳なんですが、前述のとおりコスト面がネックになります・・・。

「多目的変形合体多段翼 (AM翼) の新規開発」
  高橋 理輝・松岡 杏奈・古川 陽輝・加藤 禎人・朝山 真輔・森川 議博・高 承台
  化学工学論文集 第49号 第4号 pp.89-94 2023

んじゃあ、どうするのかと言うと DHR のリボンブレードを分割して、各部分を傾斜パドルで代替すると言うのが このインペラの肝なのかなと。まあ、下図を見れば分かりますね。確かに DHR のように微妙な傾斜を持たせたりする必要は無くて、基本は平板をサポートの先端に溶接すれば良いですね。プレスする必要は無いと思うので製作もラクなんだろうと思います、多分。因みに、この新型インペラですが 文献では 「AM翼」と呼称されています。Advanced Mixing Impeller の略ですね。 

で、下図には異なる2種類のタイプが示されています。右側のは DHR の一部が取り除かれたタイプです。文献では Partial DHR と呼称されています。ブレードの傾斜角度は 22度との事です。また、左側は傾斜パドルが多段に設置されているタイプです。普通の傾斜パドルなのでブレードの傾斜角度は 45度となっています。このタイプのインペラってのは実は 佐竹マルチミクスさんから 「LR500」として上市されていますね。まあ、佐竹さんの製品はシャフトレスとなっていて、ブレードはフレームに溶接されていますけど。

文献では下記の2種類以外についても実験されているんですが、いろいろと試した結果 この2種類が最も性能が良かった、と言う事のようです。見て分かるように、Partial DHR では傾斜パドルブレードを DHR のリボンブレード傾斜角度と同じとなるように設置します。また、多段傾斜パドルでは傾斜角度 45度のパドルブレードをどんどん積み重ねます。どう考えても、こちらの方が製作しやすいですよね。




✓ 実験結果  Experiment Results


参考文献に記載されている実験結果を下図に示します。横軸は単位体積当たりの動力 Pv を回転数と粘度で無次元化したパラメータです。縦軸は 無次元混合時間となります。で、グラフ中の破線は式②をプロットしたものですが、元々は式①となります。この式①は層流域における混合性能を表わす関係式となりますが、見て分かるように動力数が大きくなると混合時間は短くなります。で、グラフ中にはいろいろと形状を変えた場合の実験データをプロットしています。赤色の線で囲んだ領域は DHR や Partial DHR の結果ですが、まあまあ式②の線に近いんですね。また、アンカーは大きく外れており混合性能が極端に悪い事が分かります。そして、Partial DHR タイプで一番混合性能が良いのは DHR から傾斜パドル 部分を間引いたもので、パドル2段 - 無し2段 - パドル2段 - 無し2段 - パドル2段の構成となります。因みに、傾斜パドル部分が 10段で フル DHR となります。また、多段傾斜パドル タイプでは 4段 重ねたものが最も良い混合性能が得られたと有ります。例えば、傾斜パドルを10段積み重ねたものも有りますけど、混合性能は悪いですね。 




✓ 多目的変形合体翼 動力推算式  Agitation Power Equation for MTMI 


で、この変形合体翼ですが 構造や製作が簡単な割に混合性能は優れているって事なんですが、んじゃ撹拌動力はどれくらいになるのかを計算する必要が有ります。更に、撹拌動力が分かれば 前述の式①や②を使って混合時間も推定出来ますね。で、Partial DHR についても 多段傾斜パドルについても、名工大グループが提案している動力推算式を適用出来るんですね。ただ、そのまんま使える訳では無いんですね、さすがに。と言っても、そんなに面倒くさい訳では無くて、インペラ径とかブレード幅については そのまんまですね。変わるのはインペラ高さとなります。Partial DHR は DHR を間引いた寸法になっているので、有効高さを使う事になります。多段傾斜パドルですが、こちらについては傾いているパドルブレードの角度を考慮して 垂直高さを求めて、それを段数分 合算します。結局、この変形合体翼の動力の計算において 重要なのは インペラ高さなんですね。まあ、それも当然で 狭クリアランスタイプのインペラなので、実際に掻き取っている部分の長さ(高さ) が動力にモロに影響すると言う事になります。

 


計算例  Examples 


✓ 撹拌動力と混合時間  Power Consumption & Mixing Time


んじゃ、早速計算してみますが撹拌動力を計算し、その値を使って混合時間も計算してみます。撹拌槽の大きさは量産スケールとしています。液量は 32 [m3] となります。液密度は 900 [kg/m3] で、液粘度は 50 [Pa s] としています。結構な粘度ですんで、当然ですが動力も大きくなりますね。まあ、高粘度液だとこんな感じでしょうか。なので、電動機も 200 [kW] とかになっちゃいますよね。また、下図下段グラフは 単位体積当たりの動力 Pv に対して混合時間をプロットした結果です。同じくらいの撹拌動力を投入しても Partial DHR の方が混合時間が短いんですね。と言う事は混合性能が良いと言えるのかなと。何でかな~と考えると、やはり槽内循環流量の違いによるのかなと思います。Full DHR に比較すれば劣るとは思いますが、部分的な DHR であっても ポンピング作用は有るとは思いますんで。一方、多段傾斜パドルも全くゼロでは無いと思いますが 作用は大きくは無いのかなと。下図には Full DHR の結果も描いてますが、混合時間は Partial DHR よりも更に小さくなってますが 動力も大きいですね。まあ、それは同じ回転数で比較した場合の話なので、Partial DHR で少し回転数を上げてやれば Full DHR の混合性能に近づける事は可能では有りますね。





✓ クリアランスの影響  Influence of Clearance


せっかくなのでクリアランスの影響を計算してみると下図のようになりました。変えているのはインペラ径だけで、かつ回転数は 15 [rpm] に固定しています。 クリアランスが狭くなると動力は増加しますが、混合時間は減少します。まあ、投入する動力が大きくなると循環流量が大きくなって結果として混合時間は減少する、即ち 混合性能は向上するって事になりますね。




まとめ  Wrap-Up


今回は久しぶりの撹拌関連の投稿でしたが、高粘度液の撹拌では一般的な DHR の低コスト仕様版である Partial DHR と 多段傾斜パドルの動力特性と混合性能について計算してみました。まあ、フル DHR と比較すると多少は性能が落ちるんでしょうけど、製作が容易で低コストになるのがメリットでしょうか。それと「多目的変形」と謳われているように、用途に応じて段数を変えたり出来るってのがこれまたメリットでしょうか。勿論、今回計算したような量産スケールの反応器ともなると、それなりの大きさになるので 改造するのも容易では無いですね、正直なところ・・・。ただ、ベンチスケールとかの大きさであれば 生産する製品や処方に対応して インペラの仕様を変えるってのはアリなのかな~とは思います。例えば、中粘度液を混ぜるのであれば傾斜パドルを数段設置しておけば良いかなと。んでもって、もっと高粘度の液を混ぜたいっ!! と言うのであれば、傾斜パドルを追加して かつ Partial DHR となるように配置すればポンピング作用による混合促進も期待出来るのかなと思います。

実際、いろいろな撹拌機と言うかインペラも見てきましたけど、多段タイプだと設置位置を変えられるようにしてあるってのは割と普通に有りましたね。シャフトが有ってそこにリブが有るんですが、ボルトを緩めるとリブの位置を変えられるんですね。ブレードはそのリブに設置されています。なんですが、溶液重合の反応器とかだとボルト孔とかちょっとした隙間にモノマーが入り込んで重合するんですね。そして、ず~っと加熱されてたりすると熱劣化してガッチガチになっていて、ちょっとはそっとではボルトを緩める事が出来ません、ってのはポリマープラント あるあるでしょうか・・・。架橋してたりすると有機溶媒とかでも溶解出来ませんしね~。


参考文献・書籍  References


  1. 「多目的変形合体多段翼 (AM翼) の新規開発」
      高橋 理輝・松岡 杏奈・古川 陽輝・加藤 禎人・朝山 真輔・森川 議博・高 承台
      化学工学論文集 第49号 第4号 pp.89-94 2023











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