身のまわりの化学工学 No.11 より早く! より冷たく! More quickly ! More colder !

今回は「身のまわりの化学工学」シリーズとして、夏向けの内容を取り上げます。暑くて蒸し蒸しする日には冷たい飲み物をグイーっとやりたいですね。で、重要なのが温度ですね。ビールであれチューハイであれ、大抵はアルミ缶に入って売られています。既に冷えていればプシュッと開けてゴクゴクやれば良いですが、常温だったりすると困ります。なので、冷蔵庫に入れて冷やしましょうか、となります。ですが、ご存知とおり なかなか冷えませんよね。ネットでもあの手この手でヌルい缶飲料を冷やす方法が紹介されています。そして、これは化学工学で言うところの伝熱ですよね。

常温付近の飲料が冷却されていく過程なので、「非定常伝熱」Unsteady Heat Transfer になりますね。飲料の入ったアルミ缶を何か温度の低い物体に接触させ、伝導伝熱 Heat Conduction や対流伝熱 Heat Convection によって冷却が進行します。で、飲料が常温から飲み頃温度に到達するまでの時間が重要ですね。「飲みたい!」ってなったら 1時間とかは待てないですよね。まあ、10分くらいだったら待てるかもですけど。と、そんなところを計算してみようかなと。



缶飲料の冷却過程  Cooling Process for Canned Drinks


✔ 缶飲料のモデル化 Modeling a Canned Drink

まずは何と言っても計算の対象物をモデル化しますね。モデル化して単純化する事によって計算が楽になったりしますし、現象を明確に理解できますね。一般的なアルミ缶のサイズは下図のようになっているようです。下図はアルミ缶ボディのみで、実際にはここに蓋 Lid を載っけて、ボディ上端のフランジ部と蓋下端をエイッと二重巻締めをします。溶接とかでは無いんですね。この缶の場合、ボディと蓋の2つの部分 Piece で構成されているので「ツーピース缶」と呼ばれるそうです。また、ボディの肉厚は 0.1 [mm] くらいだそうです。薄いですね。

で、ここに液体が入っている訳ですがボディの長さと内径の比率は 1.85 くらいとそれなりに縦長です。なので、この系での伝熱は、長さ方向よりは半径方向の伝熱がより支配的と考えられますね。加えて言うと、上下円板部面積と側面面積の比率を計算すると、側面の方が 3.7 倍も大きいですね。





✔ 非定常伝熱 計算式  Unsteady  Heat Transfer Calculation Equations


同じ様な伝熱計算はこのブログの「ポリマーストランド冷却」でも取り上げています。溶融ポリマーをダイヘッドの孔からギューッと押し出して、パスタの麺のようにします。そして、そのストランドをウォーターバスで水冷します。その際のストランド内径方向の温度分布を計算しました。その際、ストランド表面における対流 熱伝達係数値を設定しました。また、ストランド内部は当然流動は無いので、半径方向の一次元熱伝導となります。

んじゃ、今回も同じ計算で良いのではと思いますが、まあ少し様相が異なりますね。と言うのも、缶内部にあるのは液体ですね。なので、ポリマーストランドのような固体とは違って、多少なりとも動きます。例えば、缶側面の温度が急に下がれば 液との温度差が生じて自然対流が起こります。また、ネットでは アルミ缶を軸周りにグルグル回転させてたりしますが、これは強制対流熱伝達ですね。とまあ、この辺りを考慮すると計算式は以下のようになるのかなと。




まあ、大いに単純化してますね。まず缶内部ですが、液体温度は均一とします。自然対流でも多少は液の動きは有りますし、缶をグルグル回転させれば 液の動きは激しくなるので それなりに均一化はするでしょうから、そんなに現実から乖離はしていないかなと。また、缶外部ですが バルク温度は一定とします。例えば、それなりの量の氷水とかであれば ずっと 0 [℃] に維持されるので妥当かなと。そして、総括伝熱係数ですが 缶内部熱抵抗、缶壁面熱抵抗 そして 缶外部 熱抵抗の総和の逆数として得られます。缶壁面については 厚み 0.1[mm] で アルミ熱伝導率 200 [W/m K] とすれば 5×10^-7 となり ほぼゼロですね。

そして、式①は常微分方程式となっており、要は 微小時間 dt における熱収支計算です。微小時間に缶内部から外部へと移動した熱量の分だけ、缶内部の液体温度が低下すると言う事です。で、解き方ですが式①は常微分方程式の形にはなっていますけど、このブログでも 「物体の冷却」において既に取り上げています。タンクからの放熱過程と同じなんですね。なので、解析解があってサクッと計算出来るんですね。

計算例 1. Examples 1.

んじゃま、早速計算してみますが U値と媒体温度の影響について見てみます。

✔ 計算条件  Conditions


350mL アルミ缶を想定し簡単化の為に単純な円筒形状とします。そして、缶内部には水が満タンに入っているものとします。また、冷却時の伝熱面積は 上下円板部と側面部の総和とします。水の初期温度は 30[℃]とし、目標到達温度は 5[℃] とします。缶内部・外部 熱伝達係数については いろいろと変えてみます。

  • 缶内径  65.8 [mm]
  • 缶高さ  122.2 [mm]
  • 水密度  998.2 [kg/m3]  5・30[℃]の平均値
  • 水比熱  4.171 [kJ/kg K]   5・30[℃]の平均値

✔ U値と冷却媒体温度の影響   Effect of U - value, Cooling Media Temp.  

まずは 熱移動の起こりやすさを表す指標 総括伝熱係数 U値を変えて 必要冷却時間を計算してみると下図のようになります。冷却媒体温度も -15 から 0 [℃] まで変えています。
う~ん、こうしてみると冷却媒体温度の影響は多少は有りますが、それよりもU値の影響が大きいですね。と言う事は、アルミ缶を -15[℃]の冷蔵庫に入れようが 0[℃] の氷水に入れようが、とにかく熱の伝わりを良くする事の方が重要ってことなんですね~。それと、この結果を見ると 冷却時間 5分を達成するには、媒体温度 0 [℃] だと U値は 300 [W/m2 K] くらいは必要となります。




計算例 2.  Examples 2.

温度も重要だけど、熱の伝わりを良くするのがもっと大事ってのが分かりました。で、実際 どれくらいの時間で冷えるのかを現実的な条件で計算してみます。でも まあ、一般家庭において使える冷却媒体ってのは限られてますね。まあ、ドライアイスってのも有りますが、すぐには手に入りませんね。氷と食塩による寒剤を使うと言う手も有りますが、少々面倒臭いです。で、温度の違いも有りますが、気体なのか液体なのかと言う違いもあります。そして、アルミ缶を静置しておくのか、それとも動かすのかと言う違いもありますね。動かすって言っても、ブンブン振り回すとかは無理ですよね。軸周りにグルグル回転させるくらいでしょうか。


✔ Case 1. 冷蔵庫 冷凍室に静置する場合 in Freezer of Refrigerator

 
一般家庭において最も温度が低いのは冷蔵庫の冷凍室でしょうか。ここにアルミ缶を静置する場合を考えます。缶内部は液体ですが、静置しているので自然対流しか起こりませんね。缶外部は空気ですが多少の冷気の流れがあれば弱い強制対流でしょうか。

まあ、厳密には缶内部の自然対流熱伝達係数 hi を推算したり、缶外部の強制対流 熱伝達係数 ho を推算する必要がありますが手抜きして 良さげな値を適用しています。で、この場合の冷却時間は 87.5 [min] なので 1時間半くらいは掛かります・・・。長いですね。

  • 媒体温度  : -15 [℃]
  • 缶内部   : 水- 自然対流   hi =  50  [W/m2 K]
  • 缶外部   : 空気 - 強制対流   ho = 10  [W/m2 K]
  • 冷却時間  : 87.5 [min] 

✔ Case 2. 氷水に入れてグルグル回転させる in Ice Water and Rotate


氷水であれば氷が溶け切るまでは温度は 0 [℃] に維持されますね。そして、静置するだけでは無くて グルグル回転させるものとします。この条件では缶の内外が液体でかつ強制対流伝熱となります。文献を探せば何か推算式も有るかも知れませんが、ここではエイッと どちらも 1000 [W/m2 K] とします。で、冷却時間は 3.2 「min] となります。まあ、何とか待てますね。因みに、氷水に静置した場合を想定し 缶内外の熱伝達係数を どっちも 100 [W/m2 K] とすると 冷却時間は 30 分くらいとなります。

  • 媒体温度  : 0 [℃]
  • 缶内部   : 水- 自然対流   hi =  1000  [W/m2 K]
  • 缶外部   : 空気 - 強制対流   ho = 1000  [W/m2 K]
  • 冷却時間  : 3.2 [min] 

✔ Case 3. 冷蔵庫 冷蔵室に静置する場合 in Refrigerator


最後は普通に冷蔵庫 冷蔵室に静置しておく場合です。まあ、普通はこれですよね。冷蔵室温度は 少し低めの 4 [℃] とします。5 [℃] だと計算出来ないので。冷却時間は 352 [min] なので ほぼ 6時間ですね。まあ、昼過ぎに冷蔵庫に入れて夕方に飲み頃になっている感じでしょうか。

  • 媒体温度  : 4 [℃]
  • 缶内部   : 水- 自然対流   hi =  50  [W/m2 K]
  • 缶外部   : 空気 - 強制対流   ho = 10  [W/m2 K]
  • 冷却時間  : 352 [min] 

で、3つの計算結果を比較すると下図のようになりますね。Case 2. の冷却時間が圧倒的に短いですね。その理由について伝熱の観点から言えば、冷却媒体を液体とする事で プラントル数が大きくなりますんで、熱伝達係数の増加に寄与します。更にグルグル回す事で缶内外の境界層厚みが薄くなりますから より直接的に熱伝達係数が大きくなりますね。



補足  Supplement 


手元の書籍に回転円柱外側の熱伝達係数 推算式が有ったので計算してみました。一定速度の主流中に 直径 D [m] の回転円柱が有るとします。また、元々の式には強制対流と自然対流の影響が加味されています。ですが、今回は回転の影響のみを考慮して その項のみを残します。で、計算結果は下図のとおりですね。まあ、40[rpm] くらいで回転させれば 熱伝達係数 は 1000 [W/m2 K] にはなるんですね。んでも、アルミ缶を 40[rpm] で回せるのか?と思ってネットで調べると Amazon にはそれらしい器具が売ってたりしますね。蓋をパカッと開けてアルミ缶をセットしてその上に氷をバラ撒きます。で、スイッチ・オンで内蔵モーターにより缶がグルグル回転します。軸貫通部のシールはどうなってるのかな?と思いますが、氷水とかで無ければ良いのかなと。んでも、プラスチック製なんでアルミ缶をセットした状態で落としたりすると壊れそうですね・・・。




まとめ  Wrap-Up

今回はアルミ缶飲料を素早く冷やす方法について、いくつか計算してみました。その際、媒体温度は 氷水 とかで十分ですが、缶内外の熱伝達係数を増加させる事が重要だと判断されますね。ネットを見ると、アルミ缶に水で濡らしたタオルを巻き付けて冷蔵室に入れるとかも有りますね。勿論、静置しています。これは、水の蒸発潜熱を利用する方法で、結果として熱伝達係数が大きくなりますね。まあ、何もせずに冷蔵室に静置するよりは良いかと思いますけど。

また、最終手段としては アルミ缶飲料を 氷を入れたグラスとかタンブラーに注ぐってのが有りますね。これは氷の顕熱と融解潜熱を利用する方法です。まあ、実際効果は有りますよね。氷を満タンに入れて そこに水を入れると氷が解けるのが分かります。そして、飲んでみると温度は下がってますよね。ただし、これには重大な欠点が有ります。水は良いんですよ水は。氷はもともと水なんで、解けても水になるだけです。ですが、缶チューハイであれば氷が解けると確実に薄まります! 味も薄くなりますし、アルコールも薄まります。まあ、ヌルい缶チューハイよりはまだマシかも知れませんけど。 

それと余談ですが、缶チューハイを飲む際には 真空断熱タンブラーを使っています。ずっと前は普通にガラスとかプラスチックのタンブラーとかグラスでしたが、すぐにヌルくなりますし、外側に結露してビシャビシャになりますね。なので、かれこれ 20年ほどは使っているでしょうか。韓国に住んでいた時も愛用していました。「やはり真空断熱は効くな~」と思いますね。この辺りも計算してみると面白いですね。そして、トリビアルな話題ですが 韓国には 所謂 缶チューハイは有りません。韓国に住んでいて残念だったポイントの一つがこれですね。日本のビールとかはロッテマートとかには割と普通に売ってましたけど、日本の缶チューハイは無かったですね~。まあ、飲酒文化の違いなんだと思いますが、低アルコール化が進行すれば 売り出されるかも知れませんね。


参考書籍・文献  References


  1. 「大学講義 伝熱工学」 丸善 1983年刊
  2. 「基礎式から学ぶ化学工学」 化学同人 2017年刊
  3. 「伝熱工学資料 第4版」 丸善 1986年刊










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