化工計算ツール No.115 HB インペラの撹拌性能 Agitation Performance of HB Impeller

 今回は撹拌関連の内容ですが、ワイドパドルタイプ インペラである HB インペラについて取り上げます。ワイドパドルタイプと言うと、このタイプの先駆者的な マックスブレンドがまず挙げられますね。また、それ以外にもフルゾーンやスーパーミックスなどが有りますね。このブログでも 「No.67 ワイドパドルインペラの撹拌性能」において取り上げました。まあ、この手のインペラは良く混ざるんですね。その分、動力は必要となりますし、トルクも大きめになるんで軸シール部が多少ゴツめになると言う点はあるんですが、それでもよく混ざる方が好ましいですよね。

で、今回取り上げるのは ワイドパドルタイプなんですが、あの名工大 加藤 禎人先生のグループが開発したものなんですね。"HB" と言うネーミングですが、ズバリ その形状が 野球のホームベース Home Base に似てるからなんですね。で、五角形の尖った方を上にして回転させるんですね。 高砂化工機さんや GL HAKKO さんが製作・販売していて、量産機スケールのインペラも実際に納入されているようですね。 単純な形状なんで GL (グラスライニング) 処理はしやすいでしょうね。また、旭製作所さんはラボ用HB撹拌子を製作・販売しています。ホームページには画像も載ってますが、量産スケールにスケールアップしていくってのは当たり前ですが、ラボスケールの方にスケールダウンするってのは他のインペラには無い方向性で面白いですね。

加藤 先生はこの HB撹拌翼の開発意図について、3S  Simple, Speedy, Stable を目指したと言及されています。 曰く「単純なインペラ形状で、迅速に混合し、流脈が安定して槽内に広がる」と言う事なんですね。この 3S なんですが 加藤先生の学生時代の恩師で、蒸留計算研究の大家である山田 幾穂先生が標榜されていたんですね。曰く、「迅速に安定して簡明なアルゴリズムで解を得る」です。蒸留計算と撹拌だと全くの畑違いの感じがしますが、基本となるものは同じなんだな~と感じますね。それと、インペラはとにかくシンプルなのが良いですよね。製作するのも簡単ですし、となるとお値段の方もお安くなりますね幾分は。更に、据付も分解も簡単となりますね。





HB インペラ  HB Impeller


✔ HB インペラ形状   Schematic Diagram of HB Impeller

参考文献には以下のように HB インペラ 仕様が記載されています。形状自体が簡単なので、ブレード径 d とブレード高 b (若しくは b')しか無いですね。各部の最適寸法ですが ブレード径については 槽径の 0.6 が良いとされています。これは、ワイドパドルタイプ全般について共通しているとの事です。また、ブレード高 b (or b') ですが 層流域においては 動力は全高 b が影響し、乱流域においては 矩形部高 b' が影響するそうです。あまり液面から距離が有ると流れが弱くなるんで、ある程度は近づけたほうが良いようには思いますけど。また、ブレード上端が液面から突き出していても、それは特に問題では無いようです。

で、文献中の図を見ると ブレードはピタッと槽底に接するように描かれています。マグネチックスターラーであればそれも可能ですけど 量産機では難しいですね。液の排出を考えるとヘッド形状は、SD, Standard Dish 若しくは ED, Ellipsoidal Dish を選択します。であれば、形状は曲線となるのでブレードもそれに沿わせる必要がありますね。実際、高砂化工機さんのホームページに載っている HBインペラ画像では ブレード下端は斜めにカットされています。まあ、運転やメンテナンス実施を考慮して、可能な限り近付けるって事なのかなと思いますけど。



まあ、文献で言わんとしているのは 「HBインペラの撹拌性能は優れている!」って事なんですね。既存のワイドパドルと同じであればあまり意味が無いですよね、多分。で、加藤先生のグループでは「混合過程における流脈を可視化」する事によって優位性を主張されてますね。詳しい事は流体力学のサイトとかを見て頂くとして、流れに注入したトレーサーが描くのは流脈線なんですね、因みに煙突からの煙も流脈線です。そして、撹拌分野では「強力な流れが一筆書きで槽内に形成されるのが良い」とされてますね (と個人的には思っています)。槽内に渦の様な局所的な流れが複数形成されるようであれば それぞれの渦は孤立してしまいますし、そうなると槽内全体の混合は渦間の交換流量によって制約される事になりますね・・・。

そして、流脈の可視化とその観察により HBインペラの方が既存のワイドパドルインペラに比較して より早く流脈線が発達するんだと結論しています。具体的に言うと、HBインペラでは 総回転数 14回転で流脈が槽内全体に広がりますが、一方 ワイドパドルインペラでは 10-20 回転で同じ状態になるとの事です。 


✔ HBインペラ 動力計算式   Power Consumption Equations for HB Impeller


で、ここからは動力計算式です。名工大 加藤先生のグループなので傾斜パドルとかに適用されている いつもの一連の計算式ですね。なんですが、この HBインペラについては層流域と乱流域で分けて考えますね、ブレード高については。まあ、既存の計算式を適用しようと思ったら ドンピシャうまくは行かなかったと言う事でしょうか。んでも、そんなのを補って余りあるほどの有用性が有りますよね。広い撹拌レイノルズ数範囲で実験をしてデータを採取するのは実際大変です。実際に実務でもやってましたし。実験に使う液を調製したりするだけでもすごく面倒くさいです・・・。以前も触れたかと思いますけど、液の調製に使う水飴(一斗缶に還元麦芽糖って書いてましたけど) は夏場はすぐに腐ります。そしてものすごく臭~いです。

と、肝心の計算式は以下のとおりですね。やはり数式が多いです。で、層流域では ブレード高として 全高 b をそのまま使います。一方、乱流域では ブレード下部の矩形部分の高さ b' を使います。で、これは傾斜パドルなど他のインペラと同じですが 層流域 計算式を使えば Np0 が得られます。また、乱流域 計算式を使って Np が得られます。両方を比べて大きい方を動力計算に適用します。Np0 > Np であれば層流域と判断出来ますし、Np0 < Np であればそれは乱流域となります。なので、下記の式には 撹拌レイノルズ数が この値 以下であれば層流だとか、この値以上であれば乱流ってのは明記されてないですよね。




✔ HB インペラ 混合時間計算式  Mixing Time Equations for HB Impeller


参考文献には HBインペラの混合時間計算式も記載されていますね。ただし、乱流域でバッフル無し条件ですね。何故バッフル無しかと言うと、ラボ用試験管スケールから 50[Liter] 程度のパイロットスケールまでを想定しているんですね。試験管スケールであれば、そもそもバッフルは設置出来ませんね、小さすぎるので。また、小さい反応器とかであれば敢えてバッフルを設置しなくても良いですね。槽壁を洗浄するのも便利ですし。また、バッフル有りについても実験は実施されていますが、推算式の形にはなってないですね。まあ、動力値が得られていれば 別の推算式で無次元混合時間を推算する事も出来ますね。

計算式は以下のとおりですね。Np は動力数なので前述の計算式で計算します。また、Nqd は循環流量係数ですが下記 計算式で計算します。式中の記号については前述のものと同じですね。ここで、θ ですが ブレード傾斜角度となります。HBインペラについては ブレードは垂直なので θ = 90[° ] であり sinθ = 1 となります。また、θ/π は 0.5 となりますね。




計算例  Examples


✔ 動力曲線 Re - Np Curve


何と言ってもまずは動力曲線ですよね。せっかくなので、ワイドパドルインペラの代表格である マックスブレンド Maxblend® の動力曲線についても計算してみました。勿論、計算条件は同じとします。ワイドパドルでは、寸法としてはブレード径と高さしか無いですね。一方、HBインペラでは ブレード矩形部の高さも条件として必要になります。乱流域においては、この寸法が動力を左右しますんで。

  • 槽内径       2,000 [mm]
  • 液高さ       2,000 [mm]
  • ブレード径     1,200 [mm]
  • ブレード高(全高)  1,900 [mm]
  • ブレード高(矩形部)  735 [mm]
  • バッフル幅      200 [mm]
  • バッフル枚数          4 [EA]

図にしてみるとこんな感じですね。液量としては 6.3 [m3] くらいなんで、そこまで大きな槽では無いですね。




で、動力曲線は下図のようになりました。ほぼほぼ同じ動力曲線となるんですね。ブレード径を揃えているので、まあこうなるのかなと思いますけど。んでも、乱流域の動力数計算においてブレード高としては、マックスブレンドではブレード全高 bを使っています。一方、HBインペラについては矩形部高 b' を使っているんですね。明らかに b > b' なんですが動力数はほぼ同じなんですね。ブレード径の効き具合と言うか影響の方が大きいのかな~と思いますが、詳細は不明です。

そして、層流域の動力数、乱流域の動力数をそれぞれ比較してみると、層流域についてはドンピシャ同じですね。まあ、ブレードの径も高さも同じなので。乱流域については HBインペラの方が 2 [%] ほど大きな動力数となりますが、これくらいの差であれば同じですよね。




✔ 混合性能  Mixing Performance


次に混合性能について計算してみます。まあ、前述のとおり 動力特性はほとんど同じなので混合性能についても同じです。こうしてみると、HBインペラの特性は既存のワイドパドルインペラと同じと言う事になりますね。ただ、形状は単純なのでコスト面やメンテナンス面での優位性は有るのかな~と思います。





✔ ラボ用マグネチックスターラーへの適用 Application to Laboratory Magnetic Stirrers


前述のとおり 量産機スケールの HBインペラは既存のワイドパドルインペラとほぼ同じ性能を有しているって事ですね。まあ、形状が単純だと言う優位性は有るかと思いますが。で、前述のようにラボスケールまでスケールダウンしてるんですね。そこが面白いです。ラボ用のマグネチックスターラーを見る度に、「これって混ざってるのかな~?」と思ってました。もちろん、ずーっと長時間撹拌しておけばいずれは混ざるんでしょうけど。

参考文献には試験管用 HB撹拌子を用いた実験結果が記載されています。撹拌子の形状は下図のような感じですね。で、いろいろと試していますが 細長くも無く、かと言って太くて短くも無い 中間的な寸法の撹拌子が最も良い混合性能のようです。




参考文献ではヨウ素-チオ硫酸ナトリウム 酸化還元反応を利用した脱色法により混合性能を評価していますが、普通の棒状のスターラーチップだとなかなか混ざりませんね~。その点、HB 撹拌子は良く混ざります。で、最も良く混ざるのが図にあるように細長すぎず、かと言って太過ぎない 中間の HB撹拌子なんですね。ん~、なかなか面白いですね。

  • 条件 1
    液量      2.5 [mL]
    液粘度     0.093 [Pa s]
    回転数      200 [rpm]
    通常の撹拌子   660 [sec]
    HB撹拌子      52 [sec]

  • 条件 2
    液量      5.0 [mL]
    液粘度     0.033 [Pa s]
    回転数      200 [rpm]
    通常の撹拌子   900 [sec]
    HB撹拌子    220 [sec]


まとめ  Wrap-Up

今回はワイドパドルインペラのひとつであるHBインペラの撹拌性能について取り上げました。動力特性と混合性能について計算してみましたが、既存のワイドパドルと比較すると ほぼ同じ性能を有しているようです。「な~んだ、そうなんだ」と思いそうですが、ラボスケールに適用しているのが特色と言うか面白いところですね。ラボで混ぜると言うとマグネチックスターラーでとにかくぶん回せば良いんでしょ!的な感じが有りますね。まあ、何か液を調製するんでも ビーカーとかに仕込んで スターラーチップを投入して、ずーっと撹拌してる感じでしょうか。調製液を使うのが翌日とかであれば 一晩 回しておけば それでも問題は無いですよね正直なところ・・・。

なんですが、調製した液をすぐに使いたいような場合、しかも液組成の均一性が要求されるような場合であれば 今回取り上げたような HB撹拌子も有効なのかなと。実際、このHB撹拌子を使ったユーザーからは以下のようなコメントが寄せられているようです。

  • 試料の物性値の誤差が10%から5%に減少し実験の再現性が向上した
  • 通常のスターラーチップよりも回転数を下げられるので、液の飛び散りが減った
  • エポキシ樹脂とアセトンの混合時間が 15秒から 5秒に減少した


まあ、スターラーチップのみで均一に混ぜるのは難しいですよね、液が深い場合は特に。バッフルとかも無いですし、ものすごく供回りしています・・・。上下方向の流れを生成させるにはどうしても吐出流が必要な訳ですが、一般的なスターラーチップでは弱いですよね。なので、より吐出流れを生み出すようなブレードを追加した HB撹拌子は理にかなっていますね。また、ラボでは固体試料を取り扱う場合も多いので、そんな場合にも効果が有るかとは思います。

で、気になるのが マグネチックスターラーのトルクです。良く混ぜるにはそれだけエネルギーを投入する必要があるんですが、そうするとインペラにはトルクが掛かりますね。マグネチックスターラーでは磁力によって このトルクを伝達していますが、磁力が弱いと難しいのかな~と思います。普通のマグネチックスターラーでも、少し液粘度が高かったり 液がスラリーだったりするとスターラーチップが暴れるような場合が有りますよね。マグネチックスターラーの仕様とか構造はイマイチ分かりませんが、良く混ぜるのであれば高トルク仕様のマグネチックスターラーが必要になるのかな~と思います。


参考文献・書籍  References


  1. 「流脈線に基づく撹拌槽内の混合機構の解析」
    化学工学論文集,第35 巻,第3 号,pp. 265–273,2009
  2. 「流脈観察に基づくHB翼の開発」
    化学工学論文集,第41巻,第1号,pp. 16‒20,2015
  3. 「HB撹拌翼の撹拌動力特性と混合特性」
    化学工学論文集,第41巻,第5号,pp. 276‒280,2015
  4. 「マグネチックスターラーへのHB撹拌翼の応用」
    化学工学論文集,第44巻,第2号,pp. 91‒93,2018
  5. 「HB翼の試験管からパイロットスケールまでの適用」
    化学工学論文集,第49巻,第5号,pp. 109‒113,2023











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