今回は身のまわりの化学工学シリーズとして、「入浴中の深部体温」について取り上げてみます。今年の夏は暑かったので入浴と言ってもシャワーを浴びてチャチャッと済ます感じでした。なんですが、さすがに11月にもなると朝夕もだいぶ涼しいと言うか寒くなってきたので、熱いお湯に浸かってゆっくりしたいですよね。まあ、何と言っても体が温まってポカポカしますし、ストレス解消にもなりますよね。 家庭の内風呂でも十分に気持ち良いですし、温泉の露天風呂などもそれはそれで情緒があって良いですね。で、ネットで入浴の効果を調べてみると大きく以下の3点のようです。
- 浮力 Buoyancy Effect
お湯に肩までつかると浮力によって体重が 1/10 程度になります。それによって筋肉や関節を休ませる事が出来て体全体の緊張がほぐれるとの事です。確かにプカプカした感じは有りますね。 - 静水圧 Hydrostatic Pressure Effect
ずっと立ちっぱなし座りっぱなしだと足がむくみます。水中で静水圧がかかると静脈にも圧力がかかり結果として血行が促進されてむくみも解消されるとの事です。ただ、静水圧といっても 水深自体は 30 センチメートル くらいなので、300 [mmH2O] となりますね。 - 温熱 Thermal Effect
この温熱効果が最大のメリットになるそうで、お湯に浸かると体温が上がり血管が拡張して血行が良くなります。それによって全身の隅々まで酸素や栄養分が運ばれます。また、体が温まることで筋肉や靭帯のコリによる痛みもほぐれるそうです。
※ 全薬工業 「意外と知らない"入浴"による健康効果」
https://www.zenyaku.co.jp/k-1ban/detail/bathing.html
https://www.zenyaku.co.jp/k-1ban/detail/bathing.html
入浴によって体温を上げて血行を良くする場合、体の深部温度を 0.5 ~ 1 [℃] 上げる必要があるんだとか。通常の深部温度は 37 [℃] くらいなので、40 [℃] のお湯につかる事で深部温度が上がります。もし、お湯が 38 [℃] であれば温度が低いので なかなか温まりませんね。一方、42 [℃] のお湯であれば 熱すぎて交感神経が活性化してしまうので、逆にリラックス出来ないとの事です。
で、お湯につかって深部温度が上昇するのって温度差を駆動力とする熱移動に他なりませんね。なので、深部温度がどれくらいの時間で増加するのかについては非定常の熱収支計算によって推定出来そうです。と、文献を探してみたら有りましたね。なので、その文献を参考にして入浴による深部体温の経時変化を計算してみようかと。
で、お湯につかって深部温度が上昇するのって温度差を駆動力とする熱移動に他なりませんね。なので、深部温度がどれくらいの時間で増加するのかについては非定常の熱収支計算によって推定出来そうです。と、文献を探してみたら有りましたね。なので、その文献を参考にして入浴による深部体温の経時変化を計算してみようかと。
※ 今回も Google Gemini に冬の露天風呂の画像を作成して貰いました。なかなかに情緒が有りますね~。
入浴時の深部体温予測モデル Body Core Temp. Prediction Model
今回参考にした文献は 以下のものです。生気象学 Biometeorology とは少し耳慣れない言葉ですが、「大気の物理的、化学的環境条件が生体に及ぼす直接、間接の影響を研究する学問が生気象学である」と有りますね。
「入浴中の深部温の予測を目的とした改良型 Two - node モデルの検証」
高田 暁、野中 隆、古賀 弘子、近藤 勲、藤川 尚也、三井 大地、前田 享史
日本生気象学会 雑誌 第59巻 第3-4号 79-88 2022
「入浴中の深部温の予測を目的とした改良型 Two - node モデルの検証」
高田 暁、野中 隆、古賀 弘子、近藤 勲、藤川 尚也、三井 大地、前田 享史
日本生気象学会 雑誌 第59巻 第3-4号 79-88 2022
文献の抄録を見ると入浴中の熱中症を防止するのが深部体温予測の目的のようです。で、深部体温を予測するためのモデルを構築しているんですね。勿論、このような検討は以前から行われてきていて、予測精度を上げる為に改良を加えたモデルを提案しています。計算条件としては、お湯温度を 2水準、空気温度を 夏・秋・冬の3水準 として入浴後 10分間の深部体温を計算しています。で、検証と書いてあるくらいなので 深部体温として直腸温度 Rectal Temp. を実測しています。それなりに大変そうでは有りますね。
✓ 改良 Two - node モデル Modified Two - node Model
まあ、単純に考えると お湯の中にザブンと入って肩まで浸かっている状況では、お湯の熱が深部に向かってジワジワと伝わって行きます。なので、例えば体を無限円柱として考えて半径方向の非定常熱伝導問題を解けば良いですね。なんですが、体には筋肉も有るし、骨も有るし、脂肪も有りますね。また、血流が有りますので この血流による熱量の輸送ってのも有ります。また、お湯から体への顕熱移動だけでは無くて、発汗による水分蒸発による冷却とか、呼吸に伴う水分蒸発による冷却なども有りますね。そもそも、人体はじっとしていても熱を産生していますし・・・。とまあ、そんな感じなので簡単な熱伝導問題として取り扱うのは難しそうです。
なんですが、既に予測モデルが有って その一つが Two - node モデルとなります。node は節点なので 2 節点モデルとなりますね。で、この節点ですが 人体を2つの部分に集約して考えるって事になりますね。この辺りは図を見たほうが分かりやすいですね。まずは、オリジナルの Two - mode モデルですが、下図の a. は空気中に人体が有る場合となります。で、人体も表層と深部との2つの領域に分けて考えます。まあ、人体をポンと1個の塊として考えるのはさすがに無理が有りますよね。なので、スキン層とコア層との2つに分割しています。で、このオリジナルモデルを入浴中の人体に適用すると、空気に触れている部分とお湯に触れている部分がある事になります。その状態が下図の b. となります。スキン層は空気と触れている部分 skin_a と お湯に触れている skin_b に分けて考える事にします。まあ、これはこれで理にかなった取り扱いかと思います。そして、前述の参考文献ではスキン層とコア層との間に中間層を挟んでいます。層を1つ増やす事によって より精度良く深部体温を予測しようって感じかなと。んじゃ、中間層を更に2つとか3つとか増やしても良いのでは?と思えなくも無いですが、参考文献の実験結果を見ると中間層が1つでも十分な精度で予測出来ているようです。それと、下図になる Vbl ってのは血流量を表わしていて、コア層・中間層・スキン層を貫くように流れている血液の流れとなります。こう言うところが一般的な熱伝導問題とは異なる点ですね。
なんですが、既に予測モデルが有って その一つが Two - node モデルとなります。node は節点なので 2 節点モデルとなりますね。で、この節点ですが 人体を2つの部分に集約して考えるって事になりますね。この辺りは図を見たほうが分かりやすいですね。まずは、オリジナルの Two - mode モデルですが、下図の a. は空気中に人体が有る場合となります。で、人体も表層と深部との2つの領域に分けて考えます。まあ、人体をポンと1個の塊として考えるのはさすがに無理が有りますよね。なので、スキン層とコア層との2つに分割しています。で、このオリジナルモデルを入浴中の人体に適用すると、空気に触れている部分とお湯に触れている部分がある事になります。その状態が下図の b. となります。スキン層は空気と触れている部分 skin_a と お湯に触れている skin_b に分けて考える事にします。まあ、これはこれで理にかなった取り扱いかと思います。そして、前述の参考文献ではスキン層とコア層との間に中間層を挟んでいます。層を1つ増やす事によって より精度良く深部体温を予測しようって感じかなと。んじゃ、中間層を更に2つとか3つとか増やしても良いのでは?と思えなくも無いですが、参考文献の実験結果を見ると中間層が1つでも十分な精度で予測出来ているようです。それと、下図になる Vbl ってのは血流量を表わしていて、コア層・中間層・スキン層を貫くように流れている血液の流れとなります。こう言うところが一般的な熱伝導問題とは異なる点ですね。
そして、参考文献に記載されている熱収支計算式は以下のとおりです。まあ、見てのとおりですが、簡単に言えば 注目している層に対して 流入熱量、流出熱量を全部 足し合わせ、その層の熱量が増えるか減るかを計算しています。その層の熱量が増えるのであればその層の温度は上がりますし、一方 熱量が減るのであれば その層の温度は下がります。式①について見てみると、左辺は空気に触れているスキン層の熱量の時間変化を表わしています。比熱と重量と温度変化速度の掛け算となっています。一方、右辺に含まれる (1 - β) は空気に触れている体表面積の比率です。で、中括弧の中の第一項はスキン層と中間層との間で起こる熱伝導による熱移動速度です。そして、第二項はコア層とスキン層との間の血流量による熱移動速度であり、第三項は放射・対流による顕熱移動速度とスキン層表面からの水分蒸発による潜熱移動速度の和となります。最後の A は全体表面積となります。
式①はまあ微分方程式の形になっていますけど、どうやって解くかと言えば 差分近似すれば良いですね。まず、物性などの定数値 及び 現時点での温度値を使って 温度変化速度 dT/dt の値が分かります。で、その値に微小時間 Δt を掛け算すると 温度の微小変化量 ΔT が得られます。現時点の温度 T に温度微小変化量 ΔT を加えると、その温度 T' が微小時間 Δt 後の温度となります。と言うのを各層で計算すれば、微小時間後の各層温度が得られます。で、この一連の計算をどんどん繰り返していけば 未来の各層温度が得られます。
それと血流量については 式⑥で計算されるとの事です。この式に含まれる Tcr_spとTsk_sp はコア層とスキン層のセットポイント温度との事ですが、別途 定数値として与えられるようです。
計算例 Examples
✓ 計算条件 Conditions
計算する上で必要な諸条件はいろいろとありますが、まとめると以下のとおりです。各層の重量比は下図のとおりですが 8割はコア層となるんですね。また、物性ですが 各層の比熱は 水の比熱よりは小さいですね。タンパク質とか脂肪とかが含まれるので。調べみると 鶏肉とか豚肉とか牛肉の値に近いです。なんですが、血液は水の比熱とほぼ同じです。空気と水の対流伝熱の熱伝達係数もこんなもんでしょうか。放射熱伝達係数もこれくらいでしょうか。それとスキン層と中間層の熱コンダクタンスは これくらいになるもんなんでしょうか。スキン層の熱伝導率が 0.5 [W/m K] として、スキン層 厚みを 20 [mm] とすると 熱コンダクタンスは 25 [W/m2 K] となります。中間層の熱コンダクタンスはもっと小さいですが、厚みが大きいせいだろうと思います。
実験に参加した個人のデータですが、身長・体重をみると中肉中背な感じでしょうか。また、スキン層とコア層のセットポイント温度もここに示されていました。そして、夏・秋・冬を想定した気温条件、スキン層・中間層・コア層の初期温度が示されています。スキン層は皮膚表面温度 実測値で、コア層は直腸温度 実測値であり 中間層温度は両者の平均との事です。やっぱり、コア層の温度ってのは普通に体温計で計るのよりも高いですし、スキン層の温度は逆に低いですよね。
実験に参加した個人のデータですが、身長・体重をみると中肉中背な感じでしょうか。また、スキン層とコア層のセットポイント温度もここに示されていました。そして、夏・秋・冬を想定した気温条件、スキン層・中間層・コア層の初期温度が示されています。スキン層は皮膚表面温度 実測値で、コア層は直腸温度 実測値であり 中間層温度は両者の平均との事です。やっぱり、コア層の温度ってのは普通に体温計で計るのよりも高いですし、スキン層の温度は逆に低いですよね。
✓ 計算結果 1. Results 1.
んじゃ、早速計算してみます。まずは、身体条件は男性のデータを使用し、夏と冬の初期温度条件を用いて温度推移を計算してみると以下の結果となりました。ただし、お湯の温度は 40 [℃] としています。それと、お湯に触れている部分の体表面積の割合は 70 [%] としています。
計算結果を見てみると、夏でも冬でも 深部温度は 上がり具合は同じ様な感じですね。それと、急激に温度上昇しているのは お湯に触れているスキン層である事が分かります。それと、お湯に触れている中間層の温度上昇も結構有りますね。一方、空気に触れているスキン層と中間層でも温度上昇はそれほどでも無いですね。それにしても、深部温度ってのは それほど上昇するものでは無いんだな~と言うのが正直な感想ですね。冒頭では入浴の温熱効果について少し触れましたが、深部温度が 0.5 ~ 1.0 [℃] 上昇すると血行が促進されるとの事です。計算結果では 夏でも夏でも深部温度は 0.54 [℃] 上昇しています。なので、ポカポカなんだろうと思います。
それと、計算する際に少し問題が有りました。例えば、Esk 皮膚表面からの水分蒸発による放熱量ですが 文献中には明確な値が記載されていなかったので Esk = 0 としています。まあ、Esk が起こるのは空気に触れている体表面なので 全体表面積の 30 [%] となります。なんで、寄与分としてはそれほどでは無いのかなと思います。それと、Eres 呼吸に伴う水分蒸発による放熱量ですが こちらも良く分からなかったので Eres = 0 としています。やはり、それほど影響は無いようですけど。そして、血流量についても少しアレでした。式⑥で計算される筈なんですが、計算してみると値がどうもおかしな感じでした。なので、参考文献中の値を考慮して 10 [kg/m2 hr] としています。本来は、皮膚温度とか深部温度で変化するんですけども。まあ、参考文献中の計算例を見ると ほぼ一定なので 結果オーライなのかなと。
計算結果を見てみると、夏でも冬でも 深部温度は 上がり具合は同じ様な感じですね。それと、急激に温度上昇しているのは お湯に触れているスキン層である事が分かります。それと、お湯に触れている中間層の温度上昇も結構有りますね。一方、空気に触れているスキン層と中間層でも温度上昇はそれほどでも無いですね。それにしても、深部温度ってのは それほど上昇するものでは無いんだな~と言うのが正直な感想ですね。冒頭では入浴の温熱効果について少し触れましたが、深部温度が 0.5 ~ 1.0 [℃] 上昇すると血行が促進されるとの事です。計算結果では 夏でも夏でも深部温度は 0.54 [℃] 上昇しています。なので、ポカポカなんだろうと思います。
それと、計算する際に少し問題が有りました。例えば、Esk 皮膚表面からの水分蒸発による放熱量ですが 文献中には明確な値が記載されていなかったので Esk = 0 としています。まあ、Esk が起こるのは空気に触れている体表面なので 全体表面積の 30 [%] となります。なんで、寄与分としてはそれほどでは無いのかなと思います。それと、Eres 呼吸に伴う水分蒸発による放熱量ですが こちらも良く分からなかったので Eres = 0 としています。やはり、それほど影響は無いようですけど。そして、血流量についても少しアレでした。式⑥で計算される筈なんですが、計算してみると値がどうもおかしな感じでした。なので、参考文献中の値を考慮して 10 [kg/m2 hr] としています。本来は、皮膚温度とか深部温度で変化するんですけども。まあ、参考文献中の計算例を見ると ほぼ一定なので 結果オーライなのかなと。
✓ 計算結果 2. Result 2.
夏・秋・冬でお湯の温度を変えた場合の深部温度 計算結果は以下のとおりです。参考文献と比較すると まあ大体 同じような結果です。で、入浴前の深部温度と入浴 10分後の深部温度を比較すると下図 下段グラフとなります。お湯温度が 40 [℃] の場合、どのシーズンでも 0.54 [℃] の深部温度上昇が見られます。一方、お湯温度 42 [℃] の場合、深部温度上昇は 0.65 [℃] となっています。
まとめ Wrap-Up
今回は 入浴中の深部温度について 非定常的な熱収支式を用いて計算してみました。深部温度の上昇度合い自体はそれほどには大きくは無いんですね。なんですが、深部温度が 0.5 [℃] くらいも上がると まあポカポカなんだと思います。で、各層の温度上昇を見てみるとお湯に触れているスキン層とか中間層の温度はすぐに上昇しているんですが、深部温度はそこまででは無いんですね。まあ、計算条件にあるようにコア層の重量比率は 80 [%] も有りますんで なかなか温度は上がりにくいんですね。ただ、重量 (=熱容量) が大きい分だけ 一旦 温度が上がってしまうと、今度は温度は下がりにくいんだと思いますね。
伝熱的に見てみると、比較的に単純なモデルで深部温度をそれなりの精度で推定出来るんだな~と思いますね。まあ、少し不明な点も有りましたけど それでも EXCEL を使ってチャチャッと計算すると 入浴時の深部温度が推定出来るんで 有用だと思います。ただ、セルに計算式を入力するのは面倒くさいです・・・。それなりに長ったらしい数式なので。間違えないようにキチンと入力する必要が有りますね。なんですが、一旦 入力すれば後はセルをドラッグしてコピーすればズラズラ~っと計算されるんで楽と言えば楽なんですけど。因みに、今回の計算では 時間間隔 10 [sec] で計算しています。10分まで計算するので、60行もあれば 今回のような結果が得られるんですね。まあ、 1 [sec] 間隔で計算しても良いですけど 大勢には影響は無いですよね。勿論、60 [sec] とかでは 計算が発散してしまうと思いますけど。
伝熱的に見てみると、比較的に単純なモデルで深部温度をそれなりの精度で推定出来るんだな~と思いますね。まあ、少し不明な点も有りましたけど それでも EXCEL を使ってチャチャッと計算すると 入浴時の深部温度が推定出来るんで 有用だと思います。ただ、セルに計算式を入力するのは面倒くさいです・・・。それなりに長ったらしい数式なので。間違えないようにキチンと入力する必要が有りますね。なんですが、一旦 入力すれば後はセルをドラッグしてコピーすればズラズラ~っと計算されるんで楽と言えば楽なんですけど。因みに、今回の計算では 時間間隔 10 [sec] で計算しています。10分まで計算するので、60行もあれば 今回のような結果が得られるんですね。まあ、 1 [sec] 間隔で計算しても良いですけど 大勢には影響は無いですよね。勿論、60 [sec] とかでは 計算が発散してしまうと思いますけど。
参考文献・書籍 References
- 「入浴中の深部温の予測を目的とした改良型 Two - node モデルの検証」
高田 暁、野中 隆、古賀 弘子、近藤 勲、藤川 尚也、三井 大地、前田 享史
日本生気象学会 雑誌 第59巻 第3-4号 79-88 2022






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