化工計算ツール No.118 液膜式熱交換器 Liquid Film Heat Exchanger

 今回は液膜式熱交換器 Liquid Film Heat Exchanger について取り上げます。その名のとおり、流体を伝熱面上に沿って流し、液膜を形成させて熱交換を行わせる熱交換器となりますね。参考書籍である「熱交換器設計ハンドブック」では以下のように分類されています。


■ 液膜自体が相変化を生じないもの

  • 縦型流下液膜式 冷却器/凝縮器 Vertical Falling Film Cooler / Condenser
  • 横型流下液膜式 冷却器/凝縮器 Horizontal Falling Film Cooler / Condenser

■ 液膜自体が蒸発するもの
  • 縦型流下液膜式 蒸発器 Vertical Falling Film Evaporator
  • 横型流下液膜式 蒸発器 Horizontal Falling Film Evaporator 

冷却器/凝縮器については、液膜自体は相変化はしないですね。冷却器であれば液膜が冷却されて温度が下がるだけです。また、凝縮器であれば冷たい液膜に対してベーパーが凝縮するので液膜の量は増えますね。そして、加熱器や蒸発器においては液膜が加熱されて温度が上がったり、液膜温度が沸点温度よりも高くなれば蒸発します。

まあ、そこまで特殊な熱交換器では無いですね。実務でも何回か仕様検討した事が有りますね。凝縮器でしたけど、液をポンプで循環させて液膜を形成させ、そこにベーパーを凝縮させます。また、逆に蒸発器として使った例も有りましたね。ポリマープラントには回収モノマーの精製をする為の蒸留塔を設置したりしますが、その蒸留塔のリボイラーとして使ったりしますね。と言うのも、熱重合するようなモノマーだと温度を低めにして運転していても徐々に伝熱管にスケールが蓄積してきます。なので、わざわざこのようなタイプの熱交換器にするんですね。液膜の流速ってのは充満流れの流速よりもだいぶ大きいのでサーッと流れるんで、滞留時間が短くなるんですね。


液膜式熱交換器  Liquid Film Heat Exchanger


✔ 縦型液膜式熱交換器の構造 Structure of Vertical Liquid Film Heat Exchanger

 まあ、大抵の場合 縦型の多管式熱交換器ですよね。液は上部から供給されて、伝熱管内側に流下液膜が形成されます。なので、下図のような構造となります。この方式では何と言っても 「各伝熱管に均一に液が分配される事」です。なので、下図にあるようにいくつか工夫をしますね。液ですがノズルからそのままドバドバと供給すると、甚だしく液の分配が悪くなります・・・。

なので、まずは分散板を設置しますね。まあ、多孔板なんですが もう少し工夫します。液が漏れ落ちる孔の配置を伝熱管の中心からずらすんですね。伝熱管を三角配列とするのであれば、三角形の各頂点に伝熱管中心があります。で、孔は三角形の中心(重心)となるように配置するんですね。そして、伝熱管の端面にも工夫をします。下図に有るように切り欠き Notch を付けるんです。これが平らな伝熱管端面だとその水平度によって 液の流れ込みが影響を受けますよね。なので、端部に三角形の切り欠き形状を施工し、三角の頂点部分から液が流れ込むようにします。流量測定で使う「三角堰」みたいなものですね。で、この切り欠き部は別個に製作しておいて、伝熱管にスポッとはめ込む感じにしますね。

実際にこのタイプの熱交換器の製作図面を見たことも有りますけど、「分散板設置」と「伝熱管端面の切り欠き」はセットなんですね。最初 見た時はなるほどね~と思いましたね。




✔ 液膜側熱伝達係数  Liquid Film Heat Transfer Coefficient

縦に設置した伝熱管内壁を流体が流下する場合の流れは下図のようになります。入口付近から助走区間 Entrance Region が形成されますが、その後には流れが発達します。具体的には液膜の厚みが違ってくるんですね。と言う事は、伝熱管の高さ方向で熱伝達係数の値が変わってくる事になります。 まあ、局所熱伝達係数みたいなものなんですが、実際に熱交換器を設計するには平均熱伝達係数値が分かれば良いですよね。なので、伝熱管を助走区間と発達区間との2つにざっくりと分け、それぞれの熱伝達係数を求め 各区間長 比率を用いて平均値を算出するんですね。

で、液膜流れに特有なパラメータとしては、式②で表わされる「単位濡れ縁長さ当たりの流量 m」でしょうか。今回の場合、伝熱管の内側に液膜が形成されるので、円周率×管内径=円周となり これが濡れ縁長さ Perimeter となりますね。で、下記の一連の計算式を使えば平均熱伝達係数が求められるんですが、一つだけ計算式になってないものが有って、「助走区間の長さがどれくらいなのか?」は下図のグラフから読み取る必要が有ります。で、このグラフは 「単位濡れ縁長さ当たりの流量 m」 に対して、助走区間長さ L1 がプロットされています。見て分かるように、流量が増えると助走区間は長くなりますね。

それと、「単位濡れ縁長さ当たりの流量 m」には最小値が有るんですね。流量が少ないと所謂 「液切れ」するんですね。この状態では均一な厚みを有する液膜が形成されません。ある場所は濡れているけど、別の場所は乾いていると言う状態ですね。このような状態では 正確な熱伝達係数値を算出する事は出来ませんし、濡れ部分と乾き部分との境界での「汚れ」の発生が懸念されますね。




※ 一連の計算式ですが、参考書籍である「熱交換器設計ハンドブック」が古いものなので工学単位系ですね。まあ、もっと古い書籍だと 熱量単位が英国熱量単位 British Thermal Unit , Btu とかが出てくるんで、それよりは良いですけど・・・。 


計算例  Examples


✔ アンモニア凝縮器   Ammonia Condenser

参考書籍にはアンモニア凝縮器の設計例が有るんで、それをご紹介しておきます。飽和アンモニア蒸気を伝熱管の外側でアンモニア蒸気を凝縮させ、伝熱管の内側には冷却水を液膜状に流します。なので、伝熱管内外のそれぞれに液膜が形成されるんですね。その他の条件は以下のとおりです。それ以外にも水物性や管内外の汚れ係数とかが必要となります。

  • 10 [atm] 飽和アンモニア蒸気    25.7 [℃] , 6000 [kg/hr]
  • アンモニア 凝縮潜熱       276 [kcal/kg]
  • 冷却水              10 → 20 [℃]
  • 伝熱管              外径 25.0 [mm] , 内径 20.8 [mm] , 長さ 5[m]

設計手順ですが、まずは交換熱量 Q を計算しますね。その値を使って 冷却水量 w を算出します。これで、高温側と低温側の流量・温度条件が分かります。そして、総括伝熱係数 U値 を仮定して 必要伝熱面積 A を求めます。また、別途 伝熱管仕様は決めているので 伝熱管本数が得られます。本数が決まれば 伝熱管 1本当たりの液膜流量(内側)と凝縮流量(外側) が定まるので、適切な計算式を用いて熱伝達係数が求まります。すると、それらの値を使って総括伝熱係数を改めて計算する事が出来ます。最初に仮定した U値と改めて計算した U値を比較して、ほとんど同じであれば 計算終了となり、伝熱面積 Aとか伝熱管本数 N とかが得られた事になります。もし、両者に差異が有るのであれば U値を仮定し直して再び同じ計算を実施します。

で、昔は 電卓片手に逐一計算してたんでしょうけど、今は EXCEL が有るんでエイッと計算できますね。得られた熱交換器仕様は以下のとおりです。交換熱量を SI単位系に換算すると 1925 [kW] となるので、そこそこ大きいですね。冷却水量は ざっくりと 165 [m3/hr] となりますが、入口出口温度差 10[℃] の場合です。これが 5[℃] であれば 冷却水量は 2倍の 330 [m3/hr] となります。U値ですが高温側は凝縮で、低温側は液膜流れと言う組み合わせなので、さすがに大きいですね。因みに、液膜側は 5,300 [kcal/m2 hr ℃] で 凝縮側は 3,800 [kcal/m2 hr ℃] となりました。

  • 交換熱量   1,656,000 [kcal/hr] 1925 [kW]
  • 冷却水量   165,600 [kg/hr]
  • 伝熱面積          146.7 [m2]
  • 総括伝熱係数 1,144 [kcal/m2 hr ℃]
  • 伝熱管本数  380 本

大きさ的には下図のような感じでしょうか。本来は凝縮液の排出を考慮した構造になってるんだと思いますけども・・・。伝熱管 380本をピッチ 32[mm] の三角配列で押し込んでみると、シェル径は 700 [mm] くらいとなります。この計算は このブログでも 「No.26 多管式熱交換器のシェル径」で取り上げてますね。まあ、概略的な計算ですけども。

また、下図 上段の棒グラフは反復計算過程における 各部熱抵抗値の変化です。参考書籍では 話を早く進める為に仮定値は収束値に近い値としますね。なんですが、あえて少し離れた値を仮定して 1回目の計算を実施し、得られた値を2回目の仮定値としています。 んで、3回目でほぼ収束する感じですね。4回目も5回目もやってみましたが、ほぼ一定値となります。熱抵抗値を見てみると高温側(アンモニアベーパー)と低温側(冷却水) の熱抵抗が変化しています。総括伝熱係数を変えると伝熱面積が変化するので、その影響が伝熱管本数の変化として表われるんですね。そうすると、伝熱管1本当たりの液膜流量と凝縮液量が変わるんで、最終的に 熱伝達係数値が変わるって事ですね。






✔ 液体加熱器  Liquid Heater


今度は伝熱管内にプロセス流体(物性は水)を通液して加熱するものとします。伝熱管外の加熱媒体は 100[℃] のスチームとします。

  • 低温側流体  液体  20 → 80 [℃], 10,000 [kg/hr] 物性は水と同じ
  • 高温側流体  スチーム 100 [℃] 加熱には凝縮潜熱分のみ寄与
  • 伝熱管    外径 25.0 [mm] , 内径 20.8 [mm] , 長さ 5 [m]

こちらの例についても EXCEL  でサクッと計算出来ますね。伝熱管仕様は前述の例と同じとしていますが 交換熱量も 約 1/3 ですし、対数平均温度差も 大きくとれるので 伝熱面積もだいぶ少ないですし、伝熱管本数も少なくてすみますね。それと、液膜が流下する時間ってのも計算出来ますね。熱伝達係数計算の過程で液膜厚み δ [m] を計算していますし、伝熱管濡れ縁長さ当たりの流量  m [kg/m hr]も計算しています。なので、後は液膜の密度 [kg/m3] を使えば液膜 平均速度が計算されます。で、その速度で伝熱管長を割り算すれば 滞留時間が得られますね。今回の例では 4秒ほどで伝熱管を通過します。まあ、結構 早いですよね。因みに、この時の液膜厚みは 0.69 [mm] でした。これが、もし伝熱管内を充満して流れるものとすれば平均流速はすご~く遅いですよね。そして、滞留時間もすご~く長くなりますね。
 
  • 交換熱量    599,100 [kcal/hr]       697 [kW]
  • スチーム量   1,122 [kg/hr]
  • 伝熱面積           18.3 [m2]
  • 総括伝熱係数  756 [kcal/m2 hr ℃]
  • 伝熱管本数   50 本
  • 液膜 平均速度    1.24 [m/s]
  • 液膜 滞留時間    4.04 [sec]  


まとめ  Wrap-Up

今回は液膜式熱交換器を取り上げて、いくつか仕様について計算してみました。まあ、特殊と言えば特殊ではあるんですが、これじゃなきゃダメって場合もありますよね。実務で経験した熱交換器ですが、凝縮器でした。ベーパーを冷やして液体にする訳なんですが、その成分の融点は比較的低い (と言っても常温よりは高い) んですね。なので、懸念されるのが伝熱管内でのスケール発生とそれによる性能低下でした。なので、外部循環ポンプによって その液をガンガン循環させておくんですね。 で、そこにベーパーが流入して凝縮しますんで、凝縮した分だけは循環系の外部に抜き出します。

で、実際にやったのはパイロットスケールの凝縮器でしたが基本的な構成は同じですね。外部循環系配管があってグルグル循環させます。パイロットなんで凝縮負荷と言うか冷却負荷はすごく小さかったんで、普通に計算するとすごく小さい凝縮器になるんですね。なんですが、それでは放熱によって局所的に温度が低下して、その成分が析出する危険性が想定されました。なので、例えば これくらいの厚みのスケール層が伝熱管表面に形成されても 十分に凝縮させられる伝熱面積を確保するようにしましたね、確か。まあ、何と言うか 伝熱面積が汚れ係数によって決定されているような感じでしょうか・・・。これは言い訳ですが、それくらい肝の装置でしたし、運転途中で閉塞してしまうのは絶対に避けたかったんですね。お陰様で試運転からずっとまあ大きな問題も無く運転してましたけども。初めて通液する時は正直ドキドキでしたね。まあ、余談ですが循環ポンプの吸引側が少しキャビり気味だったのがアレでしたけど。

それと、液膜流れとする事で熱伝達係数とか総括伝熱係数を大きく出来るんですが、例えば プレート式熱交換器でも今回と同じくらいの総括伝熱係数は出せますよね。更にコンパクト化するのであれば、スパイラル式熱交換器とか。熱交換器設計ハンドブックにも設計例が普通に載ってますね。プレート式でもスパイラル式でも 相変化のある場合にも対応できますし。ただ、多管式熱交換器の方が大型化は楽なのかなと思いますし、メンテナンスとかも楽なのかな~と思います。


参考書籍・文献  References


  1. 「熱交換器設計ハンドブック」 工学図書株式会社 1974年刊




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