化工計算ツール No.131 非定常撹拌 Unsteady Agitation

 今回は非定常撹拌 Unsteady Agitation について取り上げます。まあ、普通の撹拌操作ってのはインペラ Impeller を適当な位置に設置して同じ方向、時計回り Clockwise Rotation 若しくは 反時計回り Counter Clockwise Rotation のどちらかに回転させますね。なので、言ってみると定常撹拌 Steady Agitation となります。それで、撹拌の目的としては、均一化、伝熱、気液分散、固液分散など多々有りますが、大抵の場合 定常撹拌で事足りますね。層流域であれば ダブルヘリカルリボン Double Helical Ribbon 、乱流域であれば マックスブレンド Maxblend® などに代表される ワイドパドルタイプ Wide Paddle type が適用できますし、傾斜パドル Pitched Paddle でも何とかなりますね。ただ、乱流域ではバッフル Baffle の設置が必須ですね。

んじゃ、それで良いじゃんとなりますが図らずも 低粘度液用のディスクタービンインペラ Disc Turbine Impeller を高粘度液の撹拌に使う場合が有ったとすると これは問題ですね・・・。所謂、未混合領域 Unmixed zone とかデッドスペース Dead space と呼ばれる箇所が発生します。その形状から ドーナツリング Daunts Ring  とも言われますね。で、そんな時に使える手が 非定常撹拌となります。

実務では非定常撹拌にお目にかかった事はまず無いですね~。なんですが、まあ例が有ります。それは、バッチ重合反応器において低粘度のモノマーを装入し 重合させて徐々に転化率を上げていくと言うものでした。使っているインペラは確かダブルヘリカルリボンでしたが、何か製品に欠陥が有るってんで問題になってたんですね。なので、「低粘度域では混ざりが良くないので 回転数を変えたりとかしてはどうですか?」と提案しましたね。まあ、その後は特に何も言ってこなかったので問題無かったのかなと思ってましたけど。

とまあ、そんな辺りについて文献の内容を少し紹介してみます。




非定常撹拌  Unsteady Agitation


非定常撹拌についての文献ですが、全然無い訳では無いもののそこまでは多くは無いんですね。まあ、書籍においてもページ数は少ないですが記載が有ったりしますね。で、今回もですが主に参考にしたのが 名古屋工業大学 加藤 禎人先生のグループが発表した文献となります。


✔ 未混合領域  Unmixed Zone

世の中にはいろいろな形状のインペラが有りますが、これを使えば何でもOKと言う万能なインペラは無いですね・・・。で、撹拌関連の書籍には 未混合領域・デッドスペースの発生位置について記載が有りますね。下図のとおりです。

パドル、ディスクタービン、プロペラは典型的な低粘度液用インペラですが、これらを中高粘度液で使うと図のような未混合領域が発生します。パドルとディスクタービンではインペラブレードの上下に輪っか状の未混合領域が発生しますが、これが ドーナツリングです。ワイドパドルのようなデカいブレードは一見良さそうですが、槽底部に円錐状の未混合領域が発生します。槽内の液が分断されていて供回りするんですね。ワイドパドルタイプにするのであれば、このブログでも紹介したような ホームベースインペラ にした方が良いですね。底部近傍にのみパドルを設置する事で 槽底部からの強い流れが槽内を循環する事になり 良好な混合性能が得られます。

また、アンカーやダブルヘリカルリボンなどは典型的な高粘度液用インペラですが、これを水などの低粘度液で使用すると、下図のような未混合領域が必ず発生します。これは、実際に実験して確かめた事が有りますね。水のような低粘度液では すご~くキレイに2本の線状未混合領域が発生します。んで、その線状未混合領域がシャフト周りをグルグル 回転するんですね、確か。更に、その線状未混合領域自体もグルグル自転していたように記憶しています。まあ、未混合領域自体は起こって欲しくない現象なんですが、これは見てて面白かったですね~。で、液粘度が上がってくるとこのような未混合領域はこれまたキレイに消失します。撹拌レイノルズ数が 数百が未混合領域有無の限界だったかな~と。そして、更に面白いのが シャフト無し ダブルヘリカルリボンの方が 線状未混合領域の発生が顕著でした。シャフトが有ったり、ブレードサポートの横棒が有ったりすると それらによって撹乱されるらしくて 未混合領域は発生しますけど、そこまでハッキリとはしていなかったかなと。




✔ 非定常撹拌の種類  Types of Unsteady Agitation


そして非定常撹拌ですがどんな種類が有るのかを見てみます。まあ、パッと考えつくのが回転方向を変えるとかでしょうか。回転数を変えるってのも有りますね。参考文献には下図のような非定常撹拌が挙げられています。

  • 回転数変化  Unsteady Speed Rotation
    回転方向は同じで回転数を連続的に変えるんですが、要は回転数を上げたり下げたりするんですね。文献ではインペラ1回転の間に上げたり下げたりしています。で、どの程度上げ下げするかと言うと2倍にしたり1/2 にしたりしてますね。

  • 回転数・回転方向 変化   Co - Reverse Periodic Rotation
    回転数を変えますが連続的には変えるのでは無くて、ある回転数で所定時間 経過するとピタッと止めます。んで、所定の停止時間が経過したら 再度同じ回転数で回転させます。この一連の動作を繰り返します。更に、このバリエーションとして回転方向を変えるんですね。時計回りと反時計回りを交互に繰り返すんですね。

  • 上下移動   Upper and Lower Movement
    これはインペラ自体を上下に動かします。因子としては上下動の幅とインペラの移動速度となります。インペラを大きく そして迅速に動かすと何か良さそうですよね。

  • 回転数・回転方向変化 & 上下移動   
    上記の2つを同時にやるんですね。言うのは簡単ですが機構的に簡単では無いかな~と思いますけど。





実施例  Examples


✔ 実験装置・条件  Experiment Apparatus & Conditions

んじゃま、参考文献に記載されている結果について紹介していきます。とその前に、実験装置は下図のとおりです。6枚羽根ディスクタービン インペラを液深さの真ん中に設置します。バッフルは有りませんね。インペラの移動距離は最大で 50[mm] ですが、結構 液面近くまでと底部近くまで動かしますね。また、使用した模擬液の動粘度は 2 ~ 3×10-4 [m2/s] との事です。水あめ水溶液ですので 密度 900 [kg/m3] とすると粘度は 270 [mPa s] とかですね。また、混合時間は ヨウ素とチオ硫酸ナトリウムとの反応を利用した脱色法により測定しています。この方法だと未混合領域もキレイに可視化出来るので、好都合ですね。




✔ 回転数変化 Unsteady Speed


まずは回転数が連続的に変化する非定常撹拌の結果です。定常撹拌の結果も併せて記載されていますが、無次元混合時間 N tm の値は減少しています。そして、タイプ 1 よりも タイプ 2 の方がより無次元混合時間が小さい、即ち混合性能が良いように見えます。タイプ 2 は回転数を 120 → 240 → 120 → 60 → 120 [rpm] と周期的に大幅に変化させるんですね。この結果を見る限り、大幅に混合性能が改善されています。撹拌レイノルズ数 100 で 平均撹拌回転数 120 [rpm] とすると以下のようになります。やはり低レイノルズ数領域において、非定常撹拌は効果が有るんだな~と思いますね。

  • 定常撹拌        無次元混合時間 1000 [ - ]    混合時間 500 [sec]
  • 非定常撹拌  タイプ1   無次元混合時間   100 [ - ]        混合時間   50 [sec]
  • 非定常撹拌  タイプ2   無次元混合時間      60 [ - ]    混合時間    30[ sec] 

※ 勿論、ダブルヘリカルリボン インペラを使うと 無次元混合時間は 30 くらいとなりますね。やはり適材適所です。



✔ 回転数・回転方向変化  Co-Reverse Periodic Rotation


で、今度は動かして止めてを繰り返す非定常撹拌の実験結果です。前述の回転数変化の結果は赤い破線で示しています。「2秒動かして2秒止めるの繰り返し」と 「30秒動かして2秒止めるの繰り返し」だと 前者の方が混合性能は高いですね。右左右左右左と短い頻度で切り替えるのが効果的って事になります。なんですが、前述の周期的 回転数変化の場合と比較してみると、レイノルズ数が数十以下だとこちらの方法が優れているようですが レイノルズ数が 100 辺りになるとあまり差は有りませんね。





で、更に止める度に回転方向を逆転させると下図のような結果となりますね。逆転させると多少は改善されるようですが そこまで劇的に変わるって訳では無いですね。





✔ 全結果の比較  Compare all Results


上記の結果以外にも インペラが上下動する場合、インペラが正転逆転運転して なおかつ 上下動する場合などが有りますね。で、それらをエイッとまとめて図にしてみると以下のようになります。まあ、やはり非定常撹拌ってのは効果が有るんですね。この結果を見る限りでは。ただ、繰り返しになりますけども ディスクタービン インペラを低レイノルズ数領域で使った場合なんですね。ダブルヘリカルリボンだと 層流域では N tm = 30 でほぼ一定となりますね。




この図から レイノルズ数 100 における無次元混合時間を読み取り、回転数 120 [rpm] として混合時間を計算してみると下図のとおりとなります。定常撹拌と比較すると2桁違いますね。この違いは未混合領域が発生しない事に起因していますね。なんですが、正転逆転を頻繁に繰り返すのは機械的に負荷が大きいと思うので回転数を上下させるとかが良いのかな~と思いますが、実機スケールだといずれにしても大変かなとは思いますね。




まとめ  Wrap-Up


今回は非定常撹拌について取り上げました。文献なども有るんですが、さすがに定常撹拌の様にいろいろなインペラの動力推算式や混合時間推算式がバッチリと整備して有ると言う感じでは無いんですね。まあ、確かに取り扱いが難しいですけども。それと、定常撹拌では 「単位体積当たりの撹拌動力」ってのが重要ですよね。伝熱とか液液分散とかスケールアップを実施する上で。で、非定常撹拌において この Pv値を計算する推算式とかは見当たりませんでした。確かに、正転逆転を頻繁に繰り返すのであれば トルクも正負の方向に変動しますよね。ただ、運転・停止を繰り返す場合や正転・逆転を繰り返す場合のトルクを実測した例は有りました。定常撹拌のトルクと比較すると場合によっては10倍も大きくなりますし、トルク値も時間的に変動します。その変動を積分して平均トルクとして 非定常撹拌における Pv値を計算しています。その結果を見ると、同じ Pv値であっても非定常撹拌の方が混合時間は短い、即ち 混合性能が良いと結論されてますね。なんならバッフル付きの定常撹拌と同等以上の混合性能にもなるようです、場合によってはですけど。

なるほどね~と思っていましたが、非定常撹拌と言えば 島崎エンジニアリングさんの 「アジター」 Ajiter が有名ですよね。断面が三角形となっている割と径の大きなインペラを2段とか3段で使う感じでしょうか。で、インペラ 1/4回転ごとに反転するんですね。90度 時計方向に回ると、今度は 反時計方向に 90度 回転します。正転逆転をずっと繰り返すんですね。そして、バッフルは不要です。実物は日本企業に勤務していた際に稼働してました。まあ、パイロットプラント用なので 液量は 150 リットルくらいだったでしょうか。で、詳細は島崎エンジニアリングさんのホームページを参照して頂くとして、インペラの反転機構は純粋に機械的に実現されているんですね。「こんなので大丈夫なのかな~」と思って調べた事も有りますが、ホームページを見ると結構大容量にも対応していますね。水のような低粘度液であれば 240 [m3] まで製作可能なようです。その時の使用動力は 110 [kW] と有りますね。

この島崎エンジニアリングさんですが、以前は島崎製作所さんでしたね。現在の所在地は 茨城県になってますが、島崎製作所さん時代は確か東京都内に本社が有りました。実は訪問した事も有ったんですね。まあ、その時は実機スケールのダブルヘリカルリボン インペラを設計して貰ったんですけども。もう 30年くらい前だったので図面もドラフターで引いてましたし、それを所謂「青焼き」の図面で貰ってました。ジアゾ複写ですね。ずっと置いておくと退色して何が書いてあるのか分からなくなってましたね~。

と、それはさておき 非定常撹拌 有りきで設計するって事はまず無いですよね・・・。既設の撹拌槽を転用しようとした時、バッフルを付けないで何とか混合性能を改善したい!とか、低粘度用インペラを中粘度液で使いたいな~と言うような時には使える手かなと思いますけど。撹拌機駆動用の電動機がインバータ制御であれば、回転数を変更するのはそれほど大変では無いですよね。まあ、とは言っても前述の実験では インペラの1回転ごとに回転数を 2倍とか半分とかに増減させているので、それはそれでアレかなと。撹拌回転数が 60 [rpm] だったとすると、インペラは1秒で1回転します。その1回転の間に 回転数を 120 [rpm] にしたり 30 [rpm] にしたりするのは どうなのかな~と。撹拌機メーカーに相談すれば、「やめてくださいっ!!」と言われそうですよね。


参考書籍・文献  References

  1. "Improvement of Mixing Efficiencies of Conventional Impeller with Unsteady Speed in an Impeller"
      Journal of Chemical Engineering of Japan, Vol.38 No.9 pp.688-691 , 2005
  2. 「サーボモーターを用いた非定常撹拌の性能評価」
      化学工学論文集 第32巻 第6号  pp.465 - 470  2006
  3. 「化学工学の進歩 42 最新ミキシング技術の基礎と応用」三恵社 2008年刊 


web site

 
  1. 「株式会社 島崎エンジニアリング」 ホームページ
       https://ajiter-sme.co.jp/




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