今回は湿球温度と湿球係数 Wet Bulb Temperature and Psychrometric Ratio について取り上げます。この湿球温度ですが、「湿球」Wet Bulb とあるように棒温度計の感温部にガーゼを巻き付けて 水で湿らせると、その時に示す温度が まさに湿球温度となります。一方、水で湿らせていない状態、こちらは「乾球」Dry Bulb と言いますね。そして、相対湿度が100[%] で無い限り、湿球温度は乾球温度よりも低くなります。まあ、普通 湿球温度と言えば 空気 - 水系となりますね。気体は普通 空気ですが、液体については水に限らず、有機物液体の場合もありますね。で、空気 - 水系における湿球温度があるように、例えば 空気 - ヘキサン系でも湿球温度がありますね。で、任意の系における湿球温度については 湿球係数を考慮することで計算する事が出来ます。
この湿球温度ですが、このブログでも何回となく出てきましたね。
「身のまわりの化学工学 No.9 洗濯における乾燥」 においては、湿球温度について熱移動と物質移動を考慮して 水面表面温度 Tw 即ち湿球温度 が求められる事を説明しました。基本は同じなんですが、ここをもう少し物質移動についても細かく見ていこうかなと思います。
湿球温度と湿球係数 Wet Bulb Temp. and Psychrometric Ratio
今回参考にする書籍は 浅野 康一先生の著書 「物質移動の基礎と応用」2004年刊です。浅野先生は 東工大で教鞭をとられておられましたが、ご専門はまさに熱と物質の同時移動現象ですね。かくゆう私も大学で配属された研究室は伝熱工学でして、まさに熱と物質の同時移動を取り扱ってました。なので、浅野先生の論文はいろいろと読みましたね。ですが、化工論文集の英文版だったりすると なかなか読むのも大変でした。ネットとかは無いですし、辞書片手にって感じでしょうか。
✔ 熱と物質の同時移動 Simultaneous Heat and Mass Transfer
で、湿球温度と湿球係数の前に、まず熱と物質の同時移動について触れておきます。液体の蒸発や凝縮など相変化 Phase Change を伴う移動現象では、界面において着目成分の移動(相変化) に伴う 潜熱の移動がおこります。なので、熱移動には必ず物質移動が伴いますし、物質移動には熱移動が伴いますね。両者を切り離して取り扱う事は出来ません。この辺りが顕熱移動と違って面倒くさいところですね。顕熱移動であれば、温度差に応じて熱が移動するだけなので。まあ、少し細かい事を言うと温度勾配によって拡散が誘起される熱拡散現象 Thermal Diffusion effect とかもありますが、ここでは取り上げません。また、逆の例としてはアッカーマン効果 Ackerman effect がありますが、やはりここでは取り上げません。
この熱と物質の同時移動ですが、熱移動と物質移動が必ず同時に起こる訳で、なのでわざわざ「同時移動」と呼んでる訳なんですね。で、下図は純液(単一成分の液) が蒸発する場合の界面近傍における 温度分布と熱移動・物質移動の方向については模式的に示したものです。
a) 気相温度が液相温度よりも大幅に低い
顕熱は全て液相から移動し、一部はそのまま気相部へと顕熱移動し、残りは蒸発に使用されます。
b) 気相温度が液相温度より少し低い
この熱と物質の同時移動ですが、熱移動と物質移動が必ず同時に起こる訳で、なのでわざわざ「同時移動」と呼んでる訳なんですね。で、下図は純液(単一成分の液) が蒸発する場合の界面近傍における 温度分布と熱移動・物質移動の方向については模式的に示したものです。
a) 気相温度が液相温度よりも大幅に低い
顕熱は全て液相から移動し、一部はそのまま気相部へと顕熱移動し、残りは蒸発に使用されます。
b) 気相温度が液相温度より少し低い
顕熱は全て液相から移動しますが、気相温度は界面温度と等しくなります。
c) 気相温度が液相温度より少し高い
c) 気相温度が液相温度より少し高い
顕熱は液相と気相両方から界面に向かって移動し、その合計が蒸発に使用されます。
d) 湿球温度
気相温度が更に高くなると界面へと移動する顕熱は全て気相から供給され、そして蒸発に使われます。この状態が湿球温度で、少量の液を気相中に放置すると このような温度分布となります。
気相温度が更に高くなると界面へと移動する顕熱は全て気相から供給され、そして蒸発に使われます。この状態が湿球温度で、少量の液を気相中に放置すると このような温度分布となります。
e) 気相温度が液相温度より大幅に高い
顕熱は全て気相から供給され、一部が液相へと移動し 残りは蒸発に使用されます。
そして、これらの現象において 顕熱移動と物質移動が同時に起こっており、その際の熱収支は式①によって表わされます。まあ、こうなりますよね。
顕熱は全て気相から供給され、一部が液相へと移動し 残りは蒸発に使用されます。
そして、これらの現象において 顕熱移動と物質移動が同時に起こっており、その際の熱収支は式①によって表わされます。まあ、こうなりますよね。
✔ 湿球温度と湿球係数 Wet Bulb Temp. and Psychrometric Ratio
で、前述の熱と物質の同時移動なんですが、何が大事かと言えば「界面温度」ですね。気流の温度・湿度とか与えられた条件において、界面温度が何度になるのか? を求める事になります。その為には式①の各項について詳細に見ていく必要があります。と言っても、そこまで難しくは無いですね。
式①は前述の図 d) の場合には、式②となります。気相からの顕熱量がそのまま全部 蒸発、即ち潜熱量に使用されます。で、界面温度 Tw と主流中温度 T∞ を用いて顕熱流束 qG が式③で求められます。hG は熱伝達係数ですね。同じように物質移動流束 NA についても濃度差(ここでは絶対湿度差)と物質移動係数 kH を用いて式④で表わすことが出来ます。で、式③と④を式①にエイッと代入して整理すると式⑤が得られます。見てみると 式⑤中には 熱伝達係数と物質移動の比が含まれており、これこそが 湿球係数 Psychrometric Ratio なんですね。更に、式⑤の左辺には 界面温度と界面絶対湿度が含まれていますが、当然ながら界面は飽和状態なので この界面絶対湿度は 界面温度における飽和絶対湿度になっています。という事は、界面温度が分かれば 蒸気圧曲線を使って飽和絶対湿度が得られますね。
式①は前述の図 d) の場合には、式②となります。気相からの顕熱量がそのまま全部 蒸発、即ち潜熱量に使用されます。で、界面温度 Tw と主流中温度 T∞ を用いて顕熱流束 qG が式③で求められます。hG は熱伝達係数ですね。同じように物質移動流束 NA についても濃度差(ここでは絶対湿度差)と物質移動係数 kH を用いて式④で表わすことが出来ます。で、式③と④を式①にエイッと代入して整理すると式⑤が得られます。見てみると 式⑤中には 熱伝達係数と物質移動の比が含まれており、これこそが 湿球係数 Psychrometric Ratio なんですね。更に、式⑤の左辺には 界面温度と界面絶対湿度が含まれていますが、当然ながら界面は飽和状態なので この界面絶対湿度は 界面温度における飽和絶対湿度になっています。という事は、界面温度が分かれば 蒸気圧曲線を使って飽和絶対湿度が得られますね。
とまあ、式⑤を用いれば 乾球温度と湿球温度から空気主流の湿度 H∞が得られますね。もちろん、その際には湿球係数の値が必要となります。空気 - 水系ではその値は分かっていますね。んじゃ、早速計算してみましょうかとなりますが、もう少し詳しく見てみます。
式⑥は層流境界層理論から導出される ヌッセルト数ですね。ヌッセルト数は無次元化した熱伝達係数ですが、その大きさはやはり無次元数であるプラントル数とレイノルズ数によって左右される、と理解されます。で、式⑦ですがこちらは物質移動における無次元数であるシャーウッド数 Sherwood Number ですね。物質の質量比率とか絶対湿度とかが絡むのでちょいと複雑ですが、右辺を見るとシュミット数 Schmidt Number とレイノルズ数で決まることが分かります。このシュミット数ですが 式⑨ですね。物理的な意味合いとしては、速度境界層厚みと濃度境界層厚みとの比率ですね。
で、式⑥と⑦から式⑪が得られますが、途中 絶対湿度と質量比率との関係である式⑩を使用します。式⑪には 無次元数である ルイス数 Lewis Number が含まれますが、式⑫にあるようにシュミット数とプラントル数との比ですね。更に、式⑪を見ると気体主流中の着目成分の重量比ってのは ほぼゼロですよね。なので、最終的には式⑬が得られますが、この式を見て分かるように、全て物性値のみから構成されているので その系に固有の値となるんですね。因みに、空気 - 水系であれば 1.09 [kJ/kg K] となりますね。このようにその系における物性値が分かっていれば、エイッと湿球係数が得られるので比較的容易に湿球温度が得られるとなります。なんですが、ひとつ難しいのがあって それは「拡散係数」ですね。熱伝導率に似ていますが実測値はそれほど多くは有りませんね。まあ、実測しにくいってのが有るかと思いますけど。物性推算をするにしても、拡散係数はなかなか難しいな~と思いますね。
で、浅野先生の参考書籍には ルイス数に対して 湿球係数 (厳密には湿球係数の分母は物質移動係数と比熱の積) をプロットした結果が載っています。また、このプロットには元文献が有りそちらを当たってみるとデータ値が整理されていました。下図グラフはそのデータ値に基づいて作成しています。この文献ですが、京都大学の水科 篤郎先生の文献ですね。
で、その文献にも式⑬と同じ関係式が記載されていましたが、2/3乗では無くて 1/2乗になっています。水科先生の文献にも 2/3乗とした関係式も出てきますが、更に検討を加えて 1/2乗の方が実験結果をよりうまく整理出来ると結論づけたようです。んでも、普通の気体ではルイス数はほぼ1くらいで、1の1/2乗でも1の2/3乗でも どちらも 1 なのであまり影響は無いのかなと思いますけど。
で、その文献にも式⑬と同じ関係式が記載されていましたが、2/3乗では無くて 1/2乗になっています。水科先生の文献にも 2/3乗とした関係式も出てきますが、更に検討を加えて 1/2乗の方が実験結果をよりうまく整理出来ると結論づけたようです。んでも、普通の気体ではルイス数はほぼ1くらいで、1の1/2乗でも1の2/3乗でも どちらも 1 なのであまり影響は無いのかなと思いますけど。
計算例 Examples
✔ 空気湿度の計算 Calculation of Air Humidity
参考文献にある計算例ですが、大気圧下における乾球温度と湿球温度から主流空気の湿度を計算してみます。条件は次のとおりです。
- 乾球温度 300 [K]
- 湿球温度 293 [K]
- 湿球係数 1.09 [kJ/kg K]
で、結果は以下のとおりです。相対湿度は 51.6 [%] で、絶対湿度は 0.0114 [kg-water/kg-dry air] となりますね。計算自体は簡単で、式⑤に湿球係数、湿球温度における蒸発熱、湿球温度における絶対湿度の値を代入すれば、不明なのは空気絶対湿度だけなので サクッと求められますね。で、当然ですが 湿球温度が乾球温度と等しくなると相対湿度は100[%]となり、絶対湿度は飽和絶対湿度となります。
✔ 有機物液滴の湿球温度 Wet Bulb Temp. of Organic Liquid Droplet
次は空気 - 水系では無く、空気 - ヘキサン系で湿球温度を計算してみます。計算条件は以下のとおりです。まあ、これも参考書籍の計算例なんですけど。
- ルイス数 1.85 [ - ]
- 大気圧 101.325 [kPa]
- 空気温度 323 [K]
で、空気温度を変えて計算してみると結果はこんな感じです。まあ、蒸発しているので湿球温度は空気温度よりは低くなりますね。また、前述のルイス数と湿球係数との関係ですが、2/3乗と1/2乗の両方で計算してみました。若干の差はありますが まあ同じかなと。
それと、この計算例ですが やはり反復計算が必要となりますね。下図の下段部分には補足として計算手順を書いてあります。まずはルイス数を使って湿球係数を計算します(式a)。んで、適当に液滴湿球温度 Tw を仮定します。そして、その温度を使って蒸気圧と蒸発熱を計算します。蒸気圧が得られれば 式b によって飽和絶対湿度 Hw が得られます。次に、式c に分かっている値を全部代入すると 湿球温度が再計算されるので これを Tw' とします。この計算で 式c 中の H∞は ゼロですね。空気中に初めからヘキサン蒸気が含まれていれば別ですけど。で、仮定値 Tw と再計算値 Tw' がほぼ等しければ 計算は終了しますが、異なっていれば仮定し直して 再計算します。普通は EXCEL のソルバー機能を使うんで、特に面倒も無く計算出来ますね。ホントEXCEL様々ですね。
それと、この計算例ですが やはり反復計算が必要となりますね。下図の下段部分には補足として計算手順を書いてあります。まずはルイス数を使って湿球係数を計算します(式a)。んで、適当に液滴湿球温度 Tw を仮定します。そして、その温度を使って蒸気圧と蒸発熱を計算します。蒸気圧が得られれば 式b によって飽和絶対湿度 Hw が得られます。次に、式c に分かっている値を全部代入すると 湿球温度が再計算されるので これを Tw' とします。この計算で 式c 中の H∞は ゼロですね。空気中に初めからヘキサン蒸気が含まれていれば別ですけど。で、仮定値 Tw と再計算値 Tw' がほぼ等しければ 計算は終了しますが、異なっていれば仮定し直して 再計算します。普通は EXCEL のソルバー機能を使うんで、特に面倒も無く計算出来ますね。ホントEXCEL様々ですね。
まとめ Wrap-Up
今回は湿球温度と湿球係数について取り上げました。物質移動が絡んでくるお話なんで、今回は新たにシュミット数とかシャーウッド数とか、更にルイス数などが出てきました。まあ、あまり馴染みが無いですよね。蒸留とかガス吸収とかを専門にやっていれば頻繁に扱うのかも知れませんけど。で、伝熱の場合と違って面倒くさいですよね。熱移動であれば、駆動力としては温度差がありますが、[℃] とか [K] ですね。これが物質移動となると駆動力として、絶対湿度だったりモル濃度だったり 分圧だったりして複雑です。勿論、相互に変換は出来るわけなんですが正直面倒ですね。熱伝達係数で 1000 [W/m2 K] であれば、「おっ、結構デカいですね、凝縮とか沸騰かな?」と見当が付きますけど。物質移動だと どれくらいのオーダーなのか分かりませんね。とは言っても、乾燥操作などでは 物質移動係数を計算したりしますね。で、乾燥操作は大抵 空気 - 水系なんで、熱伝達係数が分かっていれば 物質移動係数をすぐに計算出来ますね。湿球係数は 1.09 [kJ/kg K] なので。
この辺りはアナロジー Analogy で整理出来ますね。運動量移動、熱移動、物質移動現象については似たような現象として取り扱えるって事ですね。それぞれ以下のとおりです。面白いのは、速度境界層が発見されたのが 1904年で、その約10年後に温度境界層が発見され、更に約10年後に濃度境界層が発見されたんですね。見つけやすい順番だったのかなと思いますけど。
この辺りはアナロジー Analogy で整理出来ますね。運動量移動、熱移動、物質移動現象については似たような現象として取り扱えるって事ですね。それぞれ以下のとおりです。面白いのは、速度境界層が発見されたのが 1904年で、その約10年後に温度境界層が発見され、更に約10年後に濃度境界層が発見されたんですね。見つけやすい順番だったのかなと思いますけど。
- 運動量移動 ニュートンの法則 速度境界層 1904年 Prandtl
- 熱移動 フーリエの法則 温度境界層 1913年 Langumuir
- 物質移動 フィックの法則 濃度境界層 1924年 Lewis, Whitman
実務でも湿球温度とかを計算した事は何回もありますが、空気 - 水系以外では無いですね~。ルイス数を使えば、どんな液体でも湿球温度を計算出来るな~とはボンヤリと考えてましたけど。まあ、あまり無いですよね。
参考書籍・参考文献 References
- 「物質移動の基礎と応用」 浅野康一著 丸善 2004年
- 「熱および物質の同時移動に関する研究」
水科 篤郎、中島 正基 化学機械 第15巻 第1号 1951年
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