化工計算ツール No.157 フラッシュ蒸留と平衡分縮 Flash Distillation and Equilibrium Partial Condensation

 今回は フラッシュ蒸留と平衡分縮について取り上げてみます。以前、このブログでもフラッシュ蒸留について取り上げています。その時は、原料組成とフラッシュ時の温度・圧力を指定して蒸発率と気液組成を求めました。まあ、最も単純なフラッシュ蒸留となります。

化工計算ツール No.13 フラッシュ計算

そして、今回ですが 熱の授受を考慮してフラッシュ蒸留と平衡分縮の計算をしてみます。まず、フラッシュ蒸留ですが液相原料を熱交換器を通過させて加熱します。その後、所定圧力のフラッシュドラムにこの液を放出すると、一部は蒸発して気相となり残りは液相のままとなりますが 沸点の低い軽い成分ほど蒸発しやすいので気相側に移行します。 そして、平衡分縮ですが 気相原料を熱交換器に通過させて冷却します。そうすると フラッシュドラムにおいて部分的に凝縮が起こりますが、沸点の高い 重い成分ほど凝縮して液相側に移行する事になります。

下図は簡単なプロセスフローとなりますが、原料流量・組成と各成分のエンタルピーは与えられますし、更に熱交換における加熱速度 若しくは 冷却速度も与えられます。で、フラッシュ 若しくは 分縮した際のドラム内圧力も条件として与えられますが、温度については不明です。なので、計算して求める必要が有ります。そして、気相側流量と組成、液相側流量と組成も不明なので こちらも別途 求める必要があります。当然ですが、フラッシュと分縮において 物質収支と熱収支が成立している必要も有ります。



この手の計算は反復計算が必要なんですが、うまい事 収束させるのが大変ですよね。例えば Newton - Raphson 法を使ったり、EXCEL のソルバー機能を使う事も可能です。なんですが、今回の場合 気液平衡計算と熱収支計算の両方のループが有って、それぞれを収束させる必要が有りますんで 面倒くさいですね。で、この辺りをうまい感じでサクッと計算する手法について記載されている文献をたまたま見る機会が有ったんで、その手法で計算してみようかなと。




フラッシュ蒸留と平衡分縮  Flash Distillation and Equilibrium Partial Condensation


✓ 基礎式  Governing Equations


計算に必要な基礎式は以下のとおりです。式①は 総括物質収支、式②は各成分 i の物質収支となります。そして、式③はエンタルピー収支となります。そして、式④ は気液平衡関係ですが平衡比 Ki と活量係数 γi が含まれています。なので、活量係数値さえ分かれば 非理想系についても計算出来ますね。そして式⑤ですが 気相部における各成分 モル比の合計が 1 になるという事ですよね。式④で 各成分の気相部モル比 yi を計算し、全部足してピッタリ 1 になれば良いですけど、1 にならない場合は 液相部モル比 xi が正しくない事になります。つまり、それは求めるべき液相部・気相部組成では無いよって事です。

そして、熱収支計算に必要なのが式⑥から⑨となります。例えば、フラッシュ蒸留後の液相部エンタルピーですが、各成分の流量とエンタルピーを掛け算して 全部足し合わせれば良いですね。気相部エンタルピーについても同様です。で、各成分のエンタルピー値ですが 液相であれば 液体の定圧比熱 CpL を基準温度から 温度 T まで積分すれば得られます。比熱は温度依存性を有しているので厳密に求めるにはこうなりますね。まあ、温度と比熱との関係が例えば2次式で近似出来るのであれば、サクッと積分出来るので大変では無いですね。そして、気相については式⑨にあるように 液相エンタルピー値に蒸発エンタルピー ΔHv,i を加えたものとなります。勿論、蒸発エンタルピーも温度依存性があるので、その辺りを押さえておく必要は有ります。




✓ 正規化 θ法  Normalized  θ Method


基礎式が明らかとなったので 後は解けば良いんですが、それなりに複雑では有ります。解法としては、適当な 液相部 初期値(例えば原料組成) からスタートして 反復計算を実施する事になります。前述の基礎式では 2つの縛りが有りますが、1つ目は 気相部 各成分モル比の合計が 1 になる事ですが、この計算過程において フラッシュ時の温度を求める事にもなります。2つ目は熱収支が成立する事となります。

まあ、EXCEL を使って反復計算を実施するのであれば ソルバー機能を使えますよね。なんですが、変数が多いので難しいんだろうなと思います。と言うのも、フラッシュ時の温度は不明ですし、液相部組成も不明です。気相部組成は 温度と液相部組成が与えられれば計算は出来ますけども。そして、エンタルピー収支が成り立つように 気相流量と液相流量を決定する必要も有ります。2成分系とかであれば 出来そうですけど、更に多成分系となると格段に難しくなるのかなと。

で、反復計算なんで 初期値から始まって次の仮定値を決定する訳なんですが、その手法ってのが 正規化θ法 であり パラメータθ を用いて 次の仮定値を決定するんですね。この正規化 θ法ですが これまた蒸留分野における大御所である 山田 幾穂先生により提唱されたとの事です。元々は操作型蒸留計算を効率的に解く為に開発されたもののようです。正規化θ法の以前には 別の研究者によって提唱された Single θ法 とか Multi θ法なるものが有ったようですけども。

この パラメータ θ を使う手法ですが、その手順をフローチャートとしてみると下図の様になります。パラメータθ は式⑩ で計算されますし、次の仮定値を決定する為の式⑪でも使われます。で、何回か反復計算を繰り返す事によって θの値が 1 に漸近していき もう変化しなくなった時点で計算終了となります。





計算例  Examples


✓ 理想系  Ideal system


参考文献には理想系での計算例が有ったんで、まずはそちらを計算してみます。計算条件は以下のとおりです。平衡比、比熱、蒸発エンタルピー 計算式における定数値も下図にあるとおりです。それと、系の圧力は 101.3 [kPa] とします。

4成分系ですが ヘプタン、ヘキサン、ヘプタン そしてオクタンと言う直鎖脂肪族炭化水素なのでまあ理想系として取り扱えますよね。フラッシュ蒸留の場合、60 [℃] の原料を 100 [mol/s] で供給しますが この原料液を 1500 [kW] で加熱します。100 [mol/s] と言われてもピンと来ませんが、原料の平均分子量から計算すると 重量基準だと 33.5 [ton/hr] に相当します。まあ、そんな大量の原料を蒸発分離する訳なんで 加熱速度も 1500 [kW] にもなりますよね。また、平衡分縮ですが 温度 100 [℃]で 同じ重量流量の蒸気を 今度は 2000 [kW] で冷却します。

物性値ですが 平衡比は アントワン式と同じ様なタイプですし、比熱と蒸発エンタルピーの温度依存性は 2次式となってます。





で、結果は下図のとおりです。原料は等モルなので 各成分の流量は 25 [mol/s] となりますが、液相部では 重質分の比率が大きくなってますし、気相部では軽質分の比率が大きくなっています。そして、 フラッシュ蒸留では 温度 79.51 [℃] となっており これは原料温度 60 [℃] よりも高いです。一方、平衡分縮では 原料温度 100 [℃] が 82.29 [℃] まで低下しています。




で、最後に反復計算の収束性を見ておきます。何回の反復で計算が終了となるかですね。反復回数に対して温度、液相部・気相部流量 そして パラメータ θ をプロットすると下図のようになります。見てみると 3回目くらいでほぼ収束しています。一応、6回目まで計算していますけども。う~ん、なかなか良い感じでは無いでしょうか。まあ、理想系なので収束はしやすいと思いますけど。

実際には EXCEL で計算していますけども、反復計算 1回毎に ソルバー機能を使って収束計算しています。しかも、2つの収束計算をしています。1つは 気相部 モル比合計が 1 となるような温度を求めます。と、同時に 熱収支が成立するような 液相流量を求めています。そうすると パラメータθの値が得られるので、その値を使って 次の反復計算における 液相部 モル比を修正しています。ちょいと面倒では有りますけど 確実に収束していくんで良しとしましょう。更に省力化したいのであれば、各反復計算におけるソルバー使用をマクロとかにすれば良いのかなと。まあ、最近は AI とかに指示して何か良さげな方法でやってくれるのかも知れませんけども、その辺りは良く分かりません・・・。 




✓ 非理想系  Non - Ideal system


次は 非理想系における計算をしてみます。3成分系ですが アセトン (1)、メタノール (2) 、水 (3) となります。まあ、非理想性が強そうだな~とは思いますよね、前述の 理想系と違って各成分の化学構造が全然似ていないので。で、条件は以下のとおりです。非理想系なので活量係数を計算する必要が有りますが、文献では ウィルソン式を使っています。なので、下記のウィルソン・パラメータ値を使用します。





で、結果は以下のとおりです。まあ、理想系でも非理想系であっても 軽い成分は気相部でリッチになりますし、重い成分は液相部でリッチにはなりますよね。なんですが、非理想性の影響ってのも実際有りますよね。フラッシュ蒸留において計算された活量係数の値を見ると、アセトン 3.015、メタノールで 1.365 、水 1.196 でした。アセトンは 1からだいぶ偏奇しているのが分かります。




そして、収束性ですが 非理想系では だいぶゆっくりにはなりますね。理想系では パラメータ θ の値はすぐに 1 に近づきますけど、非理想系では 徐々に近づいていく感じです。



✓ 加熱速度の影響  Influence of Heating / Cooing Rate  


せっかくなので加熱速度 Q の影響を計算してみます。前述の アセトン - メタノール - 水からなる非理想系において 加熱速度を変化させた結果は以下のとおりです。加熱速度が大きくなると フラッシュ時の温度は上昇しますし、気相部流量も増加します。また、下図 下段グラフは各成分の気相部流量と液相部流量ですが加熱速度によって大きく変化しています。こんなのもサクッと計算出来るんで便利ですね。




まとめ  Wrap-Up


今回はフラッシュ蒸留と平衡分縮について計算してみましたが、その計算手法は 「正規化θ法」と呼ばれる手法となります。前述の式で肝となるパラメータθを計算しますが、そこまで複雑でも無いですね。勿論、実際の計算では EXCEL のソルバー機能を使ったりして それなりに手間では有るんですが、確実に収束していくのは前述のとおりです。理想系では複数回の反復計算でほぼ収束していますし、非理想系においても10回以下の反復計算で収束しています。も~っと、成分数の多い系とかでも 計算出来るんだろうな~とは思います。

実務においてもフラッシュ蒸留に関する計算は様々にやった記憶が有りますね。熱収支込みの計算ってのもやったように記憶しています。なんですが、この山田 幾穂先生の 「正規化θ法」ってのは知りませんでした。化学工学便覧とかにも載ってませんし、化学工学関連の書籍でも見たことは無いですね。なんですが、実際に計算してみると確実に収束してくれるんですごく便利です。もっと以前から知っておけば 実務でもガンガン使えたのにな~と思います。まあ、最近は Aspen などのプロセスシミュレーターでサクッと計算するんでしょうから、このような手法ってのは廃れていくのかなと・・・。

さて、この手法を提唱された山田 幾穂先生ですが このブログでも何回も取り上げている撹拌の分野で高名な 名工大の平岡 節郎先生ともご関係が有るんですね。勿論、山田 幾穂先生の方が年上ですね。生年は 1930年で没年は 2009年との事です。名古屋工業大学 工学部 生命・応用化学科 の化学工学研究室は 山田 幾穂先生によって創設されたとの事で、そこに平岡 節郎先生も所属されていたんですね。化工研のホームページを拝見すると何と言うか勢いが有りますね~。と、そんな事をネットで調べていたら 平岡節郎先生も 2025年にご逝去されていたんですね。御冥福をお祈り致します。


参考書籍・文献  References


  1. 「フラッシュ蒸留と平衡分縮に対する簡略化計算法」
       山田 幾穂、森 秀樹、朴 永海、吉田 誠、平岡 節郎
       石油学会誌 第27巻 第5号 pp. 459-462 1984年
  2. 「Normalization θ法について」
       化学工学論文集 第3巻 第3号 1977年








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