化工計算ツール No.125 ティール数 Thiele Modulus

 今回は ティール数 Thiele Modulus について取り上げてみます。Google の Search Labs によれば、"ティール数は 化学工学における多孔質触媒の性能を評価するための無次元数です。触媒内部での反応速度と拡散速度の相対的な大きさを表し、触媒の細孔構造や反応条件によって値が変化します" と有ります。多孔質の触媒粒子を円筒容器に充填し、そこに原料ガスを流して気固触媒反応を行なう場合が該当しますね。一方、均一系触媒であればエステル化において添加する酸成分とかでしょうか。

このティール数は所謂 無次元数ですが、後述する式を見ると反応速度と拡散との比率である事が分かります。因みにですが、Modulus ってのは 「係数」の事ですね。弾性係数などが有りますね。で、このティール数によって触媒有効係数ってのが決まりますが、こちらはその名のとおり触媒がどれくらい有効に使われているか?を表しています。どうせなら、充填した触媒が全部使われる方が良いですよね。

で、このティール数ですが 提唱したのは Ernest W. Thiele エルネスト・ティール氏です。何とあのマッケーブ-シール法 McCabe - Thiele Method を発表した あのシールさんと同一人物なんですね。このブログでも 「No.117 マッケーブ - シール法」で取り上げています。1925年にスタンダート石油に入社し、35年間在籍していたんですね。その間に発表した論文の一つが、ティール数に関するものだったんですね。論文名は「触媒活性と粒子サイズの関係」とそのものズバリですね。にしても、同一人物なのにティールとかシールとか呼び名が違っているんですね・・・。これについては、伊東 章先生が言及されています。私が大学の時は、ティーレだったような。

"Relation between Catalytic Activity and Size of Particle"
  E.W. Thiele   Standard Oil Company (Indiana)
  Industrial & Engineering Chemistry  vol.31  issue 7   July 1, 1939




触媒粒子内の物質移動と化学反応  Mass Transfer and Chemical reactions within Catalyst Particles


✔ 触媒粒子における濃度分布  Concentration distribution in catalyst particles


反応工学関連の書籍を見ると、触媒粒子を使った気固反応の説明では大抵 以下のような図が載ってますね。で、参考文献によれば固体触媒ってのは径 0.3~50 [nm] の細孔 Pore が良く発達した多孔性物質であり 多くの工業触媒では2~5[mm] の球形や円柱状にされている、と有りますね。で、ここに反応物 A を含むガスを流すと反応が進行して生成物B が生成されますが、以下に示すようにいくつかの過程が有りますね。

  • 反応物の外部境膜内移動(分子拡散)
  • 反応物の触媒細孔内拡散 
  • 反応物の細孔内表面への吸着
  • 表面化学反応
  • 生成物の脱着
  • 生成物の触媒細孔内拡散
  • 反応物の外部境膜内移動(分子拡散)


結果として、定常状態においては下図に示すような反応物 Aの濃度分布が形成されますね。バルクにおいて 反応物 A の濃度が最も高く、一方 球形触媒粒子の中心においては最も濃度が低くなりますね。




✔ 濃度分布計算式  Concentration Distribution Calculation Equations


で、触媒の形状が 球形、円筒状 そして平板における濃度分布については、それを求める為の微分方程式がそれぞれ以下のように得られます。導出については触媒内に微小区間を想定して物質の収支と反応による反応物の消失とを考慮するんですけど、長くなるので省略します・・・。で、球形・円筒・平板は単純な形状なので解析解があるんですね。それと、触媒外部境膜については考えず、触媒表面における反応物濃度が与えられているものとします。また、反応は 一次反応 A → B で進行するものとします。







✔ 触媒有効係数とティール数  Catalyst Effectiveness Factor , Thiele Modulus


触媒内の濃度分布は前述の計算式でエイッと得られますね。で、理想的に言えば触媒のどこにおいても大きな反応速度で反応して貰いたいです。なんですが、反応物 A は触媒内を拡散によってジワジワと移動していくんで、そうはなりません。球形触媒であれば、触媒表面の濃度は高くなりますが、球中心の濃度は低くなります。ここで、触媒有効係数 η なるものを導入します。

触媒有効係数の定義ですが、分子に「触媒1個当たりの実際の反応速度」をとります。そして、分母には「触媒全体が表面濃度の場合の理想的な反応速度」をとります。言い替えると、分子は「内部拡散の影響を受けた反応速度」であり、分母は「内部拡散の影響を受けない反応速度」となります。で、この η をどうやって求めるかですが、式⑧がそれです。分母は球形触媒1個の体積×速度定数×表面濃度となっているので、球形触媒1個における理想的反応速度 [mol/sec] となります。一方、分子は 球形触媒1個の表面積×拡散係数×触媒表面の濃度勾配となっています。即ち、触媒表面から内部へと移動する反応物移動速度 [mol/sec] となります。この、表面からの移動量が反応に使用される訳なんで、反応速度と同じって事になりますね。単位も同じ [mol/sec] になってますし。

で、式⑧には触媒表面の濃度勾配が含まれていますけど、濃度分布自体は前述の式で計算出来ますね。なので、式⑧に代入する事で球形触媒における触媒有効係数を求める 式⑨が得られます。ここで、式⑨にはΦが含まれますが これが 「Thiele 数」ですね。で、Thiele 数の定義を見ると、速度定数と拡散係数との比の平方根が含まれています。なので、触媒の有効性ってのは反応速度と拡散速度に強く影響を受ける事が分かりますね。




計算例   Examples

計算例は伊東 章先生の参考文献に記載されているものとしてみますが、計算に必要な数値は以下のとおりです。

  • 触媒表面 反応物濃度 CAs    0.19 [mol/m3]
  • 反応速度定数     k1         2.6 [1/sec] 
  • 見かけの拡散係数  DAB    7.0 × 10-7 [m2/sec]

✔ 触媒内 濃度分布   Concentration Distribution in Catalyst


触媒形状を変えて計算してみると下図のようになります。ただし、代表長さはどれも同じ 3.0 [mm] としています。結果を見てみると、球形の方が 反応物濃度が高い、即ち 反応速度が大きいという事になります。一方、円筒や平板では濃度は低下しています。形状の違いを考えるとそうなりますね。球の場合、四方八方から拡散してきますが、円筒や平板では一方向に限定されますので。




✔  球形触媒 大きさの影響   Sphere Catalyst , Influence of Size

せっかくなので、球形触媒におけるサイズの影響を見ておきます。速度定数とか拡散係数は同じとします。触媒表面の濃度はどれも同じですが、大きなサイズの触媒における濃度を見てみると 反応物 A の濃度はゼロに近いですね。なので、中心では反応が進行していない事になります。一方、小さいサイズの触媒では中心においても濃度が高い事が分かります。拡散係数が同じ場合で、同じ量の触媒を使うのであれば、サイズは小さい方が反応物がより多く得られるって事になりますね。ドカ~んと大きな触媒は表面近傍のみで反応が進行するので、せっかくの触媒が有効に使われていないとなります。



✔ 触媒有効係数とティール数  Catalyst Effectiveness  Factor , Thiele Modulus


前述のサイズの影響ですが、この辺りをもっときちんと整理してみようってのが触媒有効係数 η であり、η の値は ティール数 Φ で計算出来るんですね。勿論、速度定数とか拡散係数の値は必要ですけど。

で、球形・円筒・平板の3つの形状について ティール数 vs 触媒有効係数を計算してみると下図のようになります。ティール数が大きくなると触媒有効係数は低下します。即ち、せっかくの触媒が十分に使われていない事になります。また、形状の違いも有るには有りますね。
そして、下図 下段グラフは 球形触媒のサイズを変えて 触媒有効係数がどの程度変化するかを計算したものです。拡散係数は同じで、速度定数を 2.6 と 26 [1/sec] に変えています。見て分かるように、触媒サイズが大きくなると触媒有効係数は低下しますが、その程度は速度定数によって違うって事ですね。考えてみると、反応速度がすご~く大きな反応においては拡散によって移動してきた反応物はあっという間に消費されてしまいます。なので、触媒の中心付近では反応物が不足してしまい、触媒が有効に使われないって事になりますね。



まとめ  Wrap-Up


今回はティール数について取り上げて 触媒内の濃度分布や触媒有効係数を計算してみました。この辺りは反応工学の基本ですけど、橋本 健治先生の「改訂 反応工学」を見てみると、一般化された ティール数とか、実験によって有効係数を推定する手法などが紹介されています。まあ、その辺りがきちんと分かっていないと、固定層触媒反応装置の設計とかは難しいですよね。

さすがに実務において触媒云々について取り扱った事は無いですね~。ポリマー重合においても所謂「触媒」は使いますけど、例えば 有機過酸化物とかですが 大抵は液体でモノマーにも溶けるんで、均一系となりますね。日本の化学企業に居た時は、同じ部署の別のグループで それっぽい事をやっていた様に記憶していますが、詳細は忘れましたね。結構デカい反応装置で、特殊な熱媒体で加熱するんだったかな~と。

それと、やはり Thiele 数の呼び方が気になりますね。ティールなのかシールなのかティーレなのか・・・。改めて Google 翻訳に発音して貰うと、「ティーラ」と言ってるように聞こえるんですけど。まあ、あまり語学の才は無いのでアレですけど。で、ティール数を提唱したErnest W. Thiele エルネスト・ティール氏ですが、シカゴの出身のようです。で、アメリカ化学工学会 シカゴ地方支部には   Ernest W. Thiele Award なるものが有って、毎年 中西部の化工技術者に授与されているとの事です。


参考文献・書籍   References


  1. 「基礎式から学ぶ化学工学」 伊東 章著 化学同人 2017年刊
  2. 「改訂 反応工学」 橋本 健治著 培風館 1993年刊
  3. 「数学でわかる身近な移動現象のはなし」 相良 紘著 日刊工業新聞社 2011年刊











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