身のまわりの化学工学 No.17 衣類の保温性 その4 Thermal Function of Clothes Part 4

 今回は1ヶ月に1回の割合で投稿している「身のまわりの化学工学」ですが、「衣類の保温性」の4回目となります。過去の3回は以下のとおりです。

  • その1 外気層の顕熱移動
  • その2 布の熱抵抗(顕熱移動)、衣服間空隙の顕熱移動
  • その3 布の潜熱移動(物質移動)


で、4回目となる今回は外気層と衣服間空隙における物質移動について取り上げます。ここが明らかになれば、皮膚表面から外気層までの顕熱移動と潜熱移動(物質移動)の各過程が全部分かるって事になります。そして、今回重要になるのは 熱移動と物質移動の相似性 Analogy between Heat and Mass Transfer となります。

このアナロジーについては、「化工計算ツール No.98 湿球温度と湿球係数」 でも少し触れました。このアナロジーですが 空気-水系においては広範囲で成立する事が知られていて、端的に言えば熱伝達係数の値がどれくらいなのかが推定出来れば、物質移動係数の値も分かるって事ですね。まあ、物質移動係数を実験的に求めるって事も不可能では無いんですが、正直なところ大変です。伝熱実験は基本 温度値を測定すれば良いですが、物質移動実験だと 例えば温度に加えて湿度値の測定が必要となりますし、物質収支を計算するには例えば 凝縮水量とか蒸発水量とかを測定する必要がありますね。



移動現象におけるアナロジー  Analogy in Transport Phenomena


せっかくなんでアナロジーについて前回よりは少し詳しく取り上げてみます。で、考えるのは移動現象なんで3つ有りますね。運動量移動 Momentum Transfer 、熱移動 Heat Transfer そして 物質移動 Mass Transfer です。下図には速度分布、温度分布そして濃度分布が描いてあるんですが、速度差があれば運動量が移動し、温度差があれば熱が移動し、濃度差があれば物質が移動します。なんですが、正直なところ運動量についてはピンときませんね・・・。まあ、これが例えば配管とかの圧力損失の原因なんですけども。そして、熱移動と物質移動については分かりやすいですね。熱であれば、例えば温度が上がったり下がったりしますし、物質(水蒸気) であれば蒸発したり凝縮したりします。

そして、このような移動現象が平板上の強制対流下で起こっている場合には速度境界層、温度境界層 及び 濃度境界層が形成されます。この時、各境界層厚さの基本となるのが速度境界層です。んで、条件によって 速度境界層よりも温度・濃度境界層が厚くなったり 若しくは 薄くなったりします。温度境界層については プラントル数 Prandtl Number の大小が、そして濃度境界層については シュミット数 Schmidt Number の大小が影響します。と、その辺りを下図に描いてますね。



熱と水分の同時移動  Simultaneous Heat and Moisture Transfer

「熱と水分の同時移動」なんですが、より一般的には「熱と物質の同時移動」ですね。熱は温度境界層内を伝導によって伝わりますし、水分は濃度境界層内を拡散によって伝わりますね。で、参考文献ではやはり実験によってこの辺りを検証しています。簡単そうに見えますが、なかなかに大変だと思いますね。


✔ 実験装置  Experiment Apparatus 

ここが面白いですね~。んでも、やはり大変そうです。実際に実験をやっていた研究室の学生さんには同情を禁じえません・・・。水を使う実験ではあちこちビショビショになったりするので、後片付けが面倒くさいですね。そして、水の入った容器とか瓶は重いので取り扱いは注意ですね。

で、参考文献によれば「定常法」と「非定常法」の2種類で実験を実施しています。「定常法」ですがガラス瓶に水を入れておいて、更にガラス瓶外側には布を貼り付けます。で、この布に水をちょっとずつ供給するんですね。この水供給によって発汗状態を模擬しているんですね。定常法ではガラス瓶内の水はポンプでグルグル循環するんですけども、恒温槽に連結されていてガラス瓶入口における水の温度は一定に維持されるようになってるんですね。で、布を水で濡らすと蒸発しますね。勿論、温度差による顕熱移動も起こっています。つまり、顕熱移動と潜熱移動が同時に起こっている事になり、これら合計の熱移動速度に応じて循環水入口/出口温度には温度差が生じるんですね。で、「定常法」は無風時の実験ですね。

一方、「非定常法」では水の循環はせずに、ガラス瓶内の水温低下によって熱移動速度を見積もりますね。で、「非定常法」は有風時の顕熱・潜熱移動の実験に用いています。図に有るように、ガラス瓶の前面にはファンと整流器を設置してますね。それと、何故 有風時の実験を「非定常法」で実施しているのか?ですが、風が吹いていると水循環ライン (軟質のプラチューブかなと)からの放熱が無視出来ないので、熱収支が成立しなくなり実験精度が低下しますね。まあ、循環チューブを保温材でグルグル巻きにすれば良いかと思いますが、チューブの取り回しがやりにくくなるとか理由が有ると思いますね。それと、有風時の実験ではガラス瓶や布表面のあちこちに熱電対を設置するんで、それ以外の循環チューブなどは無い方がやりやすいですよね。これも参考文献に記載がありましたが、発汗水の供給は 外径 0.4[mm]、内径 0.2[mm] のテフロンチューブ 50本 (!!!) を使って実施したとの事です。やはり学生さんは大変そうですね。




✔ 実験における計算式    Calculation Equations of Experiment

で、上記実験装置を用いてデータを取っていく訳ですが いくつか計算式を使うんで、その辺りをザックリと触れておきます。

まずは、「定常法」と「非定常法」における熱移動速度(全熱流束)の計算式についてですが、以下のとおりです。定常法では循環水の入口/出口温度差を使用しますし、非定常法ではガラス瓶内水温の経時変化を使用します。で、どっちも最終的には全熱移動速度と言うか 熱流束 q [W/m2] が得られますね。そして、この熱流束には「顕熱流束」と「潜熱流束」の両方が含まれています。勿論、発汗水を供給していない場合は水の蒸発が全く無いので顕熱流束のみとなりますけど。で、どちらの方法でも保温材がある面積については除外するようにしてますね。


そして、次に物質流束の取り扱いについては以下のとおりです。「定常法」では簡単ですね。供給した発汗水の流量ってのは分かっているので、それを水の分子量と蒸発面積で割り算すれば物質流束が得られます。で、実測された表面温度から表面水蒸気圧(飽和しています)が得られ、外気の温度と相対湿度から外気水蒸気圧が得られます。で、結果的に式⑦から物質移動係数 kG が分かります。で、その時の熱伝達係数ですが ちょいと工夫が必要ですね。全熱流束から 潜熱流束(物質流束×蒸発潜熱) を差し引く事で顕熱流束を求めます。で、温度差で割り算すれば物質移動が併発している場合の熱伝達係数が分かりますね(式⑨)。

で、「非定常法」ですが ガラス瓶内の水温変化によって時々刻々の全熱流束は分かります(式⑤)。そして、この全熱流束から顕熱流束と潜熱流束を切り分けるんですが、これまたそれぞれ時々刻々変化しています。ちょいと厄介ですね。で、どうするかと言うと顕熱流束については別途実験しておいて、その結果を温度差を使って整理しておくんですね。具体的には式⑩の右辺第2項となります。ただし、これで終わりでは無くてもう一つ考慮すべき熱流束があって、供給された発汗水の温度上昇分です。室温で供給された発汗水がガラス瓶内の温水によって加熱されますね。その分、ガラス瓶内の水は熱を失うので、これが全熱流束に含まれているんですね。なので、これを差し引く必要があります。これが式⑩の右辺第3項となりますね。で、最終的に潜熱流束 qMa が得られるので これを蒸発潜熱で割り算すれば物質流束 JA が得られます。そして、物質流束を水蒸気圧差で割り算すれば無事 物質移動係数が得られます。

と、いろいろと書いてますが要は全熱流束から顕熱分と潜熱分をうまく切り分けるって事なんですね。定常法は分かりやすいですね、蒸発量が直接得られますんで。その蒸発量を使って潜熱流束を求めれば、顕熱流束=全熱流束-潜熱流束となります。一方、非定常法は少し面倒ですね。こちらは全熱流束から顕熱流束(別途推算) と発汗水温度上昇分を差し引く事で潜熱流束を求めるんですね。




発汗時の熱伝達係数と物質移動係数 Heat and Mass Transfer Coefficients during Sweating


✔ 熱伝達係数・物質移動係数 推算式 HTC & MTC Estimation Equation  


何とかここまで来ましたね。で、参考文献には発汗時の熱伝達係数と物質移動係数について実験式として整理してありますね。途中いろいろと有るんですが、結果は以下のとおりです。

下図上段は衣服間空隙における物質移動係数と熱伝達係数の計算式です。両式を比較すると 定数値 0.92 が加えられています。まあ、他の式も全部そうなってますが、これこそが相似性が成立している証左なんですね。この定数値を使えば相互に変換可能となっている訳なんですね。で、外気層についても同じで、無風時(自然対流時) においても 有風時(強制対流時) の計算式においても 0.92 が付け加えられています。で、この値ですが シュミット数をプラントル数で割り算した値の 1/3乗なんですね。空気-水系における常温でのシュミット数は 0.6 くらいで、プラントル数は 0.7 くらいです。なので、(0.6/0.7)^(1/3) = 0.95 となりますんで まあ 0.92 と同じくらいですね。 




✔ 計算例) 衣服空隙 Examples) Cloth - Cloth Gap

んじゃま、いくつか熱伝達係数と物質移動係数を計算してみます。
まずは、衣服間空隙における熱伝達係数と物質移動係数の計算結果です。空隙距離を変えて計算していますが、オーダー的にはこんなもんでしょうか。物質移動係数については単位によって値が大きく変わりますが、参考文献中の単位だと まあすごく小さくなるんですね。

んで、空隙距離 1[cm] を境にして使う計算式が違うので、1[cm]以上と以下でそれぞれ物質移動係数を計算しています。そして、1[cm]ではほぼ同じ値となっているので計算自体はおかしくは無いのかなと。熱伝達係数も小さいですね。なので、放射伝熱の寄与が大きくなりますね。この辺りは、衣類の保温性 その2 でも計算していますね。同じ式なので同じような結果になりますね。



✔ 計算例) 外気層 自然対流  Examples)  Outside Air Layer Natural Convection

さて次は外気層における自然対流 熱伝達係数と物質移動係数を計算してみます。衣服表面の温度は一定として外気温度を下げているので、温度差ΔT は増加しますね。で、自然対流なので熱伝達係数も物質移動係数も増加しています。まあ、値的にはこんなもんでしょうか。



✔ 計算例) 外気層 強制対流  Outside Air Layer Forced Convection


最後に強制対流(有風時) の計算結果です。まあ、同じような計算は何回もしていますが、風速が増加すると熱伝達係数も物質移動係数も大きく増加します。風速 数 [m/s] もあれば、自然対流の影響は無視できるくらいに小さくなりますね。

それと下図下段グラフは、熱移動と物質移動にアナロジーが成立している事を表わしています。まあ、計算式がそうなってるんで当然なんですが。熱移動については、ヌッセルト数とプラントル数からなるパラメータ値を計算し、これをレイノルズ数に対してプロットします。同じように物質移動についても、シャーウッド数とシュミット数からなるパラメータ値を計算してプロットします。そうすると、両者は同じ値となるんですね。なので、熱伝達係数から物質移動係数を計算する事も出来るし、逆に物質移動係数から熱伝達係数を計算する事も出来るって訳ですね。



まとめ  Wrap-Up

今回は衣類の保温性 その4とて熱と水分の同時移動について取り上げました。サクッと終わるつもりでしたが、実験装置の図を描いたりしましたし、いろいろと計算式も多いですし手間取りましたね。なんですが、これで皮膚表面から外気までの各部分における熱移動と物質移動を全て推算する事が可能となったんですね。

という事は、こんな温度条件で こんな衣服を何枚くらい重ね着したら熱移動速度はどうなるのか?ってのが計算出来るんですね。で、熱移動速度が人体の産熱量 100[W] よりも大きいと寒いと感じますし、その逆だと暑いと感じるんですね。 まあ、寒いと厚着しますし暑いと薄着するって事を特に意識もせずにやっていますが、それは今回紹介したような一連の熱移動現象や物質移動現象によって決まっているって事なんですよね。同じような考え方を適用すれば、極端な話 「宇宙服」とかについても計算できるんでしょうね。まあ、内部にチューブを設置して水を循環したりしているようですが。また、最近は一般的になった「空調服」とかについても同じように考える事が出来るんだと思いますね。

にしても、繰り返しになりますが 今回の実験は大変ですね~。元文献をあたってみると、それこそいろいろな実験を何回も繰り返しているんですね。で、何回も言ってますが 実験の健全性は熱収支・物質収支がどの程度キチンとしているかによりますよね。熱収支で言えば高温側流体が失った熱量と低温側流体が得た熱量がドンピシャ同じになる筈です、本来は。なんですが、放熱とか測定誤差とかでズレが生じますね。かくゆう私も大学時代の研究室は伝熱工学だったんで、実験するたびに熱収支を計算していました。なんですが、適当にやってると 20[%] くらいは余裕でズレますね、 目標は 10[%] 以内だったんですが。で、すご~く稀に 3[%] とかになる事が有るんですね~。その時はちょいとドヤ顔で実験データの整理をしてましたね。


参考文献・書籍   References

  1. 「衣類の保温性を化学工学する (4) 」 化学工学会誌 第80巻 第5号 2016年
  2. 「発汗モデル実験による熱と水分の同時移動における移動係数」
    中村けい,井上尚子,冨田明美,高橋勝六
    日本家政学会誌 第62巻 第10号 2011年








    




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